第15話 《影》の存在
虚宮城《ヴァルセイド》………。
その城内を、純白の聖衣を纏った女性が歩く。
女性が向かう先は、一つの部屋。
その部屋に、この出来事の主犯が存在する。
「ようやく、《計画》は第三段階に移行するみたいだよ?」
「そうですか…………」
女性が問うと、その主犯たる人物は無慈悲に答える。
主犯たる人物は、十七・八くらいの少年。
「貴方は動かないのですか?」
「僕が動く程の事態でも無いでしょう?」
自分が主犯であるが故に、少年はこの事態の驚異を十二分に理解している。
「でも、予測に無い事態が起こりうる可能性があるんじゃない?」
「無いと思いますよ。カレはそんな事に目を向けないと思いますし」
「でも、他の子達は…………」
「大丈夫ですよ。《夜天騎士団》の方達には各々に任務と称した役目を与えてますし、《七罪聖典》の娘達にはそれなりの役割をこなしてもらっていますので………」
「本当に大丈夫なの?」
「心配性ですね……。まぁ、強いて心配するならば、開花時に開いた『扉』ぐらいでしょう」
「どうして?」
「異世界からの来訪者は、今までの『記録』上無い事ですし、そこから何方が来られるかは僕にも分かりませんから」
「それはそれで心配だけど、ホントに動かなくて大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ま、後はなるようになれです」
「何だか他人事に聞こえる」
「当然です。現に、僕らの目的はカレらをこの《セカイ》に引きずり下ろす事ですから」
「そうだけど…………」
女性が幾ら心配しても、少年が動く事はなかった。
朝起きて、早々に自宅に戻ったワタシは、咲良さんのお叱りを受けていた。
「ごめんなさい………」
深々と頭を下げ、咲良さんからの許しを乞う。
「いい?遅くなったり、帰られない時は、事前に連絡して。少しは心配する身にもなって頂戴!!」
何度頭を下げても、咲良さんが許してくれることは無く、その説教は延々と続いた。
「まぁまぁ咲良、落ち着いて……」
「最中さん。というか、最中さんがそんなだから、妹の柚希がこんななんです!」
酷い言われようだ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけどなぁ…………」
「何を根拠に言ってるんですか!?」
「いやほら、柚希って私より身体が丈夫じゃない?だがら、何かあっても───」
「何かあってからでは遅いんです!」
最中さんにも噛みつく咲良さん。
その言動は、止まることを知らないかのようだ。
ふと、視線を壁時計に向けた。
その時刻は、八時を回っていた。
「どこ行くの?まだ、話は終わってないよ!」
「ふぇ!?」
ワタシがあからさまに嫌な表情をすると、咲良さんは更に機嫌を悪くした。
「ナニ?」
「あ、いえ。何でも無いです」
ワタシが咲良さんの逆鱗に触れないように対応していると、最中さんはワタシが先程まで見ていた場所に視線を向けた。
「あ、そういえば、もう登校時間だね?」
「え!?」
最中さんの機転?に、咲良さんは素っ頓叫な声をあげる。
ナイスです、最中さん………まぁ、たまたまだろうけど…………。
最中さんは、壁時計が示している時刻を確認すると、慌てて居間から消えていった。
何だったんだろう………。
咲良さんの残した僅かな冷気を感じながら、ワタシはそんなことを思った。
「何だったんだろうねぇ………?」
それは最中さんも同じだったようで、ワタシの隣に来てそんな事を呟く。
ワタシと最中さんも制服に着替え、三人一緒に学園へ向かった。
今日の話は、朝から始まった。
「よ、最中。修哉はまだ来てないのか?」
学園に到着し、朝礼を待っていると、背後から声が聞こえた。
最中さんの席はワタシより奧にあるので、当然、その人物の姿はワタシの真横に来るのだ。
その人物の名は、御影恭助さん。
何だか、久々に顔を見た気がする………。
「ん?ああ、みたいだね………」
最中さんは、何か隠しているような口振りで、御影さんに返す。
おそらく、修哉さんが、家に居ない事を悟らせない為だろう。
しかし………、それに何の意味があるんだろう………。
「そっか…………」
そう呟いて、御影さんは自分の席へ戻って行った。
その表情は、残念そうと言うより、何か引っ掛かっている事があるかのようだ。
その表情が心残りとなっていたが、物語は昼頃まで飛んだ。
「あ………」「お………」
当然の展開に呆れながら、最中さんと目の前の女子生徒との会話を待つ。
「久しぶりだな……」
「そうだね。にしても、ソッチの娘は何だか、不服そうな顔をしてるけど………」
最中さんと女子生徒の視線が、後ろにいた咲良さんに向けられた。
「いや、当然でしょ!」
女子生徒の後ろにいた、もう一人の女子生徒が、手前の女子生徒に突っ込みを入れる。
咲良さんが不機嫌となる理由はよく分からないが、目の前の二人の女子生徒にはどこか見覚えがあった。
それはおそらく、一週間くらい前に…………。
「ま。恨まれてもしかたない点は多々あるけど、ひとまず自己紹介させてもらうね?」
そう言って、女子生徒は一歩下がった。
「私は入衛未美。コッチは高塚雅。この先も交流があるだろうから、その時は宜しく」
…………。
一瞬、何の事かさっぱりだったが、咲良さんの表情と、ワタシの頭の中に微かに残る記憶を照合し、何となく状況とこの先の展開を察した。
「んじゃ」
入衛さんは後ろ手を振り、高塚さんと共に、本校舎の方へと消えて行った。
そして、どういう訳か物語は進み、あっという間に放課後になった。
時間の経過が、雑だなぁ………。
そう思いつつ、すでに茜色に染まっていた空を、通学路から見上げた。
「これから、どうするの?買い出し?それとも、まっすぐ家に帰るの?」
綺麗な空に見惚れていると、隣で咲良さんが訪ねてきた。
今のワタシ達は、下校中。
生憎というか嬉しい事に、最中さんは夕礼が終わって早々に姿を消していた。
なので、今は咲良さんと二人きりだ。
「柚希………?」
咲良さんは、再び訪ねてくる。
「あ、はい。何ですか?」
聞いていなかった訳ではなかったが、話の切り出しとして咲良さんに聞き返した。
「聞いてなかったの?この後、どうするっかって話だったんだけど………」
呆れたような表情で、咲良さんは言う。
「特に予定は無いです。買い出しする程の物も無いですし」
「じゃあ、暇だね?」
「そうですね……」
確かに暇だ。
しかし、この状況が映されいるということは、これから何かが起こりうる可能性があることが懸念される。
そう身体を強張らせて帰路を歩いて行くと、予測の範疇の出来事が起きた。
「あれ?柚希と咲良じゃん。今、帰宅?」
まるで、午後の授業をサボり、偶然にもワタシ達の下校に鉢合わせるような形で姿を現した入衛さん。
その入衛さんの荷物と服装は、釣り仕様で仕上がっている。
しかも、今まさに、釣りから帰って来たかのような雰囲気を感じた。
「はい。そうです……」
そう答えたはいいが、隣の咲良さんの表情が何故かムスッとしていた。
何となく心当りがあるような気がしたが、とりあえず突っ込まい………。
「へぇ~~。コッチに家があるんだ」
何となく引っ掛かる言い方な気がする。
しかも、嫌な予感がした。
「あ、そうだ。この後、暇?」
その言葉を聞き、ワタシの掌と額には、うっすらと汗の感触があった。
「えと、暇……ですが……」
少し距離を取りながら、返答した。
「そっか。なら、ウチに来ない?」
「………」
唐突な問い掛けに返答を忘れつつも、ワタシはその予測の事態に、流れるように対処した。
その対処の先、ワタシと咲良さんは、再びいつの間にか合流していた最中さんと共に、入衛さんの後を付いて行き、神成市南西部にある《遊殻亭》に到着した。
初めて見た時から違和感があったが、こうして改めて見ても、その違和感はまったく消えなかった。
「あ、入って入って」
入衛さんは、店の扉を開け、ワタシ達を中へ入れる。
「いらっしゃいませ~~」
最初に聞こえてきたのは少女の声。
店内は茜色の外と比べて暗く、聞こえてきた声の持ち主が何処にいるのか把握するのにしばしの時間が掛かった。
「あ。いらっしゃい………」
従業員とおぼしき少女が、再び挨拶する。
ワタシは、その少女に見覚えがあった。
「おぉぉ、久しぶり~~」
少女は、大手を広げて迎えてくる。
「あ。お、お久しぶりです……」
ワタシは、その対応に圧倒されつつ、少女に返す。
その少女は、以前ワタシと咲良さんが買い出しの途中に出逢った幼女の連れにあたる人物だった。
何というか、世界が狭いというか、話が短縮され過ぎているような気がする。
「適当なトコに座って待ってて」
入衛さんは、ワタシ達を席に案内すると、カウンターの奧へと消えていった。
「お、お水……です」
その声と共に、下から水の入ったコップが置かれる。
気になって視線を机の下に向けた。
「ッ!…………」
そこにいたのは、小柄な幼女。
それも、この間ガラの悪い男達に絡まれていた幼女だった。
幼女は、三人分の水を置くと、そそくさと少女の元に向かい、その後ろに隠れてしまった。
「注文、決まった?」
数分が経ち、少女が注文を取りに来た。
「あ、えと、まだ決まってません」
「そう。じゃあ、決まったら呼んで」
「あ、はい」
「いや、無理に注文を取らなくて良いよ」
ワタシが返事をすると、入衛さんが割り込み、最中さんの隣の席に座った。
「何で?」
入衛さんの言葉に、少女は問う。
「別に、お店に招待した訳じゃ無いからね」
「じゃあ何のために呼んだの?」
「この間の件」
それは、おそらく鉱山地帯での一件だろう。
「そっか。なら、店閉めようか?」
「あ、お願い」
入衛さんの返事を受け、少女は先着していた客を全員帰し、閉店の支度をする。
閉店したことを確認すると、入衛さんは話を切り出した。
「まぁ、こうしてお店に招待したのは他でも無い。この間の件、本当に申し訳ない!」
突如、入衛さんは席から降りて、地べたに膝とおでこを着ける程の深い土下座をした。
当然な対応のように思えたが、同時に複雑な感じを覚えた。
「いえ、そこまで大げさな事でも無いですから──」
「いや、充分大げさになってたでしょ!?」
「そうなんですか?」
咲良さんの突っ込みに、ワタシはわざと目をぱちくりとさせる。
「まぁ、その辺の話は一旦置いといて、今は、あの時の柚希の反応について何だけど………」
ワタシにとっては、その時の蒼い液体にういてが気になっていた。
「柚希って、もしかして《人工生命体》なの?」
「ふぇ!?」
入衛さんの言葉、ワタシの反応に、二人して驚く。
「どうして、そうだと?」
気を戻し、ワタシは入衛さんに訊ねた。
ワタシが《人工生命体》だという事は、ワタシ自身、先日結羽灯さんから聞いたばかりの情報だ。
「あれ?その反応、もしかして違う?アレが効いてたみたいだったからそうだと思ってたんだけど………」
………アレ?
入衛さんが何のことを指して言ったのかは分からないけど、ソレがあの時の現象を生み出した要因だと理解した。
「いえ、合ってますよ?ですが、ワタシ自身も自分が《人工生命体》だとは未だ思えなくて………」
「そうなんだ…………。ちなみに、三人は師法隆充って人物知ってる?」
「いえ………」
ワタシと咲良さん、それに最中さんは揃って首を横に振った。
だが、ワタシはその人物の名字から、嫌な予感を感じた。
「そっか………」
「ちなみに、その方はどのような人物だったのですか?」
その後の展開は目に見えている。
しかし、ワタシはそれを入衛さんに問う。
「ん。世界で初めて、『人型』の《人工生命体》を生成した人物何だよ………」
やはり………。
当然、その人物は結羽灯さんの父親で、結羽灯が探している兄妹を造った人物だと推測した。
「だけど、ある時、《魔導協会》の連中に彼の行いがバレて、彼は亡くなったと聞いてるんだけど……」
そこで、入衛さんの視線は、ワタシに向けられる。
おそらく、入衛さんの中では、ワタシがその人が造り出した《人工生命体》だと思っているのだろう。
「まぁ、さっきの反応から察するに、柚希は違うみたいだね?」
「そう………なりますね」
ワタシが《人工生命体》である事は否定出来ない事実かも知れない。
けれど、ワタシを造り出した人物がいったい誰なのかは、予想の上でしか分からない。
「う~~ん、困ったね………。《人工生命体》の生成は《局》が禁止してるから、迂闊に研究できないし………」
入衛さんは、一人言のように呟きながら、深々と考え始めた。
「そもそも、何故、《人工生命体》の研究をしよう思っているのですか?」
「ん?だって、《人工生命体》の研究は、『錬金術士』の夢じゃん?」
いや、知らないけど…………。
しかし、『錬金術士』か…………その単語、どっかで聞き覚えが…………。
「…………」
「まぁ、そんな話はどうでもいいんだよ」
じゃあ何でしたんだろう?
「それより、三人は《夜天騎士団》って組織について何か知ってる?」
「ヤテン………キシダン…………?」
それは、古事記にでも出てきそうな名前だ。
「いや、知らないかな?」
ワタシと咲良さんは首を傾げ、最中さんが答える。
「そっか………」
「で?その『芋田楽』がどうかしたって?」
「最中さん。《夜天騎士団》ですよ」
「え?あぁ………まぁ、どっちでも良いじゃん」
どうなんだろうか………。
「まぁ、さっきの話から少し離れるけど、実はこないだの件は、その辺と関係があるんだ」
そう言って、入衛さんはその時の状況と意図を説明しだした。
「とりあえず、最初は柚希に渡した小瓶の中身についてだけど…………まあ、簡単に言えば、あれは『経衡天水』っていう経水の一つ何だけど………」
経水って言えば、古事記に出てくる瓶水の事だったような………。
「効能は、対象者に自身の空蝉を映させるんだけど………まぁ、私自身もまさかあそこまで簡単に事が運ぶとは思っても見なかったよ」
それは、単にワタシが単純たったと言うのか、あるいは……、
「で。その後に、柚希に向けて放った弾丸に仕込んであった代物何だけど………」
当然、察しはついていた。
あれが原因で、一人『暴走』してしまった事や、そのお陰で、ワタシの内に存在するであろう『部分』に間近で感じられた。
感謝をすることはできないが、良いキッカケを貰えたと思っている。
「あれは《緑呉水晶》。コッチの効能は、『響奏』って言って、真実を晒す感じかな?」
今、何故疑問系だったのだろう?
「てか、よくあの二つを喰らって生きてるよね?」
…………え?
「それは、どういう意味ですか?」
「ん?まぁ、簡単な話だよ。『経衡天水』の方は特に害は無いけど、《緑呉水晶》の方は少々厄介でね………」
何だか、嫌な予感がする。
「本来なら、一般人には危険過ぎる代物でね。適用者に何のメリットも無い場合は、その人の精神か肉体を破壊する恐れがあったんだよ」
「そんな物を柚希にッ!!?」
入衛さんの回答に、咲良さんは立ち上がり入衛さんに怒鳴る。
「それ。私らも知らされてないんだけど?」
後ろから、先程の少女がトレイで入衛さんの頭を叩く。
「当然だよ。だって、知ってたら要らない先入観と同情で、目的の脱線と、コチラへの被害が起きてたからね?」
「もしかして、それがオジサンからの依頼?」
何処から聞いていたのか。別の少女───高塚雅さんが入衛さんに問う。
「そうだよ」
オジサン………。
それが、入衛さん達にアレを依頼した人物。
「ま。大きな目的な為だからね、仕方ないと言えばそうなんだけど………」
その言葉に、誰もが肩を落としていた。
「で。さっきの話に繋げるけど、柚希にあんな事をしたのは《夜天騎士団》の件に繋がるんだよね」
「どういう意味ですか?」
「実際、私達もその存在は知らないけど、その《夜天騎士団》の《皇》っていう存在を討つ為なんだよ」
その騎士団を討つのでは無く、その騎士達を動かしているでえろう《皇》を討つ計画。
それが正しいのかは分からない。
けど、その先にこの出来事の答えがあるのなら……………。
ワタシ達は《遊殻亭》で、この日の夕食を摂った。




