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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
61/102

第60話 季節外れの祭典~海游祭~

 それは、九月の中頃くらいのことであっただろうか。

 突然の珍客と、荒れ始める日常に翻弄され続けてきた日々の中で、最も忙しなかった出来事であった。

柚希(ゆずき)、海行こう。海ッ」

 突拍子もなく何を言い出すかと思えば、天河(あまかわ)燈架李(ひかり)は縁側で吹き込む夜風を浴びながら一冊の雑誌を見ている。

「こんな時季に海?」

 居間の畳に仰向けで寝転がっていた伊織(いおり)さんが返す。

「だからだよッ」

 強く主張する燈架李さん。

 まぁ確かに、この時季だからこそ言えることなのだろう。

 九月の中旬でまだ夏の残暑で毎日が暑いとはいえ、もう秋は始まってしまっている。

 きっと、燈架李さんの中で、急がなければ、という思いがあるのだろう。

「けど、この辺りに海水浴なんてできる場所があるの?」

「え?」

「それに、まさかこの格好のまま海に入る訳じゃないよね?下着っていうのも論外だし…………」

「え、えと………、柚希ッ!」

 何故か、ワタシに振る燈架李さん。その瞳は、救済を求めるように潤んでいた。

「まぁ、アテが無いこともないですが…………」

「ホントッ?」

 表情を一変させ、あからさまな笑顔を向ける。

 言った通り、確かに候補地にはアテがある。

 だが、それが通るかは別問題である。

 そして翌日、ワタシはその候補者の元を廻るハメとなった。


 鳴滝(なるたき)屋敷。

 まず始めに訪れたのは、ここ鳴滝火垂(ほたる)の自宅だ。

 この家を訪れるのは三度目だが、真正面から見るとやはり圧巻である。

 門の前を警備していた黒服にサングラスの男二人に事情を説明し、中に入れてもらった。

 中へ入れば、後は一度来たことのある屋敷内を歩くだけ。

 その五分後。ワタシは火垂さんの自室の前に到着した。

「どなたですか?」

 この家の扉は、玄関を除いてその全てが襖か障子で出来ている。

 なので、木製や鉄製と違い人の気配は意外と察知しやすい。

 ワタシはそれを身をもって知っていたため驚くことはなく、逆に自身が来客であることを知らせた。

 しばらくして部屋の障子は開かれ、中から火垂さんが顔を見える。

 そして、ワタシを部屋で待機させた火垂さんは自室を離れ、ものの数分ほどでお茶の用意をして戻ってきた。

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 火垂さんは、湯呑みにお茶を注ぎながら用件を訊ねる。

 ワタシは、重要な部分だけを火垂さんに伝えた。

 誰の提案だとか、どのような意図があるかはともかくとして、今重要なのは場所を確保出来るかどうかのみに限られているのだ。無駄なお喋りなど不用である。

「その提案は面白そうですが、場所に心当りはありませんね」

「そうですか」

 火垂さんの回答は想定内のもの。

 そもそも、ここ那岐穂市及び帆は海に面していない。

 それを承知している上で、ワタシは此処に来ている。

 その意図は、今は置いておくが少なくとも収穫はあったのでこれにて退散することにした。


 続いて訪れたのは、神代(かみしろ)学園。その裏手にある森の中。

 名前の通り、この森も学園も、神代家の私有地。

 そしてワタシは現在、その私有地の中の森で迷子中となっている。

 一度だけ入ったことのある学園の裏手。

 そこが近道だと勘違いして入ったまでは良いのだが、何故かそこから出ることさえ出来なくなってしまった。

「あ、なんだ。柚吉(ゆずきち)じゃん」

 およそ一時間近くはさ迷っていただろう。

 突然の人の声に驚いたが、見覚えのある姿に安堵のため息を落とした。

「えと、蕩花(とうか)さん。どうかしたんですか?」

 まずかに高鳴る呼吸を整え、ワタシは訊ねた。

「それはコッチの台詞だよ。監守員から、森の中をうろうろとしている人影がいるから確かめて来て、って頼まれたから来てみれば…………」

 予想外にも、その人影はワタシだった、と。

 それは迷惑なことをしたと思い謝罪し、改めて此処へ来た用件を話した。

「あ、そ………。で、用件はそれだけ?」

「はい」

「今、お昼前だけど、お昼ご飯食べてく?」

「いえ、いいです。心当りが無いのでしたら、これで失礼します」

「そっか、残念………。あ、そうだ、。また迷子になられても困るし、学園までは送って行くよ」

「助かります」

 蕩花さんの案内もあり、帰りはすんなりと森を抜けることができた。


 最後に向かったのは、水瀬家宅。

 此処、薗は以前まで白銀の世界と化してしたのだが、現在はその名残さえ残っていない。

 ここは鳴滝家と違い、神代家と同じように警備の人はついていない。しかしその代わりに、この街全体が警戒体制にあるような物々しい雰囲気を漂わせている。

 ワタシは一応、何度かこの街に足を運んではいるので、軽い会釈を介して自宅の中を進んでいった。

 数分ほど屋敷内を彷徨くと、目的の人物を発見した。

 しかし、その人は何かを話し合っているのか、数人の男達と訝しげな言葉を交わしていた。

 時折聴こえた言葉の中に、何処かで聞き覚えのある単語が混じっていたように聞こえたが、これ以上は無礼かと思い、近くにいた人に応接間まで案内してもらいそこで(あおい)さんを待つことにした。

 待つこと、およそ十五分………。

「オっ待ったせぇ~~!」

 勢いよく扉が開かれ、その威勢のいい声とともに葵さんが現れた。

 葵さんは、やや焦げ茶色に濁ったお茶の入った湯呑みをワタシの目の前に置くと、ワタシの隣の椅子に腰掛けた。

「ささっ、どうぞどうぞ」

 そう促され、ワタシはお茶を二口ほど啜った。

「で、今日はどうしたの?」

 葵さんもお茶を飲み、喉を一度鳴らすと用件を訊ねた。

 ワタシは、他の二家と同じように重要な部分だけを伝えた。

 葵さんは何度か頷くような素振りをして、お茶を啜った。

「一応、湯球市(ウチ)の領地には手付かずの浜辺があるけど?」

 一度、浅く息を整えてから、葵さんはそう答えた。

「でも、こんな時季に海水浴なんて肝が据わってるんだね?」

 一瞬、どういう意味だろうと思ったが、何となく葵さんの言いたいことに察しがついた。

「あ、海に入るなら水着が必要だよね?」

 そこへ、葵さんからの突然の提案。

 しかし、ここ湯球(ゆだま)市及び薗には、観光用のお店は無い。あるとすれば…………。

「じゃあまた後日、神成(かみなり)市の商店街に集合ってとこかな?」

 いきなり日取りまでも決めだす葵さん。

 特に要望も訂正も無かったので、葵さんが決めた通りの日割り表をもとに、まだ向かっていない場所、すでに向かった場所を廻って、その報告を伝えて廻った。

 ほぼ全ての場所を廻った頃には、陽は沈み空は茜色に染まり始めていた。


 それから数日後…………。

 ほぼ全員の都合の良い日に集合となり、ワタシ達はこの国で最も大きなお店に入った。

「うわぁ~」

 数人の歓声が沸き立ち、それぞれが思い思いの水着を物色する。

「コレって、ホントに全部商品なの?」

 当たり前の事を不思議そうな表情で訊ねる燈架李さん。

「うわっ、何コレ。キワどっ!?」

 店内には、下着とほぼ変わらないか、やや激しい感じのモノばかり品揃えてある。

「とりあえず、手当たり次第で試着してみよう。ささっ、リリ。まずは、コレ」

「────(ビクッ)!。…………、(コクコクッ)………」

 始めは驚いていたリグレットさんは、トトロさんの熱に負けたのか、そそくさと試着室に入り選出された水着に着替え始めた。

「良いなぁ~。火垂は胸がデカくて………」

「そ、そうですか?ですが、胸が大きいのは大きいで困りモノですよ?」

「あ、何かソレ。嫌みに聞こえるぅ~?」

「い、いえ。そんな事は、けっして………!」

「何なに?勿体振るなんて、鳴滝家のご令嬢様ってば、ダイタァ~ン!」

「ひゃっ!な、何をなさるんですかッ?」

「良いではないかぁ~!ヨイではないかぁ~ッ!」

 火垂さんの豊満な胸を鷲掴みにし弄ぶ葵さん。

 そんな中で、衣服にそれほどの興味がなく、こうした買い物に頓着していたワタシは、無難そうな水着を選出し早々に会計を済ませ、店の外に設置されていた簡易性の休憩所に腰を降ろした。

 店内では、十人ほどの少女達が和気藹々と買い物を楽しんでいる。

 彼女達の買い物は、およそ数時間は掛かっていたであろう。

 お昼はあっという間に過ぎ、全員が店を出た頃には既に陽は沈み始めていた。

 結局、午後から海水浴場で遊ぶこととなっていた予定は延期となり、また後日、全員の都合の合う日へともつれ込んでしまった。


 そして、後日………。

 待ちに待った海水浴は開かれ、浮き足だった少女達のテンションは最高潮に達していた。

 更衣室で、各々が選んだ水着に着替えるまではよかったのだが………、

「…………」

 何故かワタシだけ、会場に先行させられた。

 一人でポツンと、だだっ広い砂浜の一角で何をするわけでもなく、体育座りをして他の人達が更衣室から出てくるのを待つ。

「おっ、待ったせぇ~~!」

 しばらく待っていると、ようやく出てきた少女達。

 その中でも、始めに出てきたのは伊織さんと燈架李さんだった。

「どう、この水着?」

 そう言って、見せびらかすように訊ねてくる燈架李さん。

 なるほど、コレがしたかった訳か。

 彼女達の意図に気付き、ワタシは改めて二人の水着姿を観察する。

 伊織は、歳相応というより、体躯相応といった感じの身体付きとそれにあったワンピース風の水着。素早さを重視とした戦闘スタイルをとっているだけあってか、露出している部分だけ見ても、無駄と見える脂肪や筋肉などは存在しない。

「伊織さんは………、普通、ですね」

「へぇ~。……ちなみに、それってどんな風に?」

 訊ねられ、改めて合った言葉を探す。

「えと、………歳相応、って感じがします」

 あれ?ちゃんと考えてみたはずなのに、そんな言葉を発していた。

「それ、どういう意味?」

 しかも、何やら伊織さんの機嫌を損ねたような感じだし…………。

「あ、それ、分かるぅ~。伊織って、端から見ると十二~三歳って感じがするもんね?」

 さらにはこへ追い射ちを掛けるように、燈架李さんが不穏な事を言うし。

「アタシはコレでもッ、虚界(コッチ)ではもう十六なのぉ~~ッ!!」

 伊織さんの憤慨する声が海岸中に響き渡った。

「で。私はどう?」

 伊織さんの機嫌を難とか宥め、燈架李さんが改めて訊ねる。

「…………」

 伊織さんの時のような失敗をしない為には………、と思ったが、この人はこの人で扱いが難しい。

 燈架李さんの水着は、普通のビキニ。その特徴としては、水色と色のストライプ柄の布地。

 いわゆる………、

「普通、ですね………」

 だ。

「え!?それだけ?………もっとこう無い?全体的に引き締まってて食欲をそそるぅとか、脱いだら凄いだねぇとか」

 燈架李さんは抗議の声を挙げながら、自身の胸や脇腹を揉んだり、お腹や二の腕を擦ったりする。

「えと………」

 逆に、そんな事を言っても大丈夫なのだろうか?と疑問に思う。

「まぁ、確かに普通よね。体型も普段の服装から容易に想像できるし、水着の選択も、まぁ、無難と言ってしまえばそうだし」

 伊織さんは、まるで仕返しのような発言をする。

「そんなッ、伊織まで!!」

 結局、どんな言葉も二人には合わないと抗議の結果収まり、二人への水着の感想は一段落着いた。

「じゃあ、次は私達だね?」

 そう言って、次に登場したのは、トトロさんとリグレットさんだった。

 普段通り、リグレットさんはトトロさんの後ろに隠れてビクビクと辺りを警戒していた。

「やるんですか?」

 ワタシは、若干の面倒そうな表情を浮かべて訊ね返した。

「うんッ!」

 トトロさんは、そう元気よく答えた。

 しかし、その後ろに隠れているリグレットさんは、とても嫌そうな顔をしていた。

 何はともあれ、トトロさんはワタシの感想を期待して待っているようにしているし、相変わらずリグレットさんはトトロさんの後ろに隠れてビクビクしたままだし…………。

 と、途方に暮れても仕方ない。

 気持ちを持ち直し、ワタシは改めて二人の水着姿を観察した。

 普段は飄々としているトトロさんだが、あれだけの妙技が出来るのだ、その体躯はとても妖艶な身体付きをしている。胸やお尻は、同い年くらいの人達と比べると小さい部類に入るのだろうが、それでもやはり全体的に引き締まっていて見る者を引き寄せるような謎の引力がある。

「なんだか、エロい、ですね……」

「エロッ!?」

 ワタシの感想に、トトロさんは驚愕するように驚く。

「そ、そうかなぁ~…………」

 複雑そうにお腹周りを撫で回すトトロさん。その行動も淫妖に見えてしまうのは、ワタシの思考がどうかしてしまっているのだろうか。

「まぁ、いいや。いい経験になったし。ささっ、次はリリの番だよッ」

「───(ビクッ)!!」

 トトロさんによって目の前に引き吊り出されたリグレットさんは、これまでにないほどの驚きの表情をした。

「(ジタバタ、ジタバタ)ッ!!」

「ダメダメ、今後の為にもちゃんと経験を積んでおかないと」

 今後に何があるかはさておき、目の前で必死に暴れるリグレットさんの水着姿をワタシはじっくりと拝んだ。

 リグレットさんの水着は、何処にあったのかと訊ねたくなるようなこの世界ではとても珍しい、スクール水着だった。しかも、その水着の胸元には【りり】と書かれた長方形の白い布が刺繍で縫い付けてある。

 一瞬、悪戯心かと思ったが…………、

「どう?凄いでしょ、私のコーデっ」

 と。トトロさんは満面の笑みを浮かべている。その表情は、まさに自信満々といった感じか……。

「凄い……ですが、逆にヤバくありませんか?」

「え?」

 別に、リグレットさんの格好にも、トトロさんの選択にも、ワタシがとやかく言うことでもないのだろう。

 だが、ワタシよりも歳上であるリグレットさんにそんなマニアックそうなチョイスはどうなのかと思ってしまう自分がいた。

「エロい…………、ヤバい…………」

「あ、あれ?」

 何やら、トトロさんの様子がおかしい。

 しかも、唖然というか呆然としている………。

「う………」

「う?」「…………」

「うわぁあぁぁぁ~~~!!柚希の、バカぁ~~~~ッ!」

 トトロさんは、嘘泣きのような泣き声を挙げリグレットさんを抱えて何処かへ走り去っていった。

「……………」

 一人ポツンとその場に取り残されたワタシは、どうすることも出来ず、ただ唖然と立ち尽くすことしか出来なかった。

「ひゃっ!?」「うあっ!」

「…………。何だったのでしょう?今の」

「さぁ?」

 少し遠くの方で、二人の少女の話し声が聞こえる。

 それはトトロさんが走り去っていった方向で、二人の少女はコチラに近付いてきていた。

「火垂さん………、葵さん………」

 目の前に到着したところで、ワタシは二人の名を呟いた。

「何だか、面白い事してるね?」

 と。葵さんが首を傾げる。

「何をされていたんですか?」

 と。火垂さんからは訊ねられる。

「えと………、分かりません」

 ワタシは、そう答えるしかなかった。

「それより、どうかな?この水着」

 そう言って、葵さんは大手を拡げて一回転してみせる。

「似合ってると思いますよ」

 先程までのことを参考に、ワタシは深く掘り下げない感想を述べた。

「えへへッ、ありがと」

 と。気恥ずかしそうに若干頬を赤らめる葵さん。

 そんな仕草を見ていると、コッチまで気恥ずかしくなってしまう。

「じゃあじゃあ、火垂の方はどう?」

 葵さんによって半歩ほど前に出されたことで、火垂さんのその身の丈に合わぬ胸がポヨンと大きく跳ねる。

「す、凄いですね…………」

 火垂さんの身長は、葉月さんと同じくらい。だが、その豊満に見える一部分は、トトロさんと同じくらいはあると思われる。

「え、えと………。あ、あまり、じっくりと見つめられると困るのですが……………?」

 気恥ずかしそうに、火垂さんは自身の胸元を必死に隠す。

 しかし、それは逆効果であり、火垂そんの胸は必要以上に強調されてしまう。

 普通に感想を述べたはずが、何故か不穏な空気へと発展しまった。

 だが、それも必然の結末。この感想も、この面子も、ずっと昔に既にワタシの忘却の記憶(・・・・・)の中にあった。

 とりあえず一通りの一イベントを終えたワタシは、水辺でそれぞれの思い思いで楽しんでいる少女達の姿を遠目で眺めながら、果てなく続く浜辺を歩く。

 元薗のこの海辺の規模は、神成市の港に匹敵するが、その知名度も住人の利用者数もぐんと低い。

 それに何より、永きに渡って放置され続けたこの区画は、あらゆる自然現象によってその原形を失いかけていた。

 そんな海辺を清掃するという名目で、ワタシ達は今回この場を借りられることとなったのだが…………。

 どうやら、みんなその事を忘れて遊びに夢中であった。

 ワタシは一度更衣室へと戻り、上下とも上着を一枚ずつ羽織って、ゴミ袋と火鋏を持って再び浜辺を歩く。

「あ。阿莉子(ありす)さんに、葉月さん………」

 しばらく歩くと、少し遠くの方にその二人の姿を発見した。

 珍しい組み合わせだが、この二人は先日の水着購入時にも、先程の鑑賞時にも居なかった。どちらも、自分達には関係ないと考えてのことなのだろう。

 正直、そんな二人の考えの方がワタシにとっては助かる。

 二人の元へと続く足跡の近くには、種類別に小さな山を形成したゴミ溜めがちょこちょこと点在している。

 ワタシは、ゴミ山を横目で見ながら通りすぎ、足跡にそって二人の元へと掛けていった。

「一時は氷河期を迎えてたとはいえ、この漂流物の数は半端ではないですね?」

「そうですね。ですが、これほど沢山の人達が手伝って下さるのですから、この浜辺はすぐにも元の状態に戻りますよ」

「と、言いましても他の方達は皆、普通に海水浴に興じていますけどね?」

「は、ははっ…………」

 阿莉子さんは、何とも言い返せず苦笑いをしてみせる。

 ワタシが二人の元に到着したのは、そのくらいの時だった。

「あ、神威さん………」

「どうしたの?」

 よく見れば、二人の手はゴミ袋は一枚としてなかった。

 どうやら、この二人もワタシと同じだったようだ。

「いえ、他にすることがなかったので………」

「そう?」

 葉月さんの視線が、ワタシの手元に向く。

 おそらく、自分達と同じ事を考えているというより、自分達よりも本格的にヤろうとしていると勘違いされているのだろう。

 だが、それはそれで好都合であった。

 どのみち、ヤる事は無いと結論付けていたのだ。この際どう転ぼうと関係ないと言うもの。

「と思ったのですが、決断が遅かったですね?」

 そう言い繕って、ワタシは火鋏をパチパチと鳴らす。

「そんなことはありませんよ。ちょうど良いですから、この辺りで折り返して道中に纏めたものを回収して戻りましょう」

 阿莉子さんにそう提案され、結局ゴミ袋を持って来ただけとなってしまったワタシは、他の少女達に交ざる二人と遠目で眺めつつ、小さなため息を吐いた。

 阿莉子さんは、火垂さんと葵さんの元に向かい、海水の掛け合いや砂辺でお城作りなどに興じていた。

 途中、神代家の方達、特に宝さんがそこへ交じろうとすると途端に牙を向いたりして、一触即発の雰囲気を漂わせたが、周りの人達の助けもありある程度の貞操を持って共に遊ぶことが叶った。

 一方、葉月さんはと言うと…………。

「それッ!……行ったよ、葉月ッ」

「わ、分かってますよッ!」

 全くの統一性が見られないラリーを行う少女達の中、最も面倒な人達と共にいた。

 縦横無尽に飛ばされる、ビーチバレー用のやや半透明で軟性のバレーボール。

 葉月さんだけでなく、共に遊ぶ伊織さんや燈架李さんも無尽蔵に飛び回る暴れ球に翻弄されている。

「燈架李ッ、行ったよッ!」

「はいッ!………てッ!伊織、変化球なんてズルいよッ!?」

「違うよ、ただの風よッ」

 ここは、面倒な事に巻き込まれる前に離れるのが懸命だろう。

 そう思い、二組の少女達から離れて数分。また別の少女達が遊んでいる場所に到着した。

 とは言っても、遊んでいるのは未美さんとトトロさんの二人だけ。もう二人の雅さんとリグレットさんは、近くに設営それている【蒼銀の丘】という小屋のような開放的な建物の中にいた。

 外で小型の水鉄砲で撃ち合う二人と、中で料理を作る少女と、それを食べている幼女。

 ワタシは、最もメンドくなさそうな建物の方へと向かった。

「あ、柚希。何か食べる?」

 店内に入ると、始めに気付いたリグレットさんが、ワタシを隣に座るよう手招きをする。

「何があるんですか?」

 リグレットさんの隣に座ると、狙っていたかのように雅さんが近付いてくる。

 ワタシが訊ねると、反対側のリグレットさんがお品書きとおぼしき小さな冊子を渡してきた。

 ワタシは一度机の上の状況を一瞥してから、再度お品書きに目を通す。

「あまり量の無いものが良いんですが………」

 そう呟くと、リグレットさんがいくつかの名前を指差す。

 ワタシは、その内の一品に絞り、注文した。

 料理は数分ほどで運び込まれ、雅さんは一息着くようにワタシ達と同じ席についた。

 ワタシ達のいる席からは、外で永遠と遊び続けている二人の少女の姿が目に留まる。

「あの二人は、けっこう仲が良いですよね?」

 ふと、ずっと疑問に思っていたことを呟いた。

 その刹那、リグレットさんの食べる手が止まったが、雅さんは一度気にしたかと思うと、すぐさま口を開いた。

「あの二人と私は、同じ孤児院の出身だからね………」

「え?」

 思わず、言葉に詰まる。

 ワタシの中で、ここにいる人達の状況が少しずつずれていくのを感じたのだ。

「ですが、トトロさんは《魔導協会》の人ですよね?」

「そうだね」

 それが、どうして。と言おうとしたが、隣のリグレットさんに袖を引っ張られたことで、その問いが愚問であることに気付かされる。


 結局、海水浴は妙なカタチで終了した。

 存分に楽しめた者と、消化不良な感じの者。

 二者に別れたひとときは、参加した全員にとっては『息抜き』という扱いで納得することとなった。

 だが、それは仕方の無い事。

 そもそも、開催した時季が時季だ。

 満足にやりきるには、あらゆる面で足りなく、欠落している。

 だからこそ、今度は…………今度こそは、存分に楽しめるように計画しようと団結した。

 しかし、それは幾度も繰り返された〈幻想〉。

 悪夢に等しい、〈過去の遺物(まやかし)〉でしかなかった。


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