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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
92/102

第91話 夢幻曲線の影牢

 柚希とヴィヴィアンが戦線を離れたことで、戦局には昔馴染みが揃う状況となっていた。

 だが、この七人には複雑な過去と関係がある。

 結羽灯の父は《聖皇教会》に、母は《魔導協会》に所属していた殉職者。未美と雅は《聖皇教会》の出身で、トトロとリグレットは《魔導協会》の出身。アヤカは《魔導協会》に属していながら《聖皇教会》に属しており、サヤカは《魔導協会》に属していた。

 それぞれに事情はあり、現在は皆両組織から離れているが、その実力と技能は五分五分だ。

 特に未知数なのは、結羽灯の《錬金術》。

 この中で《錬金術》の知識を持っているのは、結羽灯と未美だけ。

 雅、アヤカにサヤカの場合は近しい人物にその知識を持つ者が存在する程度。トトロやリグレットに至っては、敵として何度か出逢ったことがある程度。

 一応、結羽灯の《錬金術》は未美から教わった程度というのが、雅とリグレットに認識にはある。

 だが、それを教えたとうの本人である未美や、その危惧すべき存在と認識しているサヤカは出来る限りの警戒をしていた。

「それじゃお望み通り、始めましょう」

 柚希達が上空の浮游船へと消えて数十秒後、トトロはようやく臨戦態勢に入った。

 それに呼応するように、未美達もまた臨戦態勢を取る。

「〈黒〉と〈虹〉に導かれし《幻想の方舟》を御護る為にもッ!」

 始めに切り出したのは、意外なことに結羽灯だった。

「《錬成陣》───“ダイダロス・ロア”」

 結羽灯が所持している禍々しい覇気を放つ杖から放たれたのは、瀑濁と化した潮流(・・・・・・・・)

 だが、その“波”が侵すのは、未美達の『足下』ではなかった。

「これって…………」

 結羽灯が興した“波”は、戦域───桜公園全体をまるで本物の海で起きているかのような濁流を侵し汚す。

「〈(フィールド)〉の属性が『水』に………」

 この戦況の変化に、未美とサヤカがいち速く悟る。

 結羽灯と同じ錬金術士である未美には特に、この優位性を肌で感じていた。

「ふっ、これだから〈錬金術士〉は…………。────“踊り狂う銀翼の刃(ジャグリング・パーティー)”」

「“火焔緋鍋(フレアネス・レッド)”────なっ!?」

 トトロの攻撃に迅速に対応する雅。

 だが、その攻撃は結羽灯が発生させた〈場〉の〈特性〉により欠き消された。

「雅。今は炎属性の攻撃は一切適用されない」

「そ、それじゃあ───」

 雅の攻撃の〈基本属性〉は『火』。

 よって、この〈場〉内では、雅の戦力は皆無に等しくなっていた。

 しかし、この戦局を打破する手立てが無いわけではない。

「この〈場〉を崩せる?」

「現状では無理だろうね」

 サヤカは未美に訊ね、未美もまたその手立てを既に考察していた。

 未美にとって、格下である結羽灯の優位性を逆手に取ることは容易いことだろう。

 だが、現状はそう甘くはない。

 只でさえ厄介な〈錬金術士〉。その本人は後衛でトトロの援護を中心に、様々な《錬成陣》を展開していた。

 それを一つ一つ壊すには、人員も戦力も不足していた。

 現状、まともに(・・・・)動けるのは未美、アヤカ、サヤカの三人だけ。雅はこの〈場〉の影響下ではその権能(チカラ)を三割ほどを使用できず、リグレットもまた、この現状では身動き一つ取れない状況にあった。

 トトロの戦域範囲を狭めるだけでもアヤカ、サヤカ姉妹の連繋(チカラ)ご必要となっているのに、結羽灯の相手をまともにできる者はいない状況。

 それはまさに、八方塞がりであった。

 が。それでも未美は、この戦況を打開する手立てを導き出した。

「雅ッ、リリッ。少しでいい、時間を稼いで!」

 戦力外に等しい二人に、指示を出す。

「り、了解ッ!」「───ッ(コクコクッ)!」

 二人とも、この〈場〉で挽回しようと奮迅する。

 雅の〈基本属性〉は『火』だが、それが全てではない。しかし、それは雅にとって不馴れな権能。

 リグレットの場合、その状況は少し違っていた。

 リグレットの基本的な戦い方は、霊魂を入れた人形を戦わせるというもの。

 だが、現状〈場〉は“波”によって足下を支配されている。

 これでは“人形”というモノの〈特性〉上、脚を獲られている状態と変わらない。

 と。人形を出しあぐねていると────

「少し、失礼します………」

「へ?」

 リグレットの足下から、聞き覚えのある声音が聞こえてきた。

「そのまま、じっとしていて下さい」

 初めは魚籠ついていたリグレットだったが、リッチから流し込まれた天賦の権能を感じとり、次第にその権能を苦なく受け入れていった。

「これって………」

「くっ……。霊皇(アルミニナ・クラフト)…………」

 リッチの最期の気力を活かした〈一手〉。

 それは、星界で星皇がやったものと同じ。

 その〈想い〉は、唯一の(・・・)同じ権能を持つリグレットへと託された。

 託された権能により、リグレットの権能はより大きなものへと昇華する。

「あれが、《魂劫者(ネクロズマ)》………」

 トトロが、畏怖の感情を込めてそう呟いた。

 ただの(・・・)〈異能者〉でしかなかった彼女のあまりの変貌ぶりに、トトロや結羽灯だけでなく、未美やサヤカ達でさえ、その存在に畏怖を抱いた。

「これが…………」

 最後の同調(・・)した時、一瞬だけリグレットの瞳は暁色に点滅した。

「どこまでも無機質で……、とても鮮やかな…………『セカイ』………」

 リグレットは、進化した権能を使い、手持ちの人形に新たな〈霊呪〉を施す。

「これは、霊的なチカラで魔獣を使役する術────そうか。これが………」

 そう。これこそがリッチとリグレットの違い。霊皇の本質。

 それを得た今のリグレットは、もう『人界のあらゆす術』を受けない。

 そしてそれは、リグレットの人形も同じ。

「お願いしますっ」

 リグレットは手持ちの人形から、三体ほどだけ天に投げる。

 これで、時間は稼げる。

「くっ、こんな雑魚………」

 熊、猿、鰐の人形を“氷牙の拳”で応戦する。

「い、今ですッ」

「う、うんッ」

 雅の“炎”の付加を得たリグレットの人形が結羽灯と戦っている内に、未美は〈術式〉を展開する。

「属性は『水』。普通 は『地』属性が有効なのだが、これは〈錬金術〉によって発生している〈場〉」

 同じ〈錬金術士〉でも、二人の〈属性〉は全くの別物。

 確かに、結羽灯の〈錬金術〉は未美が教えたもの。

 だが、それはあくまで『基礎』というだけのこと。

 今の結羽灯はその基礎を越え、独自の〈錬金術〉を開拓している。

 まずは、それを解明する必要があった。

「くっ─────」

 その段階から既に、未美は苦戦していた。

 人が違えば、その〈術式〉も違う。

 だが、結羽灯のそれは、明かに〈錬金術〉のそれを遥かに越えていた。

 そもそも、〈錬金術〉は一昼一夜で容易く習得出来るようなものではい。

「これが、〈影〉のチカラ………」

 そう思わずにはいられなかった。

 未だ底の知れない存在。

 トトロの事もそうだが、これは常軌を逸している存在としか認識できない。

「でもね。コチラも退けない理由あるからね」

 そう呟き、未美は〈術式〉の解析を始める。

 その間、別の戦況は拮抗していた。

「“ルミネス・インフェンサー”~~ッ!!」

 アヤカの放つ一閃が、トトロの“刃翼”を薙ぐ。

 が。すぐに“刃翼(ソレ)”は復活する。

「ぐっ。まったく、いくらあるのよコレは………」

「ホント、これはキリがないね」

 二人でこの戦況。圧倒的でないと踏んでいた。

 しかし、現状は拮抗(これ)だ。

 その力量差が何かはサヤカにも解らない。

 それでも、今は抑えておく必要があった。

「────よしッ。多分、これッ!」

 その踏ん張りに応えるように、未美はようやくその糸口を見付ける。

「『油彩領域(ビビットサークル)』“電界融解(エフサーキット)”ッ」

 未美は、幾つかの〈絵具〉を混ぜた液体を、自身の足下に垂らす。

 液体は瞬時に〈場〉の“波”反応し、その存在は打ち消された。

「こんどはコチラから………、『油彩領域』“電界飽和(エフフィジキェル)”」

 そして、未美は空かさず新たな〈場〉を構築する。

「ちっ。さすがにこの手は…………」

 その特性により、形勢は逸機に逆転した。

「ハァアアアァァァァァ~~~ッ!!!」

 そして、勝機への一打が、リグレットによって開かれる。

「きゃぁああぁぁぁ~~~」

「結羽灯ッ!?────ちっ」

 熊の人形の殴打で飛ばされる結羽灯。

 それにより逆転したのは、戦局だけではなかった。

 幾度となく書き換えられた〈過去〉と〈未来〉。そのどちらも、未美達は取り戻しかけていた。

「さぁ、これでアナタ一人」

「ぐっ…………」

 未美達の意視が、改めてトトロに向けられる。

「雅。とりあえず、結羽灯を医療棟まで運んで」

「え?………あ、うん。分かった」

 結羽灯をおぶって、一足先に戦線を離脱する雅。

 これで、戦局は四対一となった。

「これで、形勢逆転だね?」

「フッ…………」

「さぁ、話してもらうよ。クリス(・・・)ッ!」




 それは、未美と雅だけが知る、孤児院時代のトトロの渾名。

 そして、此処は西洋最南部にある聖堂だった建物を改装した孤児院。

 そこで未美や雅、トトロは幼少期を過ごしていた。

「ハァハァハァ………。ま、待ってよ、クリス……、ハァハァ………」

「遅いよ、ミュウ」

 孤児院から少し離れた崖に二人の幼女がいた。

 その孤児院は、周辺を大きな森に囲まれており、森の中に唯一延びる街道は、もう数百年近く使われていなかった。

 そんな孤児院の周辺は、子供達にとって『庭』のようなもの。

 この日も幼女二人はいつものように、この広大な森の中を大冒険していた。

 一人は活発に森の中を縦横無尽に歩き廻る、クリスティーナ。もう一人は、そんなクリスに振り回されながらもいつも彼女の隣にいる、ミューナ。

 歳はミューナの方が一つ上だが、この二人は同じ日に孤児院にやってきた者同士。

 この二人が現在向かっている先は、孤児院から数キロ離れた海岸。

 そこは大人でさえ立ち寄らないような、子供達には絶好の穴場(フィッシングポイント)がある。

「…………」

 漣のように揺れる波。その波が打ち付ける天然の岩場に、一人の幼女が海面に糸を垂らしていた。

「どう、釣れてる?」

 その幼女に、クリスティーナは問う。

「大漁、とは言えないけど、もう少しで人数分は釣れると思う」

 幼女の隣に置いてある網篭には、既に溢れんばかりの魚が釣り揚がっていた。

「ホント、釣り好きだよね?リースは」

「ま。此処には何も無いし、こういう事を趣味にでもしないとね?」

 そう発言した後、リースは竿を揚げる。

 リースが揚げた竿の先にある針には、二十センチほどの蒼銀に煌めく魚が引っ掛かっていた。

「さて……。もうそろそろ満潮になるし、森の方の先輩たちはハウスに戻ってる頃だろうし………、この辺りで引き上げようかな」

 網篭を持ち歩くクリスを先頭にして、三人は孤児院へと戻っていく。

 現在、孤児院には三十人近くの子供達と一人の聖教者(シスター)が暮らしている。

 孤児院がある森から少し離れた所に小さな村があり、それより北は今なお戦争が続いている。

 最南部にあるだけあって、この孤児院はその戦禍を微塵も受けてはいないが、その『被害』は別のカタチで孤児院を蝕んでいた。

 一般的な孤児院と異なり、この孤児院は出資者からの寄付や援助を受けてはいない。

 ただ。この孤児院にあるのは、それが与えるリスクよりも残酷な徴兵という制度。

 これにより、孤児院にいる子供達には、貰い手を見付けるか、成人して軍に入るかのどちらかを否応なく選択しなければならない。

 だが、それはもう何百年も続いてきている伝統のようなもの。

 その伝統を繋げようという身構えはあっても、それを覆そうと言う感覚は彼女達にはなかった。

 そして、それは当然のようにクリスにもやってきた。

 誰もが最初は思う。

 このままいけば、自分達もいつか軍へ徴兵される刻が来るのだと。

 だが、現実はそれを打ち破り、彼女達の感覚どころか孤児院の在り方さえも変えてしまった。

 一人、また一人と、成人となった先輩達がハウスを離れる中、十数年振りになるであろう客人がやってきた。

「あの人、今日も来てるね?」

 その客人こそ、後にクリスの里親となる人物だ。

「そうですか……。では、もうお決まりなのですね?」

「ええ」

 仮設営されている応接室で客人と聖教者が話している中、クリスとミュウは窓の外からその会話を盗み聞いていた。

「どうやら、誰かを拐いに来たみたいだね」

「いや。養子に迎えようって話をしてるんでしょ!?」

「あ、そっか……。で、誰を引き取るのかな?」

「それは分からないけど、先輩たちの誰かじゃない?」

 そこに自分達を含めないのは、彼女達の無邪気さ故だろう。

 二人はまだ、五歳と六歳。

 自分達がその対象となることはないと勘違いしていた。

「ん?」

「……もう。あの子たちは………」

「やばっ」

「え、なになにっ?」

 客人の反応に即時対応したはずのクリス。しかし、その行動は既に遅かった。

「やあ、こんにちは。こうして話すのは初めてだね?」

 頭上から聞こえる低く優しい声。

 クリスがゆっくりと顔を上げると、目の前には先程の客人が大きな掌を差し出してにこやかな笑みを浮かべていた。

「え………」

 客人の掌は、クリスに向けられている。

 その意図を察したミュウは、すぐに聖教者の隣に移動した。

「私は、アースリー。君の名前は?」

「……クリス」

「クリスくんか、良い名前だね?」

「そう?」

 養子縁組は、慎重に行われなければならない。

 その縁組を円滑に進める為、二人をハウス近くの公園へやり、聖教者とミュウは物陰に隠れて二人の会話を盗み聞いていた。

「…………」

「やっぱり、ミュウちゃんは不服?」

「………。どう、なのかな?」

 ミュウの中に、不思議な感覚が渦巻いていた。

「まぁ、無理もないでしょうね。此処へ来た時から何をするにも一緒でしたから」

「…………」

 聖教者の言い分が分からないわけではない。

 頭では分かっているつもりだった。

 この孤児院にいる子供達は、皆戦争によって家族や住処を奪われた者達。

 その子供達に解放された施設ではあれど、そこに長い間縛りつけておくことは出来ない。

 それは、里親が見付からず、軍へ引き取られた子供達も同様。

 暖かな家庭があり、過去を塗り替えられる未来があるなら、今はそれに賭けるしかない。

 その会談は少し長めに労し、その決断は意外なほどに早かった。

「え?も、もう……?」

 クリスのあまりの決断の早さに、ミュウは動揺を隠せなかった。

 そうして、養子縁組は数日と掛からない内に確約され、クリスは一年にも満たない施設での生活を終えた。

「それでミュウはそんなに落ち込んでいるんだね?」

「ふぇッ!?…………そう、なのかな?」

 クリスが孤児院を出て数日。ミュウの心は今だ不安定なままだった。

 その気を紛らせるためか、最近のミュウはリースと行動を共にしていた。

 今はリースの手伝いで魚釣りを体験している。

 それからしばらくは、何もない平穏な日々が続いた。

 だが、平穏は後に一変する。

 その三年後────。

 西洋の戦禍は更に膨張し、その〈焔〉はハウスにも被害を与えた。

 突如、どこの所属ともしれない兵隊が、ハウスを強襲した。

 この事態に子供達が対応出来ようはずもなく、聖教者は子供達をハウスの避難所へ誘導することしかできなかった。

「ここまで来れば………」

「シ、聖教者ッ」

 が。それでも予断は赦さない。

「リースがっ、リースがいないのッ!」

「えっ!?」

 その事態に、誰しもが一瞬にして青ざめた。

 そんな緊急事態でも、外の戦禍はその空気を読まない。

「皆はここにいてッ」

「聖教者ッ?」

「少し、リースを捜しに行きます」

 避難所を飛び出す聖教者。

 しかし、事態はそれほど急でもなかった。

 なにせ、当のリースはその事態を知らず、その一報すら届かない場所にいたのだから。

「うわぁ~……。此処からだと戦禍の火は大きく見えるね」

 リースは、高台から戦地に渦巻く〈焔〉を物珍しげに眺めていた。

 それが、ハウスから登る炎だと知らずに…………。

 それでも、リースは意外なカタチでその真実を知ることとなる。

 真実を知ったリースは、大慌てでハウスへと急いだ。

「ハァハァハァ───ッ!聖教者、ミュウ、みんな……………」

 歩き慣れた森の中を、リースは最短ルートで駆ける。

 その最中、リースは先程の情報源(・・・)からの会話を思い出していた。

「やっと見付けた………」

「───ッ!何者ッ?」

 リースの元に現れたフードを目深に被った人物。

「私は、ピエロ。〈幻影道化師〉とも呼ばれております」

 北欧風な挨拶をするその少女の声音に、リースはどこか聞き覚えがあった。

「アレは、ハウスの火。貴女方のお家が燃えている炎です」

「え?」

 謎の少女の言葉に、一瞬困惑するリース。

 だが、事態は急を有していた。

「ホントに……、なんで、こんな事に………」

 それは、ハウスで暮らしていた誰しもが一度も予測したことのなかった事態。

 その事態に、リースは酷く舌打ちをする。

「ハァハァハァ───。…………ぇ……………?」

 リースが現場に到着した時、既に総ては終わっていた。

「これって…………」

 孤児院の周りに倒れている、二十近くの兵隊達。

「………ぁ…………」

 その中に、見覚えのある服装をした人物を発見した。

「聖教者ッ────!!」

 倒れた遺体を起こし、リースは何度もその人の名を叫んだ。

「…………」

 けれど、悪夢を変えることはできず、リースはただ目の前の現実を受け入れることしかできなかった。

 その数時間後。避難所に身を寄せていた子供達がハウスに戻った頃、この事態を何処からか聞き付けた局員が事態の収拾にやってきた。

 子供達のケアまで行っている様子を森の茂みから見ていたリースは、子供達の顔をまともに見ないまま、その場を立ち去った。

「リース?」

 その立ち去る様を遠目で発見したミュウ。

 局員の眼を盗み、一人でリースの後を追った。

「り、リースッ」

 遠く離れた森の中で響くミュウの声。

 その存在にリースが気付かないわけもなく……。

「こっちに来て大丈夫?」

「え?えと…………」

 何も考えず飛び出したミュウは、必至でそれっぽい言葉を探した。

「まあ、良いけど……。ハウスはあんなだし、私と一緒に、来る?」

「…………何処に?」

 それは、予てより誘いのあったとある組織。

「《聖皇教会》」

 リースの後を追ってきてしまった以上、行き場を失ったも同然のミュウ。

 後戻りが難しい現状況でミュウがとったのは、謎めいた集団の待つ、苛酷でたり最も楽な居場所。

 こうして、二人は他の子供達に別れも言わず、西洋に本部を置く《聖皇教会》の扉を叩くのだった。

「ところで、他の子達は?」

「救助に来た局員の計らいで、皆《自衛局》の施設に招待されるらしいよ」

「………なんだか、そっちの方がよかった気がする」

「今更?」




「あの時は全く気付かなかったけど、あの〈ピエロ〉というのが、アンタだったんだね?」

「…………。ま、まさか聖教者を助けられないとは思わなかったけど……」

「じゃあ、あの時傭兵崩れを殺ったのは………」

「私。だけど、私が駆け付けた時には既に聖教者は死んでいた」

「そう………。ちなみに、その情報は何処から?」

「………そっか。ハーメルン……」

 時期的には一致する。

私と(・・)出逢う(・・・)直前(・・)…………」

「答えて、クリスっ!!アースリー夫妻の元に預けられてからの三年。アンタにいったい何があったのかッ」

 十一年経った今でも、未美は信じていた。

 例え“魔”や“闇”に身を堕とそうと、あの時姿を見せ声を掛けてくれたことに変わりはない。

「…………」

 しばし、場は沈黙する。

「……そう。なら、力付くで答えさせるッ」

 先に沈黙に堪えかねたのは、未美だった。


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