第90話 浮游する大樹
《終幕》は既に始まっていた。
それなのに、ワタシ達はいまだ答えの見出だせない論争を続けていた。
おそらく、語らえば語らうほど、考えれば考えるだけ時間は過ぎていくし、終わりなんて一生来ないだろう。
それでも、ワタシ達は思考し続けていた。
そして遂に、ワタシ達は唯一の〈接点〉を見付けた。
それは、このセカイに点在する《超古代遺失物》でも、各地各時代で行われてきた《計画》でもなかった。
もっと根本で、もっと真素なモノだった。
その可能性を確かめるべく、ワタシ達はその元凶とも云える〈神桜樹〉の元へと向かった。
「これが、神桜樹………」
「初めて見ますが、……なるほど。この大樹からはとても強い気配を感じますね」
「へぇ。じゃあ、これが〈虚幻の元凶〉」
それが、ワタシが唯一の記憶を教え、二人が導きだした最もらしい答え。
そう。《虚幻計画》とは、そこにこそあったのだ。
《超古代遺失物》との関係性。《夜天二十八罫》の存在。その二つに何の意味も無かった。
あるのは、それらを匂わせるほんの僅かな共通点だけ。
だけど、それすらも今のワタシ達にはそう予想することしかできない。
もしそれを証明、あるいは解説できる者がいるとするならば、そればこの《神桜樹》の〈界珠〉に選ばれた者だけだろう。
ここにも謎はあるが、一応六つに別たれた権能の宿主達。
その宿主達は、それぞれに違う価値観と存在意義を持ち、その夢半ばに消えていった。
そんな彼女達の想いがあれば、もしかしたら…………、
最終廻廊《淵の床》、───死界の狭間。
「くあっ───」
「きゃあぁぁ~~ッ」
「ぐ、うっ………」
「───どうして。ここまできて………」
「それでも尚、〈呪い〉は止められない……か」
「だけど、私たちに『やる』以外の選択肢は無いんだろうし」
「元々、六対一でも届かないところを、四対一でやろうとしているのですから『無理』は承知の上ですよ」
「そういうことは、できれば先に教えてほしかったな」
「それで、これからどうするの?」
誰の眼から見ても、今の彼女達の状況が最悪な中で、朱髪の少女は問う。
「当然、もう少しくらいは粘りますよ」
「ま、所詮私たちは時間稼ぎ。後はあの二人に託すだけ」
「本当に巧くいくのでしょうか?」
「………それは分かりません。ですが私たちは信じるだけです」
「それじゃあ、ま。この戦局くらいはどうにかしないとね?」
「ええっ」「ガッテン承知!」
「〈氷桜柱〉は回復に専念、私が前衛二人の援護を行います。〈炎桜柱〉と〈闇桜柱〉は後衛を気にせず相手を圧して下さい」
「「「おおっ!!」」」
〈光桜柱〉の指示に、三人の少女は呼応し各々の役目を殉死する。
前衛を務めるは四人の内、年少組の二人。もう二人年長組は後衛で後輩二人を全力で援護する体制をとる。
「“ブレイヴ、スマぁああぁぁぁッシュ”ッ!!」
朱髪の少女の猛撃が戦場に紫焔の火柱を上げ、相手を翻弄する。
「“斬鳴剣”ッ!」
灰紫髪の少女が、その隙を突いて相手に大きなダメージを与える。
「やっぱり、ダメージはほとんどナシ……か」
少女達の目の前で大きく舞い上がる煙塵。その煙塵の奥に、人影がユラユラと揺らめいていた。
「“癒しの風よ、我が盟友達に永劫の安らぎを能えたまえ”。回復しますッ、“ヒール”」
「ありがと」「サンキュ」
「───“閃絖陣”」
前衛二人の足下に、黄金色の円陣が描かれる。
「ま、またッ───」
「でも、やるしかないってことだね」
「くっ。だったら───“紅焔萌陣”ッ!!」
朱髪の少女が叫ぶと、黄金色の円陣に紅蓮の紋様が上書きされる。
「“ニトロ・チャージ”ッ、“アクセル・ブースター”ッ!」
朱髪の少女が塗り替えた円陣の紋様に〈尾ひれ〉が付け足され、朱髪の少女の『姿』も灼紅色に染まる。
「フッ……。だったらコッチもッ、“護先功”ッ!」
灰紫髪の少女は、黄金色の円陣を浴びたまま、自らの“意思”を顕現する。
「“ヴォーパル・フレア”、“ヴォルケニオン・グラッジ”ッ!」
“灼紅”から“緋焔”へ、“緋焔”から“陽洸”へ。
朱髪の少女を包む〈炎〉は『黒炎』に似た瘴気と形状を模して、朱髪の少女の『姿』を〈灰〉に近い状態へと変貌させる。
「す、凄い…………」
「これが、私たちの可能性」
「受け止めてもらいますッ」
「私たちの全身全霊を持ってして─────」
灰紫髪の少女と朱髪の少女は、共に『型』を極限にまで練り上げ、その想いを駆ける。
「“終精斬”ッ!!」「“ヴァルシニシプル・イルシュダルテ”ッ!!!!」
深淵に届きし二太刀と灼熱の一閃が、少年の心身を斬り裂く。
「…………」
───が。
「やっぱり…………」
やはり、その攻撃さえも少年に傷一つ付けることは
できなかった。
「これが《人類種》の可能性……。この程度では〈底〉は知れてるな」
「くっ………」
少年の言葉に危惧を覚えた前衛の少女は、咄嗟の判断で後方へと大きく飛躍する。
「“五霊珠”………」
そう唱えた少年の前方に、五色の光の珠が出現する。
「あれは、五芒光………」
「ッ!ですが、それはここヨーロッパには存在しない《秘術》」
「術式だけなら西南アジアの古代魔術に類似している」
「けど、きっとそれだけではないのでしょう」
「“五虹陣”ッ!!」
少女達の解答よりも速く、少年はこのセカイにありはしない〈術式〉を詠唱していく。
「《秘星術》、“鋼焔の若獅子”」
先程の朱髪の少女と同様に、少年の『姿』は本来の姿からかけ離れた姿を変貌する。
だがそれは、朱髪の少女が使ったものとは明らかに違っていた。
「何あれ………」
「私たちの合わせ技とは大分違うようですが………」
「これが、かの極罪国の遺物」
闇色に揺らめく瘴気が、少年の総てを包み込む。
「ぐっ、ウッ─────ぐぁああぁぁぁぁぁ~~…………ッ!!!」
少年の突然の咆哮に、少女は一瞬腰が退ける。
「先輩ッ!?」
「織詠さんッ!?」
「ユウヤさんッ!?」
「兄さんッ!?」
だが、少女達はそこに勝機を見出だしていた。
「くっ、もう一度“陣”を組みます。〈氷桜柱〉も今回はお願いします」
「わ、分かりましたッ」
「なら、今回は私が先鋒を務めるよ」
そう言い、灰紫髪の少女は他の三人の異の言葉を聞く前に、地を蹴り少年への猛攻に撃って出た。
「もうッ、あの娘は!」
「仕方ありません。私達は私達で、“陣”の構成を急ぎます」
「この『時間』は、無駄にできないもんね?」
「“聖天輪”」
「“氷縛牢・如水衣”」
「“炎渦鳳龍”」
〈聖桜柱〉の“黄”、〈氷桜柱〉の“蒼”、〈炎桜柱〉の“朱”が重なり交わって一つの『勝機』を具現化させていく。
「ぐっ!ね、ねぇ……まだ?」
無謀な特攻を挑んだ灰紫髪の少女が、数分の剣劇を繰り広げた後、待ちきれず後方で幾重もの詠唱を重ね掛けしている三人に問い掛ける。
「もうちょっと、待ってなさい」
「ぐっ。わ、分かったよッ」
薄金髪の少女の無理矢理な説得に伏せられた灰紫髪の少女は、少年との剣劇を続ける。
「“聖天香”」
「“業覇炎陣”」
「“氷牙装・鏡花”」
金色に紺碧、紅蓮が融け合わさり、一つの〈色素〉を錬成させた。
「「「“三錬陣・幾鋼超械ッ!!!」」」
それはまさしく、〈無〉の極致。
至ったその精密さは、とても三人だけでは至れるはずもなかった。
そして、それが体現するは二つの〈無〉。
「〈闇桜柱〉、オッケーですッ」
「り、了解ッ」
後方から感じられる純真たる『気配』を察知し、灰紫髪の少女は後方へと大きく跳躍する。
「“ニトロ・ドライブ”ッ!!」
その直前、朱髪の少女は『型』を固め、最後の仕上げを纏う。
「“呪術式・紫焔”」
そこへ、灰紫髪の少女が追加の『一手』を付け足す。
「“ライトニング・メテオ・ストライク”ッ!!!」
灰紫髪の少女が強く地を蹴る刹那、朱髪の少女は“技”を発動した。
「こ、これなら────」
「よっ、と。さすがに急すぎじゃない?間に合わなかったら、『私ごと』だったよ」
「貴女が一人勝手に飛び出すからです、自業自得です」
「もう少し、タイミングをずらしても良かったのに」
「いえ、あの場合は仕方ありません。それに、発艦はあの娘のタイミングですから」
「む、むぅ………」
「ま、まあまあ………」
朱髪の少女が特攻を仕掛けている頃、後方では灰紫髪の少女と薄金髪の少女が言い合いをしており、そんな二人を淡蒼髪の少女が宥めていた。
そんな『いつも通り』のくだらない事をしている所へ、朱髪の少女は戻ってきた。
「お、ととっ………。やっぱり、全然ダメみたい─────って。聞いてるッ!?」
「へ?」
「「あ、ゴメン。全く聞いてない」」
「もうっ!!」
じゃれ合い、けなし合い、そして助け合う。それが、彼女達の『在り方』だった。
だがそこには、決定的に欠けているモノがあった。
それを取り戻すため、少女達は悪戦苦闘していた。
「これが、〈全力〉か。やはり、虚しいな。人類種とは………」
先程よりも大きく上がる粉塵。その奥から、少年の呆れた声が響く。
「やはり、コレでもダメですか」
「うぅぅん。手応えはちゃんとあったんだけどなぁ………」
「『手応え』…………」
こういった状況の場合、その感覚はアテにならないものだ。
だが、それでも少女達は、その〈感覚〉を頼りに此処まで来た。
だからもう、喪わない。
だから、こんどこそ取り戻すんだッ!!
桜公園、《神桜樹》前───。
そこには、不可解な偶然なんてものは存在しない。
あるのは、幾重にも張り巡らされた必然だけ。
ワタシ達は、ソレをどうにかして紐解かなければならない。
それが、相手の正体を知り、意表を突ける可能性にも繋がるから。
だから、ワタシ達はずっと見落としていたのかもしれない。
これほど近くにあって、これだけの事が起こり続けてきて。
「こんどこそ終わらせる」
リッチさんもサヤカさんも、そんな想いでいっぱいだった。
だけど、それだけの沢山の想いを受けても、ワタシが彼女達に感化されることはなかった。
ワタシには、彼女達のような理由も思想もない。
そんなワタシだからこそ、ワタシは知りたかった。
ワタシが創られた理由。ワタシを導いた先にある彼らの思想を………。
そして、物事は必然の一途を辿る。
「あっ───」
目の前で響く、小さな断末魔。
それは、ほんの一瞬の事で、討たれた本人でさえその現実を認識するのに少なくない間を有した。
「リッチさんッ!!」
ワタシ達が現実を認識した時には、リッチさんは既に足元に倒れていた。
ワタシとサヤカさんの靴を、リッチさんの鮮血が真紅に染める。
流された鮮血はしだいに小さな水溜まりを造り、彼女を討った何者かはようやくその姿を現す。
「これで、コチラの任務は完了…………」
茂みの奥から聴こえてきたその声は、聞き覚えのある者のものだった。
「まさか……───いえ。やはり、そういう事だったということね」
犯人の姿が顕となった時、始めに声を発したのはサヤカさんだった。
「まさか、アナタがここにいるとはね?〈黒狐〉」
「貴女こそ、〈アークピエロ〉」
どうやら、二人は知り合いのようだった。
まぁ、それはそうだろう。
リッチさんを討った人物───トトロ・グリリンスハートは、サヤカさんと同じ元《魔導協会》のメンバー。
これもまた、巡り合わせであり、《計画》による必然の産物。
「トトロさん…………」
ワタシは、彼女の名を呟き、ゆっくりとサヤカさんの隣に立つ。
「二年ぶりに会ったかと思ったら………。これも、あの娘の差し金?」
「……?」
「ううん。これは、『オジサン』からの最後の依頼」
ここへ来て、また『オジサン』。
その人物がいったいどのような御仁なのか、妙な疑念を感じさせる。
いや。今はそれはどうでもいいことだ。
それにしても、最後、か。
「これで、十一。残りは後二」
合計すれば、十三。
その言葉と現状から一番に連想されるのは《十三皇》の存在。
「…………」
リッチさんをその内の一つとして数えている点について疑問ではあるが、今考えるべきは残りの二人の方。
おそらく、一人は〈星皇〉。もう一人は〈虚皇〉と考えるのが妥当か。
「一人は〈虚皇〉として、もう一人は、まさか〈刻皇〉?」
「ははっ、さすがに〈黒狐〉殿は察しがいいね」
まさかの不正解に、ワタシは若干ヤル気を無くしていた。
「今の発言から考えると、他の《皇》たちは既に倒されてしまっているようですね?」
「みたいだね」
その発言だと、まるで他人事のよう。
「ま。それは他の《影法師》達の仕事だと思うし………。あくまで、今回の私の『お役目』は不可思議に再現された〈霊皇〉の始末」
「それって………」
「どうやら、あの人も別の意味で〈人成らざる存在〉みたいだね」
「ははっ、まぁ否定はしないよ。私も一応、アナタと〈同じ〉ではあるからね」
「そう………。そういうことだったの」
何の話かはワタシにはさっぱりだが、彼女達が別の意味合いで繋がっているのは確かなようだ。
「─────“ソラリス・キャリバァー”ッ!!」
そこへ、唐突に挙げられた叫び声。
その瞬間、トトロさんの足下に十字の光閃が走る。
「う、ぐっ…………」
「ん?」
一瞬だけ起こったトトロさんの身体の異変に、ワタシは眼を丸くしていた。
「ぐっ───さすがにやってくれるじゃない?」
“闇”から“光”へ与えられる唯一無二の急所。それを衝かれたはずなのに、無傷のトトロさんは攻撃を与えた人物に鋭い眼光を向ける。
「やっぱり、貴女には何をしても効かなそうだね?」
「そりゃあ、今の私は〈アークピエロ〉。“奇劇”と“化かし合い”はお手の物、ってね?」
──そうか。
以前から、トトロさんはその片鱗を魅せていた。
トトロさんは今、その両方を行っている。
「………さて、そろそろ十二番目の〈皇〉も始末される頃」
そう呟いて、トトロさんはワタシに向かって一枚の“符札”を投げた。
「それは、上空に浮かぶ浮游樹へと行ける〈転移札〉。乗員は二名、アナタは最後まで足掻けるかな?」
「どういうつもりッ!?」
「どうして…………、いえ。これも“奇劇”といえ訳ですか」
「正確には『可能性』。『オジサン』は、アナタが唯一の〈鍵〉だと言っていた」
「えっ────」
「それが何を意味するのかは、正直私達ちも解らない。だけど、そこに一つでも『可能性』があるのなら、私は私の〈存在〉を賭けてでもその真意を知りたい」
それは、嘘偽りの無い本物のトトロさんの心の言葉なのだろう。
「…………」
「行って、柚希」
「未美さん……?」
「トトロの言う通り、私達はずっとアナタを試していた。《竜廟計画》の先にあるもの。『オジサン』に拾われ、導かれて此処まで来た」
「だけどそれは、私達の総意でもある」
「だからこれは、私達の我儘でもある」
「雅さん……、リグレットさん…………」
「けど、それとこれとは別。いい加減話してもらうよ、トトロっ。貴女が何故そっち側にいるのか。その意味と経緯」
「───(コクコクっ)ッ!」
「そっか、それについてはリリも知らないんだったね………」
「とりあえず、一人だけならあの三人でもなんとかなるでしょう。急いで下さい姫様」
「………へ?」
唐突なサヤカさんの人選に、誰しもが驚いた。
「何故、ヴィヴィアンッ?そこは貴女なんじゃ………」
「私の権能は、お姉がいなければその真価を発動できない」
「あ、そう言えばそうだった」
「だけど、乗員は二名。一人は柚希として、もう一人はこの中で一番強い人物を選ぶべき」
「…………」
「私たち二人には行けない理由がある。それと同様に、あの三人にも行けない理由がある。なら、そんな私たちの中でそれに縛られていない姫様が一番の適任」
「で、でも相手は一人───」
「本当にそうでしょうか……?」
サヤカさんの視線が、トトロさんよりもまだ奥の方へと向けられる。
「………」
その瞬間、トトロさんがその先に何かの合図を送るような仕草を見せた。
「意外と早く見付かるものだね?」
「え?」「へ?」
姿を現したのは、ワタシ達も見知っている人物。
その人物の登場に、アヤカさん姉妹とヴィヴィアンさん以外の面々は皆驚愕していた。
その人物とは、師法結羽灯。トトロさんと同じように突然姿を消していた人物だ。
だけど、ワタシと未美さんはなんとなく想像していた。
時期が微妙にずれていたとはいえ、二人が姿を消したのは似たような状況下にあった。
「これで、二対五。戦局は解らなくなりました」
それは、サヤカさんが結羽灯さんのことを全く知らないことにある。
「だから、行って。柚希」
「はいッ!」
サヤカさんや未美さん達の意を汲み、ワタシは“符札”を天に翳し、転移門を開く。




