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夜天幻時録  作者: 影光
第2章 夏帳怪奇編
27/102

第26話 異世界からの来訪者

 《セカイ》同士は、一つの《門》によってのみ、隔たれているだけであった。

 しかし、その《門》は誰にも認知出来るはずなく、誰にも開く事など許されていなかった。

 だが、《門》は突如として姿を現し、唐突に開かれた。

 それは、突然の事で、最初は誰も恐怖心と警戒心でそれには近付こうとしなかった。

 その《門》を一番始めに潜ったのは、一人の少女であった。

「此処が………」

 少女はその場で立ち止まったまま、見慣れないはずの景色を見渡した。

神成(かみなり)、神社……?」

 近くにあった、唯一の建物の名を呟く。

 それは、確かに神社で少女が知るそれと確かに類似している。

「ホントに此処が、《虚界(きょかい)》………?」

 警戒心を他所に、一歩、また一歩と、好奇心のままにその場を放浪する。

「其処で、何をされているのですか?」

「ひっ!」

 突然、声を掛けられ、少女は身体を強張らせる。

「あ、ごめんなさい。神社を開催したことはまだ誰にも言っていませんでしたのに、もう参拝客が居られましたから、つい………」

 声の主が説明しいる間に、少女は呼吸を整え振り返る。

 そこには、白と紅のコントラストが似合う、少女と同い年くらいの巫女服姿の少女がいた。

 いや。正確には、少女よりも年下だろう。ただ、少女の身長がその巫女さんと同じくらいと言うだけだ。

「あ、いや。大丈夫。少し、見慣れないモノに見移りしていただけだから」

「そうですか?」

「では、アタシは用があるからこれで……」

 そう言って、少女はそそくさとその場から立ち去った。

 その場に一人残された巫女服の少女は、ポツリと呟く。

「あれが、異界の住人………。どう見ても、此方側の………」

 言ってて、考えを辞めた。

 それが、意味を成さないと察したからだった。




 五月の終わりが近付く頃、《(シン)》では、記録的な大雨が続いていた。世に言う、梅雨という時季らしい。

 こんな日が続いても、学園は休むことなく開校している。

 それに、天候が崩れると、事故も多くなる。

 なので、学園へは向かわず、この大雨のように増える依頼を優先した。

 午前中で、六件。午後で、十四件の依頼をこなした。

 この大雨の影響か、依頼の内容は受領時と、到着時では大きく異なっていることが多く、依頼の完遂にも大きく時間を取られた。

 しかし、日も経てば慣れてくるというもの。

 依頼内容の大半が、河川の氾濫か、土砂崩れ。

 どちらも、人手が一つ二つ増えたところで、どうこう出来ることも無い。

 なので、依頼の完遂は正確な人員配置のみとなる。

 そうして、日々を過ごす内、気付けば暦は六月を向かえようとしていた。

 相変わらず降り続く大雨。そんな中で、ワタシは夕飯の買い出しに出掛けていた。

 はずだった………。

「良いじゃん、一個くらい~~!」

「ダメです!そう言って、既に四個食べたじゃないっ?」

 商店街の真ん中で、八百屋の叔母さんとあずき色の着物を着た見慣れない少女が、何やら言い争っている現場に遭遇した。

 こういう時は、関わらないように、目立たないように素通りするのが定石だろう。

 しかし───、

「よし!なら分かった。おカネは、この娘が払うから。だから、もう六個頂戴?」

 そう言って、少女はワタシの腕をホールドし、その場に巻き込んだ。

 少女の組み方は異常で、ワタシは逃げられようはずもなく、少女の意向に従った。

 それで、気が済むだろうと安易に考えていたのだが、少女はその後もワタシの後ろを着いて廻り、当初の予定に無いものまで買わされる羽目となった。

 そんな大雑把な買い物の帰り道。荷物は、少女が全て持ってくれることとなったのだが、何故か少女は何処までもワタシの後を着いて来ていた。

「あの………」

「ん、何?」

 率直に用件を訊ねるつもりだったが、直感的に『何か』を感じ、するはずの無かった質問を投げ掛けた。

「名前、伺っても良いですか?」

「名前……?」

 しばし間が空いたが、少女はワタシの質問に素直に答えてくれた。

「アタシの名前は、イオリ。小薙(こなぎ)……伊織(いおり)

 …………えっ?

 その名を聞いた時、ワタシはまず自身の耳を疑った。

 次に思考をフル回転させて記憶を辿り、とある人物の名を思い浮かべた。

「小薙……美琴(みこと)……………」

 そして、その人物の名を口にした。

「あっ。知ってるんだ………」

 案の定。少女もそれを知っていた。

 そこで確信する。

 この人が、結羽灯(ゆうひ)さんが探しているという、その妹。

「はい。貴女の事も、ですけど」

 ワタシは、直球を衝く。

「……………」

 伊織さんは、しばし間を空け……、

「ふふっ……」

 不適な笑みを浮かべて…………、

「そっかそっか………」

 一人で納得する。

 それは想定内だった。

 だからこそ、次に繋げられる。

「それで───」

「でも、今はダメなの………」

 しかし、伊織さんはワタシの言葉を遮り、数歩下がる。

「あの!」

 咄嗟に手を伸ばし、伊織さんを捕らえようとするも………、

「少し、こっちにも時間をちょうだい……」

 そう言って、伊織さんは姿を消し、ワタシの手は虚空を掴むだけに終わった。

「…………」

 その虚空に、ワタシは何か『嫌なモノ』を感じた。

 最中(もなか)さんと《影騎士》。その間のような感覚で、全く別のモノを感じさせる『何か』。

 それが何かは解らない。

 しかし、何か嫌な………あるいは、奇妙な感覚を感じたのだった。


 翌日。

 ワタシはいつも通り、日の出前に目を覚まし、朝の日課を始めた。

 眠気覚ましのランニング。

 梅雨真っ只中の早朝は、異常に気温が低下し、今尚降り続いている大雨が舗装された砂利道を無造作に抉る。

 故に………、

「オワッ…………!」

 時折、足が掬われたかのように足を捻ってしまい、転倒しそうになる。

 梅雨の弄らしさを直に痛感したワタシは、早々に切り上げて帰宅した。

「やっほ~~!!」

 帰宅し、武功の鍛練に移ろうとした途端、中庭から真新しい人物の声が聞こえてきた。

 目を向けたそこにいたのは………、

「いおり、さん………?」

 つい先日出会ったばかりの、その人だった。

「うん」

 その伊織さんは、安易に返答する。

 能天気なモノだ。コチラは、貴女にいくつか疑念を抱いているというのに…………。

「早いね。もう、起きてるんだ」

 それは、コチラの台詞であった。

「えと、それで。どうかしましたか?」

 聞きたい事は多々あるが、とりあえず今は無難な質問から訊ねることにする。

「ん~~。特に無いかな?」

「……………」

 どうしよう………。何だか、嫌な予感がする。

 これは、何かの事件の前振りなのかな?

「そうですか………」

 適当に流し、ワタシは朝露の滴る中庭で剣術の稽古に入る。

「───、──ッ!────ハッ!──ヤァーッ!」

 ワタシが稽古に打ち込んでいる間、伊織さんは縁側でワタシの稽古を傍観していた。

 普通に傍観しているのなら何の疑念も無い。

 だが、今の伊織さんは、何処から持ち出したのか、菓子を自身の廻りに広げてチマチマと頬張っている。

 その食べられているお菓子が、ワタシが買い置きしておいたモノかは確認しようが無いし、する気も無い。

 そんなことに時間を消費せず、ワタシは稽古を再開した。

「ん。何だか、見てるだけってのも暇だね?」

 突然そう言って、伊織さんは縁側に立て掛けていた数本の木刀の内の一本を手に取り、ワタシの前に立った。

 そして、ゆっくりとワタシとは違う『型』で構えた。

「………」

「一本。お願いします」

 礼儀正しく、そう告げる。

 断る理由は無い。むしろ、願ったり叶ったりというやつかもしれない。

 今まで、誰かと剣を交えたことは無かった。

 それは、稽古でのということで、戦闘という意味では、呆れるほどある。

 それに、少しだけ興味があった。

 伊織さんについても、その動向についても。

「あ。では、よろしくお願いします」

 ワタシは、釣られるように『型』に入った。

 すぐさま、その剣はつばぜり合う。

 互いの剣術は互角かもしれない。

 しかし、一瞬でも気を抜こうものなら、即座に勝敗が決してしまいそうな、そんな攻防が続いた。

 いつしか、そんなつばぜり合いに終わりが生じ始めた。

 それは、徐々にとか、直感的にとかではなく、そういう風に完結したのだ。

「ぷはぁ~~!やっぱり、運動した後のごはんは最高だね?」

 その後、伊織さんは何の違和感も無く食卓を囲み、最中さんや咲良さんと共に朝食を摂る。

 いや。その光景こそが違和感なのかもしれない。

 そんな伊織さんの姿を見て、咲良さんは怪訝そうな表情をし、最中さんは微笑そうな表情をしている。

「それで。これから、どうするの?」

 食後のお茶を啜りながら、伊織さんが訊ねる。

 特に用件は無いが、その伊織さんについていくつか知りたい事があったので、午前中に古海町へと向かった。

 別に、伊織さんの言葉を信じていない訳ではない。

 ただ、伊織さんの話と、以前結羽灯(ゆうひ)さんから聞いた話とで、いくつかの疑念が浮かんだので、その正確な確認の為に行くのだ。

「おじゃましま~~す………」

 なんとなく、気配を最小限に抑えて結羽灯さんの部屋を覗く。

 しかし───、

「…………」

「居ないね………?」

 案の定、そこに結羽灯の姿は無かった。

 また、何処か別の場所にいるのだろうか?

 古海町は案外広い。おそらく、孤島という意味では《東方》一だろう。

「ねぇ」

 ふと、最中さんに覆い被さられた伊織さんが訊ねてきた。

「何で、この建物内には誰一人居ないの?」

 その問いに、ワタシは改めて考える。

 初めて来た人はそう思って当然だろう。

 此処、師法(しほう)研究所は、一般的な建造物と比べると如何程か大きい。本来、保持すべき人員数は三百が打倒なはずだ。

 しかし、現状師法研究所は結羽灯さん一人が管理しているようだ。

 まぁ、おそらく。その管理は《第零号自衛小隊》のものであるのだろうけど。

「とりあえず、此処の責任者を探しましょう」

 その捜索を、ワタシ達は二手に別れて開始した。

 そのチーム分けは簡単。ワタシと咲良さん、最中さんと伊織さんという組み合わせだ。

 伊織さんは怪訝な表情でこの組み合わせを否定していたが、その抗議の声も通らぬまま、最中さんによって連れ去られてしまった。

「それで、何処から探すの?」

 咲良さんに訊ねられ、ふと考える。

「そうですね。とりあえず、海岸沿いに沿って探してみましょう」

「外に出るってこと?」

「はい」

 おそらく、それが正しい判断だろう。

 結羽灯さんは常に研究に没頭している訳ではない。

 その人生のほとんどを、行き倒れのように過ごしており、その大半は海岸沿いで発見される。

 なので、単刀直入にその海岸沿いから捜索することとした。

 そして、その人物は即座に見付かった。

「案の定というか何というか………」

 当然の如くか、結羽灯さんは海岸沿いで行き倒れて発見された。釣具は辺りに散乱し、釣糸は垂らされたままだったが。

 ひとまず、結羽灯さんを回収し、研究所へと運んだ。

 咲良さんに最中さん達を呼びに行ってもらい、その間に結羽灯さんを介抱する。

「ん、あ…………。私、また……」

「はい、おはようございます」

「柚希ちゃん………」

 ほぼいつもの事なので、互いに慌てたり驚いたりなどはしない。

 ただ、気まずい雰囲気が流れる程度だろう。

 それから二分後。他の三人が結羽灯さんの部屋に戻ってきた。

「あ………」「えっ!?」

 その時、結羽灯さんと伊織さんは、互いの存在を視認した。

「いお、り…………?」

「何で…………」

 互いに、言葉に詰まったように場の空気が豹変する。

「伊織……!?」

 結羽灯がベッドから起き上がり、伊織さんに飛び付こうとした刹那───、

「何で、お姉ちゃんが生きてるの!!?」

 伊織さんの言葉で、場の空気が一気に凍り付いた。

「え?や、何でって…………」

 結羽灯さんは、困惑した様子で拡げた腕を脱力したように下ろした。

 その空気に、ワタシだけでなく、咲良さんと最中さんも唖然としていた。

「どうして……、だって、そんなはずは………」

 何か誤解があるような、そんな雰囲気にも思えた。

「十三年前の事故で、私だけが生き残ってたみたいで………」

 結羽灯さんがオズオズと答える。

「え?十、三年前………?」

 その反応で、ワタシは疑念の一つが取り払われた事を確認した。

「うん、そうだよ。お父さんも、他の研究員達も死んじゃってて………でも、悠哉と伊織の姿だけが無くて……私は必死に探したんだよ?」

 結羽灯さんは、涙を流しながら告白する。

「い、いや。そうじゃなくてっ!」

「???」

 そう。そうじゃない。

 伊織さんの問いはソコではなかったのだ。

「どうして、三千年も経った今も、お姉ちゃんが生きてるのかって事ッ!」

「えっ!!?」

 その言葉には、正直ワタシも驚いた。

「何、言ってるの?あの事故からはまだ、十三年しか経ってないんだよ………?」

 この時、ワタシ達と伊織さんとの間では、大きな何かの裏が存在していた。

「そんなはずは無い。だって、アタシはずっと聞かされてきたから………、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、お父さんだって……もうあの事故で、亡くなってるって……なのに………」

 それは事実なのだろう。

 しかし、それはおそらく、伊織さんがいた世界での話だ。

 現に、この世界は誕生してから、まだ二千年と経っていないのだから。

「じゃあ、何で………?」

 その疑問に、当然至るだろう。それが、《虚幻計画》がもたらす副産物のようなものなのだろう。

 ワタシは、伊織さんに一通りの説明をした。

 この《セカイ》の事。幾度も行われているであろう《虚幻計画》の事。そして、それらを繋ぐ唯一の存在《皇》の事。

 その説明で、伊織さんは素直に納得したように見えた。

「そっか……。じゃあ、此処が………やっぱり……」

 伊織さんは、一人でブツブツと呟きながら再認識する。

「それで、伊織はこれからどうするの?」

 結羽灯さんが訊ねる。

 その声には、微かに遠慮というものが見え隠れしていた。

「どうって?」

「いや。今の『家族』と暮らし続けるなら、別に引き留めはしないし、出来ないよ………」

「何言ってるの?」

「え……?」

「アタシの家族は、今も昔も、変わらずお姉ちゃん達だけだよ?」

 伊織さんの言葉に、結羽灯の表情は晴れる。

 ワタシは、その『空気』の変わりように、疑念を感じていた。

 これが、喜び………?

 未だちゃんと認識しきれない感覚に、ワタシは戸惑い、否定していた。

「じゃあ」

「ううん。でも、今のアタシは、一世界の一人でもあるから、全面的にお姉ちゃん達に協力は出来ないけど………。でも、約束は出来る。ちゃんと、コッチの用事が終わったら、また一緒に暮らそ?」

「うん!それは、私も同じだから」

 何とか、一段落はついたようだった。

 ただ、ワタシが一つ気になったのは、伊織さんが言った『一世界の一人』という言葉だ。

 伊織さんは何処をどのように言い、ワタシはそれをどう解釈すれば良いのか、それが解らなかった。

 今だ土砂降りとなって降り続く大雨は、ワタシに大きな不安しか与えなかった。

 これで、結羽灯さんが探しているという《人工生命体(ホムンクルス)》の兄妹は揃った。

 あとは、その事が余計な事の前振りとならないことを祈るだけだろうか………。

「それより……」

 和む空気を壊すように、伊織さんが口を開いた。

「昨日から思ってたんだけど。柚希って、お兄ちゃんに似てるよね?」

「………」

「あ、うん。それは、私も思ってたんだけど……」

「だけど……?」

「〈戒因子(パルム)〉が、悠哉や最中とは違うみたいで……。だから、他人の空似なんじゃないかと思ってるんだけど……」

「う~~ん。〈戒因子〉が違うとなると、確かに決め付けられないね」

 結羽灯さんと伊織さんは、互いに悩んだ。

 しかし、違いはそれほど無かった。むしろ、似ている点も多々ある。

 例えば、ワタシの髪の色は白銀色。最中さんは薄めの紫色で、伊織さんは紅紫色。最中さんと伊織さんは微かに似ているが、ワタシは少し違う程度。

 次に、ワタシの旋毛から飛び出る形で跳ねている、大きめのアホ気。これは、ワタシには一本しかないが、最中さんは三本。伊織さんは二本ある。

 そして、瞳の色だ。ワタシは琥珀と翡翠の二色であるが、最中さんはネイビー。伊織さんはヴァイオレットに染め抜かれている。

 こう見ても、最中さんと伊織さんでも対した同一性がある訳でもなかった。

「そういえば、お兄ちゃんは?さっきの言葉だと、お兄ちゃんも生きてるみたいだけど………」

「…………」

 その問いに、結羽灯さんは顔を伏せた。

 それが何を意味するかは、人それぞれであろう。

 そして、伊織さんの解釈は………、

「そんな……お兄ちゃんが………」

 両手で口元を抑え、泣きそうな表情をした。

 まぁ、大抵の人ならそう解釈するであろうが。

「今は《局》に行ってるから、当分は会えないと思うよ?」

 干渉に浸る前に、最中さんがそう答えた。

「え?あ、うぇ………?どういうこと………?」

 その疑問は、ワタシにも向けられた。

 しかし、ワタシにはその疑問に答えられるだけの情報を持ち合わせていなかった。

 なので、ワタシは無言で首を横に傾けた。

「ま。とりあえずは、会えないってのが現実かな」

 最中さんが、続けて答える。

「そっか………」

 伊織さんは、複雑そうに肩を竦める。

「じゃあ、お兄ちゃんには会えないんだね……」

 どうやら、心から残念なようだ。

「そうだね。おそらく、今年中は……」

 最中さんが答える。何か知っていそうな雰囲気だが。

「何か知ってるの?」

「さぁ、詳しくは知らない。けど、風音(かざね)は、《局》で事件が起きたと言っていた」

 それは、ワタシも聞いた。

「だから、おそらく兄さんもそれに駆り出されるんじゃないかな?」

「かざね……?」

「あ、風音さんはね。私の命の恩人みたいな人で、私と柚希ちゃんの上司……かな?」

「ふぅ~~ん」

 何だか、どうでもよさそうな反応だ。

「それで、この後はどうするの?」

 そして、伊織さんは立て続けに問う。

「どう、と言われましても、特に用は無いです」

 大きな依頼も無いし、小さな依頼も今々人手の要るものでもない。

 なので、この後の予定は特に無いのだ。

「そっか。じゃあ、アタシは帰るね?」

「え、もう?」

「うん。多分、他の皆がもうそろそろ着いてる頃だろうし」

「そっか……。また、会えるよね?」

「多分ね。アタシも特にやることは無いし……」

 そう言い残して、伊織さんは研究所を出た。

 ワタシは、その後ろ姿を見詰めながら、伊織さんが先程言っていた言葉の意味を改めて思考した。

 結局、その答えは見当出来なかったが、何か不穏な空気を感じ取ることだけは出来た。

 そしてこれが、ワタシ達の新たな問題。

 何故そうなっているのか解らないが、今だ伊織さんとは認識のズレが生じたままなのが事実だった。




 小薙伊織は、柚希(ゆずき)と別れた後、一人で一軒の棄て家の前にいた。

 いや。正確には、空き家だった場所だ。

「ん?もう、着いたのかな?」

 その空き家であるはずの建物の中から、話し声が聴こえてくる。

「なんだ、もう着いてたんだ?」

 伊織は、何の警戒もせず、家の中で騒ぐモノ達に声を掛けた。

「あ、お嬢。今まで何処に行ってたんだ?」

 そのモノ達のリーダー的存在である猿顔の青年が、伊織に訊ねた。

「下見」

「どうだった?」

「ん~~、いまいち。だから、明日また出掛けてみるから」

「そうか」

「それで、ソッチの首尾は?」

「ああ。此方は約一万、ってところだな」

「それだけ?」

「自覚しろ。これがお嬢の限界ってこったな」

 言われ、伊織は惜し黙る。

「そっか。《妖妃》様は、ここまでしか許可してくれなかったんだ………」

「けど、それでもやるんだろ?」

「うん。アタシ達の《セカイ》の為だもん。………それに、それしか罪滅ぼしなんて出来ないしね?」

「そうか。なら、此方も全力で遣らせてもらう」

「うん、よろしく。あ。でも、あまり無茶しないでね?指揮はハクに任せるけど、アタシは少し知りたい事があるから一時的に向こう側に付くけど………」

「それは察している。そこは、お嬢の好きにすれば良い」

「ありがとう」

 伊織は礼を言い、すぐさま家から出て行った。

 その途中、暗がりの星空(ソラ)を見上げて呟く。

「さて。鬼と出るか、蛇と出るか………。さあ、文字通り《百鬼夜行》を始めようか……」

 若干の赤みを帯びた満天の夜空は、伊織の思想を煽るように、その神々しさを演出する。


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