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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
57/102

第56話 激動の球技祭

 阿莉子さんの奉納の舞が終われば、いよいよ生徒達が主役となる星憲祭そのものが開催される。

 星憲祭と言えど、その中身は国立記念祭のような体制が正しいだろう。

 星憲祭の内容は、大きく分けて三つ。

 その内の一つが、今日から明日にかけて行われる球技祭である。

 しかし、そこは祭とは名ばかりの熾烈な戦場となり果てていた。

「あははッ!いいよ、柚希!もっと、もっと頂戴ッ!!」

「…………ッ!」

 何がなんだか解らぬまま、ワタシは相手戦手に更なる一手を与える。

「そんなのは効かないよッ!なら、今度はコチラからだね────ッ!!」

 自動反撃機能(オートカウンター)が反応したかのように、相手はワタシに更なる一手を撃ち込んでくる。

 追々と繰り返される一身一対の攻撃。

 その一撃は重く、互いにその戦術で微かに戦意をねじ曲げられる。

「それ、それ、それ、それッ!!!」

 次々と繰り出される防御など許されぬ破格な一戦。その惨状は見る者にとっては何が起きているのかさえ解らぬ事態でろう。

「えと、これは……………いったい、何が起きているのでしょうか?」

 粉塵が舞い、爆轟が鳴り響く戦場(いくさば)では、総てが尊く、総てが愚戯と成り果てる。

 戦場(せんじょう)となったいる枠の外で、ワタシの有志を見届けている人物が、唖然となって呟く。

 正直なところ、ワタシにも現在に到る経緯が所々抜け落ちているように思えてならない。

 それは、阿莉子さんが奉納の舞を終えた頃のお話。

 一息吐いていた阿莉子さんの隣で、ワタシは次の行動を見定めていた。

「私はもう、用も済んでしまいましたが、柚希さんはこの後どうされる予定なのでしょうか?」

 訊ねられ、ワタシは再度運営書に目をやる。

 ワタシが出場する予定となっている球技には、もうしばらく時間がある。

 なので、無論この後の予定など無いに等しい。

「そうですね。特に用事という事は無いかと思います」

 先程まで、疲れと申し訳なさそうな表情をしていた阿莉子さんであったが、ワタシがそう答えると、途端にその表情を明るくした。

「では、学内を案内して下さいッ」

 それこそ、神代家にでも頼めば良い事なのだが、きっと、それは阿莉子さん自身が許さない事なのだろう。

「分かりました。ですが、ワタシもあまり時間は在りませんよ?」

「分かっております」

 再度、阿莉子さんはワタシに頭を下げる。

 その驚動に周囲がざわめくが、ワタシと彼女にとってはほぼ当たり前のようなやり取りなので、今は気にしないことにした。

 校内を廻ったのは、およそ一時間半ほどの間だけ。

 食堂で軽い食事を済ませ、何の説明もなく、グルッと一周校内を散策しただけに留まった。

 入る度、訪れる度、阿莉子さんは一々目を輝かせて辺りを見回していた。それだけで、この光景が彼女自身の中で珍しい事なのだと窺える。

 校庭へと戻ってきたワタシと阿莉子さんは、ワタシが出場する球技の会場へとそのまま足を運んだ。

 道中、阿莉子さんの存在に気付いた者達が、慌ててその場に平伏していく。

 その咄嗟の挙動に心中驚きはするが、多少は慣れてきたところもあるので、それほど気にせず、顔にも出さないように、平伏する者達によって出来た道を進んでいく。

「それで、柚希さんはどの競技に出場されるのですか?」

 皆が道を開けてくれたおかげで、校庭の入り口に設置にされた簡易型の掲示板の目の前に難なく来ることかできた。

「一応、テニスですが…………」

 そう答えて、掲示板に貼り出されいるはずのトーナメント表に視線を走らせる。

「あ、ありました」

 トーナメント表に自身の名前があることを認識すると、今度は自身の対戦相手の名前を確認する。

「あ…………」

 その対戦相手の名前を見て、ワタシは言葉を失う。

「やっほぉ~!柚希」

 と、バカでかい声と共に近付いてくる見知った二人の姿を発見する。

 この一回戦目でワタシが戦う相手、それは無論既に決まっている。

「トトロさん…………」

 そして、その背後には当然、リグレットさんがおり、珍しくトトロさんの後ろでビクビクと構えていた。

 最近の彼女であれば、ワタシを見付けるとトコトコとワタシを抱くのだが、おそらくはこの人混みの多さに驚いているのだろう。

「一回戦、いきなり当たっちゃったね?」

「そうですね」

「あ、言っとくけど、容赦しないからね?」

「はい、お手柔らかにお願いします」

「うん。コチラこそ宜しく~~」

 そう軽い挨拶を交わしたというのに、どうだろう…………この、殺伐とした試合は………。

「はっ、まだまだ~ッ!」

 トトロさんが咆哮し、強い一撃を撃ち込んでくる。

 ワタシは、それを迅速に対応し、向こう岸へと送る。

「くっ!」

 トトロさんの裏を描くような一撃を放ったというのに、トトロさんはその一撃に食らい付き、更なる一手を乗せて返してきた。

「なっ!」

 が。その一撃は、先程までの一撃とは大きく異なっていた。

「よしッ、やった!」

 トトロさんは、そう叫んで大きくガッツポーズを取る。

 だが、ワタシはまだ諦めてはいない。

「まだです!」

 ワタシはその一撃に必死に食らい付き、新たな一撃として相手の盤場に撃ち込む。

「ウソでしょ!!」

 それは、幻でも、虚像でもない。

 それこそが、ワタシが出来る唯一の駄策による一撃。

「くっ………。だったらコッチは、切り札(ジョーカー)を使わせてもらうしかないよねッ?」

「へっ?」

 届くはずのない場所に撃ち込まれた弾丸を、トトロさんは間一髪のところで届かせ、更なる一撃として再び撃ち放つ。

「えと、それは……………」

「コレ、ホントにテニス………?」

 二時間近く続いているラリーに、多くの生徒達がこの有り得ない光景に見いっていた。

「フンッ!」

 勢情高らかに放たれた、重い一撃。その一撃は、何の変わった形相もなく柵ギリギリの位置に一度飛来する。

 当然、ワタシは柵ギリギリにまで走らされる。

「───ッ!…………またッ!」

 しかし、それこそがトトロさんの策。

 テニスのルール上、ニバウンドの間に相手コートにボールを撃ち込む必要がある。

 そして、そのニバウンド目を捉えたワタシは、先程までと同じくトトロ側のコートにボールを撃ち込むべくラケットを構えていた。

「“素を演じし偽虚の愚劇(パラダイム・トリック)”」

 トトロさんは、向こう岸でそう呟く。

 そう。コレこそ、トトロさんとのラリーがここまで長く続く理由。

 千近くまで続いていたラリーは、ようやく大詰めをむかえようとしていた。

 それは、ワタシの敗北となって………。

 だが、それは問屋が卸さないというもの。

「そう言う“手品”は、もう見飽きましたッ!」

 そう言って、ワタシは踵を反さず次にボールの出現する位置を予測し、その背後を取る。

「なっ!くっ、………まさか、私の“切り札”を“手品”扱いするなんて、やっぱり、ますます放っておけない、ねッ!」

 もう一度“手品”が来ると思ったが、トトロさんもそこまで馬鹿ではないのだろう。その後は、何の面白みもない直球勝負の一撃がラリーを続ける。

 ワタシはワタシとて、大した手は打てない。

 ただ、《竜皇(ディエルゴ)》としての権能(チカラ)を幾分か解放させている程度に過ぎない。

 それでも、トトロさんの“手品”による一撃には遅れをとってしまう。

 それは、単にワタシがまだ《竜皇》の権能を遣いこなせていないからなのか、トトロさんの“手品”が規格外過ぎるのかは、実に悩ましい空想である。

 それはさておき、トトロの幾重にも放ってきた“手品”と言うには愚言に等しい《奇術》の数々。

 その一手一手には実に厭らしい………もとい、セコい。

 だが、それはそれで読み易いというもの。

 先程の《奇術》も然り。トトロさんのその一撃には、どれも単調な『欠点』がある。

 それこそが、ワタシがソレを“手品”と言う理由でもある。

 例えば────、

「二度ある事は、三度ある。だけど、一回二回読まれたくらいじゃ、私の“戯劇”は止められないよ?」

 そう言って放たれた、次なる一撃。

 その一撃は、柵を過ぎる刹那にその姿を消した。

「“交錯する幾重の思想(パラレル・ディメンション)”」

 そして、トトロさんの言葉に呼応するかのように、ボールはワタシの背後で姿を現す。

 その存在は既に、地面スレスレ。この刹那にボールを撃たなければ、ラリーはここで終局し、得点はトトロさんに先取される。

 だが、所詮は“手品”。その『軌道』は読めずとも、その存在を認識出来さえすればコチラのモノだ。

「ウソっ、またッ?」

 ワタシの反応速度に幾度目かの驚きを見せたトトロさんは、ワタシが撃ち込んだ一撃に対処するため走り出す。

 今回の一撃は、先程トトロさん自身が言ったように、三度目の同じ手。“手品”と呼ばれるからには、それなりの〈タネ〉が存在する。

 先程の手の場合、確かに柵を越えたところで姿を消した事に誰しも驚きはするだろう。

 だが、それは『完全に姿を消した』訳ではない。ワタシ達が、その存在の『認識を見誤っていた』のだ。

 本来、〈弾道〉は一定の放物線を描いてほぼ決められた位置に墜落する。

 だが、それはあくまで仮定や理論上の話。それらの憶測や根拠は、その条件の内一つでも間違えば総てが全く異なる結果へと繋がる。

 つまり、先程トトロさんが撃ち込んだ一撃。それを、普通は一定の位置に落ちる、と誰しもが仮定し行動する。だが、その仮定とは異なる飛距離、曲線を伴っていた場合、その落下地点は一定という条件下から大きく外れ、仮定よりも遠方、または前方に落下することだって可能となる。

 現に、トトロさんの撃ち込んだソレは、認識上の落下地点とはかなり後方で落下したのだ。

「ホント、その能力は規格外(チート)過ぎる、よッ」

 トトロさんは、今だラリーが続いたままの状況でも飽きることなく、愚痴る。

 ワタシは、特に勝敗などは求めていない。

 けれど、この時間にはどこか不可思議な感覚を受けていた。

 楽しい?それとも、嬉しい?

 それは、どっち着かずな感覚。だけど、それはそれて良かった。

 それからも、ずっとラリーは続く。

 一番始めの点取り合戦から討って替わって、今は終わることも考えられない程の長い長い防御に徹した攻撃が続いている。

「五千四百七、五千四百八、五千四百九……………」

 もう陽も沈みかけた頃、他の競技は総て終わり、大半の生徒達がこの終わりの見えない幻実に眼を奪われている。

「柚希」

 唐突に、トトロさんはワタシの名を呼ぶ。

「何ですか?」

 暢気に話などしている余裕が無いのは、お互いに同じはず。けれど、向こう岸に微かに見えるトトロさんの表情は、どこか嬉しそうに見えた。

「ここらで、罰ゲームを決めよう!」

「………へぇ?」

 突然の提案に呆気に取られたワタシは、一度空かしてしまうも、なんとか体勢を立て直し、ラリーを続行させる。

「次にボールを落とした側に、お願い事を一つ、聞いてもらうというのは?」

「…………」

 ワタシは、無言でラリーを続ける。

「私はね。柚希に熊の着グルミを着て、一日過ごしてもらおうかな?」

 トトロさんの要望は、なんとも地味なものだった。

「柚希は?」

「……………」

「何か、私にやらせたい事、ある?」

 そう訊ねられてサクッと思い付くほど、ワタシは特異な欲など持ち合わせていない。

 だが、一つだけずっと気になっていた事があった。

「あれ、何も無い?」

「ワタシ…………」

「ん?」

 意を決し、ワタシは口を開く。

「トトロさんの踊り、見てみたいです」

「へ?」

 今度は、トトロさんが空かす番だった。

「って、おっとっとと…………」

 だが、トトロさんもすぐに体勢を立て直し、ラリーを続行させる。

「そんな事で良いの?」

 何とか打ち返し、トトロさんは改まったように問う。

「はい」

 正直なところ、コレ以外にワタシが思い付く願いは無い。

「………そっか。なら、仕方無いね。じゃ、どっちが勝つか、勝負だよッ!」

「はいッ!」

 ワタシとトトロさんは、同時に気合いを入れる。

 その試合は激しさを増し、まさしく『死合』と呼ぶに相応しい状況になっていった。

 それまでのやり取りが、まるで嘘だったかのように。まるで、先程までの撃ち合いが演技だったかのように。そして、総てをさらけ出すことはなくとも、ワタシ達は互いのチカラの本質を、一瞬たりとも見逃さず、その全てに喰らい付いていく。

 その激動が幕を閉じたのは、もう既に陽は沈みきり夜空に星々が輝き出していた頃だった。

「はぁあぁぁぁ~~~あ」

 ワタシとトトロさんはその場に仰向けになり、トトロさんは夜空に向かって叫んだ。

「あははっ、やっぱり柚希には敵わないや」

 続けて、そんなことを言うトトロさん。

 そんなトトロさんに、こんな時間まで残っていたリグレットさんが、トトロさんに紙コップに入った飲み水を差し出す。

「ありがと」

 トトロさんは受け取ると、なんの躊躇いもなくソレを口に含む。

「ぷはぁ~~。やっぱ良いね、身体を動かすっていうのは」

 上体を起こし、ようやく立ち上がる。

「でも、さすがに残念だな?」

 トトロさんはそう呟きながら、ゆっくりとワタシに近付いてくる。

 それに伴い、ワタシも上体を起こす。

「結局、勝負は着かなかったね」

 トトロさんは、残念そうに肩を竦めて見せた。

「…………」

 それに対し、ワタシは何も言わない。ただ、トトロさんの次の言葉を待つだけ。

「ま、まだ“手”はあったけど、今回は良いかな?こんなところで、“禁じ手(ワイルドカード)”まで切れないし………」

 “禁じ手”……………。

 まさか、そんは(モノ)まで隠していたとは………。

 流石は、《道化師(ピエロ)》と謂われるだけのことはある、ということかな。

 ワタシは立つ気力も無いほど脱力していたが、もう、時間が時間だ。早く帰らないと、また心配されてしまうかもしれない。

 そして、ワタシは二人と別れ、帰路を歩き出す。

「…………」

 その最中、ワタシは見知っているはずの人物らしき人影を発見する。

 少し警戒していると、人影はワタシの存在に気付いたのか顔の部分が動いたように見えたので、ゆっくりと近付いてみる。

「…………」

 近付いても顔まではハッキリと判らないが、足を前後に軽く動かし足元の小石を小突いていた。

 その様子を見て人間だと確信したワタシは、歩く速度を少し上げた。

「あ…………神威(かみい)さん」

 人影はワタシの姿が間近まで近付くと、そっと顔を上げワタシの目の前に立ちはだかる。

「阿莉子、さん…………?」

 どうして彼女がこの場にいるのかは疑問でしかないが、今はそんな彼女がこんな時間まで待ってくれているという状況に違和感に似た感覚を覚える。

「どうして、此処に?」

 ワタシは、そう口にする。

 彼女が今いるのは、雑木林に両側を挟まれた並木道の出口。

 他の道の方が安全な場所がいくつかあったはずだが、どうしてか中々の危険地帯で阿莉子さんは、ワタシを待っていた。

「学園の方は、もうよろしいのですか?」

「?…………あ、はい」

 阿莉子さんは、何か言いたげな、不安げな表情をしていた。

「では、少し歩きましょう」

 そう言って、阿莉子さんは左手の雑木林を進んでいく。ワタシは疑問に思い首を軽く傾げて、阿莉子さんの後を追った。

 阿莉子さんが向かった先は、当然と言えば良いのか、桜公園の一角の長椅子だった。

 阿莉子さんは、先にその長椅子に座ると、手招きをしてワタシを隣に座らせる。

 そして、天を見上げて夜空に輝く星を数え始める。

 声に出さずとも解るのは、彼女が此処へ来た意味と、こんな時間まで待っていた必要があったからだろう。

「神威さん……………」

 万は軽い星の輝き。その数を数えきれなくなったのか、阿莉子さんはようやく口を開く。

「私、どうしたら良いと思いますか?」

 阿莉子さんは、ワタシにそう訊ねる。

 途端に聞かれても何のことだかさっぱりだが、阿莉子さんがワタシに訊ねる事などほぼほぼ限られている。

「何か、ありましたか?」

 徐に、わざとらしく訊ね返す。

「ええ………。先程、《皇》様から連絡がありまして…………」

「…………」

 どうしてそのような人物と交信出来るのかと問いたいが、今はそんな事はどうでもいい事だろう。

「獄界が崩落、神界は崩落寸前。星界および妖界では交戦中との情報を戴きました」

「………ッ!」

 ワタシは、多少驚きはした。だけど、どうしてだろう。ワタシの中に、そう起こることが予期されていた事が記憶にでもあったような感覚があった。

「それ以上の情報は無いのですか?」

「え?…………あ、はい。そうですね、ありませんでしたが………」

 阿莉子さんは、わずかに怪訝そうな表情をする。

 おそらく、ワタシが驚いていないことに疑問を感じているのだろう。

「あまり、驚かれないのですね?」

 それは、予想通りの言葉というもの。

「そう………ですね。ここまで、色々な事がありましたから」

 ワタシは、なんとか平常を装い、阿莉子さんに冗談めいた事を言う。

「そうですね…………。ですが今回は、その規模が違います」

 阿莉子さんは、付け加えてそう言った。

 それはそうだろう。

 アチラは世界の危機。

 世界大戦なんてモノとは比ではないほどの、危機的状況なのだ。

「そう、ですね…………」

 ワタシも、阿莉子さんと同じように夜空を見上げた。

 その時、満天に輝く星々を見て、ワタシはふと思った。

 この空の向こうに、十もの世界が存在する。

 それは、どのような概念で存在し、同時にどのような理を利、事象を起こして阿莉子さんや伊織さん達はコチラの世界に来たのだろうか。

 起こる事態にはいつも謎が多いが、おそらくそれは今はどうでもいいことなのかもしれない。

 今は、それが出来ているという事実と、この先彼女達が何を起こさないと限らない予感に警戒をしておくべきだと認識しておければいい。

「それで、ワタシにどうしろと?」

 改めて、ワタシは阿莉子さんに訊ねる。

「どう、と申されましても…………」

 おそらく、阿莉子さんの中に答えは無い。その為にワタシに訊ね、指示を仰ごうとでも思っていたのだろう。

「ですが………。そんな状況の中、燈架李さんが虚界(コチラ)にいるのは気掛かりですね」

 ワタシは、現状を打破するようにポツリとそう呟いてみた。

「そ、そうですね………」

 阿莉子さんは、取り繕うように頷く。

「でしたら、燈架李さんには、ワタシの方からそれとなく訊ねてみます」

「お願いします」

 阿莉子さんは深々と頭を下げる。

 この虚界(セカイ)を覆うように存在するという十の世界。それらが崩落すれば、その敵はきっと虚界(コチラ)に向かって来るだろう。

 そうなれば、こうして暢気な事をしている場合ではなくなる。

 しかし、当の燈架李さんがあの様子ということは、現段階ではまだその心配は無いという事だろう。

 ワタシは阿莉子さんを神社まで送り、本当に帰路に着く。




 球技祭、二日目。

 トトロさんとの見世物のような激闘が長引いたせいか、テニスの試合だけが複雑な状況になっていた。

 そして、それに拍車を掛けるように、トトロさんは敗北を認め、確かな勝敗を決められぬまま勝者となったワタシは即座に次の試合を棄権扱いで辞退した。

 そんな顛末を迎えたテニスの試合は、他に変わった選手もいなかったので経験のあった生徒が勝利する形で早々に幕を閉じたという。

 その結果をその目で見ていないのは、ワタシがこの二日目の星憲祭に参加していないことの証拠だ。

 なにせ、気乗りしなかったのだ。

 阿莉子さんからの伝言の後、ワタシは全く別の場所で一人寂しく考えていた。

 この虚界(セカイ)の事。燈架李さんの事。そして、ワタシ達の今後の事。

 どれも何一つ解っていないものばかり。

 燈架李さんは、ワタシを見付ける事が仕事のようなものだと言っていた。それは、伊織さんが小薙(こなぎ)美琴(みこと)を探していた事と同じであることだと解った。

 だが、燈架李さんはそれ以降の事を何一つ話さなかった。何度聞いても、いつもはぐらかすばかり。

 結局、今日にまで至る。

 変わらない事は何一つ無かった。

 全てが変わり、総てが少しでも動き出している。

 そんな中で、ワタシは何をすべきだろうか。いや、何が出来るだろうか。

 いくら考えても解らない事だが、どうしても考えてしまう。

 そうする事が正しいかのように。

 そうするように、誰か仕組んでいるかのように。

 それでも、ワタシは前を向く事にした。

 しかし、これは果たして『前を向いて』いるのだろうか?

「ま、いっか…………」

 ワタシは、脱力して諦めた。

 所詮、未来(さき)の話。

 今から何をしようと気合を入れたって、それが無意味だってことも有りえる。

 だからこそ、今は今を楽しもう。

 きっと、その時になれば燈架李さん辺りが声を掛けてくるだろうから………………。


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