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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
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第63話 舞い吹雪く花のように、散る少女

 星憲祭は無事に終わり、秋という不思議な季節の中で、ワタシは意気消沈と木枯らしの吹く庭園で休日の労働に勤しんでいた。

 無駄に広い庭園。誰が何の為に用意したかは不明だが、自分達が食べる分だけを確保するにはやや大き過ぎるだろうか。

 それゆえ、ふと思う。此処って、もと旅館………だよね?

 当然でありながら不可思議な現実が、ワタシの作業の手を幾度か止めた。

 変な疑問を脳裏で交錯させつつ行った農作業は、数時間におよぶ無駄な時間を労して完了された。

 家に戻る直前に見上げた空は、真上に昇りかかる陽の存在があった。

 そのことから、日が反転するのを悟ったワタシは、少し遅れた昼食の準備へと取り掛かった。

 ここはいつもと変わらないが、いつのまにかこの家に居着いている伊織(いおり)さんや燈架李(ひかり)さんは、本日もいない。

 ここ最近、何処かへ出掛けているようだ。

 その時ワタシの脳裏を過ったのは、何時しか阿莉子(ありす)さんが話していた星界について。

 もう戻ったのかとも思えたが、そこに伊織さんを含めるのは不思議な気がしている。

 伊織さんは元々、妖界の出身だと後々の出来事ではなしてはもらえた。

 だが、それと今の二人の行動が一致するかは別問題にあると思われる。

 食事終え、後片付けを終えてもなお、二人が帰ってくる事はなかった。

 そして、そんな日々がもう何日か続いたある日の事。

柚希(ゆずき)ッ、助けてッ!」

 と。戻ってくるなり早々に、伊織さんは血相を変えた面持ちで救援を求める。

 何の事だかさっぱりだが、伊織さんの現在の身形から、とても尋常じゃない事情があると推測される。

 ワタシは慌てて部屋に戻り、護身用の短刀と、普段は使わない太刀を装備し、伊織さんにその経緯を説明してもらいつつ、目的の場所へと向かった。

「今は燈架李が応戦してるけど、それもどこまで持つか………」

 伊織さんは、酷く困惑し、疲弊していた。

 それでも、走る速度を緩めない。

 市街地を突っ切った辺りまででの説明では、神成神社に突如として襲撃者が現れ、阿莉子さんが襲われ、それを伊織さんが庇うも力及ばず、やや遅れて現場の事態に気付いた燈架李さんと共闘するも、それでも拉致が明かないらしく、一度神代家に相談し、少々濁った返事をしてもらった。

 との事だが、…………長い。

 まぁ、つまりは、突然の襲撃者に二人の手では足りずワタシに救援を要請した。という、ざっくりとした解釈をワタシはした。

 で。結局向かったのは、神成神社。

 ここ最近、何かと騒動の中枢にあるこの場所は、星憲祭が始まる少し前に、大きな建て替えを行ったばかりである。

 そうこう心中で愚痴を溢している間に、ワタシと伊織さんは神成神社前の階段の近くに来ていた。

 千段近くある石の階段を半分ほど登った辺りで、激しい鍔迫り合いとおぼしき音が聞こえてくる。

「────ッ、またッ!」

 そして、時折の発光。

 その光景から、現状がどれほど激化しているのかが容易に想像できる。

 大きな発光が激しく連発していく間にも、伊織さんの顔は徐々に青ざめていく。

 三十分かけて登りきったその時、異様な光景がワタシ達の目の前に広がっていた。

 黄と赤を交錯させる火花と、雷轟の如く迸る二つの金色をした糸状の曲線。

 背筋が凍るほどに戦慄された舞台が、目の前の光景だ。

蒼煌の(ディファラクティオ)………流星(シューティング・スター)ッ!」

 指銃で構える燈架李さんの指先から放たれる、蒼い閃光。

 相手は、その蒼い閃光を長い太刀で全て斬り落とす。

「阿莉子ッ!?」

 そう叫ぶ伊織さんの声が、少し遠くの方で聞こえる。

 視線を向ければ、そのには横たわる人影とそこに集まる二~三人ほどの人の姿が映る。

 伊織さんが慌てて駆け寄るように見えたので、ワタシはその後を置った。

 伊織さんが叫んだ通り、境内の端、参道から少し離れた隅に倒れる阿莉子さん。その安否を心配するようにあっまった宝さんとそのお付き二人の姿があった。

「阿莉子の容態はどう?」

「息はしてるみたい。だけど、けっこう危ない状況だと思う」

 伊織さんの問いに、蕩花(とうか)さんが答える。

「阿莉子…………」

 宝さんは、困惑しているのか、呆然と立ち尽くしている。

「とりあえず、此処に居ても埒が明かないというか、危ないから、学園の医療棟に運ぼう」

「ええ」

 蕩花さんの提案に頷いたのは、殊葉(ことは)さんだった。

「宝ッ、行くよ」

 蕩花さんの呼び掛けに驚くように我に還った宝さんは、先行する蕩花さん達の後を急ぎ足で追った。

 取り残されたワタシ。阿莉子さんを連れ去った宝さん達の背を不安と淋しさを含めた瞳をして、呆然としあたふたしている伊織さん。

 そんなワタシと伊織さんなど眼中に無いかの如く、上空での戦闘は、さらに激しさを増す。

「はぁあぁぁぁ~~~ッッ!!!」

「フッ……。火炮葬斬(ヨグ・グルースカ)

「───ッ?あの人………」

「どこかで見覚えがあるね」

 一瞬だけ見えた、敵の顔。

 その顔に、ワタシは思考を廻らせ、伊織さんは小首を傾げる。

 あの服装、あの武器。

 それ以外にも、見覚えのある点は幾つかある。

「ぐぁあぁぁ~~~ッ!!」

 思考を廻らせている間に、戦闘は決着が着き始めていた。

 勢いよく参道に叩きつけられた燈架李さんは、その反動で後ろの大社に衝突する。

 無惨な姿へと変貌していく神成神社。

 その社はすでに瓦礫の山と化している。

「ぐ、くっ………!」

 痛みに耐え起き上がろうとする燈架李さん。

 その目の前に敵の正体───アスカ・プラティエが舞い降りる。

 その顔と名前が一致した瞬間、眼を丸くした伊織さんに、ワタシはこの場を切り抜ける手立てを耳打ちで提案する。

 一瞬、驚愕したような表情を見せたが、もうその方法しかないと悟ると、一瞬にして持ち場に着いた。

永遠(とわ)に、眠れ────」

 アスカさんが、二メートル近くもある太刀を振り上げる。

 ここからの刹那が、一番の狙い目(チャンス)

 ワタシは、アスカさんの一瞬動作を見逃さず、途端に地を蹴る。

焼蒸(ヨグ・ア)────、──ッ?!」

 アスカの剣撃を何とか受け止めることはできたが、結果は燈架李の頭頂部すれすれ。

「フッ、───ハァアァァッッ!!」

 アスカさんの対応は、コンマ二秒ほど。

 咄嗟の出来事では、これが限界の範囲。

 だが、それで充分。

「あれ?」

 ワタシを斬り飛ばした後のアスカさんは、目の前の現実に困惑する。

 再び太刀を振り上げたアスカさん。しかし、自身の足元にはほんのコンマ二秒前までそこにいたはずの燈架李の姿はない。

「…………そうか。さっきの半妖の()か」

 そう。それが、さきほど伊織さんに耳打ちした作戦。

 伊織さんの符術の中には、瞬間移動的なことが出来るものがあるようで、今回はそれを利用してこの場を離脱してもらった。

「ま。ここでのお役目は終ってるし、次へ行きますか………」

 全壊した社を一瞥したアスカさんは、踵を返し始める。

「ちょっと待ってくださいッ」

 ワタシは、その背を呼び止める。

「「────ッ!!」」

 その刹那、ワタシとアスカさんは、同時にバカでかい気配を感知した。

電界網(エレキフィールド)…………」

 アスカさんは、空を見上げそう呟いた。

 ワタシは釣られて空を見上げる。

「……?」

 眼を細めて辛うじて見える程度。

 ワタシの真上。いや、この神社全体に張り巡らされた黄金色の糸。

 その細さは髪の毛よりも細く。その多さは今の大気中にある酸素よりも多い。

 それは無数に存在し、まるで結界であるかのように決め細やかな格子状の檻を半球型にして神社全体をすっぽりと覆っている。

「残念だけど、これ以上の好き勝手は見逃せませんよ」

 突然に聞こえてきた声。

 視線をアスカさんの方へと戻せば、その先にこれまた見知った人物の姿があった。

「どういうつもりですか?」

 冷静を装った声音で、アスカさんが問う。

「以前、言いましたよね?」

 その人物───佐久屋(さくや)葉月(はづき)は、アスカさんに銃口を向けている。

「ええ、覚えていますよ」

 アスカさんは、未だ淡々とした声で喋る。

「じゃあ、ここで止まってくれないかな?」

「それはできません」

 その問いに、アスカは一度の考える素振りを見せることなく丁重に否定した。

「では。しかたありませんね……………」

 口調は優しく、やや長い間をおいて、戦闘は開始された。

 天高々はるか上空で、紅き閃光と粟色の雷光が飛び交い、時折衝突し、激しく火花を散らす。

 二人とおぼしき小さな光は、衝突する度に神社中に張り巡らされた黄金色の網を揺らし、まるで次元に歪みが生じているような演出が生まれる。

 ───柚希、聞こえる?

 戦闘に大した変化しがない中で、途端に声が聞こえた。

 それはおそらく、上空で今も戦っている葉月さんの声。

「あ、はい。聞こえています」

 ワタシは、声に出して返答する。

 ───私もあまり長くは持たせられないから、後よろしくね?

 突拍子もない確定事項に驚く暇もなく、ワタシの視界に映る景色は一変した。

「……………。《竜皇の盟樹(ユグドラン・シエル)》…………」

 そう。そこは、いつかたぶりの謎の空間。未だその存在意義は解らないまま。

 しかし、それは今はどうでもよかった。

 何故なら、そんなことよりも不可思議な現象が、ワタシの目の前にあるのだから………。

「何?」

 その人物は、純真無垢のような表情で小首を傾げる。

「えと…………」

 ワタシはどう捉えていいのか分からず、とりあえず自身の頬を掻いた。

「とりあえず、単刀直入に言います」

 何の疑問も感じていないかのように、目の前の人物───佐久屋葉月は、淡々と喋りだす。

「あまり時間が無いから、最後の〈柱〉を戻します」

 それは、あまりに唐突で、突拍子もない発言だった。

「…………」

 思い悩むこともままならないような展開力に、ワタシはふと視界の端に映り込んでいた映像に焦点を合わした。

 その映像に映し出されているのは、アスカさんと戦う自身の現状。

 どうやら、『外』のワタシが無意識に選手交代を余儀無くされ戦わされているようだ。

「あ。ちなみに、今のアナタを動かしているのは、他の《神桜珠(アルディジャーノ)》の子達ですよ」

「ん?」

 今、一瞬理解が追い付かなかった。

 今、なんと……………?

「ですから、『外』側の柚希の身体を動かしているのは、これまで自分勝手な都合で還っていった最中(もなか)達でよ。言ってるのですよ」

「……………」

 改めてご丁寧に言ってもらえたのはありがたいが、なんかこう、言い方に棘を感じるのは気のせいだろうか………?

「で。本題の方ですが………」

 過激なハンドル捌きで話を戻した葉月さんは、話題を肝心な部分へと急速回転させる。

「はははっ!!───爆ぜろッ!!“炎骸流襲(ヴァルプケス・ヴォルケニオン)”─────ッ!!!」

 戦場に響き渡る豪叫。その犯人は外側のワタシで、太刀から放たれた何万度にも達する紅蓮の炎が、境内全てを地獄絵図へと変貌させる。

「まったく、《炎桜柱(あのコ)》は……………」

 内側でそれを見ていたワタシと葉月さん。

 葉月さんは、額に手をやり呆れ果てていた。

 外側の世界で巻き起こっている、奇気とした戦い。

「“氷葬断封(グランシエル・クレパス)”」

 今度は、境内全てを包み込むように、マイナス何百度の冷気が、戦場を極寒の大地へと変貌させる。

「あの子達、加減というものを知らないのかな…………」

 そう呟いた葉月さん。今度は、困り果てていた。

「大丈夫なんですか?」

「え?あ、うん。どっちにも問題はないと思うよ?」

 なぜ疑問系なのか、どちらの意味だったのか、と改めて疑念に思うことはあれど、今はどうでもよかった。

 止めどなく繰り広げられる連撃。

 その威力は強大で、その範囲は想像を遥かに超えるほど。

 そのため、葉月さんもワタシも目の前に映し出されている光景に唖然とし、ただ言葉を失っていた。

 葉月さんに頼まれた事。

 それは、アスカさんを止めること。葉月さん達五人の『願い』を引き継ぐこと。

 何をどうする訳でもない。と、補則を受けたが、結果的には気の重くなるような感じであった。

「じゃあ、本当に勝手だけど、後、頼めますか?」

 ここへきて、葉月さんは腰を低くして訊ねる。

 全くの説明が無かったので、その辺を。と言いたいが、おそらくそんな事にかまけている場合では無いのであろう。

 ワタシは、二秒ほど間を空けてから、小さく頷いた。

「ありがとう…………」

 葉月さんは、その言葉を残し、ゆっくりと頭を下げた。

 そして、葉月の存在が黄金色の粒子となって虚空へと消えていく。

 その存在が完全に消える間を待たず、ワタシの視界は映像から、その実際の場所へと巻き戻る。

 四色の《神桜柱》が残した爪痕は、神社全体に深々と刻まれ、その連撃の真っ只中にいたアスカさんは、万事休すといった状態であった。

「ハァ──、ハァ──、ハァ───」

 しかし、アスカさんは諦めない。

 幾度となく立ち上がり、勝率が逆転された状況を何とか覆そうと抗っていく。

「諦める、わけには……いかない………」

 アスカさんは、途端に口を開く。

「アスカさんは、何のためにこんな事を?」

 こんな機会なので、ワタシは改めて問う。

「ふふっ。それは当然、私達《華騎隊(アルカディア)》が目指す〈未来〉の為、その『引き金』を引くために、私はこの東方を担当しているだけ」

 東方を担当している。か…………。

 その言い方からしておそらく、他の大陸には別のアルカディアとやらが、何かを行っているのだろう。

 だが、それは今はどうでもいい。

 今必要なのは、アスカさんの処遇をどうするか、だ。

 ワタシとしては、このまま見て見ぬふりをして、この神社の有り様の方をどうにかしたいところだ。

 その後も、アスカさんが反撃の手を緩めることはなかった。

 それはまるで、死を覚悟しているかの如く。

 いや。きっと、最初(ハナ)から生き続けられるとは思ってもいなかったのだろう。

 その証拠に、微かではあるが、アスカさんの身体から紅色の粒子が天に昇っていっているように見えた。

 一つ……、二つ………、三つ…………、

 そうして数は段々と増えていき、何十、何百という数へと増していく。

「く、グッ───、グフッ!!」

 途切れ途切れの息も段々と苦しくなっていく。

 それでも、アスカさんは諦めなかった。

 止まることのない猛攻。休む暇も与えぬ連撃。

 もう技も力も出しきってしまい後は脱力するしかないはずなのに、それでもアスカさんは、その『衝動』を抑えることはしなかった。

 何がアスカさんをそうさせるのか。何の為にそこまでするのか。ワタシには、全くもって理解不能であった。

 だが、その疚しさにも、いつかは終止符を討たなければならない。

 ワタシは、完全に見切っていた技の中から、最も単調な部分を見出だし、その弱点をついた。

 その一撃が全て。いや。一つの区切りであった。

 けれど、そんな一撃だからこそ、アスカさんはその意図を汲んだ。

「あ………」

 アスカさんはゆっくりと悟り、血走った気配が徐々に鎮まっていく。

 カランカラン。と鳴るアスカさんの得物。

 その鈴鳴りを合図に、アスカさんの身体は一気に紅色に発光し出す。

 そして、先程から徐々に数を増やしていった謎の粒子の数が、一斉に増幅する。

 それが、アスカさんの霊魂だと気付くのに数分もの時間を有した。

「ごめん、なさい…………」

 最期の最後というところで、アスカさんの口からそんな言葉が漏れた。

 その言葉から数秒ほどで、アスカさんの存在はこの世界から消失した。

 結局、アスカさんから詳しい理由をきくことは出来なかった。

 唯一、ワタシの足元に小さな糸屑のようなモノが落ちていることを除いては………。


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