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夜天幻時録  作者: 影光
最終章 冬郷輪廻編
100/102

第99話 本当の未練

 何者かが描いた“旋律”によって、世界は再び崩落の危機に直面する。

 それは、もう逃れられぬ定め。

 決して後には退けないという覚悟の現れだった。

 だが、それはあくまでワタシ達の話。




「な、何!?いったい、何が起きているのッ?」

 一度偽造された世界が元の状態へと紀元する。

 大地は割れ、天は裂ける。

 そして、割けた大地の隙間から黒焔の炎が吹き出し、裂けた天から重厚な風圧が発生し始める。

 多くの人も街も、強大な炎と風に襲われ、次々とその魂ごと消滅していく。

 ここまで来ては、もう誰にも逃れることなど出来はしない。ある一定の条件を満たした者以外は────。

「もう始まりましたか。もう少しくらい猶予があると思っていましたが………」

「ど、どういうことッ、アン」

 戸惑う中で、風音は目の前で消え行く住民達の光景に絶句しつつもアンゼリカに訊ねる。

「どうやら、ここが神判の刻みたいですね」

「アンは余裕だな?」

「ええ。私は《影法師(エンストス)》ですから」

「なら、その理由も知ってるってこと?」

「ええ。一応ですが」

 人々は消失し、街は焦土と化していく。

 その光景は、まるで『あの時』と同じだった。

 それは、まだこのセカイが創造される前、十の世界が一つであった時、今と同じように大地は焦土と化し街も人もその総てを煉獄の如き炎で消失させた。

 あの時とは色も現象も異なるが、目の前に拡がる光景はそれとは何一つ違わない。

 ────もう誰にも止められない。

 それが、総ての人類種(ニンゲン)の認識だった。

 だが、彼女達は違っていた。

 彼女達には、これを行える人物に心当たりがあった。

「柚希…………」

 風音が、その名を呟く。

 しかし、彼女達には確証がない。だだ、行えるだけの権能(チカラ)を持ち合わせているというだけ。

「これは、あの娘の権能ではありませんよ」

 すると、アンゼリカが補足する。

「え、どういうこと?」

 今度は、サヤカが訊ねる。

「あの娘はあくまで、〈神核〉に過ぎません」

「じゃあ、これは柚希の権能じゃない?」

「似てはいますが、まだ彼女にはこれを行えるだけの権能を有していません」

 消え行く人々の対象が、遂に彼女の大切なモノにも迫る。

「レオッ!」「レオさんッ」

 《夜天騎士団》でもなければ《夜天二十八罫(こどもたち)》でもないない彼らは、その対象となってしまう。

 その者の〈魂〉を体現るかのように、人の存在は真紅の焔となって消失していく。

 それは、《D》の子らも《烙奴隷(ディザストル)》も同じ。

 困惑する彼女達の眼前に、戸惑い狂う残された者達の悲痛や怒号の叫びが木霊する。

「アンッ。この状況を打開するには、どうしたら良い?」

 風音が、唯一の有識者に問う。

「分かりません…………」

「なっ───」

 分かるはずもなかった。

 彼女には、単にこの状況があの時と似ているという認識だけで、それに対する知識など何一つ持ち合わせていない。

「ですが。あの娘は、この状況を何とかしようと足掻くはずです」

 そう。だから、少女は再びこの状況を招いた。

 たった一時の自由を条件に、世界を混迷させ、世界を救済させる選択をした。

 だけど、それを招いたのは、彼女ではない。

「元々、アナタ方が他のセカイを崩落させたりしなければ、今回のようなことは起きませんでした」

 それが、この虚界(セカイ)を崩落させるに到った一番の理由。

「ぐ、それは………」

「仕方ないじゃないッ。あの時はああするように言われてただけだし…………」

「だから、自分たちには関係ないと?」

「…………………」

 愚問。それは誰にも答えられない大罪だった。

「何か、私たちにも出来ることは………」

「ありませんよ」

 オロオロとするアヤカに、アンゼリカがピシャリと言う。

「もう、あの娘に一任するしかありません」

「そんな……。それじゃあまるで、あの時みたい………」

 風音達は絶望に打ちひしがれる。

 だが、それが現実。

 結局、彼女達は過去と何一つ変わらない『選択』をした。

 どう足掻いたって、結果は目に見えて同じだった。

 そういう風に、総てが仕組まれていた。

 そしてそれは、少女が向かう先も同じ。




 街もセカイそのものもあの時に戻って行く中、此処もあの時と同じ状況に陥っていた。

 ワタシが今立っている場所は、地面に生えていた天然の芝生や雑木林は無くなり、紫紺色の沼地のような状態と化していた。

 《神桜樹》があったと思われる桜公園の中央には大きな漆黒の窪みが出来ており、底の方から身覚えのある気配が感じられる。

「まさに、〈煉獄の釜〉だな」

 と。背後から聞き覚えのある声が聴こえてきた。

 振り向けば、そこには〈影騎士〉とリーシャ・ハーメルンの姿があった。

「この先に、〈影の王〉がいます」

「……………」

 その名が出た瞬間、ワタシは思わず息を飲んだ。

「覚悟は決まったか?」

 〈影騎士〉が訊ねてきた。

「いえ。まだ、できていません」

「…………」

 〈影騎士〉もリーシャさんも、怒るわけでも呆れるわけでもなく、ただその時を待っていた。

「柚希ッ!!」

 情の整理を付けようとしている最中、少し遠くの方からこれまた聞き覚えのある声が響く。

 顔を上げ、一度〈影騎士〉とリーシャさんの顔を見る。

 二人とも、やや驚いているような表情をしていたが、すぐさま呆れたような表情へと変えた。まぁ、〈影騎士〉の方は兜で顔の表情は伺い知れないのだが………。

「〈影騎士〉…………」

「リーシャちゃんも………」

 晴さんは睨むように、ニコさんは哀しみに暮れるように二人の名を呟く。

「おや、皆さん。お揃いで」

 リーシャさんが、平然を装い対応する。

 その間、ワタシは〈影騎士〉を指示を受けて、改めて〈煉獄〉の入口の前に立つ。

「柚希ッ………」

 風音さんが、引き留めようと声を上げる。

 だが、彼女の前に立つ二人の《騎士》の存在に、足を動かすことさえできない。

「覚悟を決める必要はない。ただ、キミがどうしたいかを想えばいい」

 〈影騎士〉が、耳打ちするようにアドバイスをくれる。

「〈影騎士〉、オマエッ」

 その言葉に流されるように、ワタシは〈煉獄〉へと飛び込んだ。

「柚希~~~ッ!!」


「これで、後は刻を待つのみか」

「はい。───ですが、それはこの状況を治めた後ですが………」

「……………」

 〈影騎士〉とリーシャ。二人の眼前に拡がる光景は、とても穏やかとは言い難かった。

「リーシャ……。これが、貴女の〈義〉?」

「…………はい」

 一息置くだけで、リーシャは躊躇いなく頷いた。

「───ッ────」

 その解答によって、同じ《聖導図書館(グリモワール)》であるアヤカとサヤカも同時に驚愕し、憤怒の感情を顕にさせた。

 《夜天二十八罫(カノジョたち)》の中には、〈感情〉と呼べるものがほとんど存在しない。そんな彼女達がその感覚に至った要因は、あの少女にあると推測される。

 そして、彼女達は今、そんな少女さえも失おうとしていた。

 きっと、それによる憤怒の感情なのだろう。

 だからこそか、リーシャは少し申し訳なさそうな表情をしていた。

「ですが、もう後戻りは出来ません────」

 リーシャは、意と義を体現するように、大手を挙げ、

「───“異方徒邦(ニルヴァーナ)”っ」

 闇に混沌を上乗せする。

「リーシャッ!!」

 リーシャが発動したそれは、総てを喰らい、その総てを体現した脅威。

 それを止めるすべを、今の風音達は持ち合わせていない。

「……ヴィヴィ。少しいいか?」

「ん?何」

 晴、ヤマト、ニコの三人と相対する〈影騎士〉。リーシャは同じ《聖導図書館》である風音、アヤカ、サヤカの三人と対峙していた。

 因縁ある者同士の戦いを見ながら、リシュトは同じく蚊帳の外状態であったヴィヴィアンとアンゼリカにある提案を持ち掛ける。

「風音ッ、晴ッ、二人のことは頼んだぞ」

 二人が頷くと、リシュトは戦闘中の仲間達に投げやりな策を飛ばす。

「は?」「え?」

 名前を呼ばれた二人がほぼ同時に素っ頓狂な声を洩らす。

 が。リシュトの言葉の意図をすぐさま察したヤマトとサヤカが、その策を実行する。

「なら、とっとと行けッ!当然、そう時間は稼げない」

 サヤカがリーシャの身体を一瞬だけ束縛し、ヤマトは〈影騎士〉の剣を一身に受け時間を創る。

 その一瞬にも満たない間を見計らい、リシュト、ヴィヴィアン、アンゼリカの三人は〈影騎士〉とリーシャの防戦を掻い潜り、〈煉獄〉の門へと飛び込んだ。

 一瞬の隙を突かれた〈影騎士〉とリーシャは、しばしその場で呆然としていた。

 しかし、すぐさまその表情は微笑へと変わった。

「無謀にも程があるな………」

「ですが、それ故希望が持てると言えるでしょう」

 二人は静かに納得する。

「これで、後顧の愁いは去ったかな」

「一時的に、だけどね?」

 風音達もまた、静かに胸を撫で下ろす。

 そしてそのまま、戦場は再び活気を取り戻す。




 そこは、以前に見たことのあるセカイだった。

「此処が、〈煉獄〉………?」

 思わず首を傾げずにはいられなかった。

 〈煉獄〉と呼ぶには殺風景で、これと言って特色がない。

 だが、それとは真逆に嫌な気配はムンムンに感じられる。

 おそらく、此処が正式名称で《悠久廻廊》と呼ばれている場所、そしてこの先にあるのが《屍の園(アウストボレス)》。

 確証は無い。

 だが、ワタシの〈記憶〉にある情報が確かにそれと合致している。

 ワタシはあの時の場景を思い出しながら、先の見えない路を進む。

 先は永く、あの時と同様に拓けた場所に出れば〈試練〉とおぼしき怪物が出現した。

 あの時の感覚、あの時の経験を思い出し活かしながら、怪物を倒す。

「……………」

 幾度が繰り返し、ワタシは一度足を止めた。

 過去の〈記憶〉とは違い、今のワタシはそれほど息切れを起こしていなかった。

 もしかしたら、これがワタシの中に取り込まれた、ワタシが本来持っていた権能(チカラ)

 そう思えば、少し気楽であり重苦しくもあった。

 それでも、今のワタシの『使命』の為、ワタシは再び歩を進める。

 あの時は当然誰かがいた。だけど今はいない。

 ポッカリと穴の空いた孤独感を感じながら、ようやく半分くらいの場所まで到達する。


「この気配………」

 少し遅れて〈煉獄〉へとやって来たリシュト達は、柚希が倒した怪物の残気を僅かに感じとる。

「これは……、《夜天二十八罫(ワタシたち)》のモノでも〈影の王〉に近いモノの気配でもありませんね」

「ということは、全くの別の存在ということか?」

「ええ。そう判断して間違いないかと」

 そこには、もう既に何も無く唯一残っているのは、微かに感じられる不気味という言葉でしか言い表せない気配のみ。

「それで、このまま降って行けばあの娘に逢えるんだよね?」

 先程までずっと無言だったヴィヴィアンが、二人の会話に割って入るように訊ねた。

「ええ、おそらく。ですが、もう少し急いだ方が良さそうですね」

 それは、この場の惨状を見れば、容易に想像できる。


 人類種(ヒト)それぞれに個性があるように、怪物にもまたそれぞれに個性があった。

 それはまるで、総ての〈試練〉に対応しているかのよう。

 だが、今のワタシには、それがただの時間稼ぎのようにしか感じられなかった。

「誰かが、近付いて来ている………?」

 後半辺りに差し掛かったところで、不意に自身や怪物の気配でないものに若干の不信感を抱く。

 これがこの先にいると思われる〈影の王〉のものなら、上から感じられるのはオカシい。

 考えられるのは、その誰かが二人の包囲網を掻い潜って来たということだけ。

 特に気に掛ける必要はないが、少しだけ足を速めた。

 〈獣〉、〈堕具〉、異形と化した〈人間〉。

 それらはまるで、コチラに恨みや憎しみ、嫉みなどの悪意を向けてきているかのように襲い掛かってくる。

 それはまさに、───〈煉獄〉。

 『贖罪』にはうってつけの場所。

 彼らの魂も姿も、今となってはその原形すら留めていない。

 だが、彼らは決して“浄火”される為に此処に現れている訳ではない。

 むしろ、彼らこそがこの場所を彩る『種火』の役割を果たしている。

 それはまるで、貴族の暮らしを見せ付ける為に奴隷が存在するように。

 彼らはこの場で使命も意味もない運命に翻弄されている。

 そんな彼らを救える手段は、もう死殺しか残されていない。

 そう結論付け、ワタシは〈獣〉と〈堕具〉を掃討した。

「あ、いたッ」

「柚希!」

 最後の〈堕具〉の消失を認識したその時、後方から二つの声が聞こえ、三つの気配がワタシの背後まで近付いてきた。

「ヴィヴィアンさん……。リシュトさんに、アンゼリカさんも…………」

 内心でため息を吐きながらも、彼女達の名を呟く。

「や、……やっと追い付いたぁ………」

 若干、息を切らしながら、ヴィヴィアンさんがワタシの背に乗っかる。

「みなさん。どうして此処に?」

 ヴィヴィアンさんの身体を床に放りながら、リシュトさんとアンゼリカさんの方へ向きながら訊ねる。

「心配、だからかな?」

 何故か、曖昧で疑問系を付けて答えるリシュトさん。

「足手まといなのは重々承知の上ですよ」

 弁論するように、アンゼリカさんが口を開く。

「ですが、私たちは貴女が心配しているのは本当です。…………それに、上は現在、目下激しい混乱状態の最中。その中で私たちも私たちなりに足掻くと決めた(カタチ)です」

 そう語るアンゼリカさんの瞳に嘘偽りは無いのだろう。しかし、彼女が言った『足手まとい』という言葉が、ワタシの中でどうしても引っ掛かっていた。

 だが、そんな問答すら面倒に到ったワタシは、アンゼリカさんの言葉を鵜呑みにして先を急いだ。

 確かに、アンゼリカさんの言う通り、三人は足手まといだった。

 人類種に対してはそれなりに殺り合えると言っても、今目の前にしているのはそれとは比べ物にならない程の〈怪物〉。

 彼女達の攻撃は、稚戯に等しかった。

「くそっ、何なんだよコイツッ。全く攻撃が通らないじゃないか」

 防戦一方にはなっていないものの、戦況は極めて悪戦苦闘の一途を辿っている。

「ハァァアアアァァァァ~~ッ!!」

 《六導十八門》────。

 三人が悪戦苦闘している中、ワタシは右眼に宿った《皇力(ルーン)》を少しだけ解き放つ。

 ───“七式四之型”。

 元々持っていた小太刀に《皇力》を流し込み、その形状を変化させる。

 イメージは、太刀。

 ワタシ一人だけだったら、ここまでの時間は稼げない。そういう意味では、三人に感謝すべきなのかもしれない。

 “螺旋九尾(らせんきゅうび)”ッ!!

 放つのは、一閃。けれど、その刃は九本の『波』を起こす。

「凄いな………。これが《(ディンギル)》の権能か」

 肩を息をしながら、三人とも怪物の消滅を呆然と眺めていた。

「いえ。これは《竜皇(ディエルゴ)》の権能ですね」

「でぃえるご……?」

「《竜》を凌駕する〈皇〉の力ですよ」

「〈皇〉…………」

「なんだか、私たちの〈皇〉に似てる感じだね?」

「遜色は無いと思いますよ。そしてそれは、この先にいるでしょう〈影の王〉もとい、《影皇》と類似あるいは同等の権能」

 その先も、この調子で怪物を倒していった。

 時々、権能を解放したり、新たな剣技を試したりした。

 そうしていく内、気が付けば既に〈煉獄〉の終点に到着していた。

「この先に、その《影皇》がいるのか」

「ええ。そのはずです」

 何故か、ワタシよりも凄い緊張感を抱いている三人。

 そのお蔭か、ワタシが抱く緊張感は逆に冷めてしまった。

「さて。これからどうするかだけど………────って。お、おいッ?」

 三人の意を無下にし、ワタシはズカズカと先行して大広間へと歩いていく。

 此処での記憶は過去に一度、この空間で〈彼女〉と出逢い、《護衛獣(ドミニオン)》と戦った《屍の園》と呼ばれる〈煉獄〉の終着点。

「ようやく来たか…………」

 大広間の奥から、洗礼された男の声が聞こえてきた。

「アイツが、《影皇》………?」

「…………修哉、さん?」

 その見覚えのある人物に、ワタシは一瞬唖然とする。

「知り合い?」

「え、ええ。一応……」

 とはいえ、彼、織詠修哉とは、春頃に数日ほどの面識しかない。

「どうして、アナタが………」

 ワタシは、当然の疑問を咄嗟にしてしまう。

 少し考えれば解る事だった。

 幼少の頃は『小薙悠哉』という名も持ち、現在は『織詠修哉』として生活していた。

 接点は充分だ。

 だが、それでも理由が見付からない。

「悪いが、今のオレは《影皇》。〈影の王〉とは、今回限りの誓約だ」

 きっと、理由なんて無いのだろう。

 ワタシが此処に来たように、彼もまた、その権能がありその役目があってワタシ達の目の前に立っている。

「では、ワタシはアナタと戦わなければならない」

「キミが、そう望む(・・・・)のならな(・・・・)

「え……?」

 その言動から、ワタシ達が戦う意味はほとんど無いように感じられ、ワタシは思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。

「要は、『このまま地上に戻り、世界の崩落を受け入れる』か、『オレを倒し、世界を無かったことにする』かというだけのことさ」

「それは…………」

「どのみち、この世界を救う方法は無いということか」

 リシュトさんが、結論のみを口にする。

「ですが、方法はもう一つだけあります」

 期待を取り戻させるように、アンゼリカさんが〈影皇〉を睨む。

「ああ。だが、それが本当に可能ならな」

「どういうこと?」

 この話題にいまいち着いていけていなかったヴィヴィアンさんが、首を傾げる。

「オレを倒し《零時計画》を完遂させ、〈彼〉も打倒し、再び《虚幻計画》を始動する。ま、これを世界が崩落しきるまでに行うことが出来れば、だがな」

「…………」

「そ、そんな……」

「アンは知ってたのか?」

「ええ。一応、触り程度ですが………」

 確かに、それは無謀だ。しかし、不可能ではない。

「その前に、アナタが早々倒されてくれるはずがない」

「ああ、当然だ。それがオレの、唯一の『役目』だからな」

 それが、彼が最中さんや伊織さん、勿論ワタシとも違う『生きる』ということの〈本質〉。

 それは決して他人には理解されない生き方。

 されど、そうでしか自分を『生かす』ことはできない。

 そして、ワタシも彼も、既に過去を棄てた存在。

 だからこそ、やるべき事は一つ。

「「………………」」

 ワタシも〈影皇〉も、ほど同時に剣を抜き、その剣に《皇力》を流し込む。

 ワタシの剣は桜色に、〈影皇〉の剣は闇色に輝く。

 互いの《皇力》の違いは、その発光色のみ。

 それは、互いの権能の違いも加味している。

 〈生者〉として、〈死者〉として。

 互いに譲れない『生きている意味(モノ)』の為に、ワタシ達は自身の使命(おもい)をぶつける。

 本来の力量差であれば、五分と五分であっただろう。

 しかし、今のワタシにはそれに届く本領を発揮できていなかった。

「ははっ。どうしたッ、これが〈桜〉の権能か!」

 とても、斡戦とは言えない攻防。

 それでも、ワタシは必死に食らい付いた。

 たとえ攻戦が難しくとも、数十分の一の攻撃は必ずどこかで効いてくるはずだと信じて。

 〈影皇〉の剣は、まるでコチラの精気を奪い取っているかのように、その一撃一撃に嫌な痛みを感じる。

 幾分か猛対を受けている内、それが、痛みでないことに気付く。

 それは、ワタシと〈影皇〉の存在の類似性を直に感じさせた。

「ハァハァハァ─────ウ、クッ………アガッ」

 そして、それは〈瞳〉にも影響を及ぼした。

 未だ解明されていない、ワタシの〈瞳〉の謎。

 何故、左右で色が異なるのか。何故、〈竜〉や〈桜〉に干渉するのか。

 謎は多い。が、今は解明している場合ではない。

 だから、ワタシはそれを逆手にとった(・・・・・・)

 蒼く光る右目、黄色く光る左目。

 植え込まれた権能は違えど、扱う者は一人。

 それに、今は両の目が反応している。

 ワタシか今感じているこの“感覚”が間違いでないのなら、活けるはず。

 受身を取りつつ後退し、この感覚に身を委せるように身体に《皇力》を注ぐ。

「ようやく、権能の本流に気付きましたか……」

「え?」

「……そうか。これが………」

 いまいち理解の追い付いていないヴィヴィアンさんと、直感的に理解するリシュトさん。

 何の事かはさっぱりだが、それでもワタシは自身の意に従う。

 身体に流し込まれた《皇力》の輝績(ヒカリ)は、蒼窮(そら)と大地を体現する。

 〈竜〉の左目、〈桜〉の右目。

 おそらく、さっき〈影皇〉が怒声を上げたのはこの事だったのだろう。

 これで一つ、ワタシの瞳の色の理由が解った。

 ─────《六導十八門》、零式桜之型“飛竜一閃”!

「ハァアアァァァ~~~~ッ!!」

 両の目に宿る権能を最大限に使い、ワタシは今のワタシが行使できる全身全霊を〈影皇〉に与える。

「ぐっ……ッ」

 その一撃で、〈影皇〉がようやく初めてよろめく。

「ははっ、この土壇場でようやく己のチカラに気付いたということか……」

 それでも、大きな一撃とはいかなかった。

 それだけ、絶対的な力量差があるということ。

 しかし、それが通らない訳ではない。

 それではただの延長線上。何か、大きな決定打があれば…………。

「うぉおおぉぉぉ~~ッ!」

「ハァアアァァァ~~ッ!」

 次の策を講じるため少し後退した刹那、それは聞こえた。

 次の瞬間。空爆のような一撃と烈空のような一閃が、〈影皇〉に向けて放たれた。

「くっ………」

 それは、〈影皇〉にとっても不意の一撃となったようで、その身体は再びよろめいた。

「やってくれるじゃないか。ザコ風情がッ!」

 が。やはり攻撃は全くと言っていいほど効いておらず、逆に〈影皇〉が怒咆と共に放った一刃によって大きく後方へと薙ぎ飛ばされた。

「晴さんにヤマトさん、それにニコさんも………」

 突然の奇襲は、残る《夜天騎士団》の面々だった。

「オマエたちは〈影騎士〉と戦ってたんじゃ……」

「アイツには逃げられたよ」

「だから、その腹いせにその親玉であるソイツに一撃お見舞いしに来てやったわけだ」

 何だか、理不尽この上ない理屈だが、今はとりあえず感謝しておこう。

「結局アイツも、名目上の〈帳〉に過ぎないということか…………」

 ? 言っていることの意味は不明だが、どうやら《影法師》の誓約に関する部分だと思われる。

「そんな事などどうでもいい。さぁ、続きを始めようか」

「……………」

「ん?どうした?」

 そう言えば、ずっと気になっていた。

「その前に、一つ訊いて良いですか?」

「おいおい、この状況でか?」

「ええ。おそらく、最後になるでしょうから」

「そうか…………。なんだ?」

 〈影皇〉が聞く耳を持ったと感じた瞬間、ワタシは一度心の内で小さく深呼吸する。

「アナタは、どうして〈彼〉にあんなことを言ったんですか?」

「……………」

 そう。よく考えれば、不明瞭なことだ。

 この状況にしたって《零時計画》という存在にしたって、何故〈影皇〉はそこまで『死』に拘るのだろうか?

 本来であれば、彼は命を奪う側の存在。

「ふ……。簡単なことさ」

 〈影皇〉は、不適な笑みを浮かべる。

「〈魂〉はあるべき場所に、だろ?」

 それが、答えの総て。そこに、何の意味もなく、理由もない。

 それで充分だろう。

 だからこその、〈彼〉の『あの行動』なのだろう。

 だったら────。

「もう一度だけ、ワタシに、いえ、ワタシ()にチャンスをくれませんか?」

 ワタシは、あの時の〈彼〉のように〈(カレら)〉に手を差し伸べる。

「は?」

「柚希、何を…………」

「ふっ、そうか。確かキミは、アイツの記憶も持っているんだったな」

「はい。さすがに、今の〈彼〉が何をしようとしているのかまさでは分かりませんが、それでもワタシ達にも何か出来ることがあるはずです」

 ワタシは、自分には無いはずの感情でその言葉を発していた。

「……………」

 望みは、限りなくゼロ。

 それでも、この方法が最も正しいと感じた末の言動だった。

「それでキミはどうしたいんだ。アイツを、どうするつもりなんだ?」

「それは………」

 正直、そこまでは考えてなかった。

 それが、世界を救い、〈彼〉も救える路だと直感した結果だった。

「───だが、それも良いのかもしれないな………」

「え……?」

 ワタシや他の人達の戸惑いを他所に〈影皇〉は話を進める。

 ────刹那。

「ガッ───」

 〈影皇〉から闇色にも似た影色(・・)の瘴気が、ワタシの身体に入り込んできた。

「ア、アァァアアアァァァァ~~~ッ!!!」

 突如として鳴り響く咆哮。

 それは、今だ地上にいる風音達にも聴こえるほどの声量であり、威力を轟かせた。

「な、何ッ。今度は何なのッ?」

 崩落以上の威力をもたらす咆哮は、崩落では消しえないモノまで削り取っていく。

「ま、まさか………」

 予想打にしていなかった事態に、リーシャさえ戸惑っていた。

「リーシャ、何か知ってるの?」

「そ、それは…………」

 もう、敵味方など関係無い。

 そう判断したリーシャは、風音との以前の約束通り、風音達の力となり、共に〈煉獄〉へと降っていった。


 既に、事態は最悪を越し、もう災厄を体現していた。

「ヴォロロロロロロォォォォ~~~~ッ!!!」

「ダメ!柚希ッ。呪いに呑まれないでッ、自分を見失わないでッ!!」

 風音は、暴走した柚希を止めるべく、その小柄な身体を抱き必死に懇願する。

「オズッ」「オズ様!」

「ダメッ、行かないで!もう、私達を置き去りにしないでッ!!」

「ヴォオオォォロロロロロロォォォ~~~~ッ!!」

「───、柚希ッ!」

 暴走を一層強める柚希。風音はそれに呼応するように抱き締める手に力を込め、ありったけの願いを込めてその名を叫び続ける。

 もう声など届かない。けれど、それでも叫び続けた。


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