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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
45/102

第44話 闇の潜む競売会

 この競売会は、例年行われている訳では無かった。

 その開催は、三年に一度。

 そんな今回は、なんと六年ぶりの開催となるらしく、その賑わいは以前参加した事のある人でも圧倒されてしまうほどだ。

 ちなみに、この場所は奈岐穂(なぎほ)市ではない。奈岐穂市市長が融資している土地の一部の島である。

 そして、この島の情景は、どちらかと言うと『高級リゾート』と言うのが的確な場所だろう。

 此処へ訪れる為には、高額の予算か特別な招待券必要らしい。

 だが今回、ワタシと火乃華(ほのか)さんは、そのどちらも持たずにこの地を踏んでいる。

 その理由は……………、

「では、ひとまず自由時間としましょう」

 そう言って、男性から名札のようなカードをワタシと火乃華さんに渡した。

「あまり、目立った動きはしないようにお願いします」

 男性から、小声でそう釘を刺される。

「分かってます」

 ワタシは頷く。その後ろで、火乃華さんも軽く頷いた。

 ワタシ達は、その男性───マルクト・ルヴァーチェが経営する《ルヴァーチェ商会》の一員として、この島に潜入したからだ。

「それじゃあ早速、火垂(ほたる)を探しに行くよッ」

「ちょっと待って下さいッ」

 行き急ぐ火乃華さんを、ワタシは足払いで止める。

「ふぎゃっ!…………な、何をするのよッ」

「急ぎ過ぎです。ひとまずは、街の情景を把握しておきましょう」

 ワタシは、一番無難な作戦を提案する。

 火乃華さんは、渋々といった感じで港を出た。どうやら、何かの案がある訳でも無かったようだ。

 港を出てすぐに訪れたのは、百貨店だった。

 此処はおそらく、観光での目玉となる部分だろう。

 そんな百貨店を抜ければ、そこから先は景色が一変してホテル街へと様変わりする。

 百貨店の中にもちらほらとホテルはあったが、此処のホテルは一段と豪華な風潮が見受けられる。

「けっこう、お金が掛かってそうですね」

 ワタシは、自然とそう呟いていた。

「そんな事よりッ、何時になったら火垂を探すのッ?」

 隣で、何やら険しい顔をしている火乃華さん。

 ワタシは、そんな火乃華さんを宥め、この街の情景を頭の中に覚えさせていく。

 そうして、刻は来る。

 ワタシも火乃華さんも、ルヴァーチェ商会の一員という扱いで、競売会の会場に難なく進入できた。

 ワタシ達は、マルクトさんからなるべく軽めな荷物を預かり、会場の裏を歩き廻った。

「おいっ、そこの小娘二人、何をしているッ?」

 案の定、その場の係員に呼び止められる。

「あ、えと。ルヴァーチェ商会の者なんですけど…………先輩達の姿を見失いまして」

「……………」

 その酷く長い沈黙に、ワタシは若干背筋を凍らせた。

「ルヴァーチェ商会の荷物なら、反対だ」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 下手な芝居を打ち、ワタシはその場から素直に立ち去った。

「ねぇ。今の、どういうこと?」

 しばらく進み、後ろで火乃華さんに訊ねられる。

「あの部屋からは、火垂さんのニオイを感じませんでした」

 ワタシは、先程の行動の意図を率直に答えた。

 その後も、ワタシは似た手順、凝った方法を駆使して会場の裏をくまなく歩き廻った。

 しかし、結果は何処も空振りに終わった。

 少し不自然に思えた。

 若干ではあるが、確かにこの建物内には火垂さんとおぼしき人物のニオイを感じる。

 だが、何処もハッキリとしないニオイばかりを漂わせるばかりで、何一つ手掛かりが見当たらなかった。

 そこで、ワタシは別の方法に売って出た。

「火乃華さん、鳴滝家と最も親しい組合はどこですか?」

「ごめん」

 その問いに、火乃華さんは首を横に振った。

「……………」

 となると、やはり捜索は難しい。

「あ、でも。組合では無いけど、一番仲が良いのは《紅の牙》じゃなかったかな?」

「───ッ!」

 火乃華さんの口から、予想外な名前が飛び出した。

 《紅の牙》は、奈岐穂市の自警団という扱いになっているが、その実は、元猟兵団だという事が後の調べでついていた。

 ということは無論、このような場所に彼らがいるはずもないとすぐに答えが出る。

 がしかし、何かが引っ掛かっていた。

 何だろう……、この違和感のようなモノ………。

 ワタシは、しばし思考する。

「………………」

「柚希?」

 そう。確かに、この場に火垂さんのニオイはある。

 だが、今はその所在が掴めないだけ。

 所在…………。

「あっ………」

 所在と言えば、この島に上陸してから、このはさんの姿どころか、気配もニオイも感じていなかった。

「何か思い付いた?」

 隣では、火乃華さんがワタシの次の指示を待っていた。

「火乃華さん。このはさんは今、何処に?」

「このは?………あっ!」

 そして、火乃華さんも気付く。

 そう。麻鶴木(まつるぎ)このはは、《紅の牙》の一員だ。それに、この島に来てから、彼女の気配もニオイもパタリと止んでいる。

 それには、火乃華さんも同様に感じていたらしく、ワタシ達は急いでこのはさんの気配あるいはニオイを探し始めた。

 競売会の開演は、刻々と迫っていた。

 会場の入口では、来賓や客達が次々と受付を済ませていく。

 段々と会場である大ホールは席が埋まっていく。

 その舞台裏では、続々と商品が準備されていく。

 ワタシはマルクトさんに断りを入れ、構成員としての名札を二人分返却し、本格的に建物内を駆け回った。

「柚希ッ!」

 途中、先攻していた火乃華さんと遭遇する。

 その形相は、今だ見付かっていないことの証明だった。

 ワタシは、咄嗟に頭をフル回転させる。

「火乃華さんはひとまず、港へ向かって下さい」

「柚希は?」

「ワタシは、もう一度建物内を捜索してみます」

 ワタシ達は二手に別れた。

 可能性は低いが、もしもの場合がある。

 ワタシは、再び建物内を走り廻った。

 その途中、微かな違和感を感じた。

「コレって…………」

 そこは、玄関と会場を繋ぐ大きなホール。

 リビングの天井は、吹き抜けになっており、この建物八階全てが突き抜けられている。

 そして、そこから見える天井は、ガラス張りの奇妙な絵で覆われている。

 いや、そんな事はどうでもいい。

 ワタシが感じた違和感は、本当にこの建物が八階建てなのかどうかだ。

 先程からこの建物を往復していて気付いたのだが、廻った感じでは六階くらいしか感じない。

 ワタシは一度建物の外へ出てみた。

「…………」

 やはりだ。

 出てすぐに建物を見上げても、その間取りや実際の高さからは六階建てのようにしか見えなかった。

 ワタシは、再び建物内に入る。

 その時だ。

『大変お待たせ致しました。ただいまより、六年振りとなります、第三十九回目の競売会(オークション)を始めたいと思います』

 会場にて、競売会開催のアナウンスが流れた。

 それと同時に、一機に建物内の空気が激しくうねり始める。

 また────、

 ドゴォォオォォォォォォォォ~~~~~~…………ッン!!!

 と。大きな爆発音が建物の外から鳴った。

 その音の大きさから、震音が港の方だとすぐに解った。そして、その原因がソチラに向かわせた火乃華さんにあることも推測かつく。

 しかし、この場の状況はワタシの予想とは違っていた。

 競売会会場からは、一切叫び声などが聞こえず、少々耳を澄ませば今だ平然と競売会は進んでいた。

 ワタシは、こんな中でも会場や港に向かうことはせず、先程感じた違和感の正体を探ろうと階段を昇った。

「あ、柚希。こんな所にいたんだ」

 三階辺りに到着したところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。

「探したよ」

 その人物は二人組で、もう一人が長く伸びた太い廊下の端で、その下に繋がる競売会の状況を凝視している。

伊織(いおり)さん……、最中(もなか)さん………」

 ワタシは、そんな二人に近付きなごらその名を呟く。

 この二人が此処にいる理由は他でも無い。

 ワタシが、マルクトさんから受け取ったこの競売会の入場券を事前に咲良(さくら)さんに渡していたからだ。

「咲良が心配してたから、アタシ達が代わりに来たんだけど………。こんなところで何してるの?」

 二人の存在は好都合というもの。

 ワタシは、二人に目的と現状を伝え、協力を申し出た。

「良いけど。柚希はどうするの?」

「ワタシは………」

 言いかけて、少し考えた。

 それは、二人に説明する件についてではなく、今のワタシが此処で何をしようとしているのかについて。

 別に、彼らのやり方が気に食わないとか、火垂さんを助けたいからだとかじゃない。単に、その先のモノを見てみたい。

 ただそれだけの、単純な好奇心によるものだった。

 そして、アタシは二人に自身の行動先を伝える。

 伊織さんは、苦笑いのような表情を浮かべたが、すぐさま了承した最中さんによって連れ去られてしまった。

 そんな二人を見送った後、アタシは二人とは真反対の方向へと進んだ。

 さらに階段を駆け上がり、この建物の最上階である六階に到着した。

「おや。このような所で、奇遇ですね?」

 がしかし、そこには既に先着がいた。

「マルクトさん………」

 六階にだけ唯一ある奇怪な扉。

 その前にいたのは一人の男性で、その人物───マルクト・ルヴァーチェは、ワタシの存在に気付くといつも通りの薄ら笑いを浮かべてワタシに話し掛けてきた。

「このような所に何か用事でしょうか?」

 おそらく、マルクトさんは知っている。

 ワタシが此処に来た理由。それはおそらく、マルクトさんもそんなワタシと同じ理由で此処にいるのだということの証明でもある。

「マルクトさんこそ…………」

 ワタシは、その問いに答えず、逆に質問してみた。

「ワタクシはまぁ………。これは、ワタクシ個人の目的でもありますし」

 ワタシは、唖然とした。

 まさか、正直に話すと思ってもなかったからだ。

「個人?」

 その部分が少々気になり、さらに訊ねてみた。

「ええ。とはいえ、これはワタクシが身を置いている《夜天騎士団》としての行動ですから」

「────ッ!!?」

 ヤテン、キシダン……………。

 マルクトさんは、確かにそう言った。

「どうかしましたか?」

 その問いに、ワタシの心臓は再び大きく跳ね上がる。

「………ああ、大丈夫ですよ。貴女の心配は、我々が貴女がたに危害を加えるかもと思われているのでしよう?」

 またしても、マルクトさんは的確な部分を吐く。

「…………」

「今は信用できないでしょうが、その心配はありません」

「どうしてですか?」

「…………」

 マルクトさんは、一度黙り込んだ。

「ワタクシの役目はこの国の『改正』であり、貴女の抹殺ではありません。それに、ワタクシ達《夜天騎士団》は、貴女の今後の行く末を手助けするように言われていますので」

 その言葉が嘘でないのは、彼の眼を見れば解る。

 だが、先日の《影騎士》との一件が、ワタシに疑心を抱かせていた。

「大丈夫ですよ」

 そんなワタシの心を読んでか、マルクトさんは再び口を開いた。

「正直、我々も彼の行動には驚いているのですから」

 その言葉には、嘘のようなものは見受けられなかった。

「…………」

 ワタシは、しばらく沈黙していた。

「ところで、何の話をしていたのでしょうか?」

 すると、マルクトさんは、話を戻した。

この扉の前(ココ)へ来た理由です」

 ワタシは、即座に返してみせた。

「ああぁ、そうでした!」

 マルクトさんは、論点を思い出し、視線をワタシ達の目の前の扉に向けた。

 ワタシは、それに習って扉に眼を向けた。

「此処から先は、この競売会と、この島の統治者である鳴滝家の〈闇〉の部分に関わる場所です」

 そう言うと、マルクトさんは扉のドワノブに手を掛け、何の迷いも無く扉を開いた。

 扉は、キィィィ………というとても重厚そくな音を鳴らして、ゆっくりと開いていく。

「………。───ッ!!」

 と。その刹那に、ワタシの鼻の奥をキツイ激臭が襲った。

 このニオイ…………。

「おや。これは………」

 当然。そのニオイの元を、マルクトさんはすぐさま目にする。

 ワタシは少し遅れて、そのニオイの正体を目にした。

「この人は…………」

 扉のすぐ近くには大量の血が流れており、その少し奥にその血の持ち主と思われる男が倒れていた。

 それだけでは無い。

 扉を全開にすると、部屋の中には数十人の男が無惨な姿であちらこちらに倒れている。

「おそらく、鳴滝家の者達でしょう」

 マルクトさんは、冷静に分析する。

 倒れている人達は共通して、身体のあちこちにまるで鈎爪で引っ掻いたような傷痕が見られる。

 足の踏み場の無いような場所を、マルクトさんは軽快に進んでいく。ワタシは、その後を付いて、奥へと進んだ。

 部屋の奥へと進むと、大きな机と入口の扉と同じ造りに見える重厚な扉が目についた。

 マルクトさんは、奥の扉へと進む。

 ワタシは、目の前の机の後ろに回り、乱雑に散らけられた書類に目を向けた。

「────ッ!!」

 ワタシは、その書類の冒頭にある題目に、自身の目を疑った。

 何度か目を擦りその文字を見直しても、やはり同じ事の繰り返しだった。

 机の上で散らばっている書類を全てかき集め一つにする。

 その書類は、全部で八枚。

 まず一枚目には、【ドラゴンは実在していた】と書かれており、二枚目には、【神威兵器(マホウ)が及ぼす、使い手の代償】と書かれている。

 三枚目には、【ドラゴンとは、神の遣いなのか?】とあり、四枚目には、【ドラゴンと神威兵器との類似点】とある。さらに五枚目には、【ドラゴンは人形、神威兵器は玩具】と書かれている。

 さらに、六枚目には、【神桜樹と響想者について】と書かれており、七枚目には、【響想者が保持する響想珠】と書かれている。そして最後である八枚目には、【響想者が受ける、恩恵と奇跡】と書かれている。

「……………」

 どれも、不思議な事が書いてあるように見える。

 だけど、これらはどれも正しい論点なのだろう。

 その証拠に………………、

「ソチラの用事は終わりましたか?」

 奥の扉から、マルクトさんが戻ってきた。

「あ、はい………」

 ワタシは、書類を小さく折り畳み、ポケットの奥へと強く押し込んだ。

「では、行きましょうか」

「………はい」

 行き先は、解っている。

 ワタシは、〈眼〉が良い。

 中途半端に開いている、奥の扉に視線を向けた。

 そこには、大柄な中年男性が、高級そうな椅子に座っている。

 ワタシの〈眼〉に映る、その部屋の状態は、当然……………。

 ワタシとマルクトさんは、急ぐように階段を駆け降りる。

「彼らの行き先は解っています。できれば、彼らがそこに到着する前に、『足』だけでも止めたかったですが、仕方がありません」

 道中。マルクトさんは、独り言のように言った。

 ワタシは、無言のまま彼の背に付いて走る。

 先程、ワタシが遠目で見た部屋の奥の状態は、とても信じがたいモノだった。いや、今までも、そのような状況にはあって来ている。

 しかし、今回のコレは、そのどれをも凌ぐほどのモノだろう。

 あの部屋の奥の椅子に座っていたのは、おそらく鳴滝家当主、鳴滝豢蔵(げんぞう)だ。

 それは、彼の顔がどこか火垂さんや火乃華さんに似たものを感じたからで、それほど大きな理由は無い。

 そして、その部屋の現状、『彼ら』の存在を感見すれば、おのずとこの先の行動には予測が付く。

「あ、柚希」

 ふと、大ホールで、建物の西側を廻ってもらっていた最中さんと伊織さんに鉢合わした。

「コッチは何も無かったよ」

 最中さんが、見てきた結果を報告する。

 しかし、事態はそんな事を聞いている予定など無かった。

「急ぎますよ」

「はい」

 マルクトさんも、それを理解している。

 ワタシは、二人に事の状況を説明し、マルクトさんに二人の事を説明して《ルヴァーチェ商会》が所持する輸送船に搭乗した。

 その途中、ワタシは船着き場に残っていたわずかな焼け跡が気に掛かった。

 あの焼け跡の要因は、おそらく火乃華さんだ。

 だが、先程その火乃華さんの姿は何処にも見当たらなかった。

 ならば当然、その後の事には容易に予想がつく。

 マルクトは、船の速度を跳ばす。その速度は、まるでクルーズ船のようだ。


 マルクトさんは、奈岐穂市へは二日かかると言った。

 ワタシ達は、マルクトに用意してもらった簡易的な部屋で、鋭気を養う事にした。

 軽い食事を終え、ワタシはうとうととしていたが、次第に深い眠りに堕ちてしまった。

 その時見た〈夢〉を、ワタシは今まで見たどの〈夢〉よりも鮮明に覚えていた。

 だが、それが『総ての始まり』だったとは、本当に夢にも思わなかった。


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