第86話 始源の慕情
「ねぇ、キミ。大丈夫?」
キミは、誰………?
「大丈夫。キミは、ゼッタイに死なない。ワタシが付いているから」
キミは、誰なの?キミは、何処にいるの?ねぇ、教えてよ。
誰か、タスケてよ…………。
最近、よくこんな夢ばかり見る。
解っている。それが、〈夢〉だということも、それは到底届かない理想だということも。
でも、それでもボクはそんな〈夢〉を何度も何度も見続けていた。
きっと、それがボクが忘れていまっている本当の願い。
だけどボクは、今だ本当の自分を見付けられていない。
だから、この行いはボクじゃない人の総意なんだ。
そう思いこみ、ボクは再び戦地を駆けた。
その戦局は、圧倒的な兵力差によって終局仕掛かっていた。
けど、ボクの故郷はそれを認めず双方に加担し、別の火種を生んだ。
それが、《最終戦争》と呼ばれているものの始まり。
とある組織が介入したことで、沈静化しつつあった戦火の渦はより一層と威力を強め、各所の戦地で贄の塔を造り出した。
その塔は、別名《シャク=ナジャの魂喰塔》と呼ばれ、多くの人々の〈霊魂〉と〈肉体〉を喰らっていった。
そして、塔の出現により、戦局は一変。
敵も味方もなく、組織以外の総ての人間はほぼ跡形もなく亡んでいく。
それから幾日も経っていなかった。
「ハァハァハァ……………」
「もう、よせッ」
「ハァハァ……、うぐっ」
何度止められようと、何度死地を巡ろうと、ボクが〈彼ら〉の声を聞き入れ、その言葉に従うことはなかった。
当然だ。ボクと〈彼ら〉は、別の存在となり、別の道を歩んでいるのだから。
お互いの道が違えたことで生じた末路。
それは、お互いの存在すら認識できなくなるほどに無知で残酷な選択だった。
だからこそ、ボクは自身が持つ〈叡智〉と〈罪〉を用いて、あのセカイを創造した。
そのセカイで行われている《計画》は、どれもボクの『中』で渦巻いていた〈罪〉を浄化させる為のもの。
《神創計画》は、神の存在を証明し原初の〈罪〉を浄化させるもの。
《竜廟計画》は、竜を元の宿主に還し十に別たれた〈罪〉を浄化させるもの。
《虚幻計画》は、人類種の業を晒しヒトびとの〈罪〉を浄化させるもの。
《零時計画》は、穢れたセカイを統制し膨張しすぎた〈罪〉を浄化させるもの。
それぞれ違う役割があり、違う者たちがあたっている。
だけど、そんなボクと彼らとではその認識に大きな相違があり、その思惑には多少の不具合がある。
けれど、それは致し方無いこと。
彼らが人類種であり続ける以上、それは少なからず考慮しなければならない。
その上で、ボクは《計画》の促進を任せられる人材を集め《騎士団》を編制した。
無論、彼らにも彼らの〈罪〉があり、それも浄化する必要がある。
その為に、彼らには《計画》と称して各自の〈罪〉と向き合ってもらい、浄化を促してもらう。
それは、おそらく淡々と完遂されるだろう。
問題は、ずっとボクの中で渦巻いていた〈影の王〉と謳われる存在。
ボクはこの存在にずっと頭を悩ませていた。
どうすれば、〈影の王〉を浄化してあげることが出来るだろうか。
浄化の方法が限られていることは、何度も幾方法も試したから知っている。
だけど、それは人ではないボクには不可能な方法だと悟った。
だから、神の御依代を造り、彼女たちを利用することを決意した。
彼女の生成にも、幾度もの試行錯誤を行った。
既に基盤があったため、生成そのとものにそれほど苦労することはなかった。
一番の問題は、彼女に《竜》を移植することが出来るかどうか。
この課題は難解だった。
幾度試せど試せど、失敗ばかり。
《竜》とは、それほどまでに強大な存在であり、邪悪な生物である。
ボクはそれを、後々になって気付かされていた。
そう。あれは、ボクが《彼ら》と〈契約〉し、《彼女》を救うと約束したことから始まった。
「ユウヤ、ユウヤ…………」
………誰?
ボクを呼ぶ、キミたちはいったい誰なの……?
「…、………ヤ、……ユウ………ヤ…………」
ボクは、その声に応えるように手を伸ばした。
だけど、ボクが伸ばしたその手は何処に届く訳も無く、ただ空を扇ぐだけ。
しかし、ボクが諦めかけたその時───、
「大丈夫。もっと、ちゃんと伸ばして。そしたら、今度こそ届くから」
今度は、女性の声が響き、ボクの背を優しく押してくれた。───そんな気がした。
けど、それが幻聴でも、ボクの伸ばした手が虚空の先を包んだのは確かだった。
そして、ボクは永い眠りから文字どおり眼を覚ました。
これにより、ボクの、ボクらの人生は一変した。
最初っから、ボクに人生なんてものは存在しなかった。
ボクにあったのは、先祖が永年封印したままにしていた膨大な〈罪〉とそれにより誕生した数多の『呪い』、それを課せられた咎人としての生活だった。
そんな事さえ知らなかったボクには、今の生活が一般的な人生だと思っていた。
だけど、現実は違った。
国外へ出れば、其処はまるで異世界のような場所や者たちばかり。
でも、ボクは教えられた。
此処にいる者は皆、人であって人の皮を被った化物たち。
ボクの役目は、そんな彼らを一人残らず殺すこと。
そうして、ボクの、ボク自身が人ではない事を証明する為の生活が始まった。
人の命とは、とても呆気無かった。
心臓を刺し、頭を撃ち抜けば、その者は数分と待たずしてその生涯は終える、
だけど、ボクはどうだろう。
どれだけ身体を蜂の巣のようにされうと、どれだけ頭や四肢をグチャグチャにされようと、すぐに再生し、一分と経たずして普段通りの動作が可能となる。
気味悪がる者も出るだろう。
だけど、ボクにはそんな彼らのほうが何倍も何万倍も気味が悪かった。
だから、ボクは人を殺すことに一才の躊躇いも無かったし、迷いが過ったことすら一度も無かった。
でも、そんな生活が幾年か続いた時、ボクはある出逢いをする。
「ねぇ、キミ。大丈夫?」
またこの声だ。
何度振り払おうとしても、彼女の声はボクの感情を捉え、意識を揺さぶる。
「キミは、誰なのッ?何で、キミはボクに話し掛けてくるの?何で、ボクなの?」
「大丈夫、キミはまだ戻れる。キミはこんな所に居ちゃダメだよ」
「何で、どうして………」
「キミは、キミの事を思い出すんだ。そうすれば、キミは〈人類種〉を愛することが出来る」
「どうして、そんなことを言うの?ねぇ。ボクはこれから、どうしたら良いのかな?」
「それは、キミがキミの〈意思〉で考え、答えを見付けることだ」
「ボクの、意思…………?」
「そう。キミの意思を他人に任せちゃダメだ。じゃないとキミは、今度こそ本当に戻れなくなる」
「───だって、ボクは…………」
「駄目。考えることを諦めないで、目の前にあるものを否定しないで。それは必ず、キミの血肉となり想いとなるから…………」
「待ってッ!ボクは……、ボクはまだッ────!」
そう声にした時、女性の声はしなくなり、ボクの感情にはざわめく感覚だけが渦巻いていた。
その時、ボクは決意した。
彼女の言葉に従うのではなく、彼女本人を探そうと。
その為に、ボクがまず始めにしたことは、ボクの内に眠る〈呪い〉との対話。
だけど、ボクにはその方法が全く分からなかった。
ただ、ボクには〈影〉たちと対話が出来る能力があった。
「さぁな。我らには見当も付かんが、ソレは本当にオマエに聴こえてきたのか?」
「うん…………」
確かに、ソレは聴こえてきた。
だけど、何故ソレがボクだけに聴こえてきたかは分からない。
それでも、手掛かりというものが無いわけではなかった。
ボクは、その一握りにも満たない手掛かりという可能性を求めて、組織の中で《淵の床》と称される場所を求めて探索に出た。
「随分と深くまで来ましたが、まだ先がありそうだね」
「このままじゃ、最下層どころか反対側にまで到達しちまいそうだな?」
そんなことは決して無いと思いたいけど、上手く否定できない。
一応、中枢とおぼしき場所まではなんとか降りることが出来た。
「この先は深層域。これまでとは違う雰囲気も漂ってるな」
足を踏み入れたその先は、深層域と呼ばれる《淵の床》が近いことを示唆している奇妙な階層。
「このままなにも無ければ良いんだけど、そうもいかないだろうね?」
「だろうな」
此所へ来るまでの階層で、奇妙な存在と数回に渡って激突していた。
「《七十八の獣》に《三十七の堕具》。となれば、次に来るのは《四十六の怪物》だろうな」
そう言う彼らの言葉は、微笑しているように聞こえた。
「うっ、───っく!………さすがに、ここまでくると一人では辛いね」
そう一人言のように呟いても、助け船は来るはずがない。
唯一頼れる彼らに出来るのは、検索と先読みくらいなもの。
ボクは、相手の攻撃を交わしながら、この戦況の打開策を模索する。
「───ッ。“超再生”に“魔力増幅”、少しやっかいだね」
「これはもう、一撃で仕止めるほか無いな」
打撃系は然程の威力もないが、魔術系にはその倍以上もの威力を感じる。
「そうは言っても、相手は物理障壁も兼ね備えている」
「魔術攻撃では半分ほどのダメージしか与えられず、物理攻撃では完全に防がれる……」
戦況は厳しくも、その手法が無いわけではない。
「やるのか?」
「うん。他に手はなさそうだし………」
そう答え、ボクは剣を鞘に収め、深い姿勢を構える。
今のボクには無理でも、可能性の中には勝利をつかみ取れる手段はある。
その可能性は決してゼロではない。だからこそ、不可能ではない。
だったら、そのゼロではない可能性に望みを託す。
成功する可能性もまた、ゼロではない。
ボクには魔術の才能がほとんどない。
それでも、それを覆せるだけの剣術は学んできた。
それが、《六導十八門》という綜合虚有武術。
この武術は、彼らから教わった総てが詰まった統合武術でもある。
この武術には、魔術的要素は一切存在しない。
けど、それに類似した武術は存在する。
まずは、剣を杖と認識させる。
その上で、剣に魔術補繍を施す。
そして、ボクは型をとる。
ボクの持つ総ての剣術は無理でも、僅かながらの魔術ならば一撃は与えられる。
ならば、魔術武装を施した剣術でなら確かな一撃となり得る。
「はぁぁあぁぁぁ~~~ッ!!!」
放たれた一閃は、相手の胴にあたる部位を両断する。
「なんとか、完成したみたいだな」
「これ一度きりとも言えますが………」
「そうならないように精進あるのみだな」
「ですね」
苦笑するように会話を弾ませながら、ボクは先に進んでいく。
「───“静は剛、動は柔。我が剣心は全にして無なり”ッ!!」
《六導十八門》の一技に連なる『型』を放ち、ボクは何十体目かの魔獣を撃退した。
「これで、三十二か………」
背後から、そうおぼしき呟きが聞こえる。
途中から全く数えていなかったので、それが本当かは分からない。
でも、これで底へは近付けたような気がする。
「零式終之型“無双裂破”ッ」
「三十五………」
「ハァハァハァ……。っぐ!五式九之型“華灯旋輪”ッ!」
「四十三………、……もう少し」
魔力も体力も、もう限界に近付いていた。
彼らの言葉は、そんなボクの意識を難とか繋ぎ止めようとするかのように囁く。
「これで、最後………」
本当にそうあってほしいものだ。
「零式無之型“羅泉鏡斬”ッ!!!」
そう思いつつ、ボクは最後とおぼしき相手に一撃必中の一閃を与える。
「ハァハァハァ──カハッ、あ………」
「どうやら、これで本当に終わりのようだな」
「これで、ようやく………」
ボクは、朧気な足取りで最深部へと降り立つ。
「此所が………」
「組織の根幹、その正体………」
ボクも彼らも、組織の本当の実体を知らない。
それはきっと、この先にある。
其所は、いままでの廻廊のような空間とは違い、大きく拓けた不思議な空間。
そこには不穏な気配も怪しい匂いもなく、ただあるのは不可思議な雰囲気漂う違和感のみ。
空間の奥には、邪悪な気配漂う玉座とこれまた大きな円球状の物体が存在していた。
「ココへの来客は何時振りでしょうか」
空間の中央辺りまで足を踏み入れた時、あの声が聴こえてきた。
「ユウヤ……ッ」
「うん」
ボクは、この地を知っていた。
このセカイの名は────、
「アナタはッ───」
ボクは、真っ直ぐに問う。
「アナタはいったい、ダレなんですかッ?どうして、ボクにはアナタの声が聞こえるんですかッ?」
「…………」
「答えて下さいッ!!」
まるで八つ当たりでもしているかのように、ボクは声の主に問い続けた。
「うっぐ………」
先程までの度重なる戦闘による疲労で、ボクの感情も疲弊しきっていた。
「ワタシと貴方は、〈二心同体〉。ワタシの言葉は貴方の心情。故に、ワタシは貴方、貴方はワタシ」
「………キミの名前は?キミはいったい、何者なの?」
「…………」
ボクの問いに、声は再び沈黙する。
「ワタシの名前は、『サクラ』」
しばし待っていると、声は解答を口にした。
「サクラ……?」
その名に聞き覚えはないが、やや違和感を感じた。
「今は、そう名乗っておきましょう」
声は、爽やかな声音でそう後付けする。
「では、なぜアナタはボクに語りかけてくるの?」
「貴方が、ワタシと同じ存在だからですよ」
「えっ?」
何度聞き返しても、その答えは返ってこなかった。
その代わり───、
「ユウヤッ!!」
「───ッ!!」
ボクの脳裏に、これまで聴いたことの無いほどの警鐘が鳴らされた。
「………コレって」
「《護鎮獣》………」
そう呼ばれる魔獣が二体。それも、いままでの魔獣とは大きさも気配も桁違いみたい。
「ユウヤ、魔力残量は?」
「ほとんど無いです」
「片方は物理の完全防御、もう片方は魔術の完全防御」
「それに、紅い方は魔術駆動の解除能力を持ち、蒼い方は物理攻撃の反射も兼ね備えている」
「面倒そうだな」
「では、ワタシも手助けしましょう」
「へ?」「は?」
ボク達は、揃ってすっとんきょうな声を上げた。
「アナタは信じていないようですので、ここでその証拠を見せておきましょう」
そう言ったサクラと名乗る声は、ボクに〈桜色の恩恵〉を与える。
「これは…………」
「全回復、とまではいきませんが、ワタシからの加護を付与しておきました」
「どうだ?ユウヤ」
「凄いです。確かに完全回復には至っていませんが、魔術的な部分が今までとは桁違いです」
「よろこんでもらえて光栄です。では、証明して下さい。この最終試練で」
「ん?」
一瞬、空耳のような言葉に足を止めかけたが、すでに地を蹴っていた姿勢は止められない。
ボクは、そのまま戦闘へと威を込める。
「これって………」
ボクは不可思議なほどにスラスラと通る斬撃に、少し動揺した。
相手の持つ“完全防御”の抵抗を無視するように、相手の身体を斬り裂く。
それはまるで、〈神の力〉を体現しているかのよう。
「神通力に近いんだろうが、それとも違うんだろうな?」
宮司や巫女、修験者のように、神に親しい者や近い存在が行使できる術として知られる神通力。
確かに、このチカラはそれに近い感じがする。
「《皇力》。ワタシ達はそう呼んでいます」
「《皇力》………」
自分で呟いてみても、やはり全く聞き覚えのない単語。
でも………、
「これが、《皇力》のチカラ…………」
凄い……。
そう感じつつも、ボクは蒼い方の《護鎮獣》を先に倒した。
「凄いな………」
彼らがそう呟く。
残るは、紅い方の《護鎮獣》のみ。
ここでボクは、新たな試みをする。
“型”はいままでとは全然違う。だけど、その原点は同じ。
「ユウヤ、それは………」
本当にボクと彼女が同じ存在なら、コレはそれなりに出来るはず。
「桜式無之型“咲良染舞”ッ」
それは、容易でない。
だけど、〈業〉としての練度は申し分ない。
これなら────ッ!!
「桜式零之型“百華絶香斬”ッ!!」
二刃目を放ってようやく、紅い方の《護鎮獣》も倒すことに成功した。
「フゥ…………」
残存気配を確認し、呼吸を落ち着ける。その後、剣を鞘に収める。
「…………」
「あの、一つだけ聞いても良いですか?」
「ユウヤ……?」
「アナタは先程、『最終試練』と仰いました。あれは、どういう意味ですか?」
「………」
「言葉通り、文字通りの意味です。これは〈試練〉、ワタシの下へと至る為の」
「……?」
「此処の名は、《屍の園アウストボレス》。そして、アナタが此処へ至るまでに通ったのが、《悠久廻廊》」
ちゃんと名前があることにやや驚くボク達。
けど、そんなボク達を他所に、サクラさんは解説を続ける。
それが、ボクと彼女の出逢いだった。
けど、それが最後だった。
それから、ボクは彼女の声を一切聞かなくなっていた。
勿論、《屍の園》と呼ばれるあの場所にも何度か足を踏み入れてみた。だけど結果は、成果なしといった感じ。
その後一月と経たずに、ボクは各所の最遠征に駆り出された。
そして、最遠征から戻って早々、ボクは母さんの思惑で日本にある学校に通うこととなった。




