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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
63/102

第62話 東海戦争の末路

 十六年前の春。

 異例な事態が世界各地で頻発し始めた。

 始めは、北欧と西洋を中心に発生し、当時は、第三次世界大戦の勃発とまで言われるほどに大きな問題へと発展した曰く付きの事件。その事件の中核にあったのが、全身を禍々しい気配を漂わせる甲冑で武装した者達。

 この時はまだ、この者達全員が《夜天騎士団》のメンバーだということは認知すらされておらず、その組織の名前が世に出回ったのが、それから数年後のこととなる。

 それと、この事件を先導した《夜天騎士団》は、たったの五人。西洋が二人、あとの三大陸は一人ずつであったと報告書にも記述されている。

 そんな中で、東方で起きた事件は東側を中心とし、その戦火となったのが、秦も含まれている東海地方である。

 だが、当時の秦は国内の情勢があまり良くなく、この戦争には参加していなかった。

 しかし、実際の戦中では全く関係の無いはずの一人の少女が参戦していた。

 その少女の名は───宮代(みやしろ)(りん)

 当時の年齢は、十四。偶然にも、この少女は秦にのみあるという不思議な桜の樹を見に来ただけの、何処にでもいるただの観光客の一人であった。

「ありがとうございました」

 鈴は、神成港から少し離れた岩肌の鋭く尖った場所に着岸する。

「いやいや、構わないよ。それより本当に良いのかい?こんな辺境な場所で」

「はい、構いません。では、船長さんもお気をつけて」

 送ってくれた小型漁船の船長に別れを早々と済ませ、並外れた身体能力と慣れた手際で、三十メートル近くはある岸壁を登っていく。

 岸壁を登ってすぐにあるのが、一度も手入れなど施されていないのではないかと疑ってしまうような有象無象と生い茂っている深緑の森。

 鈴は、二秒ほど立ち止まっていただけで、その後すぐに何の迷いも無いかのように生い茂った草木を掻き分けながら森の中へと進んでいった。

 およそ四時間ほどが経過し、鈴はようやく森を出た。紆余曲折と途方もなく森の中を徘徊し、渦巻く黄昏のように幾重にもおよびグルグルグルグルと同じところを行き来して、長時間の迷子を実現していた。

「ふぅ。ようやく出られました」

 誰も見ていない、汗など一つもかいていない状況で、汗を拭うように額に手をやる。

 ほぼ長い間、森の中をさ迷っていたので、鈴のお腹はきゅ~と可愛らしい音を鳴らし、空腹を訴えた。

 軽く頬掻き、歩き始める鈴。

 その行き先は謎で、とりあえず飲食店を~。という考えのみで市街地や農道、住宅街などを必要もなく歩き続けた。

 これも、一つの迷子と言えよう。

 そうして歩き続けること、およそ二時間半ほど。鈴はようやく一軒の飲食店に入店する。

 そのお店は、喫茶店というよりはファミレスに近い食事処。

 店員に促されるより先に席に着いた鈴は、壁際に立てられたお品書きを取り、パラパラと軽く中に眼を通す。

 とても十四の少女が食べきれるはずのない数の料理を注文し、店員や他の客の驚愕が退かぬ間に運ばれてきた料理全てを容易くペロリと平らげてしまった。

 その後、食後の休息を短く終え、会計を済ませ、そそくさと店を出た。

 店を出て早々、当初の目的の為街中を歩き始めた。

 そうして行く内に、陽はほぼ傾き、空は茜色に染まり始めていた。

「今日の宿、探さなくちゃ………」

 ポツリと呟き、再びアテも無く歩き出す。

 そして後日、ようやく見付けた手掛かり。其処へ向かう鈴。

「コレが…………」

 大きな存在感と、威圧感を放つその巨身に、鈴は言葉を失う。

 此処は、秦の観光名所の一つである桜公園。

 現在では、その名所も此処のみとなってしまっているが、それでもこの場所から得られる恩恵はとても大きい。

 ーーーアナタは、誰…………?

「え……?」

 鈴が桜公園の中央へと歩いている途中で、鈴にだけ同い年くらいの少女の声が聞こえた。

 思わず辺りを見回すも、鈴の近くには誰もいない。

 ーーーアナタは、どうしてソコにいるの………?

 再び聞こえた声。

「アナタこそ、誰何ですかッ!?」

 鈴は恐怖心を感じ、何も無いはずの空にむかって訊ね返した。

 そんな鈴の言動に、桜公園中にいる観光客全員の視線が集まる。

 ーーー………………。

 一度、二人の間に沈黙が訪れる。

「一応………。私の名前は、宮代鈴…………」

 声に出して、鈴は自身の名を明かした。

 ーーーミヤシロ、リン…………。

 謎の声は、鈴の名を復唱する。

「アナタは、誰ですか?」

 鈴は、もう一度問う。

 ーーー私は、〈光桜柱(ペテルノウル)〉。

「ペテル、ノウル…………?」

 今度は、鈴が相手の名を復唱する。

 ーーーこの《神桜樹(インヴォルジア)》の一柱にして、この虚界(セカイ)の『母』の護人。

「???」

 鈴の頭上に、疑問符が大量に出現する。

 ーーー要は、今アナタとこうして話しているのは、今アナタの目の前にある大きな桜の樹ということですよ。

「────ッ!!!」

 嘘のような真実に、鈴は驚く。

「そんな母の護人であるアナタが、私に何か用ですか?」

 ーーー単刀直入に言います。

 そう言うと、謎の声は少しだけ間をおいた。

 ーーー我々の『願い』を、叶えてもらえませんか?

「へ?」

 当然、そうなるであろう。

 しかし、鈴は大した考えも理解も無しに、その『お願い』を受け入れた。

 そして、一週間ほどを目安としていた観光は、長期に渡ることを考慮した滞在へと変更された。

 三日ほど泊まったホテルを解約し、神成市内の一軒家に拠点を構える。

 《神桜樹》から託された『願い』を叶える為、鈴は一月掛けて秦という國の情勢を見て廻った。

 その中でも、鈴が特に気に掛かったのは三つ。

 神成市にある神代神社。奈岐穂市のカジノ街。湯球市の情景。

 どれも個性というか異質な存在感がある。

 この時はまだ、奈岐穂市と湯球市は外部の立ち入りを許可しておらず、鈴が独断で入ることは困難であった。

 そのため鈴は、一番気掛かりであり立ち入り易い神代神社を訪れることにした。

「ふわぁあ~~…………」

 千段近い石階段を登り、目の前に映る光景に鈴は呆然としていた。

 鳥居の一部は崩壊し、境内の石畳は所々に石の割れた箇所や紛失している箇所が見受けられる。

「これは、ヒドい………」

 さらに奥に進むと、建物の至る箇所が崩壊し、室内の状態さえ気軽に見える状態となっていた。

 その有り様は、まるで戦争の後のよう…………。

 しかし、この地方一帯では、戦争など起こってはいない。今はまだ、そうならないように各方面で圧力をかけ続けている状態であった。

 それを知らない鈴。その裏で動いている人物がいた。

 その名は────ユーフィリア・オズ。

 《黒導詩書(グリモア)》の一節に名を連ね、身内からは〈死狂の風来坊〉と称されている少女の姿をした人物。

 ユーフィリアは現在、各所の國締めの元を廻り、この國の情勢を確認していた。

「此処も、特に変化は無しか…………」

 最後の國締めの元を訪れたユーフィリアであったが、成果は他の國締めと同様であった。

 途方に暮れたように歩き続けるユーフィリア。その行き先は定まっておらず、気がつけば微かな邪気を感じる場所に来ていた。

「此処って………」

 ユーフィリアが見つめるのは禍々しい気配を漂わせ、辺りと何一つ変わりない状況を作り上げている、その一点。

 辺り一帯は深緑の森によって囲まれており、その存在すらも打ち消してしまい兼ねない不自然の無さ。

 しかし、その存在がバレてしまえば、ただの違和感しか感じられない。

 ユーフィリアは、そんな違和感に好奇心を擽られ、暗がりに渦巻く黒い空間に入った。

 黒い空間はどこまでも続いている。その距離は、黙視で確認できるだけでも数百メートルは続いているだろう。

「さぶっ!?」

 空間に入ってから数秒ほどのところで、ユーフィリアは改めて気付く。

 だが、その寒さは空間そのものの温度ではなく、その空間に漂う怪しげな気配から感じられているものだった。

 そして、ユーフィリアは悟る。

 この空間内では、敵地に潜入しているのとほぼ同じ状況。それゆえ、今の自分ではどうしようもないと。

 そう結論付けたユーフィリアは、一度撤退することにした。

 後日、ユーフィリアは再びその場所を訪れた。

 先日は夕方頃であったが、今回は早朝。空間内での体感温度は、倍以上に低い。

 だが逆に、早朝であるがゆえに視界は良好であり、先日は見えなかったものまで見えるようになった。

 ユーフィリアの目の前にあるのは古い石の階段。

 年数はそれなりに経っていることが、所々に見える欠けた箇所から見受けられる。

 朝露が残る石の表面に気を付けながら、ユーフィリアはゆっくりと階段を登っていく。

「……………」

 本堂の頭が見え掛かった辺りで、ユーフィリアは見覚えのある気配を察知した。

 その気配はどこか懐かしく、不可思議な幻想を体現したような存在。

 その真相を確かめる為か、ユーフィリアの脚は自然と速くなる。

 鳥居のある神社を初めて訪れたユーフィリアであったが、この状況が普通でないことは、一目瞭然で理解できる。

「わぁお…………」

 感嘆とした声を漏らす。

 だが、そんなユーフィリアには、一番の難解な問題が目の前にあった。

「あれ?アナタも観光ですか?」

 そう訊ねるのは、ユーフィリアより少し早く来ていた鈴であった。

 鈴は、石畳の中央にしゃがみこみ、虫眼鏡を用いて欠けた石を見つめていた。

「そうすれば、何か解るの?」

 ユーフィリアは鈴の隣にしゃがみ、鈴の作業を見物する。

「一応………」

「へぇ~………」

 初対面であるはずなのに、二人の間には緊張感や警戒心というものがまるでない。

「やはり、この惨状は人工的に行われたものだと思います」

 鈴は、スッと立ち上がり、虫眼鏡を懐に仕舞う。

「なんで?」

 ユーフィリアには心当りがある。だが、それを悟られる訳にはいかなかった。

「破損しているのは、この辺りだけですから」

 鈴は、率直に答える。それはまさしく、図星であった。

 そう。確かに鈴の言う通り、こんな悲惨な状況を受けているのは、秦の中でもこの神成神社だけ。

 とはいえ、戦争は既に始まっている。

 今でも、秦以外の東海地方の国々は他の近隣諸国と交戦中。そんな中で現在、秦は決断を渋っている状態だった。

 そして、神成神社はその途中で流れ弾を受けてしまった唯一の場所というわけなのだが……………。

 それを、鈴は『人工的な惨状』と言った。

 確かに、これほどまでの状況を流れ弾(・・・)一つで行うのは不可能というもの。

 だが、現状はそこにある。

 それが、今鈴を悩ませている要因であった。

「心当りは?」

 まるで、共闘でも持ち掛けるように、ユーフィリアは訊ねた。

「無いです。ですが、そう遠く(・・)には行っていない気がします」

「そ。なら、私も着いていくよ」

「興味があるんですか?」

「一応ね」

 鈴の問いにも軽く返したユーフィリアは、その後鈴に付き添い、その動向を伺う。

 鈴がまず始めに向かったのは、神成市内の商店街にある古風な喫茶店。

「最初は、ココ?」

「はい」

 淡々と答えた鈴は、迷うそぶりを見せることなく空いた席に着く。

 そんな鈴とは対照的に、小首を傾げたユーフィリアは、しばし硬直した後、鈴の向かい側の席に腰を降ろした。

 まだ状況がよく呑み込めていないユーフィリアを他所に、鈴は店員を呼び料理をいくつか注文した。

 料理が来るまでの間も、ユーフィリアはずっと考えていた。

 しかし、いくら考えてもユーフィリアの答えは一緒だった。

「もしかして、ただ昼御飯を食べに来ただけ?」

 ユーフィリアが顔色を伺うように訊ねると、鈴はニコリとはにかんで魅せた。

「はい」

 それは、清々しいほどの返答だった。

 運びこまれた料理。その料理にがっつく鈴。

 その光景を見たユーフィリアは、小さなため息を吐いた後、店員を呼んで料理を注文した。

 腹拵えもとい、戦仕度を済ませた二人は、東へと歩いていく。

 その先にあるのは、この國唯一の学園。さらにその先ともなれば、国境に建てられた壁くらいしかない。

 ユーフィリアの中で、不安がどんどんと大きくなる。

 見られて困るようなモノは何も無いが、そこへわざわざ顔を突っ込むのは危機として防ぎたい。

 そんなユーフィリアの想いが通じたのか、鈴の脚は学園の前で止まった。

 ユーフィリアとしては、此処へ来ることも避けたかったが、こんな状況下では致し方ない。

 久々に見る学園の姿を眺めていたユーフィリアだったが、スタスタと先行していく鈴の後を、まるで急かされているかのように追った。

 鈴が向かったのは、学園の中央に建設されている巨大な塔のような建物。

 そこは、学園の中でももっとも異質な建物。そして、ユーフィリアにとっては、その建物が一番馴染みがあった。

 しかし、その建物は他人の空似のようなもの。この建物が瓜二つとは、誰にも証明などできない。

 まるで建物の構造を熟知しているかのように、鈴は建物内をなんの迷いもなく歩き進んでいく。

 天高く聳え立つこの図書館は、まるで終点(おわり)を感じさせないかのように、その背を協調していた。

 鈴が足を止めるまで、いったいどのくらい歩いただろうか。

 それは、数えるのがバカらしく思えるほどに、長い時間だった。

 何処までも、長く長く続く無限廻廊。

 その果ては終わりなく、その行方は限りなく。

 それゆえ、その建物の名は、《ディル・ディ・レイの永柩図書館》と呼ばれる。

 その名を持つ建物が、このセカイに存在するはずがないが、その可能性がゼロという訳もなく。

「……………」

 無言のまま、ユーフィリアは鈴の後を着いていく。

 数時間ほど掛けて歩いた先、鈴が止まったのは、この建物の中でも特に厳重に閉鎖されている場所。

 ここまで間開きであった館内の中、その場所だけは何故か扉が存在している。

「此処って…………」

 ユーフィリアは、呆気らかんとした声を漏らす。

 ユーフィリアにとっては見覚えのある部屋。しかし、そんなものがこんな場所にあるはずもない。

「あれ?鍵が掛かってる」

 ガチャガチャと音を鳴らせ、鈴はドアノブを回そうとするも、扉は一向に開く気配はなかった。

 何度か試した後、諦めて館内をうろつき適当に書物を漁り、時間を潰す。

 今日という日は難なく終わり、ユーフィリアは明日に備えて今晩の宿を探す。

「うわっ、もうこんな時間かぁ~」

 懐中時計で時刻を確認すれば、時計の針は六時を過ぎていた。

 どの民宿も、受付はたいてい夕方前まで。

 その時間を優に越している為、何処の宿も受付を終了してしまっていた。

「ありゃりゃ。これは、また野宿かな?」

 ユーフィリアはやや困惑したような顔をして、うっすらと雲の掛かった月夜を見上げた。

「泊まる所、見付かった?」

 暗がりの中から声が聞こえ、ユーフィリアが視線を向けると、細長く立つ影達の間から鈴が姿を現す。

 鈴の両手には大きな紙袋が三つ。先程まで、夕御飯の買い出しに出掛けていたことの証明である。

「いや、まだ」

 ユーフィリアは、淡として答える。

「じゃあ、家に来る?」

 そう訊ね、鈴は紙袋の一つを差し出した。

「良いの?」

 ユーフィリアは、少し申し訳なさそうに聞き返す。

「うん」

 鈴は、率直に答える。

 そして、二人は鈴の購入した元旅館の家へと歩きだした。


 その後、いくつもの可能性をさ迷い続けた鈴であったが、その結果は呆気なく、実に興反としたものだった。

「やっぱり、そう簡単じょないんだね…………」

「それが分かっていたのに、アナタは何故そこまでしてこの國を救おう(・・・)としているの?」

 諦め欠けたその背に、ユーフィリアは訊ねる。

「それは、悲しい事だから」

「だからって、この國だけ(・・)を救おうなんて…………」

「それぐらいしか、私には出来ないから」

 ───もう止められない。

 ユーフィリアの脳裏に、その言葉が過る。

「なら、好きに動けばいい。だけど、今度あったら、もしかしたら敵になっちゃうかもね?」

「かも、しれないね………」

 鈴は、呆気なく認める。

 それがキッカケか、二人は別々の行動をとるようになり、日に日に鈴は余計大胆な行動をとるようになっていった。

 そして、月日がいくつか過ぎた頃、大きな事件へと発展する。

 数十年に渡って拒絶してきたモノは、たった一つの欠陥を通して一気に崩落の一途を辿っていく。

 この時、《夜天騎士団》が起こした『余波』は少々のいざこざを残して各所では着々と鎮静化していっていた。

 そんな中で、ここ秦は一味違っていた。

 日に日に激しさを増す東海地方を中心とした戦争。

 その規模も被害も日を追うごとに増していき、次第に東大陸全土を巻き込むほどの大事件へと拡大していく。

 その事態に、自衛局はようやくその重い腰を上げる。

 寂々と変化していく世界規模で過去最大の大戦、〈東海戦争〉は、ごく自然と幕を明けた。

「ハァ──、ハァ──、ハァ──」

 ユーフィリアは、戦場を駆ける。

 目的は、ただ一つ。行き先は、そう一つだけ………。

 けれど、それはきっと叶わない現実。

 だけど、それを叶えなければ意味がない。

 だから…………、

「鈴………。どうして、アナタが…………」

 そこには、意味があった。『役目』が決まっていた。

 だが、それを演じる必要は決してなかった。

 それは、本人の意思。

 その人にしかない、未来へのカタチ。

 だから、だからこそ…………。

「演目は定まり、道化は揃っている。だからこそ………私が奏でる、『意味』がある」

「ハーメルン…………」

 ユーフィリアの目の前に、見知った人物が行く手を阻む。

「オズ、様…………」

 リーシャ・ハーメルン。

 彼女もまた、ユーフィリアと同じ《聖導図書館(グリモワール)》に名を連ねていた一端の一人。

「アナタが、東方(ココ)での引き金?」

「ええ」

 ユーフィリアの問いに、リーシャは迷いなく答える。

「どうしてッ?」

「分かっているでしょう?」

「ッ───!……………だけどッ!」

「それでも、叶える意味があるはずですッ!?」

 怒号の声を放ち、リーシャは左手を前方に向ける。

 ユーフィリアは、リーシャの事をよく知っている。

 だけど、それと同様に、リーシャもまたユーフィリアの事を知っている。

 敵うはずもなく、越えられるはずもない。

 こういうのを、東方では多勢に無勢と言う。

 まさに、今はその言葉にぴったりな状況だ。

「もう、あまり時間がありません。ですから、急拵えでも《計画》のお手伝いを行っているのです」

 リーシャの足下だけでなく、ユーフィリアの周辺。ひいては、この戦場に倒れている各国の兵士達がわらわらと次々に起き上がる。

「“福音に操られし亡霊達(デスパレード・ファンタズマ)”…………」

 リーシャの総てを知っている訳ではないが、リーシャが《聖導図書館》一面倒な相手なのは嫌でも把握している。

 だが、ユーフィリアが知っているのはその程度。

 リーシャが現在、どの程度の実力を有していて、何を考えているのかは、全くの謎だ。

 だからこそユーフィリアは警戒していた。していたはずだった。

 しかし、こうして出会ってしまった以上はどうしようもない。

 今は全力で、元・身内にぶつかるしか無い。

 こうして、《聖導図書館》同士の戦いが始まった。

 決着は意外な形で着き、結果は無惨なモノとしてそれぞれの心根に刻み込まれたが、この戦争の事をどの國も記録に遺すことはなかったらしい。

 それは、他の三大陸も同じようだが、それがどうしてそうなったのか、今もまだ、誰にも解っていないのだという。


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