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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
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第89話 導酷の巡礼者

 ワタシは、今の自分で調べきれるだけの情報をかき集め、帰宅して改めて整理してみることにした。

 そうすることで何か手掛かりが掴めれば、と思っていたが、それは案外容易に判明した。

「とりあえず」

 リッチさんが元旅館の物置にあった来賓用に使っていたであろう大きめの机を引っ張り出し、サヤカさんがその上にこの國の地図を拡げた。

 学園の理事長から貰った地図は古い頃のモノだが、重要な箇所は記されていたので感無量だ。

「んん~~、なんだか実にシンプルな地図ですね」

「まぁ、細かな部分は自分達で書き込んでいけるので良いかと」

「それもそうですね」

「さて………」

 そう仕切るサヤカさんは、地図の上にワタシ三人が集めた資料をそれらしい箇所に並べていく。

「まぁ始めは、細かな部分は無しで、ざっくりとした間切りのみにしましょう」

 地図上に並べられたのは、國内にある不可思議な権能の残滓(・・・・・・・・・・)を持つ建造物やそれに連なるもの。

 その状態は、最新の地図に書き込んでいた質素な情報とほぼ同じだった。

「こうして改めて見ても、あまり変化は見られませんね」

 それは当然、思考的な意味。

 簡素な地図の上ではなく、卓上に敷かれた云わば模型図として観ることで、その視点も変わると言う。

 ワタシとしては、今の段階で見た感じ、そう違いはないように見える。

 だが、結果論(・・・)は違う。

 ワタシ達が見出だし、求めた《真実》。

 その〈事象〉を具象化(・・・)した答え。

 その光景は、あながち模型とも例えられる出来だ。

「それでは、ここから色を足していきますよ」

 そう切り出すサヤカさん。

 それに続くように、ワタシとリッチさんは手元の資料に目をやる。

「まずは、この國の存在する《超古代遺失物(オーパーツ)》について───」

 それについては、情報をかき集めている間に沢山の憶測が交差していた。

 実質、改めてこの國中を探索すると、それが五つでないことに気付かされた。

 それは、今ワタシ達がいる鶯亭や、未美さんやリグレットさん達が利用している遊殻亭もそう(・・)だった。

 総てを観て廻った時、ソレが途方もなく多い(・・)ということはすぐに予想できた。

 違うカタチ、違う用途で存在しているソレらは、まるで個々の存在を主張するわけでも、隠すわけでもなく存在し、そしてまた其々が何らかのカタチで関係しているわけではなかった。

 ただ、流石は《超古代遺失物》というべきか、この國には何らかのカタチ(・・・・・・・)で関係していた。

 例えばワタシが『家』としているこの〈鶯亭〉は、この國では最も大きく、ちょうど市の真ん中辺りに存在している。それに、リッチさんの話では、この建物は元々『娼館』だったという。なので当然(・・・・・)、この建物には地下があり、そこは『幽幻廻廊』と呼ばれていたらしい。

 だが、今この建物には、そんな場所もそれに通じる〈道〉さえも見付からなかった。

 そして、ワタシ達はリッチさんとサヤカさんの情報を頼りに、微かに自分達に関係していそうな《超古代遺失物》を探し出した。

 その結果────、

「寺院、隧道、祠、碑石の四つがそれぞれに〈響鳴〉している存在」

 響鳴とは、ある特定の条件を持ったモノ同士が何らかのカタチで繋がり会うこと。

 これらの場合、条件としては『人類種(ヒト)成らざる者の住処』というのに該当する。

 他に、埠頭、渓谷、霊園、連峰の四つの『人類種では至れない領域』。学園、古城、宿館、教会、劇場、工房、保養地、別宅の八つの『人類種の穢れを体現した宿り木』がある。

 その他にも〈響鳴〉している存在は数多にあった。

 だが、それは今回の件には関係ないだろうという双方の意見が一致したことで保留としておく。

 今一番着目すべきなのは、サヤカさんが言った『人類種成らざる者の住処』として〈響鳴〉しているであろう存在。

 何故これらが一番怪しい(・・・)と睨んでいるかというと、大きな『点』として〈影の王〉の存在が念頭にあるからだ。

 〈影の王〉とは、即ち『死者たちの皇』とも呼べる存在。

 それはまさしく《霊皇》とは異なる存在と言えよう。

 だが問題は、何故〈影の王〉は《影法師(エンストス)》達を遣わないのかという疑念が二人の頭の隅にあった。

 リッチさんの考えとして、彼らが《夜天二十八罫(こどもたち)》であり違う存在であるということ。

 また、サヤカさんの考えとして、〈影の王〉が《影法師(カレら)》とは違う戦力や罪状を有しているということ。

 どちらも確証は無いが、可能性はある。

「ちなみに、ここからどれだけの戦力が集まると思う?」

「細かな数までは解りません。ですが、相手の戦力はこのセカイ総て(・・・・・・・)の人口と同等(・・・・・・)であるのは確かでしょう」

「………………」

「………まさに、真羅曼星を体現した存在だね」

死者の世界で(・・・・・・)、の話ですけどね」

 何の話かはワタシにはさっぱりだけど、それがありえる事(・・・・・)は確かだ。

 その為にまず、ワタシ達はこの國の《過去(つみ)》を知るべきだろう。

「それで、ここからが『本題』ですね?」

「ええ。これを見て」

 そう言って、サヤカさんは地図の上にその証拠(サンプル)を拡げた。

「これって…………」

 ワタシ達の目の前に現れたのは、色んな意味でそれぞれが異なる存在感を放つ〈遺物〉。

 それは────、

 立の、紫紺に包まれた天翼の駿馬。

 帆の、紅蓮の鬣を持つ有角の獅子。

 薗の、蒼窮を纏いし雌伏の雛鳥。

 ────の三つ。

 それぞれが、旗扇、外套、記章にそれぞれの國紋が刻まれている。

「……四聖獣?」

「いえ、おそらく《八装獣》の方だと思いますが」

「《八装獣》……?」

 二人だけの解釈の中、ワタシは蚊帳の外となっていた。

「〈聖〉と〈地〉を備えた、悠久の聖獣。その数は定まっていないけど、一応『装飾品に施される仔心の四肢』とされてはいるね」

「仔心の四肢………」

 その定義は、手足だけに限ったことではない。

 そして、その存在は《魔轟獣(キメラル)》の元祖と

なっている。

 それは、サヤカさんが所属していた(・・・・・・)聖導図書館(グリモワール)》も同じ。

 過去の逸話や伝承を準え、それに似せた存在へと改変している。

 そう考えれば、ある程度の《超古代遺失物》の存在に納得はいく。

 だが、それは『総て』ではない。

 無論、そこに無いものも幾つか存在している。

 そこで〈肝〉とあるのが、この國の逸話や伝承。

 つまり、この國に(・・・・)のみ存在する(・・・・・・)《竜》の存在にある。

 この國が三國に別れていた時代。それぞれの國には《竜》に纏わる逸話や伝承が確かに存在していた。

「けど、どれも『破壊』を象徴とする聖獣ばかり」

「確か、帆はそうですが、立は守護で、薗は豊穣だったはずですが」

 まさに『正反対』というべき國紋となっている〈聖獣〉。

「……………」

 答えに詰まる中、リッチさんは何か別の意味で思考していた。

「いえ、そうでもないかもしれませんよ?」

「と言うと?」

「『雛鳥』は文字通りですが、『駿馬』も若い騎獣(・・・・)として描かれることはあったはずです」

「…………そっか。でも、それだと違う『違和感』がでてきますよね?」

 サヤカさんが疑問に思うのもの当然だろう。

 だけど………、

「いえ、『獅子』も一応はそれ(・・)に該当するはずです」

 獅子とは本来、《竜》と双璧を為すとも云われている〈神獣〉一角で、その子孫や末裔として描かれる話は幾つか存在する。

「ということは、その『子孫や末裔』という部分に接点を置いた方がいいということでしょうか?」

「ええ、おそらくそうなるかと」

「じゃあ、次はそれらが示す方位(・・・・・・・・)だけど────」

 方位、それは〈五行〉や〈四柳〉などでよく利用される《占星術》の基板の一種。

 それがこの國紋と関係しているかは不明だが、今は多くの情報を得る為に色々な視点から僅かな可能性を模索しているところ。

「〈立〉は南、『駿馬』も南。〈帆〉は北、『獅子』は西。〈薗〉は東、『雷鳥』は北」

 サヤカさんは、言葉と共に地図の上に印を立てていく。

「こちらも特に統一性は無しですか………」

 予想できていたはずのこととはいえ、それが証明されたことにリッチさんは肩を落とす。

 その後も、様々な観点から三國の〈共通点〉を探った。

 しかし、どれも決定的な証明もできず、どれもかならず一つはそれから外れる結果となった。

 総ての手法で試したことで、サヤカさんの予測は大きく外れたことの方が証明され、ワタシ達はこの状況を打破する術を見失いつつあった。

「…………」

「もう後、考えられるとしたら『私たちの過去』に関係した何かだと思うんだけど、さすがにそれは考えたくない(・・・・・・)かな」

 そんなサヤカさんの言葉から推察できるのは、彼女達の彼女達たる所以であり、ある意味〈黒歴史〉とも呼ぶべき事なのだろう。

「では、諦めますか?」

 自身も辛いはずなのに、リッチさんは掻き立てるかのようにサヤカさんに訊ねる。

「…………ううん。───と言いたいけど、さすがに私たちの過去じゃその程度しか役に建たないかな」

 もっと根本に連なる者がいれば話は早いだろう。だが、それは高望みと言うもの。

「とりあえず、この國の《過去》は解った。なら、今はいつ来るか分からない《災厄》のために少しでも準備をしておいた方がいいかな」

「そうですね」

「……………」

「柚希もそれで良い?」

「柚希さん?」

「………え?あ、はい。良いと思いますよッ」

「…………」

「ねぇ、何か引っ掛かる事があるの?」

 リッチさんは、ワタシの顔を覗きこみ自分事のような表情で訊ねてきた。

「…………」

 ワタシは、それに無言で返した。

「貴女の前置き(かんがえ)は何となく分かる。おそらく、『過去(・・』を持たないワタシが(・・・・・・・・・)。とか思ってるんでしょ?」

「え、そうなの?」

「……………」

 サヤカさんは、ワタシの『心境』に気付いているかのように、騙りかけてくる。

「大丈夫ですよ。いくら他人(・・)を演じていても、その可能性が『ゼロ』である可能性はないのですから」

 リッチさんはリッチさんで諭すように訊ねてくる。

「…………」

 正直、感服したとしか言いようがない。

 が。今二人が求めている返答はそれではない。

 確かに、ワタシが考察していることは可能性としてゼロではないのでろう。

 だが、それが一に満たるかどうかも定かではない。

 そもそも、ワタシの考察──というより、意見は既に話してあるし、そこも踏まえての今回の見解ならワタシが挟むことも場違いに思える。

「柚希さん?」

 それでも、ワタシは一つだけ疑念があった。

 それは、二人が先程の見解に含めていなかった唯一の可能性(・・・・・・)

「柚希………?」

 それにワタシも二人と出逢うまで、こんな状況になるまで一度も疑問に感じなかったから、もしかしたら、たまたまの偶然か気のせいかも思っている。

「なんだか迷走(フリーズ)しているようですね」

「そうだね………。コレ、いつものことなんですか?」

「え、ええ。時々なりますね」

 なんだか、悪口を言われているように聞こえたが、今は気にしないでおこう。

戻す(・・)には?」

「えと……、時を待つしか」

 その後、ワタシは二人の生暖かい視線に数分ほど晒された。

 その辱しめを受けて、ワタシは自身の考察を二人に話し始めた。

 それは、本当に些細で有り得ない可能性だろう。

 だけど、二人はそれでも求めた。

 《彼女たち》が知らず、ワタシだけが(・・・・・・)知っている《彼女たち》の〈過去〉とその〈秘密〉を…………。




 同じ《夜天二十八罫》といえど、その思想も向かうべき領域も違っていた。

 それは《聖導図書館(グリモワール)》も《影法師(エンストス)》も同じ。

 そして今、その二つの一部は共闘している。

 二人は南蛮での作戦を早々に切り上げ、それよりももっと質の悪い《計画》を止めるため、北上していた。

「じゃあ、主犯格は」

「もう、この世界にはいません」

 超弩級(ガリオン)船艦の甲板で、二人は状況確認と今後の作戦を立てていた。

「ですが、その遺志と能力を受け継いだ者はいます」

「それが、〈影皇〉…………」

「それと、〈影騎士〉の方にも注意しておいたほうがいいと思います」

「〈影騎士〉かぁ………。それはいったい何者なの?」

「明確には何も解っていません(・・・・・・・・・)。ですが、《彼》の存在は〈影皇〉に近いと思われます」

 それはむしろ、二つの存在が『同格』であるという可能性があるということにもなる。

「…………」

 その言葉を聞き、風音の脳裏に過去の〈影騎士〉とは戦いが過った。

 確かに、あの権能(チカラ)は強大に感じた。

 だけど、そんな権能にも〈リスク〉はある。

 それは、風音が本来の権能を使えないのと同様。いくら規格外の存在とはいえ、その『根本』は同じ(・・)

 だからこそ、その部分に『勝機』はある。

「それにしても驚きだよ。リシュトもそうだけど、まさかアナタまで《ソチラ側》にいるんだもんね」

「えと、以前から《(カレら)》の『勧誘』はありましたから───」

「じゃあ、私の策略も読んでいたということ?」

「ええ。ですが、読んでいたのは《影》ですけど………」

「でも今は、そんなモノたちの意向を無視しているんでしょ?」

「いいえ。コレも《影》の意向ですよ」

「? どういうこと?」

「元々、私たちは『大した使命』などはないんですよ」

 それが、《影法師(アンゼリカたち)》と《影皇》の違い。

 《影法師》達には個々の『未練』はあれど、誰かの指示で動いている訳ではない。

「なら、何故……」

「私は、私たち(・・)は、この〈断罪(セカイ)〉の真相を、『行き着く先』を見てみたいのです」

「え………」

「《神創計画》によって〈基盤〉は造られ、《竜廟計画》により伴との〈絆〉は再構築し、《零時計画》で総ては〈統括〉される。───このようなカタチでよろしかったですか?」

「う、うん。だいたい合ってる」

 だがそれは、あくまで二人の中での相互認識。

 実際の《計画》は、もっと数奇で幾何怪なものだった。

「ところで、これ間に合うのかな?」

「おそらく、間に合わないと思います」

「………そっか」

「ですが、『最悪の事態』だけは避けられるはずです」

「え……、それって…………」


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