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夜天幻時録  作者: 影光
第3章 秋星大祭編
56/102

第55話 静寂と蒼嵐

 星憲祭(せいけんさい)初日、朝の鴬亭。

 陽が顔を出す直前。山々の背が後光に照らされている状態で、ワタシは眼を覚ます。

「…………」

 が。どうにも目蓋が重い。

 動くのも気だるく感じる。

 とりあえず、枕元に置いておいた時計を片手で掴み、身体は起こさず視線だけで現時刻を確認する。

 時刻は、四時二十分過ぎ。まだまだ余裕はある。

 だが、いつもはこの時間から鍛錬を行っている。

 しかし、どうにも身体に力が入らない。

 それは、酷い金縛りにあっている訳でも、誰かに身体を押さえ付けられている訳でもない。純粋に、メンドくさい、と思っているからだ。

 そして、ワタシはゆっくりと目蓋を閉じ、小さな仮眠を摂ろうとする。

 が─────。

「────(ブルッ!)ッ!」

 その刹那、ワタシは身の毛も逆立つような悪寒に襲われた。

 そしてその悪感は、ワタシが対応するよりも速く、転回される。

「ゆっずき~ッ、起きろォ~~ッ!」

「ボゴッ!」

 行動が速いか、言葉が速いか、そんなものはさしてどうでもよかった。ただ認めたいのは、ワタシの僅かな睡眠が邪魔された事だけだ。

 誰かは解らぬが突然の襲来に、残虐な仕打ち。

 幕間に聞こえたその声にはどこか聞き覚えがあり、このような暴挙に出る人物には…………、いくらか心当りがある。

 ま、まぁ…………。だいたいの人物には予想ができる。

 が、今それを確認しようにも先程のドロップキックに似た強烈な一撃に、ワタシは心身共にノックダウンされかかっていた。

 その一撃の入りが良かったのか悪かったのか、ワタシの意識は意外な速さで遠退いていく。

「あれ?柚希?おぉ~~い、柚希~ッ!」

 微睡みと勘違い出来るほどの遠退き方に心を奪われて、ワタシは二度寝を決意する。


 鴬亭、脱衣所。

「うゆぅ~、エライ目にあった………」

 ワタシは、寝間着を脱ぎながら、深いため息を吐く。

 ドロップキックのせいか、まだ疲れが癒えてないのか、あの後、およそ一時間半ほども眠っていた。

 もう陽は昇り、朝露が焼け消える頃、ワタシは朝湯を済ませる為、奇襲の犯人を居間に放置し、身体を軽く洗って湯槽に浸かった。

「はふぅ~………」

 湯に浸かった程度で疲れが取れるとは考えていないが、この状況が現状で最も休める一時なのは頷ける。

 十五分ほどで上がり、冷蔵庫からビン詰めの豆乳を取り出して、日課のような動作で胃に流し込む。

「ぷふぅっ~………」

 小さな噫吐を吐き、気分と意識を発散させて気持ちを改める。

「あれ?柚希、やっと起きたんだ」

 と。目の前を、修練を終えたばかりの伊織(いおり)さんと燈架李(ひかり)さんが通過する。

「お寝坊さん、という訳ではないけどね?」

 この二人は知っている。

 ワタシが何故此処にいるのか。その直前に起きた奇襲の一部。そして、その犯人やこれからの対処にも。

「ごめんなさい。朝からお騒がせして………」

 首に掛けていたハンドタオルを下ろし、ワタシは二人に頭を下げた。

「いやいや、いいよ」

「確かに凄い派手な奇襲だったけど、ちょっと早い目覚ましにはなったし」

「ま、良かったんじゃない?最近は平穏みたいだし」

「…………」

「? …………何?」

「いえ、何でも」

 言ってて気付かないのだろうか。

 されど、ワタシがソレに気付かせるのは野暮と思い口を接ぐんで居間に向かった。

「あ、遅いよ。柚希ッ」

「申し訳ございません、勝手にお邪魔させて頂いております。あ、それと。遅れてしまいましたが、おはようございます」

「お、おはようございます。(あおい)さん、火垂(ほたる)さん」

 ワタシは、先程の出来事を思い出し、頬を引き吊らせて挨拶を交わす。

 そう。この二人が奇襲の犯人。

 とはいえ、ワタシに最悪の一撃を撃ち込んできたのは他でもない、葵さんの方なのだが…………。

 その前に、この二人が此処にいる意味が今だに理解できていない。

「えと………、二人は何故、此処に?」

 先程までは聞きそびれたので、今更になって訊ねてみる。

「ん、あれ?言ってなかったっけ?」

「えと、はい………おそらく。ですが、確かに用件を伝える前に火垂さんがノックダウンさせてしまいましたので」

「あ、そっか。あ、あははッ………」

 葵さんは、申し訳なさそうに後ろ首を掻く。

「えと…………、今日は、星憲祭………ですよね?」

 葵さんの反対側に座る火垂さんが、オズオズと訊ねる。

 ワタシはそんな二人の挙動に、首を傾げる。

「そう、ですね」

 なんだか火垂さんの表情が弱いので、コチラも曖昧になってくる。

「では、急ぎませんと!」

「?」

 ワタシはこの時、違和感と同じに彼女らの目的に気付く。

「今日からの三日間、来賓の方は入れませんよ?」

「えっ?」

「うそッ」

 二人の驚きようにコチラも驚いてしまう。

 だが、ワタシが今言ったことは事実だ。

 今日から三日間、学園の関係者(一部例外を除いて)以外の者は通常通り学園への来賓を許されていない。

「え、でも神宮寺(じんぐうじ)家の方は今日来るって………ねぇ」

「え、ええぇ………」

 二人は互いの顔を見合わせ、入ってきた情報の信憑性を確かめあう。

「ええ、確かに阿莉子(ありす)さんは来ますが、初頭だけですし、舞の奉納が終わればすぐ帰宅するそうですよ?」

 そう学園からも本人からも聞いているが、実際はどうだか分からない。

 無論、学園の有力者である神代(かみしろ)家が動かないとも限らない。

「じゃあ、やっぱり行かないといけないじゃない?」

「はい。私達も神宮寺様の奉納の舞を御拝見したいですし………」

 そういう事か………。

 そこで違和感は解消された。

「だったら、神代家にお願いしてみれぼどうですか?二人でしたら普通に通してくれるでしょう?」

「…………いや、どうだろうね」

「ねぇ………」

 ん~、これは何かあるな。

 三人の事を最もよく知るワタシの直感がそう囁いていた。

「そこで、柚希さんにお願いがあるのですが」

 なにが『そこで』なのかは不明だが、二人のやろうしている事にはおおよその予想が立てられた。

「学園の制服、二着ほど貸してくれない?」

 だろうな。

 ワタシは呆気に取られたような表情をする。

「寸法の保証はできませんよ?」

「はい、ありがとうございます」

「大丈夫だいじょうぶ。前に預けてたのが残ってれば、それをそのままきれば良いだけだし」

 そう。葵さんの言う通り、ワタシの元には二人から預かっていた学園の制服がある。

 だが、あれは貰ったかたちでワタシの元にあるため、二人の言動は当然『貸してもらう』という事になる。

 何故学園に通わないのかという疑問にも直結するが、おそらく先程の気まずそうな雰囲気がその原因の所以なのだろう。

 ワタシはそれ以上の事は何も言わず訊ねず、二人を自室に通した。

 そして、葵さんには葵さん(名前が紛らわしいが、以前の葵さん)の制服を渡し、火垂さんには火乃華(ほのか)さんの制服を渡した。

 二人は早速袖通しを行い、正しい着付けを学ぶ。

「うぅ~ん」

「えと…………」

 一応、制服に袖を通した二人。その二人の感想は長い沈黙を持たす。

「「胸(元)が………」」

 二人は、同じタイミングで、同じ部位に手をやる。

「キツい………」「ユルい………」

 間の置いた二人の感想はほぼ同時。しかし、その言葉はそれぞれで大きく違っていた。

 二人が手をおいている場所、胸元に目を向ければ、二人の制服の状態に違和感にも似た現象が起きていた。

 火垂さんの胸元ははち切れんばかりに圧迫しており、逆に葵さんの胸元は彼女がその部分を圧す度に空気が抜けたり入ったりを繰り返している。

 その現象は(ひとえ)に、前の所有者の体格と二人の体格がそれだけ違うことを知らせていた。

「う~~ん………」

 葵さんは、火垂さんの方をチラチラと見ながら、不満げな声を洩らす。

「一度、二人の上着を交換してみますか?」

 ワタシは二人に提案してみた。

「私は別に、構いませんが………」

「う~~ん…………」

 火垂さんはすぐさま了承するが、葵さんは不満げな表情を浮かべたまま未だ唸っていた。

 その後五分程唸っていた葵さんであったが、自身のスカスカな胸元の心地悪さには耐えられず、ようやく交換を申し出る。

「えと………、やはり私が着ても胸元に隙間は空きますね………」

 火垂さんは、葵さんとは違い中程も浮く胸元に手をやりスカスカと音を鳴らす現実にため息を溢す。

「でも、火垂の方がいくらかマシみたいだね?ワタシの方は丁度良いし………」

 コチラはコチラでため息を吐く、葵さん。

 もう対応のしようのない二人を他所に、ワタシは自室を出て台所へと向かった。

 今日の食事当番はワタシであった。

 葵さんと火垂さんを居間に残し、残り少ない時間で朝食の準備に取り掛かる。

 とはいえ、朝食は軽めで大丈夫なのが現実であろう。

 何せ、先程火垂さんが言っていたように、今日から星憲祭である。

 今日から三日間は生徒や教師陣しか入れないが、一応屋台は初日から運行するそうだ。

 となれば、その辺も考えて朝食の内容を吟味しなくてはならない。

 とはいえ、こういった業務的な作業は少し苦手だ。

 以前であれば、メンドくさければその辺の出店や売店を利用していたし、自分で調理と言っても探索中に捕獲した鹿や熊まどを適当に捌いて焼くだけしかしてこなかった。

 その為、まともな料理を覚え行ってきたのもほぼコチラでのみとなる。

 それに今回はいつも以上に人が多い。

 まぁそもそもこんな朝早くから奇襲にやって来ている時点で気付けば良かったのだが、それはもう手遅れというもの。

 ひとまず軽めな朝食を五人分用意し、伊織さんと燈架李さんが上がってくるのを待ち、五人揃って朝食を摂る。

 その後、既に制服の居心地に慣れたであろう二人を居間に残し、ワタシ達三人はそれぞれの自室へと消え、数十分後には同じ制服を着て二人の前に現れる。

 どうして伊織さんや燈架李さんの制服があるかはともかくとして、やはり胸元の違和感に遺恨を隠しきれない火垂さんは、多少はマシな燈架李さんの制服を借りそちらに着替えた。

 火垂さんの着替えを待っている間に、時刻は良さげな頃合いを迎える。

「少し、早くない?」

 ワタシの後を着いて外履きを履く燈架李さんが訊ねる。

「そう……だよね。いつもより早い気がする」

 その隣で、伊織さんが首を傾げる。

 どうやら、この二人は忘れているようだ。

「学園に行く前に、神社によって阿莉子さんを迎えに行くんですよ。もしかして、忘れてたんですか?」

 試しに一度、カマを掛けてみる。

「い、いいいやッ。忘れてた訳じゃないよ?ただ、うっかりしてたというか……」

「そうそうッ。柚希に遠回りな確認をしてみたというか………」

 誤魔化すのが下手だなぁ………。

 そこまで必死で取り繕ってたら、逆に疑われるようなものなのに…………。

「神社、というのは………神代(かみしろ)神社の事ですよね?」

 ワタシの後ろにいる火垂さんが訊ねる。

「そうですが、何か?」

 ワタシが首を傾げた事で、葵さんと火垂さんは互いの顔を見合わせる。

「いや、私達神宮寺家の巫女を見たことないな。と思って」

「そうでしたか………」

 それは、意外な事ではない。

 その頃の葵さんはまだあの〈水晶機(インクリューシュト)〉の中で眠っていたし、火垂さんは屋敷の外を出歩いた事が無かったらしい。

 そんな二人にしてみれば、外の世界は異世界でしかないのであろうし、何より神宮寺家というのはこの二人の家と神代家の三家を合わせた通称・秦の御三家よりも上の家柄として扱われる。

 まぁ、阿莉子さん本人はその扱いを嫌っているようだったが、この国の仕来たりに当然のように従っている当の御三家はこの有り様だ。

 どうやら、最低でもこの二人の反応を見る限りでは、阿莉子さんの望みは叶いそうもないな。

 ワタシ達は、早朝から神代神社へと向かった。

 千段近くある石階段を登りきる直前で、聞き覚えのある声音が目の前の境内から響く。

「もう、いい加減にして下さいッ!!」

 それは、怒鳴るような声。

 その声量にも驚きだが、そんな声音で喋れるような人物だということにワタシはやや呆然としていた。

「柚希?」

 ワタシの後ろで、伊織さんが首を傾げる。

 ワタシ達は足を速めて、境内へと向かう。

 だが、境内に到着しても先程の声の主の姿は何処にも見当たらなかった。

 ワタシは、葵さんや火垂さんと共に首を傾げるが、どちらにせよ阿莉子さんの回収は任務のようなものなので、それ以上は深く考えないようにし、境内の奥へと進み阿莉子さんの自宅のある本堂の裏手へと歩き出した。

「ん?」

「あっ」

「もういいじゃないですかッ!」

 阿莉子さんの自宅の目の前で見知った人物と眼が合い、その奥にさらに見知った人物の姿を発見した。

 ワタシは奥、玄関口で繰り広げられているその姉妹喧嘩に呆気に取られ、軽く頬を掻いた。

 そんなワタシの元に、その姉の方の御付きの人が近付いてくる。

「ゴメンね。やっぱり、姫様じゃ無理みたいでさ…………」

 先に口を開いたのは、先程眼の合った五十嵐(いがらし)蕩花(とうか)。彼女は、阿莉子さんの実姉・神代(たから)の護衛を務めている少女だ。

 そんな蕩花さんは、お手上げと言うかのように両手を挙げため息を吐く。

「では、何故こんな状況に?」

 この状況へと至る真意は解る。だが、それにしては阿莉子さんの様子が変にも見える。

「ああ、あれですか…………」

 と、蕩花さんの隣でもう一人の御付きさんである萩原(はぎわら)殊葉(ことは)が声を上げる。

 コチラはコチラで呆れたような表情を浮かべている。

 そもそも、何故このような状況になるかと云えば、それは数日前に遡る。

「では、ワタシが阿莉子さんを迎えに行けば良いんですね?」

 一通りの事務作業を終えたワタシは、一服するため立ち寄った購買の前で蕩花さんと殊葉さんの二人に出会し、その二人に(主に蕩花さんに)拉致られるカタチで理事長室に連れてこられていた。

「ああ………」

 そして話は終盤。既に役目を戴いた後であったが、その役目はあまりにも大業で一番の問題は宝さんにあった。

 宝さんは、この星憲祭が例年以上にやる気になっていた。

 まぁ、無理もないと云えばそうであろう。

 今年は、水瀬家や鳴滝家の面々が正式に参加する。

 いや、それよりも神代家としても歓喜喝采なことに、神宮寺家の者も最初と最後のみ参加する。

 それは確かに神代家というより、宝さんが誰より一番喜んでいる点であり、一番の問題点でもある。

「…………」

 始めは自身が行くと言って利かなかった宝さんだが、今は渋々のご様子で怪訝そうな顔をしている。

 宝さんが何と言おうとも、行かせられないのが此処にいる者達全員の意見であった。

 阿莉子さん、というより、この姉妹の間で起きた夏半ば頃の一件で、確かに阿莉子さんは神代家に対してそれほどの敵意を向けてはいなかった。

 だけど、それでもやはり『神代家』という家柄は好きではないらしく、当の神代家だけでなくワタシにも、あまりむやみに近付かないでと言い渡されていた。

 それは、これまでの〈政〉に際しても同じ事であった。

 それ故、宝さんならびに神代家の面々は、神社へ訪れることは出来ても、阿莉子さん本人に接触する事までは出来なかった。どうしても接触したければ、書状で。

 そして、だからこその今回の依頼であり、役目。

 その今回も、阿莉子さんは当然のように星憲祭の参加を承諾してくれた。されど、その今回も神代家の送迎は要らないとの要望が提示された。

 それは神代家一同にとって、歯痒い示唆であろう。

 しかし、それが現実だ。

 彼らが、今まで神宮寺という家柄に対して何を行って来たのか、ワタシどころか、もう身内の一人にすら解らない現実であった。

 と、いうこともあり、宝さん達神代家には自宅待機を命ずる羽目となった。

 それなのに…………、

「もう、帰って下さいッ!!」

 阿莉子さんの怒声はどんどん大きくなり、その声量で神社全体が微かに揺れたように感じた。

「どうして、あそこまで……………」

 ワタシは、そう呟いてみた。

「やっぱり、姉妹………だからじゃないかな?」

「姉妹………」

 きっと、それは『家族』の中にある一つの〈可能性(カタチ)〉なのだろう。

 されど、それはワタシの中に無い〈存在(カタチ)〉。

 いや、きっと有ったはずなんだ。ただ、ワタシがそれを忘れてしまっているだけ。

「では、この状況はどうしましょうか………?」

 ここまで来てしまっては、ワタシ達にとれる選択肢は存在しない。たった、一つだけ…………。

「んじゃ、私達は潔く退くよ」

 そう言って、蕩花さんは宝さんの襟首を乱暴に掴み、言いようにその場を去っていった。

 その間も宝さんは何かを言っていたが、それは今は気にすまい。

 三人の姿も気配も遠くに消えた事を認識してから、ワタシ達は阿莉子さんに近付く。

「……………」

 阿莉子さんの目の前まで来ると、その表情は嫌でも解る。

 阿莉子さんは、とても不機嫌だった。

「どうしますか?」

 と、ワタシは阿莉子さんに無駄な質問をぶつけてみる。

「ん。行きますよ。確かに、神代家は嫌いですが、その他の方達には非は有りませんから………」

 阿莉子さんは失落したように、されど何かを諦めたかのようにそう口にする。

 それにしても、……嫌い、か………。

 そうハッキリ言えるのは、ワタシの前だからであろう。

「で、ソチラの方達は…………?」

 そうだ、阿莉子さんにとって、伊織さん以外の三人はこれが初対面となる。

「あ、えと、コチラは天河燈架李さん。と…………」

 一人だけ紹介しておいて、ワタシは後の事をワタシの口から紹介して良いものかと口を接ぐんでしまう。

「いいよ、柚希。自分達の事は、自分達で明かします」

 と言って、葵さんと火垂さんはワタシの前に出る。

「は、初めまして。私、水瀬家譜代当主、水瀬葵と申しますッ」

「……………」

 阿莉子さんは、静かに頭を下げる。

 その対応を見れば、二人の事は別に嫌いでもないと思える。

「あわわ、ワタシ、ですかッ。私は、鳴滝火垂。葵さんと同じく、譜代当主ではありますが、まだ正式には流布しておりませんので、その辺りは追々とさせて下さいッ」

 火垂さんは、とても緊張していると言うように自己紹介する。

「……………」

 阿莉子さんにも、その面持ちは分かるらしく、とても驚いているように感じた。

「……………」

 それから、しばらくの沈黙が続いた。

「阿莉子さん…………?」

「あ。えと………、どうして、そのお二人がコチラに?」

 葵さんと火垂さんと顔を見合わせ、ワタシは阿莉子さんに今朝の事を話した。

 阿莉子さんは、始めは怪訝そうな顔をしていたが、状況を理解したのか二人の意図に気付いたのか。最後にはそっと眼を伏せた。

「そうですか………。私は別に構いませんが、先程の一件もありますからお二人はあまり私の近くいない方が良いと思いますよ?」

 それは、阿莉子さんに出来る最大限の配慮なのだろう。

 神代家の人間を追い返してしまった以上、御三家として同じような立ち位置にいる二人を危険な眼には会わせたくないという思いを感じる。

「あ、はい。それは、分かっております」

 何時になくしおらしい葵さん。やはり、神宮寺家というのは、この二家にとっては大きな存在ということなのだろう。

 その後すぐに、ワタシ達は阿莉子さんを連れて学園へと向かった。

 神社に行くまではワタシの傍にいた葵さんと火垂さんは、少し間を空けて後方から着いてくる体制をとっていた。

 どうにも、気まずい状況に感じる。

「…………」

 どうしたものかと思い悩んでいると、阿莉子さんが足を止めて踵を返した。

 その行動に、葵さんと火垂さんは慌てて数歩下がり、深く頭を下げた。

「やはり、もう少し近くいてもらえませんか?」

 阿莉子さんは、二人にそう訊ねる。

 しかし、二人は頭を下げたまま、無言で首を横に振った。

「…………」

 阿莉子さんは困ったように頬を掻き、ワタシの方を見る。

 コチラを見てもどう対処のしようもないのだが、コレを放っておくと後が面倒そうなので早めに対処しておくことにする。

「えと………。二人とも、学園までは大丈夫なのではないですか?」

 そう提案するも、二人は頑なだった。

 そして、この二人の説得に、軽く一時間を有してしまった。

 やる必要があったのか分からない事で時間を潰してしまったが、学園へは予定時刻から遅れることなく到着した。

 伊織さん達とは門の少し手前で別れ、ワタシは阿莉子さんと共に運営委員の元へと向かった。

 それから一時間もすれば他の生徒達も校庭に集まりだし、校庭の周りも僅かな賑わいを魅せていた。

 そして、校庭に大きな輪が出来た頃、阿莉子さんはその輪の中央へと進み、この星憲祭の成功成就を願う奉の舞を踊り始める。

 舞が始まった頃には辺りの雑音は消え、シャン、シャン、という鈴の音が鳴り、辺りの大気がまるで劇を彩る舞子のように華麗に舞う。

 そんな阿莉子さんの舞に、校庭にいる人達だけでなく、その周りや、校舎の中にいた者達もくぎ付けとなっていた。


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