第68話 竜皇覚醒
その出来事を、ワタシは全く覚えていなかった。
当然だ。それは、ワタシであって、ワタシではない存在。
ゆえに、その存在は永年秘匿とされてきた。
始まりはきっと、些細なことが要因なのだろう。
しかし、それはもうどうでもいい問題だった。
それが、〈人工生命体〉という存在。
そして、その第一世代であった、コナギユウヤ。第二世代の子供たちの管理者。第三世代は小薙美琴、第四世代は伊織さん。
それらの経緯を経て、第五世代が誕生した。
星降りの祭壇、跡地…………。
およそ十分ほどまでは燈架李さん達の後ろ追いていっていたワタシであったが、気付けばいつの間にやら二人ともはぐれ、奇怪な場所に到着してしまっていた。
首を傾げ辺りを見回してしいると、一つだけ奇妙な気配を感じた。
それが人間のものでないことは分かっていたが、燈架李さんの故郷であるのに、その燈架李さんとはまた違った気配。
けれど、微かにだが燈架李さんに似た気配をいくつか感じてはいた。
他に頼れるアテもなく、ほぼ途方に暮れていたワタシは、ひとまずその気配のする方へと進んだ。
さきほどもそうであったが、その場所に近付くにつれ、いくつかあったはずの燈架李さんに似た気配は、徐々にその数を減らしていく。
余計不審に感じたワタシは、少し足早に近付いていく。
「きゃ~~ッ」「うわぁ~~ッ!」
近付くにつれ、はきっきりと聞こえてくる多くの悲鳴。
だけど、どれだけ急いでも、彼らを救うことは叶わなかった。
きっと、全力で走っていればその場には間に合っていただろう。
しかし、今彼らを消した人物は、今のワタシでは到底届きそうにない力量を有していた。
その人物は、十四~五才くらいの少女だった。
「これで、この辺りは大丈夫だと思うけど………」
少女は、暇潰しにやっていたかのように呟く。
「んん~、まだ残ってたかぁ~………。───って。これまた珍しい客だねぇ」
そう呟きながら、やや小柄な少女は大きな得物を軽々と振り回し肩に掛ける。
少女の目の前に立って、ようやく気付く。
ワタシは、その奇妙な気配に覚えがあり、その気配はあのアスカ・プラティエから感じられていたものと同じだった。
そこから推測するに、彼女もまた《華騎隊》の一人なのだろう。
「アタシは、《華騎隊》が一騎。〈緋陽花〉、ニーナ・スプラウト」
そんな事を考えていると、その本人からの自己紹介が入る。
「どうやら、《星の民》というわけでは無さそうだし…………だったら、良いよねッ!?」
その掛け声と共に、ニーナと名乗る少女は地を蹴り、勢い良くコチラに突っ込んでくる。
「ははっ……。さぁ、始めようッ。終わりなき日々の幕引きをッ。ようやく、悪夢から目覚める為の終幕をッ!」
想いは、人それぞれ違うだろう。
だが、同じ故郷を持ち、同じ部隊に所属する者達で、何故その想いが違うのか。それだけは、どうしても理解出来なかった。
「この感覚ッ。この気配ッ、そのニオイも存在も行動もッ。その総てがあの人に似ている。…………いや。きっと、キミがあの人なんだろう」
不可思議なことを言う、ニーナと名乗る少女。
しかし、それは既にワタシが一番疑念に感じている事。
それを指摘するという事は、つまりはそういう事。
「アナタはッ!」
ワタシは、相手の一瞬の隙を突き、次なる攻撃を弾き返した。
「お?……ふふん、やるじゃん。でも、そう簡単じゃないよ?」
その一撃で、相手は更に高揚する。
「ぐっ!」
その言葉通り、相手は一気に速度を上げ、一瞬の隙すらも無い猛攻へと変貌する。
相手の体格や背丈は伊織さんと同じくらい。
速度に特化した伊織さんと比べ、コチラは重量重視。
それゆえ、彼女の攻撃はワタシの〈視覚〉でも十分に捉えられるほど。
だが、その一撃一撃には、ワタシではあまりにも耐えきれない重みがある。
それに加え、この速さ。相手の攻撃を先読みすることは出来ても、凌いだり、防いだりすることは出来ない。
とはいえ、どのような武器や技法にも、必ず欠点はあるものだ。
相手の武器は槌。それも金属に近いような破壊力を有している。
技法は、これといってどうというタイプでもなさそうだ。
この場合、いくつかのパターンに分けて判断するのだが、ワタシの中にそれを判断できる基準がない。
「アナタは、いったい何を知っているんですか?」
とりあえず、ワタシに出来るのは先程言いかけた事を改めて訊ねることくらいだった。
「ん?どうして、そんな事を聞くの?」
「へ?」
それは、予想打にしていなかった返答だった。
「キミが誰であれ、ワタシには関係ない」
その言葉で、ワタシは悟った。
今はもう、そんな事はどうでもいいんだ。
ただ、やり場の無い怒りと悲しみを。
ただ、やり残した願いと想いを。
ただ、どうにかしたいだけ。
彼女たちにとって、ソレは、それだけのものなんだ。
だから…………、だからこそ──────ッ!!
「ハァアァァァ~~~~ッ!!!」
猛き一閃で、ワタシは少女の武器を一刀両断する。
「ぐっ!」
咄嗟の判断で、少女は後方へ大きく跳躍し、ワタシとの距離を広げる。
それは、本能による衝動。
彼女たちは、きっと戦うことを望んだわけでも、ソレを強要されてきたわけでもない。
ただ、それが正しいと。それが当然だと、思い込んでいただけ。
「なら、何故今になってこんな事を?」
「約束、だから…………」
「─────ッ!」
その一言で、ワタシの脳裏に走馬灯のような声が響いた。
「もし、ボクが帰って来なかったら、キミたちが大人たちを守るんだよ?」
それが『約束』と呼べるものかは解らない。
だけど、その言葉がキッカケだったのは確かだろう。
結果として、彼女たちは祖国を守り抜いた。
だが、その代償に彼女たちが最も大切にしてきたものは、いつの間にか無くなっていた。
「だから、ワタシたちは、今度こそ取り返す」
ニーナ・スプラウトの気迫は、更に高まる。
「───ッ!」
その気迫に呼応してか、再びワタシの脳裏に声が響く。
「やっぱり。ボクじゃ、届かないんだな………」
それが、何を意味するのかは解らない。
だけど、その言葉が何か重要な手掛かりになるのではないかと予期させていた。
「だから、コレは、キミに託すよ」
ワタシの脳裏に響く少年の声は、蜃気楼のように続く。
「だけど、ボクは諦めないッ!ゼッタイに、キミ達を救ってみせるからッ!!オレは、オレなりの『正義』で祖国を救うッ。ただ、それだけの為にッ!」
どれだけ言葉を尽くしても、どれだけ他者との理解を深めても、少年の想いが他人に通じることはなかった。
それでも、少年は諦めなかった。
その感情を、ワタシは一つも理解できない。
「アアッ………!」
突然に大量のフラッシュバックの影響か。ワタシは大きな頭痛に膝を折る。
「───ッ!…………コレが、あの人がやりたかった事?」
ニーナ・スプラウトは、怪訝そうに首を傾げる。
「アガッ!ガッ、ア、アアアァァァァッッ!!」
その痛みは次第に全身へと廻り出す。
ワタシは、この瞬間に思い出した。こんな事が、過去に二回ほどあった事を。
そして、滅戒の焔によって、ワタシの身は焼かれていく。
「い、や……だ。………シに、たく…………ない………。た、すけて…………、タスケ、て……よ。お母さん……………ッ」
その言葉が引き金であるかのに、ワタシの意識はまるで島流しにでも会っているかのように、段々と遠退いていく。
「アア……ッ!アグッ、ウッ…………。ア、アアッ、アアアァァァァ~~~ッッ!!」
全身を駆け巡る痛みは幾分も続き、陽炎の如き幻焔は紫影と白電の糸を纏って、ワタシの筋肉も血管も骨も総てを喰らい尽くし始めた。
「ニーナッ!」
僅かに残る意識の中、微かに別の少女の声が聞こえる。
「いったい、何事?」
やって来たのは三人。
いずれも、ニーナ・スプラウトと同じ気配を漂わせているところからすると、彼女らも《華騎隊》の者であるのは間違いないだろう。
「この気配…………」
「うん。《竜皇》」
「「───ッ!」」
その存在は、彼女たちの知る《竜》とはまた違った存在。
「まさかッ。だって、あの人はもう…………」
「居ない。だけど、その因子は、ずっと受け継がれてきていた」
それが、ワタシ。そして、その怨差はもう少しで終わる。
その真実を元に、少女たちは新たな決断をする。
「あの子を、殺そう………」
ニーナ・スプラウトは、そう決断した。
「……………」
しかし、誰もその決断に従う者はいなかった。
「なんでッ?」
逆に、その決断に反対する声を方が大きかった。
「もう、あの子を止める術は、無い…………」
それが、現実。それが、定められた運命だった。
「そんな…………、私たちには、何も出来ないのッ?」
ソレは、まさしく『暴走』。
彼女たちにとって、今の柚希は今まで見たことも聞いたこともない状態にあった。
なので、ニーナが思いあたる手段とは、その程度のものだった。
だが、柚希にとってのその『暴走』とは、いったい何度目のことで、どう思っているのだろう。
思えば、彼女は生まれてからのおよそ十年。自分自身の事を誰かに話したことなどなかった。
だからだろう。誰も彼女の真の正体に、気付かないまま。
だけど、それじゃ駄目だ。
だって、あの子はーーー、なのだから…………。
霊界。───魂蔡の館。
「いよいよ、ですか…………」
柚希が《竜皇》の権能の制御が効かなくなり暴走している頃、霊皇リッチ・クラフトは、最終計画の最終段階を実行する。
「これで、半数以上の皇は消滅。残った皇も、後に掃討予定」
計画の細かな内容までは、リッチにも知らされていない。
「正直、ここまでする意図が分かりません…………」
現在、この地にいるのはリッチのみ。御守り役として残っていたトキは最終計画開始と同時に姿を消し、養父役としてここまで育ててくれたユウヤはあれ以来一度も戻ってきていない。
「この幻想郷を創造した、十三人の皇」
現状、このセカイではそのように伝わっている。
だが、実際は違う。
「誰かが、このセカイを創造し、十人の皇がそれぞれの世界を守護してきた」
無界を除く十つの世界。それぞれに皇は一人ずつ、されど、どこにも属してきない残り三人の皇は、今もその所在は不明のまま。
「この十三皇と呼ばれる者達では届かない領域。彼女は、その領域へと足を踏み入れた」
しかしそれは、彼女本人が望んで踏み入れた領域ではない。
それでも、彼女が造られた意図は、ソコにあった。
「本人が望もうと望むまいと、この結果は変えられず、その先の未来は創造主が夢見たモノへと昇華される」
もう、誰にも止められない。もう、誰の手で改変することもできない。
ならば、もう………………。
「とはいえ、この状況は感化できませんね」
霊皇は、決断する。
過去の命を代償に、導く出される運命。
その因果の果てへの『賭け』を実行する。
虚界。神代学園。
柚希が異世界へと旅立って、ほぼ二~三時間程が経過した頃……………。
「大丈夫でしょうか?」
萩原殊葉は、不安にうちひしがれる。
「こればっかりはどうしようも無いんじゃない?」
五十嵐蕩花が返すも、その蕩花も殊葉と同じ気持ちであった。
蕩花達からすれば、柚希も伊織も自分達と何一つ違わない同じ人間。しかし、やはりその役目も存在意義も彼女たちとは全く違うものを持っていた。
「となると、騎士達の役目も終わりってことになるな?」
特にするアテも無く教室内にいる生徒達の会話を盗み聴いていたのは、およそ半年振りの登場となる藤堂陽毅である。
「そうだな。後は、残りのメンバーに任せるだけさ」
陽毅の目の前に、親友御影恭助の姿がある。
「結局、織詠修哉の正体は解らなかったな」
「仕方ないさ。元々、アイツは神出鬼没で正体はおろか、その足取りさえ掴めない相手なんだからな」
御影恭助こと、リシュト・クロイスの役目は、行方の解らなくなった織詠修哉の居所を探るだけ。
「とはいえ、オレの仕事はまだある」
「妹の事か?」
「ああ……」
所在が分からないのは、リシュトの唯一の血縁者である妹のアンゼリカ・クロイスも同じ。
リシュトはこの六年間。役目で各地を転々としながら、ずっと彼女の行方を探っていた。
しかし、結果は無惨であった。
「なら、これからどうする?」
藤堂陽毅こと、レオンハルト・ストラトスは問う。
「当然、このまま皇の意向に従う」
「そうか…………。なら、《Dの子》たちを集めるか」
「頼む。オレは先に戦地に戻っている」
「ああ。また後で落ち合おう」
そうして、二人は教室を離れ、壊滅したはずの南蛮へと向かった。
ワタシの未来は、暗く深く閉ざされていた。
何も見えない、その場所から。何も届かない、その先へ。
何も無くとも、何も得られなくても。
ワタシは、そのままで、この先も、ずっと…………。
そう思っていた。
自分には、何も無いと。何も得られないと。
だから─────。
「────だったらッ!!」
刹那────。
一寸先も見えぬ深淵の底に、一筋の希望が照らす。




