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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
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第81話 零の戒因子

 自衛局。北西部、フェルード港。

 西洋本島にて《夜天騎士団》と《聖皇教会》の激突を見届けた双葉風音達特殊班は、補給隊員として数人を残し自衛局本部へと帰投していた。

 風音達が船を降りた頃、少し遅れて北欧方面からの貨物船が着港した。

「この時間、着送便なんてあった?」

 風音は、訊ねるように首を傾げた。

「いえ、私の記憶では十六時頃(このじかん)に予定された便はなかったはずです」

「だよね」

 共に戻っていた、シルヴィア・エーデルワイスの返答に風音は更に首を傾げる。

「あ。この感じ………」

 隊員達がそれぞれに顔を見合わせる中で、風音の補佐をしていた佐々木紗輝が、同じセレナの顔を見た。

 セレナは無言で頷き、紗輝は確信した口調で風音にそのことを伝えた。

「え。ホントっ?」

 にわかには信じられない出来事。

 だけど、彼女達はある意味で繋がっている(・・・・・・)。だから、それが最も可能性の高い事実だと納得し、風音は隊員達に第二種保護プログラムを発令させ、素早い対応をした。

 それから日を空け、風音は〈幼女たち〉の回復を待つ間、父・聡一郎に()の報告を行い、別動隊を以前から懸念していた場所に派遣した。

 彼らが戻ってくるまで、十日と掛からなかった。

 そして、風音は〈幼女たち〉が意識を取り戻すと、彼女達も連れて次なる《計画》阻止に乗り出した。




「………ヤ……。ユ…、ヤ…………」

 声が聞こえる………。

「……っか……………ろ。……ウ、………ヤ」

 誰?キミは、………キミ達(・・・)は、いったいダレなの……?

「…れ……ハ…。………ミ…か……」

 何度訊ねても、何度力を振り絞っても、声も体も一向に変化することはなかった。

 それから小一時間ほど、訊ね続け足掻き続けた。

 諦めかけ力を緩めた瞬間、声は止みどこからかピーーッという甲高い『音』が聞こえ出した。

 その音に身を預けるように、少年は再び眠りの底へと沈んでいった。

 再び目を醒ました時、少年のセカイは白き空間に覆われていた。

 何も無いはず(・・・・・・)の空間には、幾つもの見慣れないモノが存在している。

「ここ、は………?」

「ようやく目が覚めたか」

 少年が身を起こし辺りを見渡していると、何処からか声が聞こえた。

「……ッ?」

 その声に驚くことなく、少年は無表情のまましばし思考した。

 自分が今いる場所。自分が今おかれている状況。そして、自分が今なにをしているのか。

 それを思い出した時、少年は自身の〈過去〉を同時に思い出してしまった。

「あ、アあァぁッ。アああアァぁぁァァ~~~ッッ!!」

 その〈記憶〉は、たった五歳(・・)の子供が背負うには膨大過ぎるほどの情報量だった。

「な、何事だッ!」

「ったく。突然騒がれると、コッチもびっくりしちまうよ」

 少年の砲号を聞き付け、ぞろぞろと集まりだす大人達。

「ユウヤ………。良かった。目が、覚めたんだね…………」

 その中に、六歳くらいの小さな女の子が目いっぱいに涙を浮かべて立っていた。

「そ、そんなことよりハルナ。早くコイツを何とかしないとッ」

 大量の記憶にもがき苦しむ少年。大人達は、少年を八人がかりで押さえているが、それでは大した効き目がない。

「くっ。これが、『禁忌の力』……かッ」

「本当に、復活させる(・・・・・)べきではない力だったということか」

「だが、それももう遅い」

「ああ。これは、(アイツ)が予見していた事だからな」

 大人達は、噂程度に聞いていた〈権能(チカラ)〉の片鱗を体感しながらも、必死に少年を押さえ込み続けた。

「お、お待たせッ」

 数分後。幼女は注射器に白黄色の液体を吸引させながら戻ってきた。

「少し、左腕の力を緩めて下さい」

 即座にその指示に従う大人二人。

 幼女はその二人の間に入り、少年の腕に注射針を射し中の液体を流し込んでいく。

「他の方々も、少しなら力を緩めても良いですよ」

「だが……」

「薬が廻るまでには時間が掛かりますし、貴方達が力強く押さえていると、廻りが遅くなります」

 反論しようとした大人に、幼女はくいぎみに返答する。

 多少の不安要素はあるものの、医療に関しては、幼女の方が上だ。

 苦悶の決断で従った結果、ほんの三分ほどで少年の容態は安定した。

「スゥ…、スゥ……」

 そして、少年は再び眠りに着いた。

「今のは、いったい何だったんだ?」

 大人達が皆首を傾げる中、幼女だけは違う可能性を危惧(・・)していた。

 ソレが実証されたのは、それから何年も経った頃だった。

 幾千、幾万の経験と犠牲を積み重ね、幼女はようやく夢に描いた〈可能性〉を具現化(・・・)させた。

「ん、……………ここ、は…………」

「あ。気が付いた?」

 永きに渡る眠りから目覚めた少年の傍には、それを待ち望んでいた幼女がいた。

「気分はどう?」

「……………」

 少年は、幼女の問いに答えず辺りを見渡す。

「………(ふるふるふるっ)。ここは、どこ?」

 少年は、問題ない。と言いたげに首を横に振り、再び最初の質問をした。

「此処は、アナタの部屋」

「ボクの……?」

 そこは、まるで病院の一室のような真っ白な部屋の一角に創られた、少年専用の空間。

 一瞬、幼女が何を言っているのか分からなかった少年だったが、部屋の中を一瞥したことで、自分が今どういう状況にあるのかをなんとなくで把握する。

 それから先、少年は一度として昏睡状態に陥ることはなく、歳相応(・・・)の暮らしを送っていった。

 目を醒まして数日。少年は元気に外を走り回れるほどに回復して、大人達を驚かせた。

 しかし、少年の不可解な体質(・・)はそれだけではなかった。

 始めは、童話程度の言葉や漢字が読み書き出来たり、野球やサッカー程度のスポーツのルールを知っているだけだった。

 日が経つに連れ、少年は奇怪な行動も目立つようになった。

 その一つが、体力作りのためと始めた剣道。

 大人達が誰も稽古を浸けれない時は、一人で素振りや型の練習などをしていたのだが、それも数日が経てば、まるで誰かと剣を交えているかのように竹刀を振り、次第には複数人を相手にしているかのような立稽古をしていた。

 それを不思議に感じた幼女は、少年に「それは、誰に教わったの?」と訊ねてみた。

 すると少年は、「皆から教わった」と答えた。

 無論、後に大人達に確認したが、誰一人として少年にそこまでのこと(・・・・・・・)を教えた者はいなかった。

 そしてある時、少年の不可解な〈知恵〉は、大人達の想像をも遥かに凌駕した。

「これは…………」

 その〈権能(チカラ)〉に、大人達はただ唖然とすることしかできなかった。

 ある日、近くの墓地へ足を運んでいた少年は、墓地の中央に立ち尽くしたまま誰かと対話しているかのように一人言を呟いた。

「うん、解ってるよ。今、〈解放〉してあげるからね」

 そう言って行われた詠唱のない(・・・・・)魔術(・・)』。

 いや。それは、《霊術》のほうが近いだろう。

 それは、世間にもよく知られている蘇生術や降霊術などと類似してはいるものの、その実情は少し違っていた。

 蘇生術は、朽ちた肉体を『復元』する(チカラ)。降霊術は、生きた精神を『憑依』する術。

 その二つに言えるのは、どちらも制限や誓約があのいうこと。

 だが、少年が使用した術には、それがなかった。

 それはまるで、〈魂結び〉という『縁』を繋ぐ術のようであった。

「《(コン)(ファイン)》……………」

 それこそ、それが本来の名であるかのように、幼女はそれを口にした。

 その呼び名が正しいかは幼女にも解らなかった。

 けれど、それが想定されていた力(・・・・・・・・)であることは皆が理解していた。

「これが、皇家が忌むんできた力。こんなモノが…………」

 それを望んでいたはずなのに、それを受け入れたはずなのに、幼女にも大人達にも、何が正しくて、何が間違っていたのか、それさえも解らなくなっていった。

 ただ一つ言えるのは、このままではダメだと言うこと。

 〈権能(チカラ)〉は安定したと思われていた。

 だけどそれは、一時的なものでしかなかった。

「あ、アア、アあああアあぁぁぁぁ~~ッッ!!!」

 何かに取り憑かれたように再び苦しみだす少年。

 幼女や大人達ですら手に負えない状況が、その後も何度も続いた。

 そして、苦しみが退いた後にはいつも違った権能を発現するようになった。

 その権能の種類や制限に限りはなく、他生物との対話や超常現象の操作のような外部への干渉に、精神感応や念導力のような内部への干渉などを発現していった。

 権能(それ)に際限などなかった。

 少年は、苦しみ、発現し、苦しみ、発現し、苦しみを繰り返しながら、〈神〉をも超えるかのような権能(チカラ)を携えていく。

 そんな少年の姿を『脅威』に捉えてしまった大人達は、幼女を説得し少年の権能を多分にすることを画策し始めた。

 そして、それは少年の権能に大きな影響を与える結果ともなった。

 この後、およそ七~八年の刻を経て、《十三皇》や《夜天二十八罫》が誕生した。

 しかし、これほどの戦力(・・)を用いても、少年の権能の発現が止まることはなかった。

 それはまさに、人類種総てに警鐘を鳴らさせるかの如き啓示だった。

 少年は、わずか八歳で死地に脚を踏み入れた。

 それがどれほど危険な場所なのか、少年にはその判断が出来ようはずもない。

 だが、少年はその地を鮮血に染め抜き、自身は一ミリたりとも傷付くことなく幾度も生還してみせた。

 それからだっただろうか……。

 少年は、一度として苦を吐くことなく、どんな無理難題もいくつもこなしていった。

 それと同時。少年は、そうして死地を歩いてい間は一度として苦しむことはなかった。

 まるで、それが正常であるかのように。まるで、それこそが少年の『本質』であるかのように。

 だけど、その『本質』は大人達が考えているよりももっと別なところにあった。

 大人達はソレに気付けぬまま、世界は崩壊した。


 それが、二千年に及んだ人類種の歴史。

 人が世界を破滅させることは、何万年も前か神々が危惧していたこと。

 それを想像もせず、世界は崩壊し、新たな世界を神々は創造した。

 それが、《黄園郷》という虚構セカイ。

 つまり。このセカイは試されている(・・・・・・)のだ。

 そんなセカイで、柚希が為すべきこと。

 少年がやろうとしていたこと。

 それが何なのかまでは、まだ解らない。

 だけど、それが少年の『やりたいこと』であり、柚希が『やらされていること』であるのは確かだった。

 そして、誰にも解らないセカイのまま、柚希は今日もセカイの一部を駆け回っていく。


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