屋敷とメイド
最悪な夢を見た。
馬鹿みたいに広い部屋に置かれた天蓋付きのベットに、彼女は寝ていた。いくつもの枕に囲まれて、純白のネグリジェを着たヨルムがそこにはいた。黄金の髪があらぬ方向にはね上げて、まるで怒れる獅子のようだがそれ以外はどこからどう見てもお姫様のような成りをしている。
そんな彼女の機嫌は悪い。
さっきまで見ていた夢はしっかり覚えている。幼少の頃、自分とあの男が共に暮らしていた日々。無知で小さな私を責める事は出来ないが、出来ないのであれば思い出したくもない記憶だ。出来る事なら、事実そのもの消して終いたいほどに。
「あッの糞!」
女性が出して良い言葉ではないのだが、自然と口から零れ落ちる。怒りに伴い、全身からエネルギーのような者がたぎる。沸々と奥の方からそれは静かに、そして確実に込み上げて来る。そして、それはやがて限界に直面する。
彼女は怒りを手短な物にぶつける為に、近くの枕を手に取る。そして、枕を放り投げ全力で殴りつける。その時、彼女は知ってか知らずか拳にある力を乗せてしまった。
枕はそのままベットと飛び出る。そして、少し進んだ先で破裂した。それはもう見事に内部から羽毛と飛ぶ散らせ、空中で爆裂したのだった。
「あ、あー!」
一言目は驚きであり、二言目は後悔であった。
「お気に入りだったのにーーーーーーーー!」
悲痛な叫びが、部屋いっぱいに響き渡る。そして、そのままガクンと体を落とした。全身を怒りで震わしていた姿はなく、力の抜け項垂れたヨルムの姿がそこにはあった。
「おはようございます、ヨルム様」
いつ間にだろう、ベットの傍には二人のメイドが立っていた。それは白の下地に黒と、王道のメイド服をきた黒髪の双子のメイドであった。二人とも小さなポニーテルをしている、少し人外的な印象を与える二人のメイド。二人とも美しいのだが、なぜかその瞳に人の温かみといった感じのものを感じる事が出来ず、その冷たい印象からは人形のような無機物な雰囲気を感じる。
「おはよう、トレース、トリア。ところで見てた?」
「はい、お嬢様がお気に入りの枕をご自身で爆殺したところであれば、わたくしトリアと共に見ていました」
「・・・・・・・・死にたい」
そのまま二度寝の態勢に移行するヨルム。それに対して、ご主人の行動を止めることもなく同じ態勢で待機しているメイドたち。メイドにヨルムの二度寝を邪魔することは出来ない。いかなる理由があろうと主の意思に逆らうことは出来きない。そう契約して、彼女たちはここにいる。だからこそこれは、彼女たちにとっては情報の開示といった事なのだ。決して二度寝を邪魔しようとしたものでは無い。
「ミーリアメイド長が、「今日は私が起こします!」と昨日息巻いていました」
今まで喋っていた方とは逆のメイドが、ぽつりと呟く。さっきまで喋っていたのがトレースと呼ばれるメイドで、今回呟いたのがトリアだ。事務的な会話をトレースが、どうでも良い事を呟くのがトリアと二人はいつもこんな感じだ。がトリアの呟きはヨルムにとっては一大事だったりする。
「マジで?」
すっと音もなく起き上がるヨルム。
「マジです」
完全に私語だが、トリアはそう呟く。
「トレース、トリア!今すぐに食堂に向かう。マギエラの作る美味しい朝食を食べに行く」
ヨルムはベットから飛び上がり、急いで部屋を出る。さっきの姿はどこに行ったのか、寝起きから全力の全快の全力疾走だ。
「お嬢様、枕どうしましょうか?」
「直しておして」
後ろから聞こえるトレースの声に振り向かず、ヨルムは答える。そんなヨルムにトレースとトリアはハンカチを振って見送っていたりするのだが、ヨルムは見ていない。
「ここは、三階だ。マギエラの食堂で二階に降り、別の階段から一階の食堂に行ける。ミーリアに会うことなく、このミッションを達成しないと」
三階から二階への階段を飛ぶように飛び降り、二階の廊下を走る。
ここまで誰にも会っていない。いくら当主であろうと寝間着姿で、廊下を全力疾走している姿を見られるのはよろしくないはず。
順調にいっていたかのように思われたヨルムのミッションは、二階から一階に向かう階段の踊り場で挫折する。
「なにしてんの?ミーリア?」
踊り場は大きなスペースの踊り場には、手や足などのパーツがバラバラに転がっていた。それを組み合わせれば一人分の人間ができるであろうパーツが転がっている。体にはメイド服。組み立て上手なオタクであれば等身大一分の一スケール、ヨルム家メイドが組み立て可能だろう。
そんなパーツの中から、頭部がごろりとヨルムを向く。
怖い怖い。
場所が場所であれば、絶叫ものだろう。いや、朝の踊り場であれその怖さに衰えはないのだが。だが見慣れたヨルムにとっては、どうということはない。ただ、この後の食欲がえらく低下するだけであるが。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう。でミーリアなにしてるの?」
「今日もいい天気でした。目が覚めた時は、新しく来たこの朝に感謝しながら私はいつもどうりの時間に起きたのです。あ、正確には午前5時30分です。私は、メイド服に着替えました。私のメイド服は毎日洗濯していますのでいつも清潔ですよお嬢様。それで、その綺麗なメイド服を着た私は・・・・・・・」
「ミーリア、黙って」
外見から高校生のような顔立ちでツインテールの、いや顔しかないのだが。とにかくその首にヨルムは黙るように命令する。
「とにかく、元に戻りなさい。あんたらならすぐに出来るでしょう」
その言葉に、散らばっていたパーツが集まり出した。少しずつ少しずつ、奇怪な音を上げながら集まりくっ付いていく。手が芋虫のように、細い足が蛇のように食事前に見たい光景ではない。
「あんたたちがゴーレムだからと言って、パーツが壊れたら変え作るの凄く時間かかるんだから大切してよ。特にミーリア、仕様かどうか知らないけど ドジッ子どうにかしてよね」
ヨルムが言う通り、この屋敷のメイドは作られたメイドだ。先ほどのトレースやトリア、今完全復活を遂げたミーリアも元は土塊であった。それをゴーレムにして、メイドに仕立てこの屋敷に仕えている。
「はい、お嬢様」
「はぁ、さいですか」
黙るように言ってたのにもう返事をしてるよ。
ヨルムは、自分の言葉に効果なしと断言付ける。他のメイドからメイド長と呼ばれながら、雑務はないもできないし、会話ですらするのが疲れる。本当に彼女はメイド長なのだろうか。彼女たちがどのようにして作られたかを知らないヨルムにとっては、二度と解けない問題なのかもしれない。
ポンコツメイド長を引き連れ、ヨルムは食堂にたどり着く。
まぁ、寝室に起こしに来られなかっただけマシだろうと終わったことを思い、いくらか食欲が落ちたものの朝食を楽しみに扉を開く。ところがそこにはヨルムより先に先客がいた。
「ああ、ヨルム。おはよう・・・・」
「血観望博士、お、おはようございます」
ヨルムの食欲は急激に下落する。
「いつも遅いのに、今日は早いですね」
「あ、私が連れて来ました」
ヨルムの問いに、ミーリアが答える。
本当にいらない事だけは、準備周到に用意するよなと感心するヨルム。そんなヨルムにミーリアは満面の笑みを向けている。
「今日は、体調はよろしいので?」
血観望相手に自分は、何を聞いているのだろうかと客観的に自信を見て思うヨルム。
「ええ今日は、なんだか内臓がちゃんと体の中に収納できたのよ」
「そうですか」
「いつもは引きずったり、してるけど今日は違うわ。今日は朝からミーリアちゃんが付きっきりでね、内臓を体内に収めてくれたのよ。一緒にご飯食べようて」
ミーリアは、グッと親指を立てているがどうでもいい。
血観望は、この屋敷唯一のゾンビである。死後もその肉体が腐り落ちた後であっても、その意思は宿り続け現にこうして生きているのだ。死んだ者に生きていると言っているのもおかしいのだが。
という事でヨルムは、朝食をゾンビと共に取る事になった。その朝の朝食は味がしなかったという事は、言うまでもないことだろう。
こうして丘の上の屋敷は朝を迎えていく。
ある屋敷の朝の風景でした
朝食はおいしくいただきたいですね
次回もよろしくお願いします