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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
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第40話 氷菓の心臓

 凍てついたセカイは、何処までも蒼い。

 それは、とても素晴らしい事だと、誰かが言った。

 少年は、世界を滅ぼすべきだと主張する。

 過去、世界に災厄をもたらした一国の王がいた。

 王は、民の声など無視し、世界を総ての国を蹂躙しつくした。

 けれど、王は常に空っぽだった。

 幾多の命を刈り取っても、幾多の国を滅ぼしても、王の覇道が止む事など無かった。

 そんな王に対向する為、一人の少年が立ち上がった。

 その少年は、王の実の息子だった。

 自身の親に刃を向ける事を、少年は苦とも思わなかった。

 既に、少年の中には『感情』というモノが抜け落ちていたからだった。

『や、やめろ!ワシはまだ、死にたくないッ』

 親の最期の言葉を無視し、少年は闇色に光り輝く刀で王の首をその一刀で斬った。

 これで、総てが終わると、世界が救われたと民も、少年の仲間達もそう確信していた。

 だが、未来は違っていた。

 『覇王』と呼ばれた王が殺された事で得た泰平は仮初めで、その裏では本当の闇が迫っていた。


 その日記には、そう書かれていた。

「………………」

 皆が沈黙する。

 これが真実なら、この國は反逆者のまたは英雄の國として有名になっているはずであった。

 だが、現実はどうだろうか。

 有名どころか、この國の存在すら薄れているような有り様だった。

 現に、この國では隣の神成(かみなり)市や大宮(おおみや)町では起こっていない現象〈雪〉が降っている。

 それがどういう原理で降っているかは、今だ不明だ。

 だが、それが今の日記のようなものに書かれていた事に関する出来事の一部であるのなら、それはとても危険な事だろう。

「柚希、これ危なくない?」

「………………」

 朱髪の少女の言葉は的中した。

 ワタシ達は今、もう吹雪く事などなくなった湯球(ゆだま)市、その中心とも言える油久井(ゆくい)に来ている。

 此処へ来る前夜に見た夢に映っていた、この油久井にあったであろう大きな屋敷。

 その時の情景を微かに思い出しながら、その感覚を頼りに雪の層を掘り返した。

 その分厚い雪の層を掘ると、数十メートル程いったところで金属製のような何かに到達した。

 それは扉で、そこから屋敷の地下と思われる地下迷宮に潜入した。

 この地下迷宮の事は夢で見たものと同じだった。

 ゆえに、容易く一つの部屋へと辿り着いた。

 そして、その部屋で見付けたボロボロなこの日記。

 昨夜見た夢では、一人の少女がこの日記を読んで、とても悲しそうな表情をしていた。

 ワタシには、その感情を理解できていなかった。

 しかし、共に来ていた三人の今の表情を見て、微かにだがあの少女の感情に共感した。

 そこは、真っ暗な小部屋だった。

 明かりを点けても、部屋全体に光が行き届かない、とても不思議な場所だ。

 部屋の中にあるのは、台座のような小さな机と古風な形をしたベッドのみ。

 そして、その部屋で唯一気になったのが、部屋のあちこちに点在している血糊が黒ずんだような痕。

 どの血痕も見る限りでは、小さなシミのようなものばかり。

 そこから解るのは、その血痕が何かのトラブルのような事で着いたものでは無いということだけだ。

 机の上に置いてあった日記帳とおぼしき紙の束を手に取り、パラパラと内容に軽く目を通した。

 そしてゆっくりと閉じて元の位置に戻して、ワタシ達は部屋を出た。

「…………」

 その時だ。ふと、何かの気配を感じた。

「柚希?」

 隣で、咲良さんが首を傾げている。

 ワタシは、その気配の先から不思議な風を感じた。

 それは、何処かで感じた風。

 それと同時、その風はワタシの知るソレとはいくつかの違いがあった。

 それは、確かに『風』だ。

 だが、その内から感じるのは、無垢なる清浄。

 それを覆うように、風は《神桜樹》に似たニオイを感じさせていた。

「柚希、どうかした?」

 咲良さんが、再び訊ねる。

「あ、いえ。何でもありません」

 そう言って、ワタシはその風の事を気にかけながら、地下の奥へと進んで行く。

 階段を降り、いくつかの部屋を通過する。

 その間にも、何度か風の気配を感じていた。

 風は吹き抜けない。まるで、ワタシ達の後を追っているかのようだ。

「ねぇ、柚希」

 途中で、伊織さんがワタシに耳打ちをしてきた、

「これ、人の気配だと思う?」

 伊織さんは、そう訊ねる。

 ワタシは、小さく頷いて返す。

「ですが………」

 そして、すぐさま小声で返す。

「この気配には、『人間(ヒト)』とは違う感覚を感じます」

 先程から感じていた事を、そのまま伝えた。

「……………」

 伊織さんは、しばし考えていた。

 そして………、ゆっくりと口を開いた。

「そのままで良いの?」

 伊織さんは、そう訊ねてきた。

 始めワタシは、その言葉の意味が分からず首を傾げた。

 しかし、同じように首を傾げる伊織さんを見て、とある答えに辿り着いた。

「良いと思います」

 ワタシは、そう答える事しかできなかった。

 それが、正しい答えかなんて、おそらく伊織さん本人にも分からないのだろう。

 だから、ワタシに訊ねてきたんだ。

 二人の間に、しばしの静寂が訪れた。

 するとそこへ、咲良さんが喋りだす。

「柚希、行き止まりみたい」

「───ふぎゃっ!」

 そして最中さんが、その『壁』に衝突した。

 ワタシ達は、小さな明かり一つで奥に進んでいる為、最中さんのその事故は仕方のない事だった。

「あいたたた………」

 最中さんは、鼻を擦りながら二・三歩下がる。

 そのついでで、ワタシは最中さんと入れ替わるカタチで前に出た。

「今、変な音がしなかった?」

 最中さんの後ろで、伊織さんがそう言った。

 ワタシは、その真相を確かめるべく、先程最中さんがぶつかった部分を指でゆっくりとなぞった。

「どう?」

 後ろで、伊織さんが訊ねる。

 その声音には、不安が混ざっているように感じた。あまり、自信が無かったのだろうか。

 そんな真意はともかくとして、ワタシは正直な答えを口にする。

「確かに、此処だけ壁が薄いですね」

「そっかぁ」

 伊織さんは、ホッと胸を撫で下ろした。

「で。実際には何だと思う?」

 今度は、隣の咲良さんが訊ねてきた。

 ワタシは再び思考を回転させ、自身の手から感じるモノを詮索した。

「鉄のような見た目ですが、おそらくは、プラスチックだと思います」

「プRa………、何?」

 伊織さんが困惑していた。

「あのね、姉さん。プラスチックっていうのは…………」

 鼻の痛みが止んだ最中さんが、伊織さんにその意味を説明していた。

 それで、場が静まるかと思えたが、余計に騒がしくなるだけだった。

「だ、ダメだよ!柚希ッ!!」

 と。何か大きな勘違いをさせていた。

 ワタシは、ひとまず伊織さんを鎮め、間違った部分を訂正した。

 その性か、小薙姉妹は幾度目かの小さな喧嘩が始まった。

「柚希…………」

 咲良さんが、呆れたような表情を浮かべていた。

 ワタシは、そんな姉妹を蚊帳の外へほおり、目の前の壁を調べ始めた。

「どお?」

 しばし時間が経ち、咲良さんが進境を訊ねる。

「………………」

 ワタシは、壁の縁も調べるが、何処もぴっちりと繋がっていて、開きそうにない。

「駄目っぽい?」

 今度は、後ろから最中さんが訊ねる。

 どうやら、喧嘩は終わったようだ。健気なものだ。これが、姉妹なのだろうか…………。

「柚希?」

 無駄な思考を止め、ワタシは正面を向き直った。

 そして再び壁を調べ始める。

 ツツ…………、と。先程よりも、ゆっくりと指でなぞってみた。

「あ…………」

 すると、どうだろう。

 指先からとある違和感を感じた。

「どうかした?」

 咲良さんが訊ねる。

 ワタシは、慌てて咄嗟に取り繕う。

 そして指先に感じた感触を鑑みるように、親指と人差し指を何度も擦り合わせた。

「いえ…………」

 今、冷たかった…………?

 ワタシは、心の中で、そう呟いた。

 それは、確かに感じたんだ。

 目の前の壁は、確かに冷たかった。

 それはまるで、此処が冷蔵庫か何かのように冷たかった。

 だが、その冷たさは微かなもので、今も全くと言って良いほどにワタシの指先にはその感触が残っていない。

 それが、不可解な違和感であった。

 正直、それは謎でしかない。

「……………」

「どうするの?柚希」

 不意に、咲良さんに訊ねられた。

「……………」

 ワタシは、再び黙り込み一人で思考する。

 正直、謎過ぎて頭が廻らない。

 つまり、全く答えが浮かばないのだ。

「……………」

 なので、どうしたものかと何時までも圧し悩んでしまっていた。

「とりあえず、壊してみよっか?」

 頭にコブを作り、そこから煙を出して倒れていた最中さんが、コブを無理矢理引っ込め、左手を右肩に添え右腕をぐるぐると回してそんな事を言った。

「そんなの、ダメに決まっているでしょ!」

 それが実行に移される前に、伊織さんが最中さんを制止する。

 かと思いきや…………、

「無理に壊したら近くにいるアタシ達にも被害が及ぶでしょ」

 その論点は違うところを向いていた。

「あ、そっか…………」

 最中さんは、残念そうに肩を落とした。

 その時だ。

 ワタシはふと、とある事を思い出した。

 そして、それを伊織さんに訊ねた。

「湯球市の雪には、《皇》の権能(チカラ)が関わっているのかも知れないんですよね?」

「え?あ、うん………多分ね」

 伊織さんは、歯切れ悪く答えた。

「何を、するの?」

 咲良さんは問う。

「多分。何とかできるかもしれません」

 ワタシは、そう答えた。

 そう。何とかできるはずだ。

 ワタシは、プラスチック張りの壁に両手を着いて、目を閉じた。

 そして、脳内でイメージする。

 この壁の性質を、意味を、そして、解錠の仕方を。



 『人間(ヒト)』の心臓は丈夫じゃない。

 それは、どのような生物にも言えることで、生物学上、心臓とは、機械でいう生命維持装置に相当する場所だ。

 それが破壊されれば、どんな生物も往々にして『死』に至る。

 その……、はずだった………。

 しかし───、

(アオイ)…………?」

「葵さん………」

 誰もが、目の前で起きた出来事に驚愕していた。

 心臓を破壊され生命機関を奪われた彼女が、ワタシ達の目の前で、悠然と立ち尽くしているその『悪夢(ゲンジツ)』に………。

 あれが、《氷菓の心臓(グラシウム・セプレウム)》。

 それは、確かに《(ディンギル)》の一種であるのは間違い無いだろう。

 謎なモノは、この世に数多に存在する。

 ワタシは、既にその内のいくつかを見てきた。

 だからこそだろうか。

 その存在に、あまり大きな驚きは無い。

 だが、その代わりに訪れる、新たな謎。

 決して破壊できぬその存在は、まるで暴走する魔導兵器のようだった。

 彼女の胎内に埋め込まれた唯一無二の生命装置。

 それは、この世のモノでなく、あの夜夢に出てきた少年が少女に渡した強大な権能だ。

 もしかしたら、少年はこうなる事を予期していたのかもしれない。

 だからこそ、少女の想いを否定し続け、最終的にはこの選択をしたのかもしれない。

 ならば、ワタシが行う事は決まっている。

 その誤った選択を、解決するんだ。

「《氷河武装(グラシアル・ウェポン)》、“千里万装(サウザンド・アームズ)”ッ!!」

 ワタシの言葉に呼応し、周りの雪達は一つに纏まり、いくつもの白銀の武器を形成する。

「ハアァァアァァァァァ~~~~~~ッ!!!」

 そして、精製した白銀の武器を、空高く宙に立つ水瀬葵に向けて、一斉発射した。

 しかし────、

「“氷河大輪防(グラシアル・シールド)”………」

 空耳のように聞こえた上空からの声と共に、上空と地上を隔てるように巨大な華の形状(カタチ)をした白銀の盾が出現し、ワタシの攻撃はその壁によって全て阻まれてしまう。

 さすがに、ダメか……………。

 ワタシは、内心で舌打ちをし次の策を講じる。

 相手も自身も、同じ手、同じ権能を使用している。

 それでは勝敗が決する事など、万に一つも在りはしないだろう。

 それでも、どうにかしなければならない。

 ワタシは、次なる策を講じる。

「次命、所望」

 隣の麻鶴木(まつるぎ)このはは、そう訊ねる。

 そう言われても、全く良い案など浮かばない。

 その要因には、単なる力量の差があるのか。あるいは、ただの認識の違いか。

 ひとまず、その答えは置いておこう。

「このはさん。複数の『風』は起こせますか?」

「局利、可能」

 このはさんは、そう短く答えた。

「では、お願いします」

 このはさんは、ワタシから一歩離れる。

 そしてワタシはそっと目を閉じ今もなお降り続く雪を一点に収束する。

「“氷河大剣(グラシアル・ブレード)”ッ」

 収束された大量の雪は、巨大な剣刃と化す。

 ワタシがその大剣を上空にいる水瀬葵に向けて放った時、背後で待機していたこのはさんが、その大剣に大きな『風』を纏わせる。

 放たれた剣刃は、上空と地上と隔てるように存在している巨大な壁にぶつかる直前で複数に分散し、その壁を破壊した。

 そして、残った本物の剣刃は、葵さん目掛けて一直線に突撃する。

 よし。これなら、なんとか────、

 それは、そう思っていた刹那であった。

「“氷河の砕塵(グラシアル・グラーフ)”」

 巨大な剣刃は、葵さんと衝突する寸前で、謎な半透明の霧によって灰塵と化した。

 やっぱりダメか………。

 ワタシは、幾度目かの舌打ちをする。

「“氷河結硝(グラシアル・グラファウシ)”」

 するとそこへ、先程粉塵と化したはずの雪が、氷柱のような形状に変わり、ワタシ達に向かって降り注がれた。

「───ッ!」

 ワタシ達は、慌てて回避を試みるも、相手の攻撃の速度は、ワタシの“対戦略観測思考(ドミトアガルド)”で対処できる範疇を大きく上回っていた。

 その攻撃はワタシ達の進路を阻み、葵さんは新たな攻撃に移ろうとしていた。

「くっ!」

 これが、実力の差。

 ワタシは、驚愕した。

 それは、初めての事ではないだろうか。

 ワタシの内に生まれた、新たな感覚。

 その感覚に、ワタシは支配されかかっていた。




 見た目は強固で、けれど、その性質は感じたモノと何一つ変わらないソレに、ワタシは驚きながら目の前の『壁』を取り除いた。

 その『壁』は、開くのではなく、何処かへと消えた。

 そして、ワタシ達の目の前には、何処までも続く長い廊下が出現した。

「スゴい…………」

「へぇ~………」

 咲良さんと伊織さんは唖然し、最中さんは何故か感心していた。

「……………」

 そんな三人を他所に、ワタシは、再び自身の両手をニギニギと動かしてみた。

「どうかした?」

 隣で、咲良さんが訊ねる。

 ワタシは、しばし感慨に浸った。

「…………」

 何と言うか………何となく、微かな冷たさがワタシの身体の奥深くに入り込んできたような感覚だった。

「柚希?」

 咲良さんは、再び訊ねる。

「いえ、何でもないです」

 ワタシは、手短にそう答えた。

 そして、開けた道を何の迷いもなく歩き始めた。


 それからどのくらいが経っただろうか。

 ワタシ達は、全てが石壁に包まれた唯一の通路を進んでいる。

 おそらく、既に数百メートルは進んでいるだろう。

 だが、今のところ何処を見渡しても冷たい壁ばかり。

 それでも、ワタシ達は進んだ。

 宛ても無く、決して止まる事なく、進み続けた。

 そして、進み続けるに連れ、廊下の温度も段々と下がっているように感じていた。

 唯一の明かりに、ハァ~~と息を吐き掛けた。

 その吐き出された息は、とても真っ白だった。

「何だか、段々と寒くなってきたね?」

 最中さんが、言う。

 隣で、咲良さんが細かな身震いをしていた。

 ワタシと伊織さんには、こうした寒さにも耐えうる忍耐力があるが、ほぼ『人間』に近い二人は別だった。

「柚希………」

 伊織さんが、コチラに何かを求めていた。

 その意味は、聞くまでも無く察していた。

「伊織さんは、二人を連れて地上へ上がって下さい」

 伊織さんに、そう提案する。

 無論………、

「でも、柚希は………?」

 否定されることは招致だ。

 それでも…………、

「ワタシは大丈夫ですから、二人を早く連れて行って下さい」

 ワタシは、あくまで分散を提案し続ける。

「わ、分かった」

 伊織さんは、歯痒い思いで了承した。

 そして、二人と一緒に来た道を引き返し始めた。

 去り行く三人の背をながめながら、ワタシは今だ時折吹く『風』の事を気に掛けていた。

 『風』は落ち着いていた。

 分の悪い事は無い。むしろ、好機とも呼べるはずの状況であるにも関わらす、全くと言っていあほどに大した動きがない。

 ワタシは、そこを不審に感じた。

「…………」

 そして、しばし沈黙する。

 その後、ワタシは先へ進むべく、一人で奥へと進み出した。

 進むつれ、廊下の温度も徐々に低下していく。

 その温度の中では、多少の抵抗があるはずのワタシでさえ気が折れそうになる程で、数値にすればおそらくマイナスは軽く超えているだろう。

 それでも、ワタシは進み続けた。

 この先に何があるのかなんて知るよしも無い。

 しかし、それでもこの眼で見てみたかった。

 この先にあるモノ。そこにしか無いであろう、確かな存在を。

「あ………」

 咲良さん達と別れて、既に一時間近く。

 ワタシは遂に、目的の場所とおぼしき『行き止まり』に到着した。

 其処に到着した時、ワタシの身体は既に朱白くなっていた。

 おそらく、此処の温度はマイナス三十度くらいには到達しているかもしれない。

 しかも、この壁の向こう側から、更に冷たい感覚を感じていた。

 なので、ワタシは先程の『壁』と同様、行き止まりとなっている目の前の壁に手を添え、その壁を取り除く。

 今回の壁は、案外簡単に取り除かれた。

 ヒュボゥオォォォォゥゥゥゥ~~~…………。

 その瞬間、物凄い風が全身を突き抜けた。

 それと同時に、物凄い違和感と悪寒に見舞われた。

「…………」

 ワタシは、やや恐る恐る目の前の状態に目を向けた。

 其処は、何かの部屋のようで、ワタシにとってもても懐かしいような環境だった。

「此処は…………」

 ワタシは、導かれるようにその室内に足を踏み入れた。

 この時、ワタシの中で既に異様な寒さというモノは何処かへと消えていた。

「ウクッ………!」

 そして、代わりと言わんばかりに訪れる、異様な頭痛と吐き気。

 その症状は段々と激しくなり、それらは次第に胸焼けと目眩に変わっていく。

「ア、ガッ……!」

 症状は収まらず、その激しさは徐々にワタシの精神をも蝕むように肥大していく。

「アアアッ…………!!」

 ワタシは、ギリギリの状態でその痛みに耐えながら、その要因も模索し始める。

 そしてワタシの視線は、とある一点で止まってしまっていた。

「あれは………、葵……さん…………?」

 そう。ワタシの目の前に、水瀬葵の姿をした少女がいた。

 その少女は、どこか見覚えのある巨大な円柱状のガラスの容器によって閉じ込められており、その身体は濃緑色をした謎の液体に包まれていた。

 ドクンッ────!!!

 その存在をワタシの脳が認識した時、ワタシの全身を言葉にならない程の衝撃が襲った。

「アガッ!ア、アアアァァアァァァァァァ~~~~~!!!」

 地上までも聞こえるであろう大声で、ワタシは叫んだ。

 そして、ワタシの意識は、まるで回路を切断されたかのようにプツリと途絶えた。


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