第82話 蘇還る意志
十二月も中旬に差し掛かる中、ワタシ達はまだ『敵』の実態を掴めないでいた。
元の世界が崩壊した時、リッチさん達〈十三皇〉が最後に戦ったのが、〈影の王〉と名乗る人物。
その人物は、小薙悠哉を唆し、組織の乗っ取りを企てていた。
しかし、その計画そのものは小薙悠哉本人よって直前で頓挫。組織乗っ取りどころか、そのまま小薙悠哉に取り込まれてしまった。
それから先も、どうやって〈影の王〉を取り込んだのかも解ってはいない。
ただ唯一解っているのは、取り込まれたことによって〈影の王〉の脅威は去り、一時的な安寧が訪れたことだけ。
それでもまた、すぐに事件はやってくる。
その度に、小薙悠哉は幾度の事件も『その身』一つで解決してきた。
組織に所属する者達にとって、小薙悠哉はまさに〈英雄〉だった。
だけど、そんな希望さえも、唐突に打ち砕かれた。
それが、『小薙悠哉の裏切り』だった。
世界全土が戦場と化してしまう中でのその行為。
それは計画的に行われ、大人達はそれに迅速に対応した。
それは、まさに悲劇だった。
そして、小薙悠哉は破れ、何処こへと姿を消した。
組織の滅びと、世界紛争を招いて……………。
それが、リッチさんとサヤカさんの口から出た見解の総合的な複合点。
一応、それぞれの意見はその人の視点次第でもあるので、異なっているのは当然と言えばそうなのだろう。
ただ、ほとんどの点でほぼほぼ異なっている点を述べていた二人だが、幾つか全く同じと思える点も見付かっていた。
それが、真の敵の正体。
ワタシ達は今まで、このセカイを造りいくつもの《計画》を企ていた人物がその敵だと思っていた。
だけど、リッチさんやサヤカさんの見解、ヴィヴィアンさんに与えられた《計画》の件を考慮すると、それは違うのでは?と思うようになっていた。
ならばいったい誰なのか。
現状、判っている《夜天二十八罫》は、サヤカさん達〈聖導図書館〉、アスカ・プラティエと小廻梓達〈華騎隊〉、妖界を強襲しているであろう〈魔轟獣〉あるいは〈魂骸蟲〉、神界を崩落させた〈機械少女〉、そして、今だ謎しかない〈影法師〉くらいだ。
この中で、二人が最も怪しいと睨んでいるのが〈影法師〉の存在。
その存在は『謎』しかなく、一番疑われやすい者達でもあった。
それが『謎』なのかも定かではないが、彼らの存在はどこか〈影の王〉と類似している点が多々ある。
だが、その疑念が確信に変わるには、両者の関係が全くと言っていいほど無かった。
「うう~ん。やっぱり、どれだけ考えても相手の正体に皆目見当も付かないね」
議題はともかく、サヤカさんはいつもに増して真剣に考察していた。ちょっと珍しいと思った。
結局、答えは何一つ出ず、今日は適当なところでお開きとなった。
「柚希さん柚希さん」
と。夕食の仕度に取り掛かろうとしたワタシに、リッチさんが声を掛けてきた。
ワタシは作業する手を休めることなく、聞き耳だけを立てた。
「先程、サヤカさんの言葉にも、私も敢えて出なかったのですが、〈竜〉という可能性は柚希さんの中にありますか?」
それは、唐突な問いだった。
無論、ワタシは無言のまま作業を続ける。
「私としては、その可能性も『零』では無いと思うんです」
ワタシが聞いていることは分かっているのだろう。リッチは主調を続ける。
「では、どうしてサヤカさんはその名を口にしなかったのか」
確かに〈竜〉も怪しさでは〈影法師〉と同じであろう。
だが、敢えてその名を挙げなかったのは、先日の一件で納得がいくはずだ。
「私は〈竜〉がもう壊滅しているという可能性を推察しました」
そのはずなのに、リッチさんは違う論点から小さくはない可能性を挙げた。
「…………」
ワタシは、明鏡止水の心を写したかのように無表情を装い内心で驚いていた。
ワタシの中では、〈竜〉は伝承上の存在という認識しかなかった。
だけど、リッチさんの言葉から察すると、〈竜〉は《夜天二十八罫》と同じ存在という扱いになってしまう。
無論、リッチさんの言葉を疑うわけではないが、その可能性はワタシにとって『零』に等しい可能性どと認識している。
〈竜〉も《夜天二十八罫》の一角なら、《竜皇》や《竜器》の存在に謎が生まれる。
勿論、これらも〈影の王〉と〈影法師〉の関係のように似ているようでそれほど接点のない関係であるのなら話は別なのだが、どうもリッチさんの主調からはそれとは違う論点で思考しているように感じられる。
「獄界を襲った〈竜〉。彼処には、同じ《夜天二十八罫》の〈異形神〉が収監されていた」
今度は、ブツブツと独り言のように喋りだすリッチさん。
〈異形神〉…………。
なんとなく、その名前にだけ引っ掛かった。
それも同じ《夜天二十八罫》の一角であるのなら、サヤカさんはその存在も隠蔽していたということになる。
いや。あるいは、獄界が襲われた事を知らないという可能性もある。
何にせよ。二人の見解がどうであれ、敵の正体が早々に判明するとは思えない。
それに、このままの状態なら〈影の王〉が『真の敵』と見据えても問題はないはずだ。
それでも『真の敵』の正体を解明したいと言うのなら、ワタシは別の論点からせめるべきだと思い付いた。
案の定、二人は食事中も頭を捻っていたので、ワタシは以前から疑問だったことを口にした。
「ところで。《虚幻計画》は、いったい誰が行っているのでしょうか?」
「「…………」」
リッチさんとサヤカさんは思考していた頭を止め硬直し、ヴィヴィアンさんとアヤカさんは聞く耳を持たぬかのように二人だけの雑談を続けていた。
過去、《竜廟計画》は聖皇教会が行っていたが、六年前の一件でその主導権は魔導協会に渡り、さらにその四年後に自衛局が私設を襲ったことで計画は頓挫し、現在に至る。
現在進行中の《計画》は、西洋と北欧それぞれでおそらく今も続いている。
これから起こる《零時計画》は、ヴィヴィアンさん主導で行われるようだし。となるとやはり、《虚幻計画》も『誰か』が進行してきたはず。
「「…………」」
訊ねてから十~二十秒ほどが経過し、二人は互いに顔を見合わせほぼ同時に首を傾げた。
この疑問に関しては、明確な答えが出てくるとは予想していない。
ただ知りたかった。
ここまで四十近い《計画》が執行されているのに、誰もその意図に気付かない理由を。
それに、きっとその答えがこのセカイの命運を別つことになると思うから。
けれど、いくら待っても二人からそれらしい解答は聞き出せなかった。
いや。おそらく、それが二人の返答なのだろう。
『真の敵』に最も近しい存在はずの二人さえ解らない、『真の敵』の正体。
その正体が判明したところで今のワタシ達にどうこうできようはずもないが、それでも多少の気休めにもなろう。
そう結論付け、ワタシ達は今日を終えた。
「これが、名家のやり方か………」
テレビから流れたアナウンスを聞いて、男の一人が呆れ声を挙げる。
「結論だけを言うなら、『この娘』は捨てられたってことだな」
それは紛れもない事実。
だが、その早すぎた判断に、男たちは激しい憤りを覚えた。
自分たちの〈血族〉すら簡単に捨てられる現実を、男たちは一才隠す気などなく、捨てられたその張本人に伝えた。
「……………」
その娘は何も応えなかった。
違う。先程眼が覚めたばかりなので、まだ現状をうまく把握しきれていないのだ。
少しの間を置き、少女は率直な意見を男たちに述べた。
「仕方ありません。それが、親族のやり方みたいですから」
少女は、何の迷いも哀しみも感じることなく現実を受け入れた。
そして、少女が《組織》に身を寄せて一月ほどが経った頃、少女の身に異変が訪れる。
「妊、娠……?」
「ああ、そうみたいだ」
「………。あの娘はまだ、十にもなってないだろう?」
「何言ってる。この間の一件を忘れたのか?」
「……?……ああぁ………」
朧気な記憶を復元させながら、会長兼国王である男は話し半分に報告を受け取った。
この報せに、男たちは皆少女の容体の方を懸念したが、少女はそれを制し産むことを決意する。
まだ十にもならぬ者の精神と、女性として未成熟な身体では、出産など不可能に近かった。
だが、そんな少女には、それを覆すだけの〈叡智〉があった。
その〈叡智〉のせいでこんな事態になっているのだが、少女はそんなことには決して屈しなかった。
少女が《組織》に身を寄せて一年が経つ頃、少女は不本意な形とはいえ、『たった一つだけの家族』を授かる。
しかし、そんな夢想も束の間だった。
決死の想いで産み落としたはずの〈我が子〉は、たった数日だけの命を繋いだだけで瞬間的な一命を亡ぼした。
「これは、『呪い』……?」
「…………」
少女の呟きに、男たちは皆言葉を発せられなかった。
「嫌だ。イヤ、だよ………。……逝か、ないで…………」
「ハルナ…………」
哀しみに浸る少女に、男たちは声を掛けることすら躊躇い、ただ少女の名を呟くことしかできなかった。
けど、哀しんでばかりもいられなかった。
「グスッ………。待ってて……ゼッタイ、助けてみせるから。だから、もう少しだけ………、ううん。……もうちょっとだけ、待っててッ」
「ハルナ……?」
数分ほどが経ち、涙を拭いおもむろに立ち上がる少女の行動力に、男たちは動揺した。
「私はこれから、世界を周りますッ」
「は?」
唐突に宣言された言葉に、男たちは皆さらに動揺した。
「きっと、何処かにあるはずだから」
「何を……」
「私はやるよ。ぜったいに、やり遂げて見せるッ」
「お、おいッ」
「飛行機と身分証明書を用意して下さい」
「いったい、何をする気だッ?」
「我が子を、取り戻しますッ」
「なッ!」
それは確かに驚愕の決断だろう。
だが、少女にはその『勝算』があった。それを叶えられるだけの僅かな『叡智』があった。
しかし、それと同時に『今』の自分では決して届かない〈領域〉であることは熟知していた。
もしかしたら、それが彼女の親族が少女を捨てた理由なのかもしない。
だとするなら、少女にとっては好都合であり、世界にとっては不都合となるかもしれない。
だけど、今の少女にとってそんな些細な事などどうでもよかった。今の少女の眼に映っているのは、自身の息子の事だけ。
そんな少女の心境を知ってか、世界はそれほど甘くはなかった。
降霊術に錬金術、魔術など。世界には多くの未だ謎しかない技術が存在する。
そのどれもが、少女には役に立たなかった。
「どう、して…………」
その現実に、少女は絶望した。
「ハルナ………」
男たちは皆、少女の心中を察することしかできなかった。
だが、その絶望も次第に希望へと変わっていく。
「ははっ。あるじゃない、こんな所に、こんな近くに………」
少女は、その無垢な希望を抱いたまま、その〈叡智〉に手を伸ばした。
「やめろッ、ハルナッ!!」
男たちの、《組織》の意を無視して、少女はその『破滅』を手に入れた。
それは、まさしく〈呪い〉だった。
いや。〈叡智〉が本当の『呪い』。
「やめろ~~~ッ!!!」
「これが、セカイの根源。そして、終焉」
確かに、それは『全知全能の叡智』であろう。
だが、〈叡智〉がもたらす恩恵は、なにも『奇蹟』や『呪い』だけではなかった。
「本当に、良いんだな?」
「ええ」
無機質な言葉に、少年は静かに答える。
もう後戻りは出来ない。だからこそ、『前』に進むんだ。
「それが、キミ達の夢?」
「そうだな。出来るか?」
「分からない。でも、やるよ」
「ユウヤ……」
「だって、ボクたちはもう……『家族』だから…………」
「…………」
その言葉で、もう誰も何も言えなくなってしまっていた。
純真無垢な少年の想いに感窮まった〈影〉たちは皆、少年の想いに尽力することを決意した。
だが、そんな団結力とは裏腹に、少年の想いは別の方向へと向かってしまう。
「よせッ。……もうやめろ、ユウヤッ!」
〈影〉たちが、少年を止めようと必死に声を荒げるが、少年はその説得に耳を貸すことはなかった。
「大丈夫だよ。きっと、うまくやってみせるから………。だから、見ててよ。…………だってそれが、『家族』なんだから………」
「………ッ」
「違う」「そうじゃない」と。言ってやれればよかった。
だけど、もう誰にもそんな慰めを言えるような立場でもなかった。
〈影〉たちは皆、ただ見守ることしか出来なかった。
いくら少年に叡智を与え、武術を叩き込んでも、思想だけは通用しなかった。
こればっかりは、少年の意に従う他なかった。
だから、決断した。
もういっそ『手に入らない』のなら、総てを終わらせようと。
けどそれは、少年が何度も挑戦して失敗してきている事。
だけど、それだけの理由で止める訳にはいかなかった。
何より、少年本人が今だ諦めていないのだから。
だから、この世に『敵』はいないんだ。
ただ、意見が割れて、争いが起きて、その内、後戻りが出来なくなっていっただけ。
誰かが悪い訳じゃない。誰も悪くないんだ。
単に、その行いがエスカレートしていっただけ。
ちゃんと話し合えばわかり会えるはずだし、相手のことを真に尊重していれば理解できないはずはない。
だから、きっと取り戻すよ。
アナタの〈理想〉を、いつしか夢見た『日常』を。
そう静かに胸に仕舞い、再び床に着いた。




