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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
59/102

第58話 困窮する展輪祭

 星憲祭、五日目。

 ここからは、展輪祭が折り返しとなり、星憲祭そのものは終盤へと差し掛かる。

 来客の数は先日と大して変わらないが、内側の───生徒達の行動に法則性のようなものが無くなる。

 それでも、迫り来る来客にてんやわんやしていた先日と違い、半分以上の生徒が余裕を持って行動しているように見えるのが唯一の違いかもしれない。

 ワタシはそんな生徒達に紛れて、学園内を縦横無尽に歩き廻っていた。

 この行動には行く宛もなければ、目的もない。

 だが、何かを探して歩き廻っていることは理解している。

 結局、ワタシが生徒達と一緒になってこの祭りを盛り上げることはなかった。

 これまでやってきたのは、阿莉子さんや葵さん、火垂さん達を連れて学園を案内したり、祭りを一緒に見て廻ったくらいだ。

 そんな普段通りのような日々を過ぎ、いざ何かを手伝おうと進言しても、既に蚊帳の外のような状態。

 なので今は、仕方なく学園内を廻ってやることを探しているところだ。

「あ、柚希発見ッ」

 三周目の特別棟二階付近で、正面から声を掛けられた。

 始めは、生徒達に混じっているせいで誰が呼んだのか判らなかったが、向こうから手を振りながら駆けるように近付いてきた。

「あ。エスカさんに、パスタさん」

 目の前に見知った人物が現れ、ワタシは軽い挨拶を交わす。

 ワタシの名前を呼んでいたのも、手を振りながら駆けてきたのも、この二人組の一人、灰緑色(セミグリーン)の短髪の少女───エスカ・リィードだ。

 エスカさんは、(コチラ)で言うところの《紅の牙》や《碧の翼》と同じ傭兵部隊あるいは猟兵団のような組織に所属していた過去があったのだが、二年ほど前に北欧で起きた『事件』以降、仲間とはぐれ途方に暮れていたところを『オジサン』に連れられ《七罪聖典(セブン・シンズ)》の一員となり、その役目も完了した今では、パスタさんの護衛という扱いで行動を共にしている。

 そんなエスカさんを護衛としている紅い長髪をお団子状の双結びにした少女───パスタ・クローバー。

 彼女は、北欧にある帝国の名家のお嬢様らしく、役目を終えた後は実家の方に戻っていたはず。

 それに、マルクトさんの話では北欧は現在内戦中とのこと。

「どうかした?」

 だが、この二人が此処にいるということは、北欧て何かがあったのだろう。

「いえ、何でもないです」

 そればかりは、彼女達の問題だ。

「ねぇ、見てみて柚希。さっき、そこのお店でこんなの貰ったよ?」

 そう言って、エスカさんは頭のネジでも壊れているかのようなテンションで、ポケットから何かを取り出しワタシに見せてくる。

 折角の好意なので、ワタシはエスカさんの手に握られた『見覚えのある代物』に眼をやった。

「……………」

「感慨深いですね。このような処で、このような品に出会えるなんて………」

「…………」

「柚希?」

「え?……あ、はい。なんですか?」

 エスカさんに顔を覗きこまれ、我に帰る。

「私の話、聞いてた?」

「…………はい、だいたいは」

 とはいえ、聞いていたのは最初の方だけ。

 エスカさんの手にあるものが何で此処にあるのかは、おおよその検討が着いている。

 それよりも今気になるのは、何故、この祭りで売られているのかだ。それも、『景品』として。

 あれは確か、マルクトさんに船内を案内された際に通過した途中で似たような、というか全く同じモノを見た記憶がある。

 それに、マルクトさん本人からはいくつかの人達から多くの物品の搬送を依頼されていると聞いている。

 なので、このような所にその物品のいくつかが紛れ込んでいてもおかしくはない。

「…………」

 で、だ。

「何?」

「どうかなさいましたか?」

 二人は何故、此処にいるのだろうか。

 ワタシは、どうしても気になって、二人に訊ねてみた。

「少々、暇を持て余してしまいまして」

「???」

「簡単に言うと、パスタちゃんはお家騒動には興味はないので、適当にその辺をぶらぶらしてくる。って感じかな?」

「えっ。ちょっと、エスカッ?」

 真実を伏せたように言ったつもりのパスタさんであったが、エスカさんによって脚色されたように真実を暴露されてしまう。

 まぁ、そんな単純であろうとどうであろうと、二人が、特にパスタさんがこの場にいることは一番の意外な事である。

「ところで、さっきから柚希を何度か見掛けたんだけど、もしかして、柚希って、今、暇?」

「え?」

 エスカさんは、自身の胸元をポカポカと叩くパスタさんを気にも留めず、ワタシに質問してくる。

「『え?』って………。柚希、朝からずっと校内を歩き廻っていたよね?しかも、宛も無さそうに何処に入るわけでも無く」

「あ、見てたんですか………」

「うん」

 エスカさんは素直に頷く。

 正直、もう少し早めに声を掛けてもらいたかったが。

「いや、こういうのは遠目で見てるから良いんだよ」

 なんとも厭らしい性格をしていらっしゃる。

「え?ええ?」

 と。ワタシとエスカさんの会話が進むにつれ、いつの間にか何かが吹っ切れていたパスタさんが徐々に首を深く傾げていく。

「あれは、ただ歩いていただけだったのですか?私はてっきり、また迷子になっているだけだと思っていたのですが」

 そう見えたのなら、なおさら声を掛けてほしかった。

「ま、まぁ。見えていたとおりだとは思います」

 と。ワタシは曖昧に答えてみせた。

「そっか。まぁ、柚希が迷子でも、こうして捕まえられたから結果オーライってやつかな?」

 結果はさておき、迷子というのはワタシにはどうすることもできない特性みたいなもの。

 ワタシ的な対処の方法としては、なるべく人混みや森などには近付かないように心掛ける程度しかない。

「で。柚希は、暇なの?」

 小さな相違をうやむやにしたまま、エスカさんは話を戻す。

「えと、…………はい」

 ワタシは、小さな間をおいて答えた。

「じゃあ、まだまだ見て廻りたいところがあるから、案内してよ」

 二人は、顔を見合わせ、小さく頷くと、エスカさんの口からそう提案される。

「わ、分かりました」

 確かに、本当にする事が何も無いので、ワタシ的にはとてもありがたかった。

 喫茶店やお化け屋敷、野外の屋台や総合ホールで公演中の舞台など、今日開いているお店や行われているイベントのほとんどに参加したワタシ達。

 時間はあっと言う間に過ぎ、本日の祭りも終了を迎えていた。

「明日の予定は?」

「…………」

 エスカさんの問いに、ワタシはしばし考える素振りを見せた。

 本来ならば考える必要も無く、暇が確定しているだろう。

 だが、昨日アウラさんに出会ったように、今日エスカさんとパスタさんに出会ったように、暇だと感じ、そこ辺でふらふらしていると誰かと出会し、行動を共にしていた。

 だから、分からなかった。

 明日は何があるのか。

 もしかしたら、明日は今日より忙しくなるのかもしれない。

 もしかしたら、明日は今日より暇になるのかもしれない。

 だからワタシは、この場ではその答えを出さなかった。




 星憲祭六日目、展輪祭四日目。

 今日で展輪祭は終わり、いよいよ明日に控えた神鳴祭がこの祭りの大トリとなる。

 その準備の為か、学園の熱気は展輪祭初日くらい冷め止いでいた。

 静寂と言っても過言ではない状況の校内を、毎度お馴染みになりつつある暇を持て余し、何度かの迷子を体験しつつ一人行く宛も無く歩き廻っていた。

 およそ二時間ほどの事だろう。こんな事になるなら、先日の誘いを断らないでおけば良かったと、今になって後悔し始めていた。

 ま。それも、今気付いたところで、この状況を打破する手立ては一つも思い浮かばないのだが………。


 約半日、校内を彷徨いた後、ようやく校外へと出ることができた。

 外の空気を肺目一杯に吸った後、吐き出した息と共にお腹がキュ~と、鳴いた。

「そういえば、お腹、空いたな………」

 ふと空を見上げたワタシは、お腹を擦りながらそう呟いた。

 そして、外の風に靡かれてワタシの鼻孔を擽るいくつかの匂い。ワタシは、その匂いのする方へと歩き出した。

 やはりお昼時ということもあってか、野外の屋台はそれなりに盛況っぽい賑わいを見せていた。

 ワタシは数ある屋台の中から、自身が食材を持ち込んだ(ずっと雅さんのみが切り盛りしている)お店の前に立つ。

「ん、柚希………」

 初日から一度も代わらぬ店番は、ワタシの存在に気付くと、調理の手を止め、出来たばかりとおぼしき商品を目の前に出した。

「五円ね」

 屈託の無い微笑をして、その店番───高塚(たかつか)(みやび)は言う。

 既に注文が決まっていたことと、値段が若干高いような気がしたことが、多少気になったが変に顔に出さず、提示されたとおりの代金を支払い商品を受け取ってその場をすぐさま退散した。

 学園外ではないものの、神代家の私有地である雑木林の一角まで歩き、手頃な瓜林の根元に腰を下ろし昼食を摂る。

 十歳の昼食にしてはやや量が多い気もするが、ワタシは特に気にせず時折吹く微風に煽られながら、昼食を口に運ぶ。

 二十~三十分が経ち、昼食を食べ終えたワタシは、微風にあてられながら痼の残っている記憶の数々を思い返していた。


「……………」

 そして気が付けば、いつの間にか数時間が経ち、隙間の目立つ雑木林にもいくつかの木々の影が伸びる。

 ワタシはゆっくりと立ち上がり、来たを迂回するように歩き出した。

 いや。歩いていたはずだった。

 それは、歩き出してどのくらいが経ったのか。おそらく、考え込んでいた時間と同じくらいは経ってしまっているだろう。

 辺りの木々より背丈の長い木の影達は最大まで伸びきり、足元にあったはずのワタシの影は木の影達によって見えなくなっていた。

 その状況から推測させるのは、ワタシが迷子になってしまっているということだけ。

 それ以外のことは、何一つ浮かばない。

 いや。そもそもの来た道さえ解らなくなっている始末なのだ。

 頻繁に空を見上げ、予測される現在の時刻と方角を予想して歩き続けた。

 それでも迷子になるのだから、自分でも驚きだ。

 そうしてさらに数時間が経ち、ワタシはようやく雑木林を抜け、学園内にある建物とおぼしき背の高い建造物の前まで到着した。

「此処は…………」

 その建物に、ワタシはおそらく見覚えがない。

 いや。そもそも、学園にはあまり足を運んでいないので知らない場所があっても当然なことなのだろう。

「…………」

 だが、何故だか目の前の光景に違和感を感じる。

 建物のわりには、立体的では無い、というか、なんだか奥行きが無いように見える。

「あらら、もう気が付いちゃったんだ………」

 ワタシがその『違和感』に気付いた刹那、何処からか聞き覚えのある少女の声が響いた。

 そして、何の前触れもなく目の前やその周辺は歪み、まるで色落ちしていくキャンバスのようにワタシの視界は元に戻る。

 正確には、そんな『悪夢』から逃れ、ようやく目を覚ましたというだけ。

 ゆっくりと目蓋が開き視界が鮮明になり始めると、目の前に映る景色に一時魅了される。

「どう? 良い夢、見れた?」

 ワタシの顔を覗きこみ、トトロさんごそう質問してきた。

「分かりません」

 とにかく不思議な夢だった。

 今まで自身の身に起きてきた事を体現しているような、そうな夢だった。

「何も思い出せない?」

 トトロさんは、続けて問う。

「失敗?」

 その背後で、リグレットさんが首を傾げる。

「いえ、思い出せないわけではなく、いつも自分の身に起きていたことが繰り返し行われているだけのような感じでした」

 ワタシは率直に、だけど大部分を省いて答えた。

「???」

「ははっ、結局、見せられたのは迷子になっている夢(・・・・・・・・・)だったんだね」

 リグレットさんは首を傾げたが、トトロさんはワタシが言ったことの意味を察し、しっかりと解釈していた。

 始めは笑ってみせていたトトロさんの表情が、数秒ほどでとたんに暗くなった。

「てことはやっぱり、『失敗』ってことみたいだね」

 先程から、何を言っているのだろう。と疑問に感じたが、それは聞かないほうが良さそうだと悟り、表情にも出さず、自身の頭をしっかりと覚醒させることに専念した。

 特にそれ以外の用事は無いと言われ、ワタシは二人に校舎まで案内してもらい、その場で別れて再び校内を散策し始めた。

 雑木林の中で寝ていたのはほんの数分の間だったようで、校内を歩き廻っても特に変わった様子はどこにもなかった。

 再三にわたって暇を持て余してしまったワタシは、もう帰ろうかと思い校舎を出た。

「あっ、柚希。発見しましたよッ!」

 と、下駄箱を出た刹那に、左側から声が掛かる。

 向けば、その小さな体躯からは想像も出来ぬほどの形相で、コチラに向かってくる佐久屋(さくや)葉月(はづき)の姿があった。

「ちょっと、来てくださいッ!」

 目の前で止まると思いきや、葉月さんは足を止めずその勢いのままワタシの腕を掴み、最小限の旋回をして来た道を引き返した。

「え、あっ、チョッ?」

 突然の出来事に呆気にとられたワタシを他所に、葉月さんは校舎の中を駆ける。

 先程対面した一瞬で見えた葉月さんの表情は、どこか焦りが入っているように見えた。

 校舎の中までは走れないとさすがに解っている葉月さんは、早歩きで廊下を進んでいく。

 そうして数分後、葉月さんが止まったのは特別棟二階の昇降口。

 この階層の部屋総てが、一つの出し物の会場となっている。

 その出し物というのが……………、

「お化け、屋敷………」

「そうです。やはり、学園祭といえばお化け屋敷。外すことはできませんよね?」

 端々に出てくる言葉から、葉月さんが元はこの世界の住人で無いことを匂わせる。

「さ、行きましょうか?」

 先陣して入場料も支払わず入口をくぐる葉月さん。

 ワタシは、受付の生徒に二人分の入場料を支払い、少し遅れて葉月さんの後を追う。

「あ、始めにこのドクロのランプを渡されるのですね」

 入って早々、葉月さんは興味深そうに内部の一つ一つに感銘を受けていた。

 唐突だが、ココからもう一つの物語と交互にお送りしよう。

 それは、先程受付の生徒から聞いたとても珍しい二人組の客の話だという。

「この頭蓋骨、何だか小さいね?」

「まぁ、レプリカだし。それでもキレイにはできてると思うな」

「この焔も作り物?」

「でしょ」

 その二人組は、入口でドクロを象った蝋燭を渡された時、そんな会話をしていたそうだ。

「遅いですよ、柚希」

 と。今は、目の前の事に集中しなくては。

 二重に懸かったカーテンをくぐると、仄かな薄暗い照明が室内を怪しく照らす。

 ここでも別の物語………。

「うおっ、暗っ!……………あ、いや。そうでもないか」

「これは、朝方の演出?それにしては、やや明るいような………」

「どっちかって言うと、足下の安全対策じゃないかな?」

 初っぱなから不穏な空気にさせる二人。

 一方コチラは、その二人と同じ事をしていた。

「きゃっ、暗っ!……………ふへぇ~、こうなっているんですね?」

 まるで初めて入ったかのように呟く葉月さん。

 その言葉に疑問を感じつつも、ワタシはその後ろにただ着いていくだけ。

 仄暗い照明が照らす場内、葉月さんが持つ蝋燭によって照らされるのは、わずか一メートルも無い範囲のみ。

 何の為に必要なのか、と考案者に問いただしたいところだが、そんな思いはさておき異様に拓けている唯一の道を進む。

 何処のお化け屋敷も、決まって一つのテーマを沿っている。

「これって、墓地?」

「なのかな?」

「ちょっと不気味な形相にもしてあるし、原案は霊界に近いかも」

「そうなの?」

「あ、いや。アタシも霊界には行ったことが無いんだけど…………。まぁ、でも。霊界の陵墓には似てはいるものの、やっぱり、似ても似つかない雰囲気だと思うな」

「ふぅん」

 二人にとっても未知な存在であるはずの霊界という世界。それがこの一角を使って表現されているとは言え、やはり虚界(コチラ)よりは身近な存在にあたるのだろう。

「はわぁ~……。お墓が沢山が、何故か横並びで点々としています」

 引いているのか、興味深いのか判りずらい呟きをする葉月さん。

 右手側に並べられた本物に見えなくもない出来映えの発泡スチロールで作製された墓標達と、左手側に並べられた最近ではある家の少くなったという不自然に近い感じで存在している井戸。

 この場所での展開といえば、お化けに扮した生徒が井戸から出てくるというものだが。

「わぁ。見てください、柚希。このお墓、どれもお名前が書いてありませんよ」

 葉月さんは井戸には眼もくれず、墓標に近付き興味深そうに触ったり、奥を覗いたりしている。しかも、気付いてはいけないであろう部分を口にしちゃってるし…………。

「それは模造品(レプリカ)ですから、当然といえば当然だと思いますよ」

「そっかぁ………」

 そして、もう一方の物語………。

「これが墓地………」

「さすがの霊界もここまでではないにしても、これはこれで風情があるよね」

「そうだねぇ……」

 不気味という表現を一切しない三人。

 その反応には、お化け役の人達が逆に驚かされていることだろう。

 ここまで、相手の思惑を食い潰すかのような行動を取り続けている。

 なんとも、傍迷惑な客人だ。

 そんな客人の一人である葉月さんと行動を共にしているワタシも、おそらくはその同類として見えていることだろう。

 そんな戯言を妄想しながら、ワタシは葉月さんから少し距離をおいた位置でその背を歩き続ける。

「見てください、柚希。次のスポットですよッ」

 嬉しそうに、葉月さんは再び眼を輝かせる。

 呼ばれペースをあげて葉月さんの隣に立てば、目の前に小さな仏壇のようなものが設置させていた。

 スポット───。

 葉月さんが口にしたその単語は、お化け屋敷(ここ)では重要な代物。

「ふむ。仏壇(コレ)は模造品ではないようですね?」

 何の驚きも戸惑いもなく、葉月さんは格子を開き仏像の前に置かれたお供え物に眼をおとす。

「あ、ありましたッ」

 と、目的のモノをすぐさま発見した葉月さん。

 ソレを回収し、さっさと格子を閉じて立ち上がると、次のスポットへ向かうべく歩き出した。

 そうして、一度もお化け役の人達と出会うことなくスポットを巡り、終点まで到着してしまったワタシ達。

「楽しかったですね?柚希」

「…………」

 お化け屋敷の感想よりも、ワタシはここの役員の人達が可哀想だと感じてしまっていた。

「柚希」

 早々にその場を退散する葉月さん。

 一人にされるとまた迷子になりかねないので葉月さんの背を追っていただけのワタシに、葉月さんは特別棟を出たあたりで声を掛けてきた。

「今日はありがとうございました」

 なぜだか、お礼を言われてしまった。

「…………」

 そういえば、葉月さんにお礼を言われたの、コレが初めてのような気がする。

「柚希?」

「…………あ、いえ。こちらこそ、ありがとうございます」

 取り繕うように、お礼で返す。

「なんだか、今日は不思議な感じがしますね?」

「…………?」

 それは、どういう意味なのだろう?と自身の心中だけで疑問を留め、今後の計画を立てる。

「まぁ、良いですけど」

 なんか、諦められた気がする。

 だが、そんな事を考えられるのは今のうちだけであった事を、ワタシは後に後悔した。


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