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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
62/102

第61話 大義名分

 西洋、フリューセット北邦領区。

 内戦が始まった北欧とは違い、此方は身内どうしで争えるような状況ではなかった。

 突如として出現し始めた謎の機械兵士達。

 見たことも無いその存在に、誰もが驚愕し、呆気に取られて何の抵抗も出来ぬまま、大陸のおよそ三分の二ほどが蹂躙されていった。

「くっ、このままではリーゼが…………」

「イクス叔父さんッ!!」

 イグナス・ログナーが戦況を捌く中で、イグナスの知る人物の姿が突如として現れる。

「風音ッ。どうして此処に………?」

 そう問うイグナスであったが、一つだけ心当りがあった。

「どうして、って。叔父さんを迎えに来たに決まってるじゃないッ!?」

 風音は、本音で叫ぶ。

「……………」

 正直、イグナスはそれが嬉しかった。

 もう諦めかけていた親友との絆。だけど、それは自分一人の思い過ごしであった。

 けれど、現状はそう簡単ではなかった。

「フッ…………」

 不適な笑みを溢し、イグナスは警槍の先を風音に向けた。

 咄嗟に同伴していた佐々木沙紀が間に入ろうとするも、風音本人によって制止される。

「やはり、一筋縄ではいきませんか?」

 冷装を装い、風音はそう訊ねる。

「ああぁ」

 イグナスは、短くそう答えるだけ。

 それだけで、二人の間には結論が成っていた。

「シルヴィア。紗輝と他の隊員達を連れて、他の被害地に向かってッ」

「ですがッ!」

 風音の指示に、シルヴィアだけでなく、風音が率いている部隊の隊員達も唖然としている。

「イイから、早くッ!!」

「───ッ!」

 風音の怒鳴るような大声に、隊員達は硬直する。

 隊員達だけでなく、沙紀やシルヴィア、それに東方にいる神威柚希でさえも、風音の真の正体を知らない。

 そして、それはイグナスも同じ。

(いくら本来の力が〈封印〉されているとは言っても、さすがに〈人類種(ヒト)〉に遅れを取るような事は無いと思うけど…………)

 風音は危惧していた。

 確かに、風音は元々この世界の住人ではない。

 それと同様に、イグナスは《夜天騎士団》のメンバー。どの程度の実力なのかは、ほぼ未知数なのだ。

 そして、《夜天騎士団》と言えば、あの《影騎士》が所属していると思われる謎の組織。

 ゆえに、風音には今のイグナスが《影騎士》と同等の力を持っていてもおかしくないと思い込んでいる。

 しかし、風音にはどうしてもやらなければならなかった。

 それが、義父との約束。

 自身に、第二の名前と第三の居場所をくれた恩師。それと、その義父から大切なモノを奪った罪滅ぼしとして。

 意を決し、風音はゆっくりと剣を抜く。

「お前と、初めて会ったのは十六年前。あれから色々あり、沢山の苦難も、数えきれない程の苦悩も、共に乗り越えてきた。だけど、どうやら一つだけ、やり残していた事があったようだな」

「ええ」

 風音の想いに答えるように、イグナスも警槍を構える。

 お互いに、一人の人物の側にいてソレだけは認識できていない事。

 共に実力があり、それ相応の実績を積み重ねていた。

 そんな二人が唯一共有していないもの。唯一、明確にしていないものがあった。

「私達、これまで一度も互いの力量を直に比べてはいなかったね」

 そう。風音もイグナスも、その実力は公共の場でしか、噂程度にしか認識していなかった。

 だからこそ今、確かめねばならない。

 だが、それは同時に危険な賭けでもあった。

 よく知る人物だからこそ、いつも隣にいた家族だからこそ、見えない壁があり、それは本人達が気付かない内に何処までも高くそびえ建っていた。

 その壁を取り払うという名目でも、二人には十分すぎる命題である。

「「……………」」

 互いに、相手の出方を伺う。

 よく知る人物であるからこそ、致命的に成りかねない根拠がある。

 それは未知数であり、その数値は零であり、無限でもある。

「《夜天騎士団》第十席、イグナス・ログナー。我らが創造主(あるじ)の命により、この地を蹂躙せんッ!」

「特殊精鋭班特務救援隊隊長代理、双葉風音。いざ、参るッ!」

 第一声も、蹴走も、イグナスが先手を取った。

 力量の程は未知数。なれば、頼れるのは自分自身の経験だけ。

 イグナスの瞬動に近い動きを、風音は悠々と受け止めた。

「くっ!これ程のモノを隠していたのか…………ッ」

 それは、ただの鍔迫り合い。

 しかし、二人にしてみれば、それも相手の力量を量るための動作。

「コレが、《夜天騎士団》の力?だったら、こんなものは無いも同然ッ!」

 縦横無尽と繰り出される槍撃を全て受け流し、挑発するような言葉を吐いてイグナスに圧倒的な力量差を見せつける。

「これほどの力があって、どうしてッ!」

 イグナスは、魂の叫びを風音にぶつける。

 イグナスは、真には理解していない。だが、風音が自身と似たような境遇であることは認識しているつもりだった。

 しかし、それはイグナスの思い過ごし。風音が背負っているものは、このセカイの者には到底理解など出来ない『現実』である。

「だからこそッ!!」

 その怒声と共に、イグナスの警槍は大きく弾かれた。

この世界の住人達(アナタたち)は、何も解っていないッ!!!」

 何倍にも及ぶ力量差ではなく、風音の今までに一度も見たことの無い姿に、イグナスは呆気に取られた。

「どうして、イクス叔父さん(アナタ)がッ!───どうして、模造品風情(アナタたち)なんかがッ!!」

 今度は、風音の暴攻。

 イグナスを含む《夜天騎士団》に所属する者達にも、この世界に住まう者達にも、風音は激怒していた。

 だが、それは御門違いであり、それも仕組まれた現実に過ぎない。

 だからこそ、それが現実であるからこそ、風音は納得できなかった。

 認められるはずもなかった。

「だからこそ私は───ッ!!」

 そう。だから風音は《黒導詩書(グリモア)》を脱退した。だから小薙美琴が成そうとした《計画》を代行した。

 だけど、結局《計画》は勝手な方向へと進み。風音の望んでいなかった結末を迎えようとしている。

 風音は歯痒かった。ゆえに苛立っていた。

 ねじ曲げることも出来ぬ〈宿命〉。抗うことも叶わぬ〈幻想〉に、風音はどうにかしようともがき続けてきた。

「なんで、柚希(あのコ)が…………」

 それと同時に、いたたまれない気持ちを抱いていた。

 小薙美琴から託された、たった一つのモノ。

 それは《計画》でも、それが神威柚希という人柱(かなめ)でもなかった。

 それでも、託されたモノがあるからこそ、柚希という存在があるからこそ、風音はココまでやってきた。

 しかし、それも無駄に終わろうとしている。

「だったら、今からでも遅くはないッ。風音(オマエ)が望んでいたことをッ、叶えようしたことをッ、やり抜けば良いッ!」

 そうすればきっと、救われる。

 イグナスはそう言おうとした。

 しかし────、

「だけど、もう……、それも終わり…………。結局、総ては夢の…………幻の、物語………」

 この時、風音の威勢と同時に、その猛攻も弱まる。

 その刹那を、イグナスが見逃すはずもなく───。

「風音ェ~~~~ッ!!!」

 想いの丈を、全ての力を込めるように、イグナスは自身の全身全霊を風音にぶつける。

「あグっ───!!」

 気を抜いていたせいもあって、風音は数十メートル後方へと飛ばされる。

「いい加減にしろッ!!オマエがそんなことじゃあ、アイツがいつまでも浮かばれねぇだろうがァッ!」

「───ッ!………イグナス、ログナー…………」

 この瞬間から、風音の本性に近い姿が垣間見え始める。

「宮代、鈴…………」

 それが、イグナスが『アイツ』と呼んだ人物の名前。

「オマエは、アイツの死を無駄にする気かッ?」

「…………。フッ………、無駄な死………上等さ………」

 風音は、ゆっくりと上体を起こす。

「所詮は、流転の生命、輪廻の傀儡。終わりなき幻実が、この世の法則であり、現実。もう、誰もこの『永遠の夢(げんじつ)』から逃れることなど出来ない」

「風音…………?」

 風音の身体が、風に靡くようにユラユラと揺れる。

「変えられない現実なら………、抗えない未来なら………、私は、私を失ってもいいッ!!」

 風音の叫びに、辺りの建物が揺さぶられるように揺れる。

 風音は、元《聖導図書館(グリモワール)》の一員。その権能(チカラ)は失われていようとも、その感覚までは失われてはいない。

「───ッ!これが、オマエの本性か………」

 それは、完全に圧倒されるレベルのモノ。

 さらに言えば、イグナスにとっての今の風音は、あの《影騎士》と類似しているように錯覚させる存在。

 だが、それが正しい。

 風音も《影騎士》も、元は同じトコロの出。類似していておかしな点など何一つ無い。

「そう。そして、この私が宮代鈴を殺した張本人………」

「なっ!」

 風音の突然のカミングアウトに、イグナスは呆然とする。

 そして、先程の仕返しと思えるほどの大きな一撃が、イグナスを襲う。

 完全には戻っていないとはいえ、仮にも元《聖導図書館》の一員。気を抜いていたイグナスに、その攻撃を防ぐ術などあるはずもなく────。

「ぐあぁっ───!」

 先程の風音を彷彿とさせるように、イグナスの身体は後方へと大きく弾き飛ばされる。

 二人の実力差は、けっして大きくはいない。その差はほぼ僅差であろう。

 だが、そんな二人の間には、決定的は『違い』がある。

「アイツは………、聡一郎は、宮代がオマエに殺された事を知っていたのか?」

「ええ。局を出る前にね…………」

「…………」

 この二人は似ている。

 誰かを裏切り、誰かを殺した事。一度は何かを疑い、闇に染まってしまった事。それ以外にも多くの部分が類似している。

 そして、風音は話し始める。局を出る前に、聡一郎に話した事を…………。

「此処にいたのか、風音」

 其処は、自衛局の南方にある共同墓地。

 ある人物の墓の前で、風音は線香を焚き、小さな祷りを捧げていた。

「うん………」

 聡一郎の問いに、風音は力無く答える。

「オマエでも不安になることがあるんだな?」

「そうだね………」

 確かに、風音はいつになく覇気が抜けていた。

 風音の目の前にある墓標のネームプレートには、【SUZUNE-MIYASHIRO】という文字が刻まれている。

「此処へ来るのは十六年振りか………」

「全然来てなかったみたいだね?」

「まぁ、な」

 聡一郎の顔が曇る。その表情を一才見ず、風音はゆっくりと立ち上がった。

「私は、一応この娘にお別れ(・・・)を伝えに来たんだけどね」

「じゃあ、もう逝くのか?」

「まだ分からない。だけど、この辺りが『潮時』だとは思ってる」

「そうか………」

「大丈夫だよ。必ず、叔父さんを連れ戻してみせるから」

「ああ、それは望まずとも期待している」

「それに、今回の一件は『罪滅ぼし』にも打ってつけだから丁度良いんだよ」

「どういう意味だ?」

「あまり、驚かないで聞いてほしい………」

 そう言って、風音はようやく聡一郎と対面する。

「私が、この娘───宮代鈴を殺した犯人なの」

「ッ………!いや、…………そうか」

 一瞬驚きはしたが、聡一郎はそんな事ではないかと疑ってはいたので、その告白をすぐに聞き入れることができた。

「ありがとうございます」

 風音の口から、そんな言葉が溢れた。

 正直、風音は恐れていたのだ。

 自分が殺した犯人とはいえ、その遺族や関係者に恨まれても仕方の無いことだと割り切ってはいた。

 もしかしたら、『彼』もそうだったのかもしれない。

 誰かを裏切り、誰かを殺す。

 そこにどうしようもない理由があったとしても、その人にとっては一番優先すべき事柄だったのかもしれない。

 この時、風音はようやく『彼』の真意に気が付いた。

「なぁ、風音」

 天を仰ぎ、聡一郎はゆっくりと口を開く。

「出来れば、オマエにも帰って来てほしい」

「え…………?」

 それは、約束ではない。ただの、願い。

 風音がそれを叶えてやる必要性も意味もなかった。

「それに…………」

 その刹那────、風音が何かを言いかけるのと同時に、背後の建物が大きな爆発音を発てて破砕した。

「イグナスッ!!」

 と。残骸から姿を見せ、イグナスの名を叫ぶ少年。

 少年の名は、亜蒼(あそう)(しん)。《夜天騎士団》第九席に席を置き、現在は西洋南西の諸国列島で計画を継続していたはずである。

「晴ッ。どうして此処にッ?」

「俺が何処に居ようと今はどうだってイイだろッ。それより、ロゼリアは今何処にいる?」

「えッ?」

 相変わらずの会話の成り立たなさに、イグナスは困惑する。

「あ、ああぁ。リーゼなら、この先を真っ直ぐ行ったところの《工房》だが───」

「──助かるッ」

「何だったんだ、いったい…………」

 まるで、急用でもあるかのように走り去っていけ晴を後ろ姿を眺めながら、イグナスは呆然としていた。

「……………(ロゼリア……?いや。まさかね………)」

 その目の前で、風音は二人の会話に小さな不信感を抱く。

 晴が去ったことで、風音とイグナスの間に、小さな静寂が訪れる。

 呆気に取られていたイグナスに、風音が先に口を開いた。

「そういえば、今回の任務を忘れてたよ」

 そう言って、風音は持参していた武器を持ち直す。

 その刹那、風音の武器の形状が歪にも変化していることに、イグナスは驚愕する。

「では、改めまして」

 風音は、刀剣を刀槍へと変え、まるで別人であるかのように丁寧なお辞儀をして見せる。

「《聖導図書館》が一節。〈死狂の風来坊〉こと、ユーフィリア・オズ。これより、当初の『お役目』を実行いたします」

「────ッ!!」

 言い終わるや否や、風音は持てる全てを行使して、地を蹴りイグナスへと初手を浴びせる。

 先程も喰らった一撃。

 その一撃一撃は、イグナスの想像を絶し、現実を改めさせる。

 何故、風音が扱い易いはずの剣から槍に変えたのか、何故、今このような力を発揮させるのか。イグナスには、それを議論しているほどの暇も余裕も無い。

「くっ、────風音ェ~~ッ!!」

 今持てる全てをさらけ出し、イグナスは応戦する。

 しかし、その力量差はほぼ雲泥の差がある。覆せるはずもなかった。

 五~六人の猛者をも退けられるはずの猛攻も、風音に対しては赤子を捻るに等しき一撃で打ち消られる。

 余裕も描けない攻撃に、風音は落胆する。

 そして────、─────グサッ!!

「グフッ…………!」

 風音の放った一撃により、イグナスの胸元に大きな風穴を開ける。

「ウグッ、───グホッ…………」

 胸元から抜かれる刀槍。それと同時に、イグナスの口と胸元の傷口から、大量の紅い液体が吹き出る。

「な、ぜ………?」

 イグナスは、痛みに堪えながら、先程の一撃の意図を問う。

「言ったでしょう?『当初のお役目を実力する』と」

「…………ッ」

「《夜天騎士団》…………。その存在は目障りだから、調度良いこのタイミングで脱落してもらう」

「オマエは、オレを連れて帰るんじゃなかったのか?」

「確かに、そんな約束はした。けれど、所詮は虚構の旅路。何が起ころうと不思議ではないでしょう?」

 それが、風音の考え。

 人一人を助けるくらいなら容易いが、この戦況で、この進み具合。風音にとって、ここは何が何でも急を有する必要があった。

「フッ………。ということは、オレは精々『贄』ということか………」

「その『お役目』、心中お察しします」

 イグナスに全身全霊の敬意を評し、風音は彼にトドメを与えた。

「これで、少しは速まるはず…………。見てるかい、美琴。必ず、我らが悲願、成就させてみせるから…………」

 辺りが完全に戦果に呑み込まれる前に、風音はその場を立ち去り、先行させたシルヴィア達に涼しい顔して合流した。




 その数時間後───。

 建物に寄り掛かるようにして倒れているイグナスの目の前に、一人の少女が立ち止まる。

「イグナス、ログナー…………?」

「間違いなさそうだな?」

 少女の他に誰もいないはずなのに、少女はまるで誰かと会話をしているかのように言葉を紡ぐ。

「この傷痕、やったのはあの子でしょうか?」

「ああ、おそらくな」

「こんな《計画》には無関係な方まで巻き込んで…………」

「それだけ、状況が切羽詰まってるということなのだろうよ」

「……………」

 少女は、少しの間考え込む。

「この方、助けられないですか?」

「? 可能だが、本当に良いのか?」

「ええ、お願いします」

「………分かった」

 少女の足下から伸びる〈影〉。

 〈影〉がイグナスの影に触れた途端、イグナスの身体は大きく跳ね上がった。

「これで、しばらくすれば大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

 存在せぬ存在に感謝を延べ、少女はイグナスの隣に腰を掛ける。

「コイツが起きるまでには、まだまだ時間が掛かるが?」

「構いません。それに、この方が起きる頃にはワタシはこの場を離れていますから」

 そう言って、少女は天を仰ぎゆっくりと瞳を閉じた。

「こうしていると思い出しますね?あの頃の出来事を…………」

 少女は一人言のように呟き、辺り一面は戦火の渦へと呑まれていった。


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