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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
58/102

第57話 酔兵姫賊の苦悩

 星憲祭、三日目。

 この日から、一般の人の立ち入りが許され、葵さんや火垂さんも普通に祭りを楽しめるようになる。

 そんな星憲祭は第二幕、展覧祭へと移る。

 今日からの四日間、外部からの客を招き、多くの芸術や文化を知ってもらうというのが主旨らしく、特に学園関係者の意気込みにはとてつもない覇気があった。

 とはいえ、ワタシ達生徒には大した仕事は無い。

 基本的には、他校でいうところの文化祭のようなもの。食べて飲んで、はしゃいでと、特別何を指示される訳でもなく、それぞれがやりたいようにこの四日間を過ごすだけとなる。

 それに更に追い打ちを掛けるように、特にこの初日は暇であるらしく、観客の来場者数はあまり見込めないという。

 だが、それでもやるからには全力であってみたいものだ。

 そんな事を思っていたワタシだが、現在ワタシがいるのはその舞台である神代(かみしろ)学園ではなく、同じ市内にある業行区画の一つ、神成(かみなり)港。

 そこでワタシは、無理を言って特別に発注してもらっていたブツを受け取りに来ているのだが…………。

「……………」

 一応、朝一で来てみたものの、既に着港しているのはどれも漁船ばかり。見知った船は一隻も存在しなかった。

 とりあえず、港を一周してみることにした。もしかしたら、別の場所に停まっているのかもしれない。

 此処、神成港は直線にしておよそ五キロ程もある巨大な区画。この内、漁船が停まるのはこの半分も無いが、また観光船が停まる区間もこの三分の一も無い。

 だとすれば、この僅かな区間にいる可能性があるということ。

 しかし────、

「……………」

 三十分ほどかけて港を一周してはみたものの、その人物が仕切っているはずの船団どころか、小舟の一隻さえ何処にも見当たらなかった。

 少し、早く来てしまっていたのだろうか…………?

 自身の意外なミスに内心で驚きつつ、冷静を装い状況を再確認する。

 どうにもならないと、暇を持て余したワタシは、漁港の市場に向かい時間を潰すことにした。

 朝の市場は活気で賑わい、沢山の種類の魚介類が多く並んでいる。

 そんな人混みのできた吹き抜けの会場を抜け、奥にある休憩所に向かう。

「よぉ、嬢ちゃん。こんな朝早くに来るなんて、珍しいな?」

 休憩所の扉を開けると、刹那のような速さで一番手前にいた四、五十代くらいの男性に声を掛けられた。

 一応、見知った人物なので、男性の近くに向かう。

「今日はこんな物しか無いが、いるか?」

 そう言って男性が差し出してきたのは、小さな紐状のモノ。それは、幅一センチ程、厚さコンマ数ミリ程のわりに長さは十センチ近くもあり、切れ痕のようなところからは糸屑のようなものが飛び出している。

「…………」

 ひとまず、受け取ってはみたものの、何か解らず掌の上にソレを乗せたまま固まっていたワタシに、男性はソレの名前を口にする。

「スルメだよ。見たこと無いのか?」

 ワタシは、掌の上のソレを見つめたまま頷く。

 此処へは何度か足を運んではいた。

 その度に貰っていたのは干物や焼き魚ばかりだった。

 以前までのモノの印象が強かったので、今回のコレも魚に一手間加えた何かだとは予想していたが、その元となった生物を聞くと、なんとイカだと言う。

 若干の興味が沸いたワタシは、その好奇心から大した抵抗もなくスルメを口に運ぶ。

 始めは使い古された畔縄のような味のしていたスルメは、ワタシの唾液と混ざることで、その味は独特なものへと変わっていった。

 中々噛み切れないスルメだが、まるで濃厚なソレを吸出しているかのように全く味は変わらず、ずっと咥えていても飽きないほどの味わい深さがあった。

 しかし、何故かスルメを口の中に入れて甘噛みしていると、次から次へとワタシの唾液は止めどなく溢れてくる。

 なので、じゅっ、じゅる、んく、ん、じゅるるる…………、んくんく、と淫妖な感じにも聞き取れそうな水音を鳴らし、咥内に溜まったスルメの濃厚な味に染まった唾液を飲み下した。

「じゅポッ……。ふぅ………、濃い、ですね……………」

 スルメを離し、唾液を全て飲み込んだワタシは、そう呟いた。

 その後、一息吐いていると、休憩所内の空気が若干重くなっているように感じた。

 それに、何だか皆の頬が微かかに紅いような気がする。まぁ、当然と言えば当然だろうが…………。

「そ、それで、お嬢ちゃんは何しに此処へ?今日はいつもより早い気がするが」

 場を鎮める意図もあるのだろうか、男性が話題を持ち掛けてくる。

「はい。えと………、今日は、マルクトさんに用がありまして」

 そう答え、ワタシは再びスルメを口に運ぶ。

 同じ失敗をしないように、今度は軽く甘噛みしながら通常以上に溢れ出る唾液を飲み下していく。

「はむっ………、はむはむ、んっ、んく…………、じゅっ、じゅるるる……………んくんく。はむはむ………じゅ、じゅぽっ……じゅちゅっ、んく……」

 噛めば噛むほどやや生臭くて苦く濃厚な液体へと変わる自身の唾液を、飽くことなく熱心に飲み下し、その独特な味わいを気に入ったワタシは丹念に吸い出し、休憩所の空気がどんどん重くなるのもお構い無しで卑猥極まりない水音を発ててスルメの味を堪能する。

「え、えとな?ルヴァーチェ商会の連中、今日は遅いか来ないと思うぞ」

「じゅるるる、んくんく………じゅぽっ。んあっ…………え、ずずずっ。あ、本当ですか?」

 突然の回答に、スルメを離したワタシだったが、先程まで必至に味わっていたので、口の端から垂れた濃厚な液体を吸い戻す。

「あ、ああぁ。今日は星憲祭だろ?それに初日だしな。だいたい、いつもはもっと疎らだしな」

「そうですか…………」

 そう言って、ワタシは三度スルメを咥える。今度は歯では咥えず、煙草をくわえるような要領でスルメの先を口の端、唇だけで咥える。

 そして、しばし思考する。

 このまま居ても意味は無いのだろうが、だからと言って学園に戻っても手持ちぶさたで邪魔になるだけだろうし。

 そう思考していた時、ふと窓の外の景色に変化が訪れる。

 五~六隻程度の船団がこの港に近付いて来ていたのだ。

 しかも、その船団が黙視で確認できる辺りから、漁港の空気も変わっていった。

 漁港の職員や、漁船を運営する男達は途端に自分達の仕事を放棄し、その船団へと近付いていく。

 それは、この休憩所にいる男達も同じようで。

「どうやら、今回は早めに『カタが付いた』ようだな」

 そう言った男性の一人。

 ワタシは、駆け寄る男達に混じって船団の近くへと向かった。

 近付いたことで船を大きさとその船員の数に若干圧倒されるワタシであったが、何人か見えた船員の内数人の顔に見覚えがあった為、この船団がどこのモノなのか遅れて理解した。

 船団とはいえ、その数は一般的なソレとは何一つ変わらない。漁船と言うには少し大きい船の中に、一隻だけ豪華客船並のデカさを誇る船が存在し、その船員は一隻あたり、およそ数千という数が搭乗している。

 駆け寄るのが遅れたせいか、ワタシは男達の輪には入れず、やや少し離れた位置から彼らの動向を観察することにした。

 足場板が繋がれた刹那、一つの人影が事務所の方へと向かうのが見えた気がしたが、誰もそのことに注意を向けていないようなので、ワタシも特に気にせず目の前の作業に視線を戻した。

 多くの男達の手もあって、船団が運んできた積み荷は早々に卸され、その作業は長くと続かなかった。

 作業は終わり、男達は散々となっていつもの暇な時間が再開される。

 人混みの消えた船団の中に目的となる人物を発見し、ワタシはその人の元へと向かった。

「あ。どうもです」

 向こうもコチラを認識し、素っ気ない挨拶を交わす。

「言われた通り、珍しい物を大量に仕入れて来ましたよ」

 ちょっと得意気に言う男性───マルクト・ルヴァーチェ。

 彼は、この港どころか、世界でも名高い行商人。

 なんでも、彼に仕入れられないモノは無いとされるらしく、ワタシは今回その噂を頼って屋台で出す食材を仕入れてもらった。

「あまり調理に困るモノは避けてほしかったですが………」

 ぶつくさと小声で文句を言うワタシに、マルクトさんは少し怪訝そうな顔をしてみせた。

「あれ?調理用のブツをお探しだったのですか?」

 マルクトさんは、表情をしただけでそれ以上何を言う訳でもなく、ワタシを商品が置かれている場所へと案内してくれる。

「コチラが、一応ご注文されていた『珍しい物』になります」

 そう言って、怪しげなブツばかりが集められている一角を指差すマルクトさん。

「……………」

 確かに、ぱっと見た感じでも、食用には向いてなさそうな物がいくつか混じっている。

「先程、『調理に困るモノは…………』と仰っていましたが、もしかして、星憲祭での出店に出店される食材をお探しでしたか?」

「え?あ、はい。そのつもりでしたが」

 確かに、マルクトさんにその事は伝えていなかった。きっと、それが原因でこの品揃えとなってしまったのだろう。

 再び視線を仕入れられた物達に向けると、どう見ても食材には見えない………いや、むしろそんな域の問題ではない物の方が多く見受けられる。

「コレ、全部でいくらになるのでしょう?」

 ざっと見た感じでも、数十万はくだらないだろう。

「そうですね。買い取ってもらう分だけでしたら、八万くらいでしょうか」

 そう思っていたが、マルクトさんが提示した再発行された領収書には、ワタシが予想していた金額の半分以下の数字が書かれていた。

「…………?」

「先程、『調理に困るモノは…………』と仰っていましたので、食材として扱えるモノだけで計算し直した金額です」

 訝しげな表情をするワタシに、マルクトさんはそうなった理由を説明してくれた。

 それでも、金額が金額だ。それは、決して安いとは言えない値段。

「良いんですか?その値段で」

 正直、こういった売買は初めてだ。その点に関しては分からない事だらけなので、マルクトさんの提示した額で了承する他ない。

「良いですよ」

 マルクトさんはそう答え、爽やかな笑顔を作る。

「どのみち、あまり期待はしていませんでしたし、何より、貴女が必要ないのであれば、その他の物は国法に触れてしまいますから」

 そして、付け足すようにそう解説する。

 なら何故、そんな物まで持ち込んだのかと疑問に感じたが、おそらくそれはマルクトさんのイタズラ心のようなモノが為した事なのだろう。

「分かりました。では、先程の金額で契約します」

 そう言って、ワタシは再発行された領収書の下の欄に自身の名前を記入した。

「あれ?」

 領収書を返すと、マルクトさんが記入した箇所を見て首を傾げる。

「貴女、東方人だったのですか?顔立ちから北欧人だとばかり思ってましたが…………」

 驚愕したような表情をするマルクトさん。それに関しては、ワタシも同意見である。

 だが、これはワタシがコチラで生きていく為にどうしても必要だと言う風音(かざね)さんが付けてくれたモノ。

 それを無下にすることもできるらしいが、かといって、他の名前が思い付く訳でもない。

 今であればソレっぽい名前が幾つか提案できるが、いざ申請する事になれば、それを行うことでさえ面倒と感じている自分がいる。

「では、後の事も我々が行っておきますね」

 そう言って、近くを歩いていた部下に指示を送るマルクトさん。

「良いんですか?」

 ワタシは少し不安になって訊ねてみた。

「はい、構いません。その代わりと言ってはあれですが………彼方の方をお願いしても良いですか?」

 申し訳なさそうに言うマルクトさんは、ワタシの後ろの方に視線を向けた。

 ワタシは釣られるように振り向く。その先にあるのは、先程までワタシがいた休憩所だけ。

 その時、ふと数十分前の出来事を思い出す。

 視線を戻すと、マルクトさんは軽いため息を吐いた。

「分かりました」

 そして、マルクトさんの意図を察したワタシは、マルクトさんに別れの一礼をし、先程の人影が通り過ぎた先へと向かった。

「ううぅっぷッ!」

 休憩所の端に設けられたトイレの近くで待機する事、数分。中から顔を真っ青にした見知った少女が出てきた。

「お久しぶりです。アウラさん」

「え?ああぁ、なんだ、柚希か…………うぷっ!」

 ワタシの顔を確認するなり、再びトイレへと駆け込むアウラ・オー。

 彼女は未美(みみ)さんや、トトロさん達と同じ《七罪聖典(セブン・シンズ)》の一人。現在は、予てよりの夢であった大海原を旅する為、マルクトさんに頼みその船員に加えてもらっていた訳なのだが……………。

「うううっ~~~~、うッぷ!」

 どうやら、根っからの体質は治りそうもなかった。

 《七罪聖典》に誘われるまでは、海賊をやっていたと言うアウラさん。しかし、現状と同じく船酔いが酷いらしく、夢も早々に辞退せざるを得ない事態になったのだと言う。

 それでも、夢を諦めきれない彼女を見かねた同じ《七罪聖典》の面々が、最も融通の通るマルクトさんに頼み込み今に至るのだが、その現状もどうやら厳しいようで………。

「はい、お水です」

「あ、うん。ありがと」

 こうした事態は何十回と経験してきているだけはあるのか、アウラさんはワタシが渡したお水の入った紙コップを受け取ると、同時に気分を落ち着けるようにゆっくりと飲んでいく。

「んく……、んく……、んく……、ぷはッ!ハァハァ…………」

「気分はどうですか?」

 空になった紙コップを受け取り、訊ねる。

「う、うん。さっきよりは、だいぶ楽になった」

 そう言うアウラさんの表情は、少しだけだが血色が良くなっているように見える。

「それで、柚希は何で此処に?」

 一応落ち着いたと言うアウラさんは、波風が一番心地好く当たる場所に移動し腰を降ろす。

「はい。マルクトさんに頼み事をしていまして、その受け取りに」

「…………ああぁ………。そういえば、会長がそんな事を話してるのを何時だったか聞いたことがあるね」

 うる覚えの記憶で納得し、新たに入れたお水で気持ちも落ち着ける。

「それで、ワタシはこのお礼に搬入の手伝いをした方が良いってこと?」

 アウラさんは体調が戻ったことをアピールするように、軽い準備運動をしてみせる。

「いえ、搬送(そっち)はマルクトさん達大人の方達がやってくれるそうなので、お任せしています」

「そっか…………」

 アウラさんは残念そうに肩を落とし、再びお水を飲む。

「ですが、マルクトさんからは別の用件を頼まれました」

「別の用件?」

 アウラさんは、首を傾げる。

 おそらく、彼女自身がそうしてもらったことなど無かったのだろう。

 だが、同時にワタシは頭を悩ませていた。

 正直、この依頼にも似た対価は、あまりにも難しい問題だ。

「とりあえず、アウラさんを連れて逝きたいところがあります」

「あ、うん……………」

 多少、不審めいた表情をするアウラさんの内心が気に掛かったが、今は気にせず目的を達する事にした。


 ワタシが次に向かったのは、同じ神代学園でも現在の会場とは少しばかり離れた場所。

「おっきな建物…………」

 建物の背を見上げ、アウラさんがワタシの隣で呟く。

 ワタシ達がいるのは、学園の敷地内にえりながら学園そのものとは異質な雰囲気を漂わせている、医療棟の前。

 一時的な介抱は終わったとはいえ、このままアウラさんを放置はしておけない。

 かといって、ワタシの中に彼女の体質を変える手段も知識も無い。

 なれば、その知識に最も長けた人物に相談してみるのが手っ取り早いと思いここまで足を運んでいる。

 受付で手続きを済ませ、地下へと降りていく。

 この医療棟は昔、刑務所でその地下は、拷問部屋として利用されていたのだと聞いたことがある。

「なんか、不気味な場所だね?」

 ビクビクと背後で怯えているアウラさん。

 ワタシは、こうした場所にはもう何千回と入ってきたので、何の感情の揺れもなく、まるで古びた空き家のような感覚で奥へと進んでいく。

「ひゃっ!ああぁもう、びっくりするぅ~~」

 階を降りる度に、アウラさんは小さな悲鳴を上げ、驚きを隠すような言動を吐く。

 そんな彼女に対し、ワタシは一つ気掛かりがあった。

 アウラさんが驚く度、アウラさんはワタシの肩を強く引っ張る。その度に足止めを喰らい、あまつさえワタシの身体は若干浮いてしまう。

 ワタシとアウラさんの身長差は歴然とある。

 始めは驚く度にワタシの背に隠れていたが、ワタシとの身長差があることを覚えると、今のようにワタシの両肩を掴み、驚く度に掴む手に力を込める。

 正直、こう何度も足を止められるのは、鬱陶しい。

 そうこう思考し、幾重もの足止めを繰り返して、ワタシはいつもの倍近くの時間を有してようやく目的地に到着する。

「此処…………?」

「はい」

 アウラさんが訝しげに訊ね、ワタシは率直に答えた。

 コンコンと二度ほど扉をノックし、中からの返答を待ってから部屋の中に入る。

「ナニぃ~~?」

 早々、この部屋の住人が用件を訊ねる。

 部屋の間取りはおよそ八畳ほど。そんな部屋の中にあるのは、固定型の木製の机とパイプ骨の寝台、クローゼットと本棚が一つずつある程度。

 無論、此処にあるのは生活必需品のみだと、此処の住人───ハルナ・エルヴァールシュタインは主調していた。

 ワタシは、アウラさんをハルナさんの隣に座らせ、用件を伝える。

「ふぅ~ん。ちょっと、足抑えてて」

「えッ?、あ、はい………」

 そう言って、ハルナさんはアウラさんが座っている椅子に乗り、アウラの脹ら脛に自身の足を引っ掛けてバランスを取る。アウラさんは、ハルナさんに言われた通りハルナさんの両脚を支える。

 その完成形を見ていると、端からでは体操競技の一種に見えてならない。

 アウラさんに両脚を支えられたハルナさんは、そのまま前屈みになって、両手でアウラさんの側頭部を押さえる。

「あいたたたッ…………」

 アウラさんは痛みに耐え、その状態は二十秒ほど続いた。

 診察は、それだけだった。

 椅子から降りたハルナさんは、自身の椅子に座り、便箋ほどの小さな紙に何かを書き込んでいく。

「二~三日はコッチにいる?」

 訊ねるまでもなくワタシはずっとこの国にいるはずなのに、アウラさんはコチラに視線を向ける。

「………」

 しばしのにらめっこの後、ワタシが首を傾げると、アウラさんは釣られるように首を傾げた。

 その様子を見て、ワタシはようやく悟った。これは、ワタシにマルクトさんからどう聞いているのか訊ねているのだ。

「星憲祭の間はいると思います」

 ワタシは、そう代弁する。

「だ、そうです」

「なんで柚希が答えるのかは分かんないけど、まぁいいや。はい、コレ」

 会話の最中もペンを走らせていたハルナさんは、書き終えた紙をアウラさんに渡す。

 しかし、その紙はすぐにワタシの手へと渡った。

「その紙を上の薬剤科の窓口に持っていけば、すぐに調合してもらえるはずだから。後は、そっちの指示に従って」

「わ、分かりました」

 アウラさんが一礼し、ワタシ達は部屋を出た。

「あ、柚希はちょっと待って」

 出ようとしていたところで、ハルナさんに呼び止められる。

「はい?」

「最近、どう?」

「『どう』とは?」

「んん~。心境的な?」

 何故疑問系なのかはさておき、ハルナさんが訊ねたい事の意図を察したワタシは、率直に今の感じを答えた。

「あまり、変わらないと思います」

「そっか…………」

 部屋の明かりは、机の端に置かれた古風なランプのみ。

 そのランプに照らされた薄明かりの中で、ハルナさんの表情を微かに認識した。

 それは、どこか不満気な表情をしているように見てとれた。

 地上へ戻ったワタシとアウラさんは、受付のすぐ近くにある薬剤科を訪ね薬を調合してもらう。

 薬はほんの数分ほどで出来上がり、服用期間は三日で、その日の正午までに今日訪ねた医師の元に再度診察に向かうよう指示された。

「この後はどうしましょうか?」

 外へと出たワタシは、舗装された一本道を歩きながらアウラさんに今後の予定を訊ねた。

「柚希はどうするの?」

 何故か、逆に訊ねられてしまう。

「特に予定は無いですね」

 仕方ないので、コチラが先に答えることにした。

「そっか。じゃあ、一緒に祭りを見て回ろ?」

 まぁ、一応マルクトさんには彼女のことを任されてるし、すぐ帰すのもなんだか申し訳ない。

「分かりました」

 そう答えたワタシは、先攻して走り出すアウラさんの後をいつものペースで歩いて追った。

 そして後日、ワタシはアウラさんに呼び出され、再びハルナさんの元へと診察の付き添うのであった。




 星憲祭、四日目。

 展輪祭は二日目を迎え、祭りの賑わいが華やかになっていく。

「見て下さい、神威(かみい)さん。ろしあん?たこ焼きだそうですよッ」

 ワタシの隣でそうはしゃぐのは、この国で最高位の家柄である神宮寺(じんぐうじ)家の少女、神宮寺阿莉子(ありす)である。

 阿莉子さんは栗色の瞳を輝かせ、三十にも及ぶ店舗を物珍しそうに物色していく。

 そんな阿莉子さんの眼に止まったのは、いかにも怪しげな店構えと品揃えをしている屋台。

「ああぁッ!い、いけません!コチラは…………」

 しかし、阿莉子さんが注文するよりも速く、店員に遮られる。

「ええぇ~~」

 店員の対応にふてくされる阿莉子さん。

 他の屋台では特に問題無く購入出来たことを考えると、ここの屋台が出している『ロシアンたこ焼き』とやらは、相当危ないモノだと予想させる。

 しかし、一応阿莉子さんへの忠告を試みたのだが、それが逆効果だったのか、余計に興味を持ってしまった。

 仕方ないので、ひとまずなんとかその場から立ち去り、別の人に頼んで買ってきてもらう手段をとった。

 そして、阿莉子さんがいない所でその人から商品と金銭を交換し、阿莉子さんの元へと戻り何故か始まった二人だけのロシアンルーレットにも付き合わされる破目となった。


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