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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
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第78話 族姓の真名

 黄昏の大地(イザヴェル)

 シリウスは、一人この事件の主犯と相見えていた。

「本当に、そう………なのか……………?」

 シリウスは驚愕し、背筋を凍らせた。

 彼の目の前にいる人物。それは、もう何億年も昔に亡くなったはずの男。

(ゆう)()……………」

 シリウスの記憶が正しいなら、その人物の名は確かに小薙(こなぎ)悠哉だ。

 だが、シリウスの中でのその人物の名と、今目の前にいる人物の顔が一致しない。唯一シリウスが判るのは、目の前の人物が纏っている〈気配〉が、自身の知る小薙悠哉と全く一緒というだけ。

「お前はいったい、何者だ……。何故、悠哉(アイツ)と同じ…………」

 それは、いくら考えても仕方の無いこと。

 だが、どうしても現実が脳に記録されなかった。

 それは、ほんの数十分ほど前。

 ティオが去っていったすぐ後のことだった。

「……行っちゃったね」

 切なそうな表情で、ティオが去った方を見つめるトキ。

「やはり、つらいか?」

 シリウスの問いに、トキは小さな間を置いた。

「流石に、ね?でも、これもティオちゃんを信頼しているからこそ」

 そう言ったトキであったが、その瞳にはやはり切なさが溢れていた。

「だな。アイツも、ティオのことを一番気にかけてたみたいだし、その本人が今や『敵』に回るとはさすがに予想もしてないだろうな」

「ううん。ティオちゃんは、本当は強い子だよ。だから、もうとっくに気付いてるし、一番なんとかしようって躍起になってる(・・・・・・・)のかもね」

「…………。まぁ、分からなくもないが………」

 シリウスもティオも、行動を起こした意図は同じであった。そんな二人が対立したのは、もっと別の理由であることを、トキは既に理解していた。

ティオ(アイツ)もあれでちゃんと成長してるんだな」

「シリウスの、エッチっ」

「な、なにッ?」

 トキの突然のツッコミに、シリウスは咄嗟に眼を丸くする。

「いや。そうじゃねぇよ」

「ああ、はいはい。分かってる分かってる」

 シリウスの必死な弁明を、トキは軽くあしらう。

「また、そんな適当な……」

 とはいえ、トキはちゃんと理解している。

 たった数年ほどだったとはいえ、兄妹(かぞく)は家族。

 互いの間には確かに信頼があり、それなりの絆もある。

 だからこそ、シリウスもトキの言葉が冗談だと分かっている。

「それで、シリウスはこれからどうするの?」

「ん?そうだな………」

 もう既に、神界は崩落していることだろう。

 それは、もう絶対に覆らない真実。

 いくら神界にいる者達が〈神属の眷族〉であろうとも、神界へ進攻しているのは、あの《機械天使(マキナ)》だ。

 シリウスは、彼女達相手では長く持たないと界渡する前から、既に予想していた。

 だから、もう諦めていたのかもしれない。

「ちなみに、星界のジルは神能を次の世代に託して逝ったみたいだよ」

 トキは、助言するように先日の星界で起きたことを触り程度に教えた。

「そうか。あのジルが………」

「ティオちゃんがどう決断するかは分からないけど、アナタはどうするの?」

 トキは心配そうに訊ねる。

「そうだな。ジルのような方法があるなら、オレもやってみようかな」

「アテはあるの?」

「一人、な………」

 そう言って視線を外したシリウスの目は、どこか気難しげな表情をしていた。

「そ。………それじゃ、ワタシは行くね」

「まだ、なにかやる事があるのか?」

「うん。まぁ、一応………」

 そう言い残して無界から出ていったトキ。

 シリウスは、一瞬怪訝な表情をしたが、特に深い意味は無いと悟ると、トキを普通に見送った。

 その直後、その事件は発生した。

 それは、トキの『置き土産』かと思われたが、さすがのシリウスもそこまで(かぞく)を疑うようなことはなかった。

星皇(ジィリューストル・ヴァーデンガルド)に関しては少し予想外だったが、まぁ、良いだろう」

「オマエ、ジルに何かしたのか?」

「正確には、我らではなく《華騎隊(アルカディア)》だがな」

「『我ら』……?」

 ようやく聴けた、相手の声。

 だがそれは、どこかで聞き覚えがあり、その気配でシリウスはハッと気付かされる。

「オマエ、まさか………《影の王》、なのか…………?」

 シリウスの解に、小さな微笑を浮かべる少年。

 その答えは、当たらずも遠からずである。

 今の彼は、小薙悠哉であり、《影の王》でもある。

「我らは、自らを《影皇》と呼んでいる」

「エイ……、おう………」

 驚愕の真実であるかのように、シリウスは後ずさる。

「それは、悠哉(アイツ)は知っているのか?」

 それよりも、シリウスには微かな疑問が過った。

「フッ。当然だろ?この名はアイツがあってこそであり、アイツが名付け親なんだからな」

「なっ!」

 それは、確かに驚愕な事実だろう。だが、それよりも残酷な真実は存在していた。

「まさか、そんなアイツが守ろうとした(・・・・・・)家族(モノ)が、これほど無関心(バカ)だったとはな?」

「な、にっ……?」

 何を言っているのか解らない。シリウスの顔は、そんな困惑な表情に満ちていた。

「どうして貴様らは、そうまでしてアイツを止めようとしている?何故、アイツが『一人でやる』と決断した(・・・・)。何故、アイツは貴様らを頼らなかった(・・・・・・)?」

「オマエは……、いったい、何を言っている……。いったい、何の話(・・・)をしているんだ………?」

 それは、到底理解できる真実ではなかった。

 けれど、それが《影皇》が知る『小薙悠哉』が出した答え。決断した結果だった。

「だからこそ、『今』の貴様らには消えてもらはなくては困る」

 その言葉で、シリウスに自身が『敵』であることを改めて認識させた。

 そして、二人の《皇》の戦いは勃発した。

「ぐッ!……カハッ、ア………」

 初めて相対する二人といえど、その差は歴然。

 だが、二人の間には大小なりの葛藤があった。

 その点だけは、どちらの失態とも言えない。

「やはり、オマエも………」

 幾傷付けられても、幾度心を折られても、シリウスが諦めることはなかった。

 その『ありえない現実』に、影皇は唖然とする。

「ははっ…………、アイツがどう思おうと、オレ達はオレ達なりのやり方で、〈夢〉を語り続けるさ」

 それが、十三皇と影皇の決定的な違い。

 〈夢〉を持たぬ影皇と、〈夢〉を見ることに焦がれた十三皇。

 だが、そんな双者は等しく同じでもあった。

「もういいッ!これ以上は、今度はオマエが死ぬんだぞッ!?」

 それは、いつしかの終わりの一幕。

「それでいい。その方が、いいんだ………」

 こんな終わり方をしていなければ、今は無かったのかもしれない。

 こんなかたちですれ違わなければ、もっとずっと一緒に居られたかもしれない。

「ダメだッ。ユウヤッ!!」

 後悔は尽きない。

 だけど、諦める(・・・)にはまだ早すぎる。

 〈声〉がどれだけ少年を説得しようとしても、少年は思い止まることすらしなかった。

「これで、ようやく終わる」

 すべては、あの日が始まりだった。

 しかし、それは既に過去の出来事。誰の記憶にも無い、忌むべき現実。

 だからこそ認められない。

 おそらく、少年は思い至ったに違いない。

 皆が、そう決めつけてしまっていた。

「ゴメン、なさい…………。みんな……、おかぁ、さん………」

 誰にも、その言葉の意味は分からなかった。

 当時は聞き流していた呟き。それを『今』振り返っても理解できるはずがなかった。

 それは、影皇も同じ。

 だからこそ、『今度こそ』と願ったのだ。

「そんなオマエ達が、どうして今頃になってッ………」

 それが、影皇には唯一理解できない感情(・・)だった。

 だが、それは当然シリウス達も同じ。

 自分達の知らない一面を見て、こうしてシリウス達と敵対して、だけど、その目先に写る希望(ユメ)は同じで。

 ここまで同じなのに、何故敵対しなければならないのか。

 それはおそらく、体験した現実の理不尽さと比例するのだろう。

「ユウヤッ!何処だ、ユウヤッ!!」

「シリウス兄、此方にはいなかった」

 十三皇の一人が、シリウスに報告する。

「シリウスお兄さん、ヴェルお兄さん」

 そこに、別の十三皇ティオル・スーが合流する。

「あれ?三人とも速いね」

「一番乗りは逃してしまいましたね」

「元々そんな話題でもないからな」

 そして、徐々に集まりだす。

「……ふむ。ってことは、全員収穫無し、か」

 十三人全員の情報が報告されたところで、ジルが呟く。

「まったく、アイツはどこに行ったんだ?」

「もしかして、もう逝っ───」

「おいっ。不吉なことを言うなよッ」

「…………ごめん」

「ですが、それでしたら余計に気掛かりになりますね」

「そうなんだよ………」

 十三皇はそれぞれに顔を見合わせ、互いの考察を共有する。

 その結果。皇達が出した答えは、現状では尤も妥当な決断だった。

 その決断は正しかった。

 僅かな犠牲で収束した今回の一件。

 その戦果は皇達にとっても組織としても、小さな損害で済まされるようなものではなかった。

 そして、その時の犠牲と損害は違うカタチで皇達を襲い、苦しめた。

「これが、オマエのやり方なのかッ。これが、オマエが『望んだ事』なのかッ?」

 そして、シリウスは改めて迷走する。

 決断したはずなのに、答えを出したはずなのに、この状況では、再びあの日に戻ってしまう。

 そう思い込んでしまっていた。

 それが、決定的な差であった。

 もっとちゃんと信じていれば、後悔と怨嗟に気を取られてなどいなければ、総ては変わっていた。

 それぞれが夢見たセカイを造り出すことも、容易だったはず。

 だけど、皇達はそれをしなかった。

 いや。出来なかったのだ。

 何故なら、彼らはまだ、少年の真の名(・・・)を知らないのだから………。




 戦いは拮抗していた。

 大部隊を率い、たった一つの小国に攻め混む百近い国々の連合軍と、その事態を既に察知していた反乱分子。

 国力同様、その戦力は雲泥の差ほどもあった。

 その、はずなのに…………

「なんだ、コイツらッ。いったい、どこからこれほどの戦力がある?」

 それは、誰も知り得ぬ小国ゆえの実態。

 小国だからと侮り、短期決戦を予想していたのが仇となっていた。

 組織は、相手の国力もしかり、それらが保有する戦力さえも既に把握していた。

「ぐっ、なんだコイツら。まるで、連合軍(こちら)の行動を把握しているみたいな………」

 無論、ここまで時間と労力を尽くしてきた組織が、それほどで留まるはずがない。

 だが、それは決して連合軍側に潜入員(スパイ)を送り込んで得ているわけではない。

 これほどの国々が手を組めば、軽く数万という戦力を投入することは容易なはず。

 なのに、現状は拮抗している。

 普通の戦力差であれば、いくら優れた参謀の軍略であろうとも、この戦力差を埋めることなど出来ようはずがない。

 しかし、組織はそれをやってのけている。

 おそらく、その実態を知らぬ者が見れば、それは狂気に等しいだろう。

 だが、そのチカラもまた、人智で行使できる才能でしかなかった。

 そんな人海の英知に翻弄され続けた連合軍は、たった数ヶ月の戦日で敗北を降した。

 その賢明な判断に安堵していた組織であったが、その大部隊は、ある意味『囮』であった。

 既に、連合軍が祖国への進撃を行うことは、少年の耳にも入っている。

 それを利用した少年は、誰にも気付かれずに祖国へと潜入していた。

 そして、悲劇や絶望は繰り返された。




 そう。そして、『過去』は繰り返されるように蘇る。

 このセカイ全土に散らばっている未解の代物《超古代遺失物(オーパーツ)》。

 その存在は謎に包まれており、過去のどの技術を用いても、その解明には至ったことが無いという。

 解明されていない。という点で、未知の叡器《神威兵器(マホウ)》の存在もその一つとして名が挙がる。

 両者とも、超古代の代物であることは認知されている。

 だが、その存在が本来どういった代物で、何の為に造られ、存在しているかは定かではない。

 ただ唯一として言えるのは、それらの存在は必ずどこかの伝承や言い伝えに出てきているということだけ。

 そして、それは『少年の存在』も同じであった。

 十七年前に亡くなったはずの男が、どうして今だ生きている(・・・・・)のか、それは組織にも十七年間の疑問だった。

「これが、最後の賭け」

 それが始まりだと、はたして言えるのだろうか。

 いや。言えるはずがない。

 何故なら、少年が命を繋いでいられる理由(・・)が、ソコにあるのだから……………。


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