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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
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第71話 星降りの契約

 『人間(ヒト)』は、どのようにしてソレを善悪の区別を着けているのだろう。

 もし仮に、そのモノが善だとして、そのモノそのものが善だとは限らない。

 なら逆に、それなら悪にあるのかと問われれば、それはそれで難しい判断だ。

 けれど、ヒトはいつしもソレを善悪で区別し、それが原因で様々な事案が発生してきた。

 おそらく、それは『今』のこの状況も同じことだろう。




 ───手を伸ばしてッ。諦めないでッ!まだ、望みはあるから。

 そうだ。ワタシはまだ、諦める訳にはいかない。

 だって、神威柚希(ワタシ)はまだ、何も見ていないんだから。

 ワタシは、虚ろう意識の中で、必至に手を伸ばした。

 そして、ワタシはその時になってようやく気付く。

 その声の主。この手の持ち主。

 ワタシにとってのそのヒトは、唯一無二の存在。




「それで、これからどうするの?」

 突如として現れたリッチ・クラフトと名乗る少女に、アズサが訊ねる。

 リッチは、歪な闇色の瘴気を放つ大剣を左手に握りしめている。

 その大剣にアズサが見覚えあるはずもなく、そもそもリッチの事すら上手く認識できていなかった。

 それもそのはずだ。

 アズサたち《夜天二十八罫》は、皇たちの存在そのものを知らず、知らされた時にはその認識の内でしか判断できなかった。

 だからアズサは、永い年月をかけて星界で暮らし、その正体を探ってきた。

「そうですね…………」

 リッチは、その小さな手を自身の顎にやり、しばし悩むような素振りを見せる。

 リッチの中には、既に作戦という妙策はある。だが、その作戦を決行する決意がまだ出来ていなかった。

「……………」

「「「???」」」

 長い沈黙に、三人は疑念を抱く。

「もしかして…………」

 その沈黙が、変な誤解を招く原因となってしまう。

「とんでもなく、危険な方法なの?」

「え?あ、いえ。そこまで、危険というわけではないですよ」

 状況が状況だけに、リッチも変な誤解をし、慌てふためいたことで、両者の間に変な空気が流れ始める。

(ダメですね、ワタシ。こういうところは、よくユークリッド様に指摘されるというのに……………)

 リッチは再び黙り、自身の考えをまとめる。

「ふぅ~~…………、では。話します」

 そう啖呵を切って、リッチは自身が考察していた作戦を話し始めた。

 作戦(ソレ)は、確かに危険な策であった。

 しかし、危険なのはリッチだけ。伊織たちにはそれほど危険は及ばない。

「さぁ、始めましょう。もうじき、総てが完遂され、過去は誰の手にも届かない場所へと葬られ、未来はようやくワタシ達の目の前にやってくる。ただ、その為だけの計画───」




 朦朧とする意識の中、ワタシは伸ばされた手を必死の想いで掴む。

 煉獄の淵より引き上げられたワタシは、その者の腕の中で意識を取り戻す。

「ココ、は……………」

 無意識とはいえ、ワタシはそんなことを第一声で発した。

「…………」

 そのヒトは、何も答えない。

 既に、ワタシがその場所を認識していることを察していたからだ。

 此処は、元は鴬亭と呼ばれていたワタシの家。

 その部屋をぱっと見ただけで、ワタシはすぐにここが居間だと認識できた。

 しかし、自分が何故ここにいるのかは何度思考を廻らせても解らなかった。

「ワタシは、確か………星界で……」

 ゆっくりと、記憶に新しい場面から順番に思い出してみる。

「あ………」

 思い出されるのは、自分が暴走していた時の記憶。

 鮮明には思い出せないまでも、自分がやったことは微かに思い出せた。

「過去について、誰も咎めたりは出来ませんよ」

 と。唐突に、目の前に一人の少女の顔が映り込む。

 少し驚き、慌てて身を整えようとまず起き上がろうとした瞬間────、

 ────ゴンッ!!

 という鈍い音と、額に激しい痛みを覚える。

「はうッ」「ッく!」

 二人して、その場で悶絶する。

 若干痛みが退いたことで、ワタシは改めて現状を把握する。

 此処は自宅として、この春から利用している鴬亭。自身の足で此処まで戻ってきた記憶は無いが、今ワタシの目の前に未だ悶絶している少女の存在から、ワタシはこの人に此処まで送ってもらったのだと推察する。

 少女の痛みが止むのを待ち、改めて詳しい話を訊ねる。

 少女の名は、リッチ・クラフト。

 驚くことになんと、彼女は霊界の皇だそうだ。

 その霊皇リッチ・クラフトの話によると、あの後、星界は崩落寸前でなんとか防護に成功。今は、燈架李さんと数人の《華騎隊(アルカディア)》を星界に留まらせ、星界の復興を。伊織さんと残りの《華騎隊》には、伊織さんの故郷でもある妖界へ渡り、そこを攻めている他の《夜天二十八罫》の説得(・・)にあたっているのだという。

 そうすることで、難とか現状の維持と先行きの不安を軽減できるはず、とのこと………なんとも、不安しか感じない案だ。

 とはいえ、ワタシに何か他の案があるのか?と訊ねられれば、それはそれで良い案など見繕ろえようはずもない。

 そして、伊織さんや燈架李さん達が頑張っている間、ワタシにはワタシにしか出来ない役目があった。

 だがその前に、今はひとときの休息を取るのが先決だ。

 ワタシの中にある、小薙悠哉としての記憶。

 それは、あの小薙美琴やユウヤと呼ばれていた人物も体験した真実の残滓。

 ユウヤはその残滓の真相にまで近付いたが、その直後の出来事で姿を眩ませ、小薙美琴の方は、その記憶の殆どを知り終えた段階であの事件が発生した。

 この記憶に隠された、真実の真相。

 ワタシはその答えを探りながら、もう少しだけ時間の許されるこの時に身を委ねていく。


 再び目を覚ました時、現状は少しばかり変わっていた。

 最初に目覚めた時の記憶がおぼろ気であるため、どうという説明もしづらいが、今分かるのは、既に外が真っ暗闇の夜となっていることだろう。

 その空の景色は、まるで今のワタシの心中を写し出しているかのように、光などいっさい受け付けないかのように黒く、その以上でも以下でもないほどに、何処までも広い。

「もう起きられたのですか?」

「────ッ!!」

 優雅な夜空に浸っていた時の一撃だったので、ワタシの反応は必要以上に大きくなっていた。

「あ、ごめんなさい。それほど驚かれるとは………」

 振り向けば、そこにはリッチ・クラフトの姿がある。

 突然現れた事に驚きはしているが、それよりも彼女が何の気配も物音もさせずにそこにいることの方が大きな要因でもある。

「……………」

「柚希さん?」

 リッチ・クラフトは小首を傾げ、ワタシの隣に立つ。

 そして、ワタシとほぼ同時に夜空を見上げた。

「うわぁぁ。コチラの空は、本当に月も星もあるんですね」

 リッチ・クラフトは、そう呟いた。

「霊界には、その二つは無いんですか?」

 ワタシは、ふと疑問に感じたことを訊ねてみた。

「そうですね。月や星だけでなく、霊界にはいろんなものが無いですね」

 そんな前説から始まった霊界の話。

 ワタシと彼女は縁側に腰掛け、睡魔が再び襲ってくるまで時間を潰した。

 翌日からの日程は、沢山の『やるべきこと』でいっぱいだった。

 まず早朝のトレーニングとして日課の鍛練に加え、《竜皇(ディエルゴ)》の権能(チカラ)を制御する訓練が導入された。

「吸ってください」

 リッチさんの指示に従い、目を閉じた状態で肺七分ほどまでゆっくりと息を吸う。

「はいッ、止めてください」

 唐突な指示が入り、ワタシの思考は苦悶の色を示す。

 息を止めていた時間は、およそ二十秒ほど。

 ワタシの限界は七分四十秒なので、全く平気な範疇なのだが、どうしてだろう、今回に限ってはキツく感じてしまう。

「どうですか?」

 この無呼吸法を三セット。日課としていた鍛練は三分の一にまで軽減。

 しかし、このトレーニングによる疲れは、その何倍にも膨れ上がっている。

「想像以上に、キツいですね…………」

 息を切らし、地べたに仰向けで寝転がって答える。

「今のアナタは、権能の本質自体を理解していないですから」

「それが、この無呼吸法ですか?」

「いえ。これは、権能とは直接の関係はありませんよ」

「ふぇ?」

「《竜皇》に限らず、《皇》という存在が抱えている(・・・・・)権能というのは、そのヒトの『本質』です」

「本質………?」

 解りやすいほど単純な言葉のはずなのに、今のワタシはその意味を理解できなかった。

 だが、それは無理して理解する必要のない事だった。

 初期段階でのトレーニングは、この無呼吸法に留まった。

 現状ではこれが精一杯。無理に権能を行使しようとすれば、何時また暴走するか分からないらしく、今はこうして自身の身体に掛かっている負荷を軽減のが優先らしい。

 そんな説得のような説明を終え、ワタシは特にする事も無かったのでひとまずこの地に残る唯一の同業者の元を尋ねた。

 その者の名は、クラウス・アルゼヒノ。

 同業者であるアスカ・プラティエが行方を眩ませた事で、彼女の元に総ての依頼が届けられているということを聞き、その仕事を少しでも手伝おうと参上したのだ。

「じゃあ、コレとコレお願い」

「はい」

 クラウスさんから、いくつかの依頼書を受け取る。

 最初は少し不満げなクラウスだったが、ワタシも一応《第零号自衛小隊》の一員。それなりの対処法など(ノウハウ)は風音さんからの教えを受けている。ま、それも不安要素の一つでもあるのだが………。

「あと、大型のものの討伐を一つ二つほどお任せ頂けないでしょうか?」

 踵を反そうとした途端、リッチさんがそんなことを訊ねる。

 クラウスさんは、少し困惑したような表情でワタシの方へと視線を向ける。ワタシはそれを、小首を傾げて返す。

 わずかな沈黙の後、クラウスさんは渋々といった面持ちでそれを受理した。

「どうして、大型魔獣の討伐依頼を?」

 小さな依頼を淡々とこなす最中、ワタシは訊ねた。

「まだ三日三晩の付け焼き刃。それを試してみたいと思いませんか?」

 リッチさんは、そう訊ね返してくる。

 無呼吸法を取り入れたのは、まだ今朝の話。しかし、リッチさんは、その成果をもう試せる段階だと言っているような口振りをしてきた。

 その話に乗っかるように、ワタシは何の躊躇いも疑いもなく、まずは然程問題はない魔獣からの討伐にあたった。

 そもそも、この魔獣討伐の依頼はおよそ十年前からポツポツと出始めたものらしく、その被害や目撃情報は日に日に増える一方であった。

 十年前と言えば、この国の桜《神桜樹》が突然枯れた時期と合致する。

 それ事態は別に問題とすべき問題ではない。

 それよりも問題なのは、その直後に桜色の魔獣による被害が続出し始めたということ。

 その魔獣は《魔桜獣(オムニア)》と呼ばれ、その存在は太古の昔に突然変異したその時代の生物達。

 その時に何があったのかはリッチさんも全く知らないらしく、解っているのは『今』はまだ、その時の引き継ぎをしているような状態。

 そう。まだ、『あの時』の続きすら始まっていなかったのだ。

 それを始める為、あの忌まわしき(・・・・・)───いや、あの時の雪辱(・・)を果す為、『ワタシ達』はもう一度だけ、止まったままだった時代の針を動かす。

 もう二度と、誰も失わないように。何も、失わないように。そして、もうこの手に握ったモノを離さないように。

 ワタシは、何度目かの決断をする。

「とりあえず、手探り程度に軽い方から実践してみましょう」

 リッチさんの言葉に、ワタシは数歩前に出て、魔獣の目の前に立つ。

 そして、自身の内に秘めたる権能の一部を引き出す。

 もう二度と暴走しないように。自我を保ちつつ、心身に影響が出ない程度に権能を解放していく。

 ワタシは目を閉じ、《竜皇の冥樹(ユグドラン・シエル)》の『根』には触れないように、回路(ヒドゥン)を繋ぎ鎖環(クサリ)を一つ一つ丁寧に外していく。

 今までは、無理矢理引きちぎるように外していた鎖環。リッチさんから教わった早朝の特訓のおかげか、気分は快調、権能を引き出し続けても何処かに違和感を感じることはない。

 これなら、イケるッ!

 そう思い、ワタシは鎖環を二つ三つと外していく。

「…………」

 そうして、半分ほどまで外したところで目を開き、改めて眼前の『敵』を見据える。

「───ウクッ!!」

 が。その直後に、瞳に僅かな痛みに近い違和感を感じた。

 変異してしまった眼を隠すようにしていたコンタクトレンズが、まるでワタシの視界を遮っているかのような感覚に錯覚してしまう。

「やはり、まだ不完全な状態ということでしょうか」

 少し後ろで、リッチさんのそんな言葉が微かに聞こえた。

 コレで、不完全…………。

 ああ、そうだ。ワタシもそう思う。

 今まで、何度もこの激痛を味わって、何度も暴走させてきた。

 だけど、それはこれまでの『小薙悠哉』だって同じこと。

 彼らだって、何度もこの激痛を耐え抜いて、この悲哀を何度も乗り越えて、戦ってきた。

 それに、今のワタシは、そんな彼らよりもより完全に近い存在。

 なら、やれる。乗り越えられる。

 そう思い至った時、ワタシの内からチカラが込み上げてくる。

 それは、ようやく権能がワタシを認めたことのように感じとれた。

 再び目を閉じ、今朝の事を思い出す。

 リッチさんは言った。《皇》の権能とは本来、その人の『本質』だと。

 ワタシは、その時に察するべきだった。

 ワタシの『本質』。それさえ見付けることが出来れば、ワタシはこの権能に支配されることもない。

 だが、今はそれを考えても仕方がない。

 ワタシはワタシなりに、今を乗り越えて行ければ良いッ。

 刹那────、

 ───誰だって、夢や希望を最初から持っていたわけじゃない。

 聞き覚えのある声が、ワタシの脳裏を過った。

 それは、その通りかもしれない。

 だけど、今はそんな事を考える必要はない。

 今のワタシに必要なのは、『闇影(アナタ)』を受け入れる覚悟だけッ。

「ハァアアアァァァァァ~~~~~ッッ!!“極竜の皇冠(ディオヴルム・アルカストス)”────ッ!!!」


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