第54話 皇の悲劇
《獄界》が〈崩落〉したという事実は、遅かれ速かれ別の世界にいる《皇》達の耳にも入る。
その緊急事態とほぼ同時期に被害を受けていた《神界》は、自分達が観測した『敵』の存在を他の世界に知らせた。
そして、『敵』の〈情報〉はすぐに各世界の皇達の耳にも入り、その〈情報〉を元に皇達はそれぞれの〈機転〉に尽力し始める。
神界、超導公易機関。
《機械天使》からの襲撃を難なく逃れた《神皇》達神々の面々は、そこで戦況を再確認していた。
「〈情報〉は行き届いているはずだが、はたして他の者達がどの程度まで対処してくれるか………」
「ですが《皇》様、あの者達はいったい何処から現れたのでしょうか?」
神の一柱たる女性が、《神皇》に訊ねる。
謎の機械仕掛けの天使の集団。彼らは何を目的とし、何処へ向かおうとしているのか。
《神皇》にも解らない事は多いが、《神皇》にとって何よりも引っ掛かるのが、《獄界》を強襲した《竜》という種の存在。
この《黄園郷》では伝承としてしか存在しない空想上の生物に等しい存在。けれどその存在は、確かに《獄界》を襲っていた。
強襲の理由はいくら考えても解らないが、その存在を唯一『生』で知る《神皇》にとっても、〈竜〉とは異形種に近い存在だという予備知識くらいの情報しかない。
そして、その『生』という存在こそが、皇達の知人でもある小薙悠哉という人物だ。
彼はとある組織に所属しており、過去には組織が行っていた《計画》の実験体にされていた。
その経緯や結果などは詳しく知らないが、無関係とは思えない接点がある。
「解らんな…………」
一時的な結論として、《神皇》はそう呟く。
「そうですか…………」
女性は落ち込むが、《神皇》が彼女の問いに答えたわけではないことに気付いてなどいい。
だが、こうして冷静になって考えてみれば、疑念は一つだけある。
なにも、小薙悠哉が関係しているから疑うのは、的外れということもある。
小薙悠哉は確かに《竜》の生成の実験材料の一部とされていた。しかし、小薙悠哉はその実験体であって、別に主犯格ではない。
そう考え始めた時、《神皇》の脳裏に過去の出来事が甦る。
小薙悠哉の裏切り。組織の再活動。始めの崩落。そして、世界の誕生。
どれも、流れとしてはスムーズに行われているとは思う。
だが、それが此処まで発展するとは、誰が予想していただろうか。きっとそれは、この主犯格たる人物も予想打にもしていない事態だろう。
「…………、そうかッ」
刹那、《神皇》はとある疑問を抱く。
「ど、どうかされましたか?」
その場の誰しもが当然のように驚く。
「すまない。ちょっとこの場を離れるが、もうしばらくこの状況を保っていられるか?」
《神皇》の問いに、神々達は互いの顔を見合せる。
「多少、厳しいところはありますがやれる事はやってみたいと思います」
「《神皇》様はドチラへ?」
「ん?ああぁ、ちょっと《無界》にな」
「《無界》、ですか…………」
神々達は、首を深く傾げる。
《神皇》は疑問を感じた。
それは、誰も気にもしていなかった事。
もし、本当にそんな世界があるとして、何故誰も一度たりとも疑問にも思わなかったのだろう。
何故、そこには『何も無い』のだろうか。何故、そんな世界が未だに『存在し続けている』のだろうか。そして何故、皇達はその存在を『当たり前のように認識』していたのだろうか。
当然の疑問が不可思議な疑問を造り上げ、果てなき混沌の坩堝へとその『真実』は《神皇》を誘う。
星界、星詠防衛局。
神界から届いた〈情報〉は、偽りであった。いや、そのような『敵』は星界を強襲していなかった。
「君、は………」
《星皇》は、『敵』として現れたその人物を前に呟く。
「小廻、アズサ……………」
そして、《星皇》はその者の名を呟いた。
「なかなかしぶといですね。流石、十三皇といったところでしょうか?」
アズサと呼ばれた少女は、涼しげな表情で《星皇》を見下す。
『小廻梓』。
その名だけでなく、その者の性格も人物像も《星皇》はよく知っている。
故に、このような事をする者でないと勝手に勘違いしてしまっていたのだ。
「どうして、君が、このような事を……………」
《星皇》の身体はボロボロで、全身は血だらけだった。
天河燈架李が星界を出てから数日後、突如としてこの地区から強襲を受けた。
始めは神界からの〈情報〉にあった《竜》か《機械天使》だと思っていたが現状は違っていた。
星界を襲って来たのは星の民達と何一つ変わらない姿をした者達であった。
その者達の名は……………、
「これが、私達《華騎隊》に与えられた任務ですから」
《華騎隊》────。
その存在は、《竜》や《機械天使》と同じくこの黄園郷には本来存在しないはずの架空の存在。
だが、ここまで来れば本当の『敵』の正体に心当りが出るというもの。
「ははっ。そうか、君達はその為に……………」
「………理解が早くて、助かります。では、即座に《計画》を完遂させてもらいます」
アズサが、剣を握り直した刹那────、
「させるかッ!!」
《星皇》は、残る力を振り絞り、アズサに特攻を仕掛けた。
「ぐあッ!」
しかし、《星皇》は返り討ちに合い、建物一つが崩壊する。
二人の力量差など、最初から歴然だった。
それでも、《星皇》には遣らねばならない〈流儀〉があった。
(すまない、悠哉。やはり、俺達には無理があったようだ………)
《星皇》は、心中でぼやく。それは、一人の《皇》の覚悟。
このままでは、〈崩落〉は免れない。
たとえ崩落が逃れようのない真実でも、それが《皇》という役目。
これが本当の最期になろうとも、この役目を担った以上求められた戦果には応じなければならない。
それが、《星皇》の意地であり、約束でもあった。
妖界、三幡谷神宮。
コチラは燈架李が《門》を潜るのとすれ違いで、虚界から妖怪達が戻ってきていた。
「《妖皇》様、ただいま戻りました」
小薙伊織の監視役を担っていた大妖怪泊圭が、《妖皇》に報告する。
「お帰りなさい、ケイ」
紅紫色の巫女服と首の鈴が特徴的な小薙伊織よりもやや背丈のある幼女、《妖皇》が普段通りの柔らかな物腰で泊に接する。
「申し訳ございません。帰界して早々で申し訳ないのですが、一つ頼まれ事を受けて頂きませんか?」
《妖皇》は、いつもの口調で喋る。
「何かありましたか?」
だが、その何一つ変わらないはずの表情から、泊は不安に似た感情を察知する。
「先程、獄界・神界が敵襲にあったとの情報がありました」
「ッ?」
「それと、星界がコチラの『動き』に違和感を始めたようです」
「では、その『敵』は星界───いえ、有り得ませんか…………」
「一応、『敵』の正体は、《竜》及び《機械天使》とは知らされていますが、それ以上は何も解っていません」
「その『敵』達は、どうしてその二界を?」
「…………詳しくは解りませんが、ワタシの推測では神界は霊界と同じ様に、獄界は《異形神》の解放でしょう」
「《異形神》……………」
次々と訪れる凶大な『敵』達。
霊界の亡霊達も、神界の神々でさえ手も足も出せなかった謎の存在。
それは如何なる現象で出現し、如何なる概念で行動しているのか。その理は、その存在を知る《妖皇》にも解らない事だった。
「では、我々はその『敵』が《妖界》にも襲って来る可能性を考慮して行動した方が良いということですね?」
「はい、お願いします」
「分かりました」
一礼し神宮を離れる泊の背を、《妖皇》は悲しき瞳で見つめた。
そして、泊の姿が見えなくなったところで、再び思考を転らせる。
始めに崩落した霊界。その地を襲撃したのは《聖導図書館》と呼ばれる集団であった。
今はその姿さえ観測出来ない彼らの存在を最期に観測したのは、彼らが虚界へと向かうところまで。それ以降の動向は解らずじまいのまま。
それから三億年後、随分と歳月の経った今頃になって、別の新たな存在が突然に出没し始めた。
その存在は多く、流石の今回はマトモな『援護』も儘ならないだろう。
「伊織ちゃんは、向こうで無事にやってるかな?」
今頃になって、《妖皇》は虚界に置いてきた小薙伊織の事が気に掛かってしまう。
『家族』とした約束とは違う頼まれ事でも、千年以上も一緒に暮らした第二の家族のろうな存在。その面影は、《妖皇》が『兄』と慕う人物にそっくりで、でもやっぱり、その言動の一つ一つは彼に無いものがあって……………。
だからこそ、寂しく思うのだろう。
だからこそ、もっと一緒にいたいと願うのだろう。
だけど、それは叶わぬ〈夢〉。
いつかは消え逝く命。ならば今は、この託された世界を意地でも護らなければならない。
それが、彼女達が大切な『家族』とした、最初で最後の一度っきりの約束。
その約束の為、皇達はこの命を、この世界を守り通さなければならない。
そうして、皇達は極限なく続く波乱の〈異変〉から、自分達の『護るべきモノ』を全力で護り通す覚悟を決めるのだった────。
霊界、《門》前。
崩落したはずの世界の入口に、一人の少女の姿があった。
少女はこの崩落したの世界の皇、アルミニナ・クラフトの娘、リッチ・クラフト。
現在は、叔父にあたる小薙悠哉の元で暮らしている。
そして、現在の少女の仕事は前の皇の主な仕事であった『霊魂の浄化』。
まだまだ《皇》としての資質は開花していないが、未熟なりに託された仕事。やれない事は無いと意気込んで来たものの……………。
「う~~ん。どうしよう…………」
リッチは、目の前の現状に頭を悩ませていた。
「ま、仕方ないかな?」
それでも、《霊皇》としての初仕事。ようやく《皇》と認めてもらえたからには、無謀な作業と言えど奮起しない訳にはいかない。
義父である小薙悠哉の事を頭に過らせながら、《霊皇》は作業に取り掛かった。
無界、黄昏の大地。
「大変だ、悠哉ッ!」
灰粉が舞っているかのように真っ白なその地に、男の声が響く。
その声は少年の真後ろから聴こえてくるが、無論この空間には少年以外の一才の生物も存在しない。
存在するのは少年にしか認識できない、幻に等しい影。
影は少年の足元に吸い込まれるように消えた。
「獄界が崩落し、神界が壊滅状態だッ」
「……………」
少年の両肩はピクリと動くが、されどそれ以上には動かない。それが当然の出来事だと、既に予測していたからだった。
だが、そんな少年にも一つ『気掛かり』があった。
「相手は?」
「あ?ああぁ………」
少年の対応に、影は驚き誤って思考を停止させてしまっていた。
「獄界には《竜》。神界には《機械天使》がそれぞれ強襲していたようだ」
思考を再起動させ、現状を簡潔に伝える。
そして同時に、それは過去の出来事であった。
「崩落した獄界からは《異形神》が霧散し、《竜》のその後の動向は解らずじまいだ」
影が現状を目視した時、その世界は既に成れの果てとなり、戦況は悪化の一途を辿っていた。
前回の強襲から随分と時が経っている事と、世界が崩落した事実が早すぎる事を含めて、影は驚きを隠せなかったようだ。
「それで悠哉。当然、彼らを助けに行くんだよな?」
影は、当たり前のように訊ねる。
「……………」
しかし、少年の解答は無言。それは、拒否を意味する態度だった。
「どうしてだ、悠哉ッ?」
無論、影は少年の思想を理解している。
だが、この件に関しては別だと誤って認識してしまっていた。
そして、少年はその認識に対して訂正することさえしなかった。
「彼等は、オマエのかけがえのない『家族』なのだろう?なのに何故、その想いを、約束を裏切るような真似をッ?」
少年が何の為にこの黄園郷を創造したのか、何の為にあの義造を造り出したのか、良く熟知しているつもりだった。
その内で、現の少年の考えは違っていた。
「まさか、悠哉……………。この未来を予期して、《計画》の急行を………」
影は、そこでようやく少年の意図に気付く。
「だが、《計画》を押し切っても、オマエの〈夢〉が………」
その言葉に対し、少年は軽く首を横に振る。
「大丈夫。ボクでは間に合わない。だけど、あの子なら………きっと……………」
そして、ようやく少年は口を開く。
それと同時に、ようやく発したその言葉には、とてつもなく大きく重たい『何か』を多分に含んでいることを、影は遠く悟り驚愕する。
「悠哉………オマエは、そうまでして……………」
だからこそかもしれない。
認められない。認めたくない。認められるはずがない。
だからこそ、この男を止めなくてはならない。
だからこそ、この男に忠義を誓い、この男の〈夢〉を全力で叶えようと、己の悪心を塗り替えたのだ。
だから─────、
「解った。《影》はもう何も言わない」
「…………」
「だが、無理はするなよ?」
「…………」
少年は、再び何も喋らない。
「後は、《影》の好きにさせてもらう。なぁに心配するな、《影》は《影》としての役割も願望も果たしてみせよう」
「すまん………」
そう言い残して、少年は無界から姿を消した。
その後、少年がその世界に姿を見せることなど一度もなかった。
妖界、宮迫山龍寺。
神界は崩落寸前、星界は半壊状態と拮抗している最中、妖界には別の謎勢力が強襲して来ていた。
「くっ、このッ!!」
「くそっ、いったいコイツらは何処から湧いて出てきたんだ?」
その謎勢力に翻弄される妖魔達。
だが、その存在は既に《妖皇》によって予期されていた事態。
なればこそ、前もっての対策もいくつか講じてはいる。
しかし、やはり相手は謎な敵。
コチラが講じた索など、悉く破られてしまっている。
グルルルルル……………ッ!
妖界には珍しい姿状を持つ今敵。
その素性は不明だが、その行動はまるで貪欲な獣。本能のままに動く意思無きその遺業さは、まさに獰猛な種族。
ゆえに、そんな相手に言葉が通じる訳も、真相心理が見えるはずも無い。
「《魔轟獣》………………」
最前線で戦う妖魔達の遥か後方から、妖皇ティオル・スーは小言のように呟く。
「《妖皇》様ッ、どうしてコチラに!」
「《妖皇》様は後方にて待機してもらわねば困りますッ!」
妖魔達が《妖皇》の愚行を止めようと動く最中、当の本人でえる《妖皇》は大きく首を振ってみせる。
「確かに、皆さんのお気持ちはワタシも嬉しいです。ですが、獄界が堕ち、神界が堕前、星界や妖界にも新たな『敵』の強襲」
「であれば、こそッ」
「それに、三億年前の霊界での一件」
「では、《妖皇》様は妖界の強襲もこの一連の動乱も無関係では無いと?」
《妖皇》は、小さくコクンと首を縦に振った。
「そして、それは恐らくワタシ達の『古巣』に関係があります」
「《妖皇》様の、『古巣』………………」
妖魔の大柱達は、噂話程度には聞いている。
だからこそ何も言わない。
だが、それでも妖魔達の意向は変わらなかった。
「分かりました。皆さんには今後もご苦労をお掛けしますが、くれぐれも怪我の無いようにお願いします」
《妖皇》は、妖魔達が大勢いる前で、土下座をし、深々と頭を下げて魅せた。
「お、お止めください。《妖皇》様ッ!」
妖魔達は必死になって、《妖皇》を立ち上がらせようとする。
その間、《妖皇》は別のことを考えていた。
(三億年前の霊界での強襲。今回の神界、獄界への襲撃。その後の妖界と星界への新たな進攻。やはり、アレが絡んでいるんでしょうか…………?)
《妖皇》は、再び『敵』の存在を脳内に過らせる。
しかし、どう考えてもそれは無いと、《妖皇》の記憶がその思考を遮断する。
「《夜天二十罫》…………」
渋々といった感じで身を起こし立ち上がった時、その刹那に《妖皇》は独り言のように呟く。
「へ?」
「《妖皇》様。今、何と?」
妖魔達は、困惑したように互いの顔を見合わせる。
「いえ、何でもないです。では、コチラはお任せいたします」
「『コチラは』とは、《妖皇》様はドチラに?」
「……………」
妖魔の中でも最も主権な大妖魔に訊ねられ、《妖皇》は一度小さな間をおく。
「……無界、です」
ようやく開かれた口から溢れたその言葉に、妖魔達は先程まで以上の驚愕な顔を見せる。
そこに確証は無い。だけど、彼女には解る。
これは、皇達の古巣。つまり、元の『家族』が深く関係している。
だからこそ、《妖皇》には思い当たる節がある。
それを確かめる為にも、《妖皇》は無界に向かわなければならない。
「お兄さん…………」
《妖皇》は、意図せず呟く。
それは、家族を想う者の言葉などでは無く、愛する者をうるう愛心者の言葉であった。




