第87話 黒白の裏切り
三億年前、霊界。
「まったく、なんだってのよッ。この亡霊たちはッ!!」
飛び交う魔術や弾丸の応酬、息も吐かせぬほどに厳しくなっていく戦況、少女達はそれぞれに尽力を尽くす。
だが、状況はそれに見合うほど芳しくない。
物理も魔術も一切受け付けない、霊的な物質でできた魔獣。
それは当然、彼女達の知識になく、彼女達の今の攻撃が通用しようはずもない。
「とりあえず、時間くらいは稼がないとッ」
少女達は待っていた。
小さな可能性、勝利への布石を。
「皆さん、下がって下さいッ」
一人の少女の言葉に、他の少女達は何の躊躇いもなく相手から一斉に距離を取る。
「───妄念に溺れし哀しき魂よ、その醜き怨鎖を断ち切り黄泉の門へと去れッ!────“バニッシュメント”ッ!!!」
霊的術式を詠唱し、亡霊達の魂を消失させる。
「やったのッ?」
「いえ…………」
しかし、亡霊達は何事もなかったかのように、再び少女達の周りを漂う。
「やっぱり、私達じゃどうしようもないか………」
「意外と諦めるのが早いね?オズ」
「ふんッ、私は事実を言っているだけ。貴女だって、本当は解っているでしょ?こんな事に意味なんか無いって」
「…………」
それは、探そうとして見付かるはずのない現実。
それでも彼女達は、その答えを見付けようしていた。
何故、こんな状況下にいるのか。
それを彼女達は一切思い出せないでいた。
「まあまあ、二人とも………」
「仲良くケンカなんてしてる場合?」
ケンカではないが、言い争いをしている場合ではないのは確かだ。
「アリス。どう?」
仲裁していた少女が、別の少女に問い掛ける。
「ダメみたいです」
「反応なし、ってこと?」
「おそらく………」
「やっぱり、危惧すべき存在と認知すべき?」
「そう位置付けた方が安全かもしれません」
「よっしゃッ。じゃ、ここからは全力出せるってことだね」
「ああいう台詞が言えるのも、あの能天気さがあるからかな?」
「だろうね。でも、今はそれが頼もしく感じるね」
「不本意ではあるけどね」
「も、もう。二人とも、言い過ぎですよッ」
「そうですよ。もう少し、言葉というものを選んで下さい」
「いえ。そういう問題ではなく………」
「そこッ、聞こえてるよ!?」
「ま。アホ姉の頭のネジが外れてるのは生まれつきだから仕方ないよね?」
「ちょっ、サヤちゃ~んッ!」
こんな状況下でなければ、もう少し客観的にやっていた少女達。
それでも、少女達は『いつも通り』を心掛けて現状を打破しようと動き出す。
だが、状況はそう簡単ではなかった。
進歩のなく、激昂するわけでもない戦況は、唐突に終わりを告げた。
「…………大条際が悪いですね……」
霊気漂う霧の中で、女性の声が響く。
「───ッ!?」
少女達は周囲を見渡し声の主を探すが、当然少女達に彼女を見付けることはできない。
霧が発生したのとほぼ同時に、亡霊達はいつの間にか姿を消していた。
「大将のお出座し、ってところかな?」
「向こうから来てくれたのはありがたいけど、この状況はまずいね………」
「ええ。ですが、対処のしようはあります」
「フフッ。頼もしいね、アリス」
少女の曇りなき言葉に、他の少女達は一斉に決起する。
「まずは、この妙な霧から脱しますッ」
「じゃ、全員散開ッ。アリスはこのまま霧の正体を突き止めてッ、残りで霧の概要を把握するよ」
「おうッ!!」
それぞれに役割を分担し、少女達はその幾何怪な現象を探る。
「きゃあぁぁああぁぁぁ………ッ!」
戦闘が始まって数時間ほど。戦況は逆転した。
「よしっ」
「これで、良いんだよね……?」
妖しげな霧は晴れ、亡霊達の親玉は一突で討たれた。
「あ………、かはっ───」
霊皇の心臓は一突きされ、その現実を世に知らしめるかの如く、霊界は崩落し始めた。
「な、何ッ!?」
当然、少女達はその〈仕組み〉を知らない。
「これが、始まり…………。ようやく……私は、アナタの元へ…………」
霊皇は天を掻き、最期の遺言を口にする。
「さあ、始めましょう。終焉を奏でる幻想曲を」
その言葉の後、霊皇は霊界と共に姿を消した。
「マズいッ!」
この理に、一人の少女のみがいち速く気付く。
「へ?」「は?」「なっ?」「ちょっ」
少女達はそれぞれに、霊界から飛ばされていった。
「…………」
そんな仲間達を素知らぬ顔で見ていた少女は、この事象を起こした人物に視線を向けた。
「これはアナタがやったの?」
「フッ。さすがに貴女は理解が早いね?」
「アリスやハーメルンほどじゃないけど、それなりには察しが付いていたからね」
「じゃあ、コレも付いていた?」
突如現れた霊皇とは別なる皇は、唐突に攻撃を仕掛けてきた。
「おっ、とと………」
「…………。さすがに、読まれてるか」
「でも、脅威度はアナタの方が上みたいだね」
「それはまぁ、貴女達のせいでもあるんだけどね」
「あ、この《崩落現象》………」
「そ。此処では、私の権能は十二分に通用する」
「けど逆に、私の権能は半減する」
「そういうこと」
「それじゃあ今回は、勝ち目なしかな?」
「元から勝とうなんてしてないくせに」
「ははっ、さすがにバレてるか……」
「……………。ねぇ、一つ提案があるんだけど………」
「………?」
「ふむ、とりあえず他の娘達と合流しないと………」
少女は、〈もう一つの権能〉を使用して別の世界に降り、一人言を呟く。
歩き出す少女。勿論、彼女のアテなどない。あるのは、他の少女達と繋いでいる繋がりのみ。
その繋がりを頼りに、少女はふらふらと世界を渡り歩く。
巡行中に見えてきたこの世界の存在意義、その存亡は激動の中と謂っても過言ではなかった。
「これが、《黄昏世界》。謂いえて妙だね」
少女は、南蛮、東方、西洋、そして北欧と渡り、それぞれで違う大陸の在り方を再度見付め直した。
「それだけに、この《計画》は大掛かりなんだろう」
それは、総てを見越したの大々的な計画だった。
「《夜天計画》……………」
それが、総ての計画を束ねた総称。
それを完遂してこそ、真に《あの人》の〈夢〉を叶えたことになる。
そう確信して、少女はたった一人で行動を興した。
まずは、第一計画の地盤を固める為、第二、第三の計画を完遂させる。
二つの計画の完遂を確認できたところで、更なる《計画》───第四、第五の計画を始動させる。
そうして、二十以上の計画が完遂されたことで、《計画》は本格始動する。
それが、セカイそのものを利用した大掛かりな《計画》。
その〈基盤〉として、まずは後半の計画を完遂するための《素体》を製造した。
それは、《人工生命体》の第三世代。小薙の後継基。
「じゃあまずは、《計画》の方よろしく」
「了解ッ!」
《人工生命体》の性能は折上付き、このまま行けば総ての《計画》を完遂させることが出来るはずだった。
だが、《計画》が指折りほどに差し掛かった時、事態は急変する。
一人でに成果を上げる《人工生命体》を疎ましく感じた彼女の飼い主は、彼女を抹殺することを画策する。
それを知った少女は、《計画》を水面下で行ったまま彼女の命を助けるのではなく、引き継がせることを模索する。
それが、《神創計画》の始まり。
元々、《計画》の中に折り込まれていたこの計画を、少女は別の形で完遂させることにした。
その為に必要だったのが、彼女の遺伝子。
彼女自身が、第二世代の遺伝子から製造されていた為、この方法でも製造が可能なのは想定済み。
だが、そのために必要な製造者が居なかった。
可能性としてならば誰でも良かった。だけど、それでは『託す』には至れない。
少女は途方もない〈刻〉を掛けて、それに至れる人材を捜索した。
そして見付けた。
だが、それは皮肉にも『彼女』と同じ姓を持つ人物だった。
それでも、少女はその人物に総てを託すほかなかった。
少女は、総ての疑問や問題点を受け付けず、その少年に少女が持てる限りの《叡智》を託した。
流石はかの姓を受け継ぐ者だけあってか、少年はその《叡智》を依とも容易く吸収した。
だけど、懸念は拡がるばかり。
《叡智》が引き継がれたことで、今まで公になっていなかった〈謎〉は、少年が所属する《組織》はおろか、少女達が所属する《組織》の『眼』にも触れる事となった。
「どういうつもり、オズッ!?」
「………うぐっ!」
「これはさすがにやり過ぎですよ?」
「でも、それだけの〈価値〉がある」
「オズ………」
この北欧の地で再会した元仲間は、当然猛反対。
だが、もう手遅れ。
誰が何と言おうと、この災禍の渦は誰にも止められない。
「もう……、アナタといい、ハーメルンといい…………」
「………あれ?そういえば、ハーメルンは?」
「さぁね。あの娘も随分前から、各地を頻繁に飛び回ってるみたいだけど何をしているのかまでは………」
「……………」
思い当たる伏があるのか、少女はしばし思考した。
そして、災禍の渦は強まり、《計画》は大きなうねりを上げながら進行していく。
それが、二十八番目と三十二番目の《計画》。
それぞれ違う《計画》ではあれど、その目指す先は同じ。ただそれぞれに、『役割』を課せているだけのこと。
西洋、南蛮で《計画》が進行していく中、東方、北欧での《計画》が始動する。
北欧で起きた事件を発端に、師法の末裔は東方に移住し《計画》を押し進めた。
だが、それも永くは続かなかった。
事件からおよそ五年。
師法の末裔の宅低が、少女が所属していた組織によって強襲された。
それにより、師法の末裔は殺害され、彼が創り出した第四世代は拉致された。
少女が救助できたのは、彼の娘だけ。
その娘には妹もいたそうだが、いくら探してもそれらしい情報さえ得られなかった。
刻は、それから更に五年近くが経ち、南蛮での《計画》が佳境へと向かっていた。
当然、《計画》は見事完遂され、《人工生命体》は第五世代へと受け継がれた。
それが限界であると判断した少女は、自身が独自に立ち上げた小部隊を用いて《計画》を大陸ごと跡形もなく隠蔽した。
その後、その第五世代は北欧の《計画》に利用され、それから四年後に今度は大部隊を率いて《計画》に携わった者達を一掃した。
その半年後に、別の大部隊で掃討作戦でこの《計画》も隠蔽され、《人工生命体》は〈二種類の可能性〉を携えて再び少女の手の内に収まった。
「この娘が、ユウヤ…………?」
「ええ。まだ完全ではありませんが、これから最終段階に向けて『調整』をしていきます」
その為に必要なのは、《計画》を押し進めるための進先地。
少女にはその場所のアテがあった。
それが、東方の地───秦。
《虚幻計画》によって最適の地となっていたこの場所は、別の《計画》が進行中であった。
この《計画》を完遂させるついでに、第五世代の〈覚醒〉を促すことを画策する。
そして少女の思惑は、多少のズレはあってもそれなりにスムーズに進行していった。




