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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
66/102

第65話 少女が望んだ事

 暦は十一月に入り、夏の残暑など虚しく秋も終盤へと差し掛かる。

 祭りの賑わいはほぼほぼ冷め、どこの家庭も年末への前準備を始める時期らしい。

 だが、ワタシの方は何をしていいのか分からず、相変わらず国民からの依頼をこなす日々を送っていた。

 それから数日。

 燈菓李(ひかり)さんが眼を覚ましたのは、十一月も半に差し掛かった頃だった。

 それに伴い、神社の復興を急かす阿莉子(ありす)さん。

 どうやら、問題はこの国だけの話ではなくなっているようだった。

 そんな事態でも相変わらず巡業を続けていた行商人から、一通りの話を聞いてみた。

「そうですね。あれからは特に進展は無いですね」

 そう返したのは、《夜天騎士団》という組織に所属する一人───マルクト・ルヴァーチェ。

 マルクトさんは特に(・・)とは言ったものの、少なからず、何らかの問題は発生しているはず。

 そこを睨んでいたワタシに、マルクトさんは肩を竦めるだけで、それ以上話してくれる事はなかった。

 それでも、収穫があったとすれば、どう調理していいのか分からない食材を山のようにもらったくらいだ。

 その山のような食材を持って、暇していた雅さんの下を訪ねた。

 雅さんは嫌そうな顔をしていたが、近くにいた未美さんが嬉しそうに受け取りお店の保管庫にしまうと、雅さんはため息を吐きつつも、調理にとりかかる。

 料理を待っている間の待ち時間、ワタシは角の席で机の上に拡げられた器具を見つめ、時折葛藤している師法(しほう)結羽灯(ゆうひ)を発見した。

 結羽灯さんの目の前には、ビーカー、シリンダー、バーナーにフラスコと、多種な小道具が無造作に鎮座している。

 十本近くある細長いビーカーには、それぞれ違う色の液体が入っており、三脚によってのみ支えられているフラスコは真下からバーナーで炙られ、中の液体がふつふつと飛沫を上げている。

 フラスコの口はゴム性の蓋で塞がれ、ゴムの蓋の中央にはガラス性の管が刺さっており、その管は少し離れた場所に置いてあるシリンダーへと繋がっていた。

 何かの化学らしきものの実験かと思ったが、店内に充満している『ニオイ』と『状況』は、それを強く否定した。

 結羽灯さんが座っている位置からは、窓はそれほど遠くないが、現在は完全に閉じられているため、そのニオイは否応にも店内全体に行き渡ってしまっていた。

 ワタシと結羽灯さん以外に客がいないことが幸いか、こんな状況でも雅さんは全く気にもしていないかのように調理に集中していた。

 それから数分、そしてワタシが食事を終えてからの小一時間も、結羽灯さんはずっとよく解らない実験を続けていた。

 結羽灯さんはえらく集中しているようだったので、ワタシは一声も掛けず、早々に店を出た。

 とはいえ、ワタシは特に用事などない。

 燈架李さんは目覚めて早々に神社へと向かい、伊織さんはその燈架李さんに同行している。

 阿莉子さんが、神社の復興を急いでいたのと何か関係があるかもしれないが、今はまだ確証の無い案件だ。

 しかたないのでとりあえず、御三家の自宅それぞれを訪ね、何か用事は無いかと訊ね歩いた。

 聞けば聞くほど用事は出てくるので、キリのいい分だけ手伝い、夕方頃になれば神社に向かった。

 神社に到着する頃には既に準備は完了しており、いつでも行ける手筈は整っていた。

 此処、神成神社は他の世界との架け橋的場所。それは、この世界の幾箇所にも存在するが、ここ東海地方には此処しかない。

 そして、そんな場所を破壊する為、アスカ・プラティエは行動していた。

 アスカさんは既にいくつもの〈(ゲート)〉を破壊しており、この國近辺は全て此処とは違いまだ復興に尽力している段階とのこと。

 しかし、面倒な事に燈架李さんは先の一件で当初の目的をようやく思い出したらしく、何故かこの時季まで放置が進んでしまっていた。

 現状あまり猶予が無い為、ここからは一発勝負ということになる。

「じゃ、イくよ」

「はい。いつでもいけます」

 阿莉子さんが頷くと、燈架李さんは大量の〈星力〉を手の内に生成する。

 燈架李さんの手の内が輝くのは、微かに蒼白く光る小さな焔。

 その焔を確認した阿莉子さんは、燈架李さんと向かい合うように立ったままの状態で霊言を発し始めた。

「三界の魂霊。今交わりて、参門への途を開けッ」

 二人の間に鎮座している小さな祠が、阿莉子さんの霊言に呼応するかのように、黄白色に発行しだす。

「そっか。星界は、黄色なんだっけ…………」

 ワタシの隣で、伊織さんが納得するように呟いた。

「これで、大丈夫?」

「はい。何とか、成功していると思います」

 そう言う二人の視線の先には、まるで次元の歪みのような空間の穴が出現していた。

「これが………」

「これは〈(アストランデ)〉と言うより、〈(ビヴロスト)〉の方だね」

 伊織さんの言葉を疑うわけではないが、ワタシの目の前にもあるその現象は、とても不可思議な存在だった。

「じゃ、行こうか」

 そう言って、燈架李さんはワタシに掌を差し出す。

 ワタシが、意図もよく理解せず、その手を取ろうとした刹那────、

「ちょっと、待ってッ!!」

 と。伊織さんからの制止が掛かる。

「……アタシも、連れて行ってもらえないかな?」

「ッ!」「?」

 その発言に、阿莉子さんは驚き、燈架李さんは小首を傾げた。

「行き先は、星界ですよ?」

「危険だと思うけど」

「…………」

 二人の言い分も分からなくはない。

 けれど、この件に対してワタシから言えることは特にない。

「でも、だからって………」

 伊織さんは何か言いたげだが、その言葉がうまく出てこない様子。

「まぁ、解らなくは無いかな?」

「ですが、燈架李さんッ」

「星界が危険な状態にあり、霊界に続いて神界、獄界が崩落したとあれば、妖界も少なからず何かしらの影響を受けているはず」

「それは、そうかも知れませんが…………」

 おそらく、伊織さんはそんな危険を百も承知だろう。

 そして、燈架李さんはそんな伊織さんを止める気配もなく、されど、阿莉子さんはこの状況を不可思議に感じていた。

 それに、阿莉子さんには懸念が一つあった。

「ですが、やはり危険だと思います」

「まぁ、その考えも解らなくはないけどね」

 賛同しかかる燈架李さん。

「でも、伊織なら大丈夫だよ」

「…………」

「阿莉子は、アタシが星界(むこう)に行ったら妖力が使えなくなるんじゃないかって、懸念してるんでしょ?」

「…………、はい」

 ああぁ、なるほど。

 ワタシは、ようやく阿莉子さんの思いに納得した。

 だが、現実は伊織さんが口にした通り。

 だけど、それでも行く理由があり、その点に関して大した問題は無いかのように振る舞う。

「アタシは、妖力をほとんど持たないから、多分向こうに行っても特に問題無いんじゃないかな?」

 そもそも、伊織さんは妖力にあまり頼らない戦術を用いている。普段は、既に妖力が刻まれた符を用いたり、妖刀による剣術を使っている。

 そんな伊織さんだから、問題無く異界を渡ることができるのだろう。

「………………」

 伊織さんの言葉に、阿莉子さんは悔しがるような表情で俯く。そして、その答えをワタシへと向けた。

「神威さんは、どのようにお考えですか?」

「ワタシは…………」

 特に考えてはいなかった問い。ムダな討論だと思いつつも、その先は不安でしかなかった。

「ワタシは、伊織さんの好きすれば良いのではないかと思います」

 だから、そう答えるしかなかった。

「やったッ!」「ちょッ?」「ま。そうなっちゃうよね………」

 対する答えは、三者三様。

 やはり、それぞれが考える答えは違うようだ。

 気掛かりの消えない阿莉子さんに、隙在らば前回の事を訊ねようかと画策しているであろう伊織さん。それと、どちらでも良いから速く帰郷したくてウズウズしている燈架李さん。

 とはいえ、時間はもうそれほど無い。

 それを報せるかのように、放置されていた〈門〉は、その出力を段々と下げていく。

「と、とりあえず、こんな所で議論してても仕方無いし、行くならとっとと済ませようよ」

 再び焦り出す燈架李さん。

 星界(むこう)の様子が分からない以上、彼女には想像することしかできない。

「分かりました。伊織さんの好きにして下さい」

「やたッ!」

 阿莉子さんの呆れたような顔には眼も暮れず、伊織さんはワタシの手を取り歓喜に打ち秘しがれる。

「───ですがッ」

 と。その喜びを台無しにするかのように、阿莉子さんが口さん挟む。

「一つ、忠告しておきます。神界及び獄界が崩落した事を踏まえた上での先日の一件。私は、これらの出来事は全て連動されており、この先に待ち受ける者達はおそらく我々が今まで出逢って来ていなかったような強者達と交錯しております」

「ま。結局のところ、『敵』は、三億年くらい前に霊界を崩落させた者達と同じ(・・)と見て間違いない………と」

「………ええ。そして、こうなる事も考慮しておりましたので、三人分(・・・)の御守りを皆様にお渡ししておきます」

 そう言って渡したのは、赤茶けた布に黄金色の刺繍が施されている小封筒。御守りの中央には、白の刺繍で【安全第一】と書かれていた。

「コレって………」

 それを訊ねたのは、燈架李さんだった。

「ココまで来てしまっては、ココからは誰も止まって下さらないでしょう。てすから、コレは私からのせめてもの選別です」

「なんか、ありがとうね。阿莉子」

 素直に喜ぶ伊織さん。しかし、燈架李さんは一つの疑念を感じていた。ま、それはワタシも同じなのだが。

 抱いた疑念は後回しとし、縮まる〈門〉に再度星力を注ぎ、再び開いた異界の果てへと飛んだ。




 無界。ファルボルディア橋門。

「此処が、無界………?どうして………、何で……」

 数時間という時間を労して到着したその場所の現状に、妖界の皇ティオル・スーは絶句した。

 何も無い(・・・・)はずの世界に、かも当然のように存在する数多の建造物。

 それは街という態勢をとっており、されど、そこに原住民の姿はおろか気配さえ感じられない。

 妖皇(ティオ)がいるのは、まさしく橋の上。

 この橋の中枢辺りに、〈橋〉は繋げられていた。

 それになにより、妖皇が一番気に掛かっていたのは、この橋そのものの存在。

 ファルボルディア橋は元々、師法研究所とそこに隣接している本土とを繋いでいた大橋の名前。

 無界(ココ)にあるはずも無ければ、この無界(セカイ)自体の存在もおかしかった。

 それ以外にも多くの疑念を抱いた妖皇であったが、その疑念に気を取られず、この橋を渡ることを優先した。

 橋の長さは、およそ三~四キロほど。本来のファルボルディア橋も同じくらいあっただろう。

 この世界に到着した時から既に発生していた深い霧。その霧は、およそ一メートルほどの距離も見渡せないほどに深く、橋を渡り終えた後もずっと続いていた。

「まるで、〈魔宮事件〉の時のようですね…………」

 妖皇はそう呟き、雑森瓜林の中には入らず、瓜林を覆うように微かに続く細い海岸沿いをつたっていく。

「此処は………」

 およそ二時間掛けて到着した場所。

「《ヴリア神宮》……………」

 その建造物もまた、此処にあるはずのない過去の遺物。

 先程口にした事件のおり、完全に消滅が確認されているはず。

 そして何より、無界(ココ)は何も無い世界のはず。

 なのに何故、こうもあちこちに見覚えのあるモノが数多に存在しているのか。

 謎は深まるばかりだが、歩き続けておよそ数時間。

 ようやく、人らしき気配を感知した。

 その気配が、このセカイを護る皇のモノで無いと認識すると、妖皇は途端に警戒指数を上げ、細心の注意を払って奥へと進んでいく。

「まったく、アイツは此処で何をしようとしているんだ?」

 気配は少し違うが、その声はとても聞き覚えのある男のものだった。

「シリウスさん…………?」

 向こうもコチラの気配には気付いているはずなのに、その人物《神界の皇(シリウス・カスタロス)》は妖皇の声に反応するかたちで振り向いた。

「ああ。なんだ、ティオか………」

 神皇(シリウス)は、安堵したかのように呟いた。

妖界(ソッチ)は………まぁ、とても『大丈夫』なんて言えないか………」

「そうですね。神界や霊界が早々に墜ちてしまいましたし、長くは持たせられないでしょう」

 勝率など無いことは、最初から解っていた。

 それでも、時間稼ぎ(・・・・)の為、何としてでも持たせる必要があった。

 そして、現在も奇襲を受けている星界と同様。妖界も刻を待たずして墜ちてしまうだろう。

「とはいえ、コチラはコチラで異常(・・)が発生しているようですね」

「これを『異常』と感じるか?」

何も無い(・・・・)というのが、このセカイの〈概念〉なのですから、この状況は 当然、『異常』と言えるでしょう」

「……………」

 二人の間に相違はあれど、その認識は違わない。

「それで。ティオはどっちに付くんだ?」

「…………」

 妖皇は、しばし思考する。

 答えは明白。されど、どう答えたところで、現状を出来るはずもなかった。

「このまま大人(・・)達の言いなりになっていても、先は見えていると思います」

「なら、オマエはユウヤの望む結末(みらい)に掛けると言うのか?」

 神皇の形相は一変し、腰に挿している剣の柄にその手が伸びる。

「はい」

 妖皇は、迷うことなく、ただ淡々と答えた。

 そして、妖皇が『型』に入ろうとした刹那────。

 神皇は、妖皇の背後へと回り込み、強手の一撃を与えた。

 それが火種となり、二人の皇の決闘の火蓋が切って落とされた。



 遊殻亭。

 陽も昇らぬ早朝に、この店の台所番担当の高塚(たかつか)(みやび)は、日々の日課でもある仕込みの最中であった。

「ん……?トトロ……………?」

 その途中、店の裏口から出ていくトトロ・グリリンスハートの姿を発見する。

 少し疑問に思った雅であったが、特に不思議な事でもなかったため、それ以上気にすることなく作業を再開した。

 その数時間後、陽は完全に登り、開店時間が近付く頃、店の奥にある階段から最後の従業員リグレット・ヴァーミリオンが降りてくる。

「あ。リグレット、おはよう」

 雅が挨拶をするも、リグレットは暗い表情をしたまま言葉を返そうとしない。

「トトロ…………」

 ようやく口 にしたのは、いつも一緒にいる少女の名前だった。

「トトロだったら、朝早くに何処かに出掛けていくのを見たんだけど………」

 雅は、早朝にあったことを話した。

「…………」

 リグレットは俯いたまま、今にも倒れそうな気配を漂わせていた。

 雅や、もう一人の従業員───入衛(いりえ)未美(みみ)にとっても、この二人の関係は今だ謎のまま。

 それに、二人はまだ知らない。

 この二人に、過去にいったい何があったのか。

「とりあえず、夕方まで帰って来なかったら、未美にでも聞いてみよう?」

「……(コクン)」

 雅が宥めると、リグレットは少しだけ心を落ち着け、小さく頷いた。

 その後のリグレットは、裏口の扉の前に張り付いたまま、その日を過ごした。

 リグレットが起きてくるのとすれ違いで、未美も外出しているため、この日は雅一人で店を回すはめとなった。

 この日は、一週間の中でも特に客足の少ない日なので、ラッキーと言えばそうだろう。

 そして、夕御飯の時間を過ぎても、トトロが一度として店に戻ってくることはなかった。

 それと同時に、トトロのこの行動が自分達にとって、とても大きなものになると予期させていた。


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