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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
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第66話 紡欲の星喰者

 星界。〈(ゲート)〉前。

「此処が、星界…………」

 そこは、未知の聖域。

 他の世界の住人が、決して足を踏み入れてはならない神聖な領域。

「やっぱり、妖界(むこう)とは真逆な感じだね…………」

 ワタシの隣で、伊織(いおり)さんがポツリと呟く。そして、手をにぎにぎとし始める。

「うん。確かに妖力は制限されてるけど、支障が出る程度ではなさそうかな?」

 元々、それほど高くはないと話していた伊織さん。それでも、僅かな支障は出るはずだ。

「あまり、無理は禁物だからね?」

 と。燈架李(ひかり)さんが、伊織さんを気遣う。

「ありがとう。多分、大丈夫だと思う。ただ、いきなり寝起きに直射日光を当てられてるような感覚はあるけど」

 それを大丈夫と言って良いのかは分からないが、ひとまず本人は問題無いと言っている。

 とは言っていても、やはり現状は厳しい。

 元より、伊織さんはやや夜行性に近いような行動を時おりとっていた。

 しかし、そんな伊織さんはともかくとして、普段から普通に暮らしてきてたはずのワタシですら此処の『星光(ヒカリ)』は強すぎるように感じる。

 とはいえ、現状はそう安堵もできなかった。

 〈門〉を無事に抜けたとは言え、そこは聖堂のような大きな建物の中。

 その出口の先に、この星界(セカイ)の本当の姿がある。

「何……これ…………」

 建物内が異常なほどだったのかと思えるほど、外の情景はそれほど眩しくも無く、なんと言うか…………『普通』だった。

 そんな違和感を感じるワタシと伊織さんを後目に、燈架李さんは一人絶句していた。

「「…………」」

 ワタシと伊織さんは、何も言わずただ互いに顔を見合わせるだけ。

 今、ワタシ達の目の前に広がっている光景は、悪夢あるいは幻想だと思えるほどに悲惨な場景であった。

 悲劇の光景を彷彿とさせる白亜の建造物達。それらを覆う黒き炎海と、紅き灰煙。

 そのゆらゆらと揺らめく焔も、モクモクと立ち上る煙も、全てを喰らい総てを奪う。

「…………」

 そしてその光景を、ワタシはどこかで幾度か見た覚えがあった。

星皇(ジル)様………」

 途端に、ごく小さな声で呟く燈架李さん。

 そして、燈架李さんは走り出し、ワタシと伊織さんは慌ててその後を追った。



 星界。星詠防衛局(タウロス)

「まだ、息があるみたいですね?」

 内心諦めかけているかのような声音で、少女───小廻(こまわり)アズサは星皇の前に立っている。

 星皇の身体は自身の血で紅く染め上がり、彼自身の闘気は既に薄れかかっていた。

 幾度立ち上がろうと、幾度挑もうと。もうそこには、埋めることの出来ない大きな希望(・・)があった。

 これぞ正しく、雲泥の差。

「がふっ、ゲホッ…………ハァ、ハァ、ハァ…………」

 けれど、星皇は決して諦めなかった。

「どうしてそこまでして………」

 アズサにとって、それが一番理解出来ない事だった。

「ははっ。キミたちには解らないだろうさ。誰かを信じるということ。誰かを頼るということ」

 それは、アズサ達に決定的に欠けているモノ。

 ゆえに、アズサ達はそれを理解するどころか、それを逆手に取ることすら出来ない。

「あと少し。もう少しだけ、耐えられれば………」

「…………ッ!!」

 この時、アズサはようやく理解する。

 天河(あまかわ)燈架李が何の為に虚界に送られたのか。虚界に、いったい何があるのか。

 けれど、それはもう遅い。

「全ての願いは繋がれ、総ての想いは一つへと昇華される」

「………くっ!」

 確かに、もう目的は達せられた。だが、その少女はまだ戻ってきていない。

 アズサ達に残された勝機は、少女が戻ってくる前に、この星界を崩落させてしまうこと。

「……………」

 だが、アズサにはそれが出来なかった。

 同情や、良心ではない。

 単純に、いまだに『覚悟』ができていなかっただけ。

「どうした?この状態は意外と苦しいんだから、ちゃっちゃと殺ってくれよ」

「…………っ」

 星皇の挑発に、一度は反応したアズサであったが、すぐにその手を緩めてしまった。

「どうして…………」

「………?」

「どうして、アナタ達は…………」

 そして、泣き崩れるように大きく脱力する。

「どうして、いつも勝手に決めて、勝手に動くんですかっ?」

「アズサ…………」

大人(アナタ)達がそんなふうに動いたら、子供(ワタシ)達はどう動いていいか解らないじゃないですかっ!」

 それは、多くの者達を代表するかのような言葉。

 その言葉の重みは、星皇達だって、ちゃんと理解している。いや、していたはずだった。

 何せ、自分達も前は同じ感情を抱き、同じ言葉をあふ人物にぶつけたのだから。

「それは、自分達で、自分達なりに決める事だ」

 それが、その人物の返答だった。

 その者の未来は、その者にしか解らないし、描けない。

 誰かがその先を決めたところで、その者自身が、心の底から己を認められるはずもない。

「オマエが、誰から命令されてこんなことしているのかは分かっている。だが、こんなことをしたところで、この先の未来を変えることなんて、もう誰にもできはしない」

「────ッ!?」

 それは、皇の地位にいる人物が発していい言葉ではなかった。

「それでも子供(キミ)達は、過去を(・・・)取り戻したい(・・・・・・)か?」

「それは…………」

 その問いに、アズサが答えられるはずもなかった。

「キミが、キミ自身が決めなければ、ソレは、ただの『我儘』だ」

「────ッ!!」

 身体が引き裂かれるほどの真実に、アズサはしばらく放心する。

「そんなのっ、アナタに言われなくても分かっているよッ!」

 そして、一気に逆上する。

「だけどっ、どうしようもないじゃないッ!!」

 アズサは、剣刃を命一杯振り上げる。

「なら、アナタが決めてよ。今度は、アナタが私を、子供(ワタシ)たちを導いてよッ?」

 アズサの怒声に、星皇は覚悟を決める。

「出来もしないくせに、やりもしないくせに、勝手な事ばかり言わないでッ!!!」

 アズサは、感情に任せた一撃を、星皇にぶつける。

「させないっ!」

 けれど、その一撃は星皇の額すれすれでやむ無く止まった。




 突出する燈架李を先行とし、直立軌道予測館(ピスケス)旧帝軍事施設(レオ)衛生直列浮遊戒演廷(スコルピア)と順番に廻っていく柚希達。

「くっ………」

「どこも、酷いありさまだね………」

「いったい、誰がこんな事を………」

 燈架李には、一つだけ心当りがあった。

 だが、それで確定させるには、不可解な点ご幾つか出てきた。

「おそらく、このまま各地を廻っても同じだろうから、とりあえずこのまま星皇様の元へ向かおう」

 燈架李の指示に、柚希と伊織はただ頷くだけだった。

 そこから先は、ただ目的地を目指すだけ。その………はずだった。

「ん?───!ちょ、ちょっと待って!燈架李ッ!」

 近道だと言って、深緑の森へ入ったことで事件が発生する。

「な、何?あまり時間が無いと思うんだけど………」

 そう文句を言いながらも、燈架李は足を止める。

「柚希が………、いない」

「へ………?」

 燈架李の口から魔の抜けた声が漏れる。

 咄嗟に必要もない場所にまで見回す。

「いったい、どこではぐれたの?」

 二人はまだ知らない。

 柚希がとてつもない方向音痴であることを…………。

 今引き返せば、大きな時間のロスになると判断した燈架李は、先を急ぐことを優先した。


 森を抜け、荒れた街並みを走り続けること、およそ二十分。

 目的地となる場所が目の前に見え始める。

 ドォゥォォォンッ!!!ガガガッ~~~~ッッ!!!

「な、何ッ!!?」「急がないと………」

 唐突に鳴る、地響きにも似た爆発音。

 何とか冷静さを保っていた燈架李の心に、僅かばかりの焦りが浮かび始め、燈架李は急ぐ足を更に速めた。

「勝手なことばかり、言わないでッ!!」

 ようやく発見した、大切な人。

 けれど、その存在はまさに窮地であった。

「……くっ!────させないッ!!」

 危機迫る者に降りかかる刃を、燈架李は精一杯の星力を練り上げて受け止める。

「ぐっ………!まだ、邪魔なヤツがいる、みたいだ……ね………?」

「はぁはぁはぁ……………」

 膨大な放出と、ようやく明らかになる真実。

「はぁはぁ………え?」「ふっ………」

 両者が互いの存在を認識した時、それは過去を消失するほどの出来事だった。

「アズ、サ……?どうして………」

「まったく、タイミングが良いんだか、悪いんだか」

 その真実に、驚愕する燈架李と、呆れるアズサ。

 表情は違えど、感じた想いは同じであった。

「これが、子供(ワタシ)達の役目だから」

 アズサは、安易に答えた。

「なんで………、だって…………」

 燈架李の中には、いろいろな想いがある。

 けれど、それはアズサも一緒。だからこそ…………。

「だからこそ、ワタシ達はそれぞれの『願い』と『想い』の為に、この夢物語(セカイ)を終わらせる」

「そんな…………」

 梓が放った意思の強くこもった言葉に、燈架李はたじろぐ。

「ううん。そんな事、させないッ。ゼッタイに、アナタを止めてみせるッ!!」

 意気攻揚と気合いを入れ、アズサへと襲い掛かる燈架李。

 実力差は歴然。それでも、燈架李には譲れない覚悟があった。

「────アクッ!─────ガッ。──────アッ…………」

 燈架李の太刀筋(おもい)は一度としてアズサに届くことはなく、梓は燈架李の剣劇を容易く払いのけ、燈架李に手加減したような一撃一撃を当てていく。

「この程度で、夢物語を見られる(まもれる)とでも思っているの?」

「はぁはぁはぁ………」

 アズサの挑発的な言葉に反応することなく、燈架李はただがむしゃらに攻撃を続けるだけ。

 そんな単調な攻撃では、埋まるはずだった差が埋まるはずもない。

 それでも、燈架李は攻撃の手を緩めなかった。

 星界を守る為、だなんて偽善は言わない。

 ただ、たった一人の家族の為、自分を信じて耐え続けていた者の為、燈架李は無い知恵を絞り、薄っぺらい戦術で剣を振るい続ける。

「ヒカ、リ……………」

 必死に導き出そうとする燈架李の姿に、星皇は苦しみ耐えその名を呟く。

「大丈夫ですかッ?」

 そこへ、伊織が駆け寄り、星皇を安静になれる場所へと運ぶ。

「キミは…………、妖皇(ティオ)……?」

「え?」

「………いや。違うか………」

「…………」

 一瞬だけ飛び出したその名に伊織は疑問を抱く。

「初めまして。アタシは、小薙(こなぎ)伊織と言います」

「───ッ!……コ、ナギ…………?」

 伊織の言葉に、星皇は眉を僅かに動かした。

 星皇が反応したのは、『小薙』という姓のほうだけ。

 その姓に聞き覚えはあれど、その姓は所詮、過去の遺物(まやかし)。星皇にとっては、ただの悪魔のような存在でしかない。

「ぐあっ!!」

 そこへ、アズサからの一撃を受け、燈架李が飛ばされて僅かに残っていた塀に激突した。

「燈架李ッ!」

「げほげほっ………。アズ、サ………」

「これが、本来の『差』。アナタと私の間にある、決定的な違い」

 そこへアズサが近付き、初めて伊織のことを認識する。

「へぇ~。アナタが、今回(・・)の『継承者』」

「「………??」」

 アズサの言葉に、伊織と燈架李は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。

「けい………」「しょうしゃ……」

「そうか……。やはり、そういう事、だったのか…………」

 星皇は、一人だけ納得したように呟く。

「おそらく。ですが、どういうことでしょうか?その伊織()は、何やら別のものが混じっているように感じるんですが………」

「…………」

 星皇はおし黙り、伊織と燈架李は互いを見合わせたままさらに深く首を傾げる。

天河(あまかわ)。ワシは、〈竜の子〉を連れて来いと頼んだはずだが?」

 星皇に訊ねられ、燈架李はようやく理解したかのように手を叩く。

「あ、そう言うことでしたか」

「…………あ。なるほど」

 燈架李の反応を見て、伊織もようやく理解した。

「ごめんなさい」

 唐突に、燈架李は謝罪の言葉を述べる。

「確かに、依頼されていた人物は連れて来ました…………ですが、此処へ来る途中にはぐれてしまって………」

「はぐれた?」

 星皇とアズサは、ほぼ同時に首を傾げる。

 星皇もアズサも、此処の状況しか知らないが、現状から考えれば星界中が此処と同じような状況でえることは予想できている。

 一面が家やその他の建造物で覆われた居住特区。

 そのどれもが、全壊に近いほどの被害を受けているはず。

 ならば、此処へ来るにも容易く、言ってしまえば何処も視界の拓けた場所しかないはずである。

 それでも迷子になるという事実が、星皇にもアズサにも予想できるはずがなかった。

「フフっ…………。どうやら、アテが外れたようですね?」

「みたい、だな………」

「星皇様………。アズサ…………?」

 諦めてたかのように振る舞う星皇。

 しかし、全ての手立てが奪われたわけではなった。

「だが、まだ手はある」

「へぇ………」

 不適な笑みを浮かべる星皇とアズサ。

 星皇にとっては、最後の賭け。アズサにとっては、単なるハッタリ。

 二人の思惑に、伊織と燈架李はただ息を呑むことしかできなかった。

「妖皇の代行者よ。しばし刻を稼いでくれ」

「え?」

「天河。少しだけ時間が掛かる。覚悟している暇などないぞっ」

「ちょっ、ちょっと待って下さいッ。いったい、何を────」

 伊織の疑問も、燈架李の戸惑いも受け入れず、星皇は残る力で立ち上がり、燈架李の手を取って最後の賭けを行使する。

「ジ、星皇様ッ!?いったい、何をッ………」

「…………ワシの権限を、オマエに譲渡する…………」

「えッ?」「なっ!」

 伊織と燈架李は、同時に驚く。

「ハハハッ!それが、アナタの選択?結局、アナタ達は何もできないッ。何もできなかったッ」

「そうかも、しれない」

 それは、この世界ができふ前から解っていた事。

 だからこそ、星皇達は行動した。

 反乱(・・)を起こした。

「だがッ!霊皇(アル)も、神皇(シリウス)獄皇(リコリス)も、そして、妖皇もッ。なにより、ワシだってッ。アイツの《計画(やりたいこと)》に加担しているッ!それが、ワシらの〈夢〉であり、『希望』であるからッ!!だから、ワシらは決して諦めないッ!!!アイツが、初めて(・・・)願った事をッ!アイツが、初めて(・・・)夢見た事をッ。ワシらも見てみたいからッ────だからッ!!」

「だけど、アナタがここで消えたら、その希望は潰えてしまうッ。夢は終わってしまうッ。その先の景色なんて見ることが、出来なくなっちゃうんだよッ!?」

「…………」「アズサ…………」

「フッ………。だから……、だかこそ、なんだ」

「え?」

「ワシらは生まれた時から何も無かった(・・・・・)。そんなワシらだから………、いや、そんなアイツ(・・・)だから、ワシらはそんなアイツの『手助け』をしてきたんだ」

「…………そんな、そんなのって…………」

 きっと、それでも届かないんだろう。

 だけど、星皇達は精一杯に頑張ってきた。精一杯に走り抜けてきた。

 その結果がどうであれ、星皇には公開などなかった。

 だからもう、これで良いんだ。

 星皇はそう思い、七億年という長い人生に終止符を打った。


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