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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
86/102

第85話 神の御業

「さて、これからどうするかだけど」

 サヤカさんが、そう口火を切る。

 お題は、大して決まっていない。

 それと同時に、ワタシ達に前以て出来ることは何も無かった。

 ただ、このセカイで何が起きてきたのか、何が起こるのか、それを解明し、予測する事だけ。




 南蛮。

「よっ、と。ふぅ…。さすがに各地を廻ると二月近く掛かるな」

 大型船から降り、大柄な男がぼやく。

「この地を訪れるのは、六年振りだね」

「あれから何も変わってない」

「これが、《虚幻計画》というものの驚異」

 続々と船から降りてくる十六~二十くらいまでの少女達が、大陸の状況を確認しながら、自分達の身に起きた事を振り返る。

 ここ南蛮は、既に壊滅した(・・・・)大陸。

 だがそれは、《虚幻計画》によってもたらされた偽りの現実。

 そんな事実は、此処にいる者達以外だれも知らない。

 その事実を記憶している(・・・・・・)のは、男達だけ。

「ところで、お兄様は?」

 男達が大陸に到着して早数時間、偵察に向かっていた少女達の言葉を代表するように、一人の少女が重要な疑問を挙げる。

「何処にも居なかったのか?」

 男はそう訊ねる。その答えを、少女達は首を横に振って答える。

「おっかしいなぁ。確かに先に行ってる。って言ってたんだが………」

 だが、少女達の疑問はそれだけではなかった。

「そういえば、二~三人ほど足りないね?」

 既に、少女達は点呼代わりに各所での出来事を報告しあっていた。

 その中で唯一、ある一ヶ所だけの情報が欠け落ちていたのだ。

「東方西部《呉》にいた者達か」

 本来であれば、一人でも残り近場の者に情報を与えている手筈も用意していた。

 しかし、それすらも無いということは、考えられるのは二つ。

 一つ目は、その報告を伝えられないほどの驚異にさらされている場合。

 だが、その懸念はすぐに脱ぎ捨てられた。

 もしそうなら、隣国の者達に動きが無いはずがない。

 二つ目は、男達のリーダー格が其処にいて、まだ出発に手間取っている場合。

 そちらのが信憑性はある。

 だが、同時に腑に落ちない点もある。

 いったい、何の為に………?

「まぁ、いっか………。とりあえず、アイツの目論見を先に調べておくか」

 そう判断し、男、レオンハルトは少女に先んじた命を下し、残った南蛮大陸の再調査を開始した。

 だが、この地にソレを確かめられるだけの〈遺産〉はもう残っていない。

 残っているのは、無惨にも切り捨てられた何の変鉄もない住宅ばかり。

「何も無し、か………」

 数時間ほど調査を行ったが、やはり何も出てこなかった。

「やはり、何も出てこないか……」

 レオンハルトの背後から、彼よりガッカリしたような別の男の声がした。

「──っ!………リシュト!」

 レオンハルトが声がした方へ目を向けると、そこには傷だらけのリシュトとそれを支える三人の少女がいた。

「だ、大丈夫ですかッ。お兄さん」

 レオンハルトが駆け寄ろうと足を踏み込むが、その行動は別の少女達によって阻まれ空を切る。

「そ、それより遅かったな。いったい何があった?」

 少女達の介抱を受けるリシュトに、レオンハルトはやや冷めた声音で問う。

「…………。ちょっとな………」

 何やら歯切れの悪いリシュトに、レオンハルトは言い詰まる意図を察した。

「そうまでして、『答え』を探りたかったのか?」

 リシュトが何を求めたかは、薄々理解していた。

 だからか、レオンハルトはその独断の意図ではなく、真意を訊ねた。

「ああ。けど、結局『答え』は得られなかった」

「そうか………」

「いったい、何がどうなっているんだ」

 独り言のように、リシュトはそんな言葉を吐き捨てた。

「リシュト……」「お兄さん……」

「ところで、何か見付かったか?」

「え?あ、いや。何も」

「そうか…………」

「いったい、此処に何があるっていうんだ?」

「…………」

 レオンハルトが問うと、少女達の視線がリシュトに向けられる。

「分からない。だが、何かがあるはずなんだ」

 それは、リシュトがある人物(・・・・)から聞かされた最も信憑性の高い真相。

「リシュト………」

「普通に考えて、もう此処にそんなモノ(・・・・・)が残ってるはずないじゃない」

 酷く落ち込むリシュト、その落ち込み様に心配するレオンハルト達の元に、懐かしく聞き覚えがある女性の声が現実を更に上書きした。

「双葉……、風音…………」

「どうしてオマエが……?」

「どうして、って。まぁ、旅は道連れ、世は情けってね」

「は?」

「簡単に言えば、目的はおんなじってこと」

「………なら、始めっからそう言えよ。相変わらず、よくわかんねぇ言葉使いやがって」

「…………」

 レオンハルトのツッコミに、風音はやれやれと言った様子で呆れ顔を作り、リシュト達の反応を窺う。

「それで、風音が此処にいるということは、やはり此処には『何か』があるんだな?」

「………ま。正確には、『あった』だけどね」

「そういえば、此処で行われていた《計画》を俺たちは知らないんだったな」

「あ。そういえば…………」

「…………」

 それを教える気といった風音だったが、彼女に同行していた者達の声もあり、風音は渋々といった感じで口を開いた。

南蛮(ココ)で行われていたのは、《神創計画》」

「しんしょう、計画………?」

 それは、およそ十一年前に始動された《計画》。

「聖皇教会が主導で行われていたこの計画は、元々、私の古い知り合い(・・・・・・)が長年研究していた〈案件〉だった」

「………?」

 含みの混じる発言に、リシュトは大きな疑念を抱く。

「それがどうして………」

 そう。だがそれは、風音自身も知らないその《計画》の意味。

「ならどうして、オマエはあの子(・・・)だけを連れ出させたんだ?」

「…………」

 リシュトにとって、此処で行われていた《計画》になど一才興味が無かった。

「何故、俺たちにその《計画》の事を黙っていた?」

「………一応、アンには伝えておいたんだけどね」

 再び、含みのある言い方をする風音。

 そんな態度に感情を荒げることなく、リシュトは問い続ける。

「何故、〈局〉はこの作戦に一才関与せず、俺たちは辞退させられた?」

「それが、この《計画》を終わらせる為に必要だったからね」

「それは違うな。北欧の《計画》に引き継がせる為どろ」

「いいえ。あくまで、私の目的は《計画》の断絶。それは、六年前もそうだし、二年前も、そして、今度もそう」

「いったい、今セカイで何が起ころうとしている?」

 おそらく、それが最後の問いだろう。

 そう確信した風音は、小さくため息を着き、此処へ来た本当の目的を口にした。

「この地で行われていた《計画》を、今度こそ(・・・・)根絶するッ」

「───ッ!そもそも、南蛮(ココ)で行われていたという《神創計画》とは、いったいどういうものなんだ?」

「それを答え義務が、私にあると?」

「だが、義理はあるだろ?」

「…………。まぁ、いいけど」

 リシュトが知りたがるのも無理はない。

 リシュトは、この一軒で最愛の妹を失っている。

 だが、それは風音も同じだった。

「《神創計画》の本格は、神の器(・・・)創る(・・)こと」

 風音は、そう淡々と答えた。

「……神の、うつわ…………?」

「───ちよっと待てッ!なら、この子たちはその〈実験体〉にされたってことなのかッ!?」

「…………」

「正確には、その子たちも(・・・・)創られた存在。でも結局、その子たちは捨てられたけどね」

「───ッ!」

 風音の意図ある発言に、レオンハルトは背の巨剣を大振りに抜く。

「がはッ!」

 が。その行動を事前に予測していた風音は、片手を振り上げ、潜伏させていた兵を動かし、レオンハルトを挟撃し、リシュト達を包囲した。

「この子たちは…………」

「まるで、六年前のワタシたちみたい………」

「……ううん。多分、それ以上」

 《D》の子らは身構えるが、リシュト達を包囲している幼女達は、剣や銃を構えたまま微動打にしない。

「貴方が聞きたがってるから話してるのに、邪魔しないでもらいたいな?」

「レオ、大丈夫か?」

「あ?ああ、なんとかな」

 レオンハルトがゆっくりと身を起こすのを見て、風音は兵に武器を下げるよう無言で指示した。

「その子たちは、北欧の…………」

「ええ。二年前、自衛局を利用(・・)し助け出された子たち」

「その子たちも、創られた存在なのか?」

「いいえ。各所から誘拐された(・・・・・)子たちだよ」

「誘拐…………」

 それが、風音がリシュト達を利用し、この地の《計画》を阻止させようとした理由。

「オマエは、知っていたのか?あの子が創られた存在だと」

「そして、ほんの一握りの小さな『可能性』であり、希望になりうる存在」

 《神創計画》から、《竜廟計画》へ…………。

 繋げた想いは微かばかり、されど、その希望(チカラ)は一筋の光となり得た。

 後は、あの子がどう選択するかだけ。

 本当なら、自分が隣にいたかったが、風音には風音にしか出来ない事がある。

「それで、成功したのか?」

「まだ百パーセントとはいかない。でも、もうじき到達する」

 《竜廟計画》は、その少女が〈神樹〉への接続に成功したことで一応完遂扱いとなる。

 が。問題は前者での《神創計画》の完遂だが、コチラは、まだ彼女が〈神〉と〈竜〉を一つに出来ていないので、完遂扱いにはできない。

 そちらも完遂されれば、風音も一安心できよう。

 そんな風音だが、自身にしかできない案件とは無論、彼ら(・・)の存在だ。

「そんなに、《夜天騎士団(オレたち)》が邪魔か?」

「別に、存在がどうとまでは言わない。ただ、貴方たちがやろうとしていることは、そとんどが自己満足でしかない」

「……………。それは分かっているさ」

「リシュト………」

「だがな、風音。それでもオレたちは、自身に課せられた『真実』を知りたいッ!」

「……でしょうね。でも、それは叶わない」

 そう吐き捨て、風音は再び少女達に指示し戦闘体勢に入らせた。

「その子たちは、やはり………」

「ご明察。私が連れているのは、《竜廟計画》の被害者(・・・)たち」

 何の罪悪感もなく、それを利用するかのように堂々とした様子で自身も剣を構える。

「本当に殺るのか?」

「ええ。これ以上、意見を交えることもない。それに、貴方たちを此処で見逃しては、今後の《計画》に支障も出るだろうし」

「今後の《計画》?それは、今各所で行われている《計画》のことじゃないのか?」

「……………。 ?」

 あれ、知らない?という内心の表情で、風音の動きが一瞬だけ止まった。

 勿論、リシュトは現在東方にいるヴィヴィアンが、柚希の元にいることすら知らない。

 知っているのは、各所で行われている三つの《計画》が完遂された時、総てが終わるということだけ。

 だが、それは誤りだった。

「これから行われるのは、セカイを終焉へと導く計画。その名も、《零時計画》」

 風音はその名を口にしただけで、その《計画》がとのようなものかまでは口を閉ざした。

「それなら、オレたちが此処でこうしている場合じゃないんじゃないのか?」

「それが、そうでもないと思うよ?」

「……え?」

「(ね?アル姉………………)」




 その〈叡智〉は、人の身にはあまりにも重すぎた。

「どうして…………」

 人の身一つでは、流石にその〈叡智〉を総て背負い込みきれはしない。

 それをハルナは承知していた。

 だけど、それでも救いたかった。助け出したかった。

 『命の代償』にはリスクがある。

 だが、その〈叡智〉には『代償』と呼べるリスクが無い。

 有るのは、命に足る『呪い』だけ。

 それでも、ハルナはそれらを凌駕するほどの更なる『業』に手を浸けた。

「無いなら、創れば良いじゃない」

 ハルナは、各国を転々としていく内、打算的で小さな方法を確立していた。

 それが、我が子の模造人形(クローン)、《人工生命体(ホムンクルス)》の創造だった。

 我が子に幾度も実験を繰り返すのを酷に感じたハルナは、我が子のコピー人形を精製し、その体内で何度も実験を繰り返した。

 端から見れば、それも残虐非道な行為であろう。

 だが、今のハルナの眼に映っているのは、我が子の生還のみ。

 その為なら、たとえ我が子の模造人形がどんな目に遇おうと認知しないと覚悟していた。

 しかし、その〈叡智〉はハルナの思い通りに扱いきれなかった。

 それでも、ハルナは決して諦めることをしなかった。

 何千、何万という人形を精製し実験を繰り返した結果、ハルナはようやく歓待の糸口を見付ける。

 数百万回を越え、模造人形はようやく完成した。

 けれど、〈叡智〉がもたらす『呪い』はそれで終わりではなかった。

 模造人形の身体は『呪い』によって侵され、ハルナはその『呪い』を軽減するため、新たな違う〈器〉を創造した。

 諸国留学の中で特に秀でた技術〈錬金術〉を用い、模造人形の分身ともなり得る存在を二十体以上精製。

 これにより、模造人形も命の危機からは脱し、ハルナが所属する組織は世界でも最も危険視される程の軍事国家へと変貌していく。

 それが、《王家の呪い》がもたらす豊穣と繁栄だった。

 ハルナ以外の男達は、その存在をずっと秘匿し国の奥底へと沈めてきた。

 その為に、この国は国家という体裁をとらず、ずっと一組織、軍隊として長年機能させてきた。

 その努力もむなしく、国家二千年に及ぶ存続はハルナのその行為によって危ぶまれるのであった。


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