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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
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第39話 氷河の胎動

 戦争の種火は、どこにあるか解らない。

 それは、今まで身近にいた人間でも分からぬ事だろう。

 そして今、湯球(ゆだま)市の一角・油久井(ゆくい)の地にて、秦が誇る自警団の双璧がぶつかっていた。

 戦況は窮めて最悪で、とても近付ける状況ではなかった。

「どうするの、ゆずちゃん!?このままじゃ…………」

 一人先行してしまった佐城森(さきもり)さんの背を追おうとした(あおい)さんであったが、少し行ったところで戻ってきてワタシに訊ねてきた。

「分かってます。ですが…………」

 確かに、今直ぐにでも追い掛けた方が良いのだろうが、ワタシはこのニオイがとても気掛かりに感じていた。

「何か、気掛かりが………?」

 左側で、咲良さんが不意に的確な部分を吐いてきた。

「はい」

 ワタシは、素直に答える。

 その間にも、ワタシは思考し続ける。

 微かにだが、このニオイの中に最中さんや葵さん、それに、この雪のニオイに似たモノを感じていた。

 それは、とても奇妙な感覚で、不思議な心地だった。

「どんな?」

 最中さんが、その内容を問う。

 それに対し、ワタシはソレを適切に且つ、簡潔に伝えた。

 その場にいた誰しもが、始めは目を丸くし、次第に表情が暗くなっていった。他二名を除いては…………。

「うん?どういう事………?」

 その内の一人、葵さんは酷く困惑していた。

「ん。とりあえずは、現状を何とかするってことで良いんだよね?」

 もう一人、最中さんはワタシに問う。

 ワタシは、小さく頷いた。

 そして、ワタシ達は荒れる戦場へと足を踏み入れた。

 そこは、誰も予想打にせず、誰一人として状況の把握など出来るはずもない有り様だった。


 戦場には、真っ白な粉塵と鉛臭い香りが空高くまで舞い上がり、現状がどうなっているのか全く把握出来ない有り様だった。

 しかし、だ…………。

「どうするの?この状況………」

 目を細くし、必死に戦況を把握しようとしている伊織(いおり)さんが訊ねてきた。

 確かに、どうにかしなければならないのかもしれない。

 次第に、このニオイに不可思議なモノが混ざり始めた。

 それは、憎しみや恨みといった負の感情ではない。

 ただ、同一でありながら全く別のモノが混流するような、感覚。

 その感覚は、とても気持ち悪く、とても苦いモノ。

 しかし、同時にどこか懐かしい感じがした。これが、戦争のニオイなのだろうか?

「柚希ッ!」

 と。突如、目の前からキツく名を呼ばれた。

 視線を前方に向けた刹那─────、

「危ない!!」

 真横にいたはずの葵さんがワタシの前に立ち、大手を拡げていた。

 それとほぼ同時、ワタシの視界は真紅に染まった。

 始め、思考は廻らなかった。それを理解するのに、どのくらいの時間を有しただろうか。

 ようやく現状を理解した時、ワタシの周りは全く違うモノに変わっていた。


「此処は…………」

 ワタシは、必死に現状を把握しようとした。

「ようやく、第一の《竜門》が接続されたようですね」

 その瞬間、そんな言葉と共に目の前に謎の空間が生まれ、そこから見覚えのある少女が姿を現した。

「アナタは……………」

 訊ねようとして、その言葉をつぐんだ。

 それは決してありえない事。けれど、現に目の前で起きている現象。

 そして、これが………………。

「お願いします。《碧の翼(みんな)》を、あの子を、守ってあげて下さい」

 急に、お願いされてしまった。

「どうして、ワタシに………」

 訊ねるが、少女は口を閉ざした。

 その表情は、ただ祈るだけしか出来ないかのようだ。

「……………」

 ワタシは、覚悟を決める。

 それが、ワタシの役目なら、ワタシが此処にいる意味なら。ただ、それだけで良かった。

 けれど、一つだけどうしても納得がいかなかった。

 だから────、

「でしたら、アナタの権能(チカラ)を貸して下さい」

 ワタシは、少女と交渉する。

 おそらく、今戻ったところであの戦争は止められない。

 けれど、その権能が、その『想い』があれば、きっと遣れる。

 そう確信していた。

「……………解りました」

 想いは同じだった。いや、今、一つとなったのだ。

「コレが、霊基(ハウル)の一つ…………」

 ワタシは、ワタシの中に取り込まれた響想種(アルディジョーノ)の存在を認識する。

 コレが、彼女の権能。彼女が願った『想い』。家族を守りたいと拡げた、唯一無二の〈翼〉。だから、少女───水瀬(みなせ)(みとり)は、この國章を《碧の翼》と名付けたんだ。

 その権能からは、彼女の想いを感じる。

 ワタシには無い、温かな感情。

 故に、水瀬翠は信じ続けたんだ、ワタシという存在を、自分の『家族』を。

 ならば、守ろう。今のワタシにはその権能があり、その想いがあるのだから。


 現実世界へと戻った時、ワタシの全身を、碧色のオーラが包んでいた。

「柚希………?」

 それは、碧き権能。純真なる想い。

 なればこそ、ワタシにはそのニオイも意思も、ちゃんと理解できる。

「それ…………」

 周りの皆が、唖然としていた。

 当然の反応だった。

 しかし、今はそんな事に気を配っている場合ではなかった。

「…………………」

 ワタシは左手を前方に突きだし、強く〈剣刃(つるぎ)〉の形状(かたち)を想い描く。

 今のワタシは、以前のワタシでは無い。

 既に《神威兵器(マホウ)》は書き換えられ、新たな権能が刻まれていた。

 その内の一つを、創造する。

「〈氷河武装(グラシアル・ウェポン)〉…………」

 それが、今回のワタシの《神威兵器》の名称。

 それは、宇宙創成直後に存在したとされる兵器の名。

 その存在は〈神〉はおろか、数多の生物の根源たる遺物。

 故に、秘匿となった存在だった。

 そして、それは顕現された。

 なれば、この地は現状を維持できなくなる。

 湯球市は、《神災》に見合わぬ災厄に見舞われ、その現状を別のモノへと変換していった。

「“創造を超越せし鎧套(コート・オブ・アームズ)”ッ!!」

 湯球の地で、〈移植〉と〈増殖〉を繰り返す碧色の謎な生物。

 生成された生物は《碧の翼》の人達に取り付き、移植された。移植された生物は、その者達の中で成長し、複数の同一体を生み出し、別の者へと移植されていく。

 それは、悪夢のような光景。

 同時に、誰にも止められぬ現象。

 その生物の発生源は、ワタシの顕現した鎧套から放たれていた。

「ウグッ!アッ……………」

 コレが、アナタの望んだモノ。

 ───そう。これは、私が望んだ結果。

 どうして……………。

 ワタシは、聞こえてきた声に訊ねた。

 ───だれも、私の想いに気付かないのなら。だれも、私の事を助けてくれないのなら。私が、アナタを覆い尽くしてあげる。

 それは…………、間違っています。

 ───……………………。

 ワタシは、薄れだした意識をギリギリで保ち、その声に対抗する。

 確かに、少女のような考えも持つ者は、数多に存在していた。

 しかし、少女のやり方は、あまりにも非道でグロテスクなモノだった。

 謎な生物によって身体を汚染された者達は、死ぬことはなく、鎧套の影響で氷付けにされてしまう。

「柚希!何をヤってるのッ!!?」

 背後で、誰かの声が聞こえた。

 振り向いてはいけなかった。しかし、ワタシの身体は勝手に声のした方へと向いた。

 その瞬間、謎な生物達はその活動範囲を広げ、声を発した伊織さんを中心に、その周りにいた最中さんや咲良さん目掛けて走り出した。

「こっ、コッチに来た!」

「姉さん、危ない!」

 三人は、パニックに陥った。

 だが、もう手遅れだった。

 戦場には、既に血の匂いも硝煙の臭いも感じられない。

 唯一感じられるのは、冷たく寂しく、時に切ない不思議な感覚。

 そこには、もう何も残っていなかった。

 《紅の牙》の姿は既になく、喰い漁られた《碧の翼》の人達の哀れな肉片が残っているだけだった。

「なんで……………」

 ワタシは、声に出してその答えを思考した。

 しかし、答えなど見付かるはずもない。

 これが、彼女の願い。

 決して誰にも邪魔されぬように、ワタシはその為に存在していた。

 それは、あまりにも理不尽だった。

 だから、思った。

 この湯球市(セカイ)は終わりだと。今度は、必ず救おうと。

 そう、心に決めた────その時だった。

 セカイは一辺し、異世界の扉を開くかのように、次元を波打たせた。

 ワタシの中から厰気は消え、目の前にあったはずの総てのモノが、この世から消え去っていた。

 始め、何が起こったのか分からなかった。

 それも、しばらくすれば頭が勝手に理解した。


 そう。世界は、戻ったのだ。

 ただ、目の前に映るのは、真っ白な粉塵と、その中でキラキラと光る紅と黒の小さな物体。

 そこは、つい先程の油久井。目の前では、ついさっき終わったはずの《碧の翼》と《紅の牙》のいさかい。

 そのいさかいは、鎮静化されるわけでも、過激化されるわけでもなく、今もなお続いている。

「此処は…………」

 背後で、咲良さんが唖然としていた。その隣には最中さんと伊織さんの姿もある。

 しかし、最中さんと伊織さんの表情は、先程此処へ到着した時のものと同じだった。

 どうやら、二人はこの影響を受けていないようだ。

 これが、《虚幻計画》?

 ふと、その単語がワタシの脳裏を過った。

 だが、すぐさまその単語が何処かへと消えてしまった。

 ありえないと思ったからだ。

 これが本当に《虚幻計画》として、その三原理(トリニティ・レギン)から外れた問題点がいくつか存在する。

 《虚幻計画》もとい、タイムパラドックスは本来、〈現在〉とは全く異なる〈(セカイ)〉が、平行線上にいくつも存在するといわれる考え方。

 しかし、この現象は『横』というより、『縦』に世界があるような感覚があった。

 つまり、この現象はタイムパラドックスではなく、タイムリープと呼ばれる現象に近い。

 だが、それも《虚幻計画》の一種であるとも考えられた。

 何故なら、以前伊織さんは自身の身に、古海(ふるみ)市で起きた事故の事を『三千年前』と言っていた。しかし、その逆に結羽灯(ゆうひ)さんの解答は『十三年前』だった。

 その違いはさておき、もしその時の原因が、このタイムリープのような現象であるのなら、いくつか納得はいく。

 それでも、それは『それだけ』に留まってしまう。

 その要因は、伊織さんや結羽灯さん本人にある。

 現に、此処で起きた現象に関して、伊織さんは何の疑問も抱いていないのだ。

 なれば、何故ワタシと咲良さんは、この現象に疑問を感じたのか。それが、問題だった。

 簡単に言えば、その現象の直前に思っていた件に関係しているのだろう。

 だが、その発動条件そのものが謎だった。

「柚希柚希…………」

 ふと、後ろから声が掛かる。

 ワタシは振り向かず、その声の主である咲良さんの次の言葉を待った。

「さっきまで私達、世界の終わりみたいな状況にいなかった?」

 咲良さんが訊ねた。

 さすがにそこまでは思わなかったが、咲良さんが思うのなら、周りにしてみればそうなのだろう。

「で、柚希。この状態、どうするの?」

 咲良さんの後ろで、伊織さんが行動を訊ねる。

 ワタシは、短く考える素振りを見せて適当な事を言った。

「そうですね。ひとまず、このいさかいをどうにかしたいですが……………」

 ワタシは、そのいさかいを止める気など更々無かった。

 何故なら、このいさかいを止めたところで、彼らがどうするかなど既に予想が出来ていたからだ。

 それに、いさかいを止めようにも、コチラの数に比べてアチラの方が何百倍も多く、相手は大の大人ばかりだ。そもそも、割り込めるはずも無い。

 けれど…………、

「あれ………?」

 ワタシは、おかしな違和感を感じて、左手をニギニギと動かした。

「どうしたの?」

 咲良さんが、首を傾げて訊ねた。

 ワタシはこの時、巻き戻る直前に得た〈権能〉の存在を感じていた。

 それを意識した瞬間、ワタシの左手は微かにだが碧く輝き始めた。

「これって…………」

 咲良さんが唖然とする。

 それは、ワタシも同じだった。

 ワタシは、右手でも同じ事が出来ないか、試した。

「………………」

 するとどうだろう。それは間違いなく同じ現象が発生した。

 これが、《太古の権能》。

 そして、間違いなくあの時ワタシの中の『何か』が探していた存在だった。

「これがあれば…………」

 ワタシは、そう思った。

 だから、ワタシは両手を力強く握り、先程の感覚を取り戻すように改めてこの権能の事を思い出す。

 だが、それはとても難しい事だった。

 何故なら、その存在はワタシの中で徐々に薄れていっており、何より、それが〈過去〉という認識に扱われていたからだ。

 ワタシは、それを〈現在〉に引き戻す為、薄れ逝く記憶を手繰り寄せる。

 それはとても難しい事に思えた。

 しかし、現状は違った。

 ワタシが欲しかった権能は、予想以上に容易く手元に出現した。

「………今度こそ、上手く遣るんだ………」

 ワタシは、胸の内に表れた感情を、ボソりと口にした。

「何か言った?」

 聞き返す咲良さんを無視したまま、ワタシは脳内にある〈情報〉を元に、この地で最古の『武器』を創造する。

 これが本当に、あの《神桜樹(インヴォルジア)》のほんの一つのチカラなのだろうか。

 ワタシは、コチラに首を傾げて心配そうな表情をしている咲良さんを見た。

 その瞳には、不安や哀しみが混じっているように見えた。

 ワタシは、どうしたら……………。

 創造の手を休めるとなく、ふと湧いた疑問を思考した。

 いくら考えたって、答えなんて見付からないのは分かってる。

 でも、知りたいんだ。

 水瀬翠が、本当に願った事。彼女に、何を期待してこの権能を与えたのか。

 彼の幻想も、彼女の理想も、ワタシは、それらを叶えるためだけに、今こうしているのだろうか。

「《氷河武装》………………」

 創造は、完全な姿(カタチ)で顕現する。

「これが、本当の姿……………」

 隣で、咲良さんが呟いた。

 ワタシが、それを聞き逃すはずもなかった。

 でも、いい。今問い詰めたって、それは咲良さん自身も知らない事なのだろうから。

「最中さん、伊織さん。行きますよ」

 ワタシは、既に後ろで臨戦態勢に入っていた二人に、そう声をかけた。

「了解」

 二人はやる気だった。

「で。どっちに見方するの?」

 そして伊織さんが訊ねる。

「いいえ。どちらにも見方しません」

 ワタシは、正直に答えた。

「えっ?」

 三人揃って驚く。

 だが、すぐさまワタシの提案を了承した。

 それはまるで、ワタシがそう答えることが既に分かっているかのようだ。

「では、行きましょう」

 それは、とても危険な賭けだった。

 ワタシがそう思うのは、おそらくワタシ自身がその事をよく知っているからだろう。

 始めに、ワタシがその楔を斬った。

「“氷河爆芽(グラシアル・グラスシード)”ッ!」

 権能によって顕現された剣刃(つるぎ)を前方に突き出してそう口にすると、その剣先から碧色をした氷の粒が放たれた。

 氷の粒は、《碧の翼》と《紅の牙》の両者を包囲するように飛来し、大きく雪飛沫を挙げる。

 そして全員の視界を奪う事と、相手の行動に制限を架ける事に成功した。

「二人は《碧の翼》をお願いします」

「柚希は?」

「まさか、一人でもう片方を………」

 最中さんの発言を、伊織さんが制止する。

 その最中さんの発言で、伊織さんは察したのだろう。

 そう。ワタシは既に《紅の牙》に対して、とある〈契約〉を行っていた。

 それは今二人に言う事では無いが、無理をして隠し通す事でもなかった。

「くそっ!何だ、視界が…………」「飛沫など構うな、進めぇ~~~ッ!!」「「「「うおぉおおおぉぉぉぉぉぉ……………~~~~ッ!!!」」」」

 男達は、誰一人として止まることはなかった。

 一気呵成と戦い続ける、《碧の翼》と《紅の牙》。

 もう、誰も殺さずに済ませることなど出来ない。

 ならば……………、

 ワタシの歩む〈選択〉は、初めから一つしかなかったのだ。

 そして……………、

「ヨシッ!やるか……………」

 そう口にして、自分自身に言い聞かせた。

「“氷河の影縫依(グラシアル・ファントムバインド)”…………ッ!!」

 そして、少し遠い位置から権能を一つ発現させる。

「な、何だ!?」「何が起こった?」

 誰も、コレを認識できない。

 それは、この環境の影響ではない。

 ただ、皆がそう認識してしまっていただけ。

「コレが、あの娘の権能…………」

 森から、少女の声が聞こえた。

 その声がした方に、ワタシは歩み寄った。

 その人物こそ、ワタシが頼った《紅の牙》側の有力者。

 この者に頼めば、大概の事は解決出来た。

 今回の件を阻止出来なかったのは、彼女の権力(チカラ)が行き届いていなかった訳ではない。単に、彼女自身がこの件に賛同したからだった。

「へぇ~~、綺麗に固まるものなんだね」

 先程の攻撃で凍結した者達の一体に、軽く手をつたわせる少女。

 少女は、感心するようにただ呟くだけ。

「柚希は、これからどうするの?」

 訊ねられ、ワタシは軽く悩んだ。

「この地の事。ちゃんと調べてみようと思います」

「そっか…………。ねぇ、柚希。それは、とても危険な事だと、前に言ったよね?」

「はい」

「それでも?」

 ワタシは小さく頷き、

「どうしても、知りたいんです」

 そう答えた。

 少女の言う通り、確かにこれは危険な事だろう。

 だが、どうしてだろう。それは、ワタシとってとても大切な事で、どうしても知らなければならない一件の事のように思っている。

「…………………」

 少女は、そっと目を閉じた。

「分かった。けと、ちゃんと注意してね?」

「はい」

 そう言い残し、少女は《紅の牙》の方達と共に姿を消した。

 それから数分、雪飛沫は止み、視界が晴れる。それと同時に、吹雪も止んでいた。

「柚希ッ!」

 声がし、後ろへ振り向く。

 そこには、咲良さんを連れた最中さんと伊織さんの姿があった。

 三人は、ワタシのところへ駆け寄ってくる途中だった。

 ふと、ワタシは彼女達の背後に目をやった。

 そこには、先程までいた《碧の翼》の方達の姿が、誰一人として見えなかった。

 一応、事は成功だった。

「柚希、大丈夫だった?」

 いの一番に、咲良さんがワタシの両手を捕り、心配そうな表情でそう口にした。

「あ、はい」

 ワタシは、そう答える事しかできなかった。

「それで?この後は………」

 伊織さんが訊ねる。

「正式に、此処を調査してみようと思います」

 ワタシは、素直に答えた。

「それって危険じゃない?」

「そうそう。もし、またあの人達が来たら……………」

 伊織さん、咲良さんと、ワタシを心配する声で訊ねる。

 心配事は、それだけでは無いだろう。

 だけど、それでも知らなければならなかった。

 神威柚希(ワタシ)という存在。今のワタシの『中』に存在するモノ。そして、この現象(セカイ)の在る意味。

 それらはおそらく、この水瀬家の敷地跡地に眠っているはずだから。

 だから、探そう。その原因を、その真意を。

「とりあえず、先にお家に帰らない?もう疲れちゃった」

 伊織さんが口にする。

「そうだねぇ~~」

 最中さんが、伊織さんを後ろから抱き答える。

 伊織さんは、嫌がるように最中さんを剥がそうとするが、力では最中さんの方が上で、数分と経たずして反抗を諦めてしまった。

 その後、なんとか自宅に戻ったワタシ達。けれど、伊織さんは自宅に着いた途端、最中さんに引き連れらて、風呂場へと向かった。


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