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とある雨の日と感情の話

作者: 式十

気怠さに身を任せて自転車で道を走っていると、ツバメが低く飛んでいた。

『ツバメが低く飛ぶと雨が降る』と言う言葉、次に「台風近いし雨降るから気をつけろよー」と言う母さんの言葉が脳裏に浮かんだ。

__やっぱり今日は雨なんだろうねぇ。

ほぼほぼ雲に覆われた空をぼけーっと見上げて、電柱にぶつかる。

あまり気分が乗らない朝の話だった。



大嫌いな普通の人間がやってきたのは1時間目、何もしない時間だったのは2時間目。3時間目は美術室での授業に少し参加するだけで終わるハズだったのに、美術の教師が結局最後まで留まらせた。騒音に吐き気を覚え、実際後で少し吐いた。

定期的にやってくる鬱に心を蝕ませ、泥の様に眠った。起きるともう昼前で、猫みたいな来客こと先輩が来ていた。わざわざ近所のコンビニでカップヌードルを買ってきて、腹が空きやすい俺への嫌がらせの如く旨そうにすすっていたので消しゴムを投げてやった。

畜生め、前にきたのは確か1ヶ月前だったか。今度と言う今度はいじめてやろう、と難しい数式を解きながら考えていると、やっぱり4、5問ほど間違えた。ここ最近数学はしてなかったし、昔のオレなら解けた問題だったから、腕が鈍っていたのだろう。

時おり隣で同じ問題を解いている奴にアドバイスする先生の声がして、その度におっしゃ勝ったー、と拳を握った。

悔しくも和やかな、昼前の話だった。



異性の中で一番仲が良い(と言っても自分は同性愛者なので恋愛対象ではない)友達と、最近特別教室にやってきた小学校からの知り合いがいない。それ以外はいつも通りの昼食を済ませると、先輩が勝負を仕掛けてきた。

この間みたく嘘泣きされると色々な意味で困るので、手加減して負けてあげた。



5時間目が始まってしばらくすると、先輩は高校指定のモノであろうスカートを翻して去って行った。

嵐みたいなお客様だ、と苦笑いして窓を見ると、やはり雨が降っていた。

普通の教室では体育をやっているらしく、家庭訪問で美術と体育は覗きに行く約束をしていたのでとりあえず一人で見に行く事にした。

誕生日に中古で買った文庫本を持って体育館に向かったけど、すぐに小走りで体育館用のシューズを取りに戻った。少し息を整えてから2階に上がり、ドアを開けて覗いてみる。

生徒が反復横跳びやら何やらをしていた。

前から嫌いだった狭い空間で、人の群れが「お前みたいな怠惰の塊は来るな」とでも言わんばかりに運動に励んでいる。

そんな風に見えた気がして、勢いよくドアを閉めた。階段で2回目の鬱が心を飲み込んだ。

しばらくそのままでいたけれど、気分が悪くなったので戻って来てすぐ腕枕をして眠った。

目を覚ますとちょうど6時間目が終わっていた(特別教室は普通より早く授業が終わる)。

先生は何も言わなかったので、恐らくまた何もない時間だったのだろう。

ガラクタの詰まったカバンを持って来客用の玄関をくぐると、風と雨がオレの燃えたぎる帰宅意欲を削ぎ落とした。



物静かな友達に別れを告げて、学校を出る。

自転車で走る事約2分、雨足が強くなってきた所で一旦止まって大嫌いなレインコートを纏った。

途端に風が強くなり、慌ててオレは自転車を押しながら歩く。

昨日はただ歩きたい気分で歩きながら帰ったけれど、今日は酷いもんだ。

雨は強いわ風は強いわ、レインコートはオレの身体と融合したいのかぴったり張り付いて来る。

何様のつもりだ。

ぐるるるる、と獣のそれと同じ唸り声をあげていた。


……のは、長い長い帰り道の最初までだった。


ツバメの鳴き声との区別がつかなくなるぐらいに風が強くなると、3度目の鬱が身体に重くのしかかった。

激しい雨はひ弱なオレを嘲笑う。

ひときわ強い風が吹く度に、自分が消される様な感覚を覚える。


そんな自然の脅威に、いる訳もない『神』の存在を見出だして恐怖を覚えた。……強風だけに。


このまま消されてしまうんだろうか。

だとしたら、周りの人達はオレを忘れてしまうのか。


先生とか、あいつとか、姉貴とか。



……大好きなあの子にも、忘れられてしまうのだろうか。



そう思ってしまった。


こうして消えそうになっている間、あの子はどこで、どんな空を見ているのだろう。

……間違いなく学校だな。だとしたらやっぱり忘れてしまうだろう。


__悲しいなぁ、と一人で笑っていた。



馬鹿らしい錯覚と初めての悲しみに浸りながら、刃の様な強風と大粒の雨に打たれて歩く。その様はまるで現世に居場所がない幽霊みたいだ、と客観的に思ってしまった。

……現実に居場所がないのは正解だけど。


__そんな感じの、忘れたいけど忘れたくない、重苦しい幻を散りばめた帰り道。


悩みに悩んだ末、やっぱり覚えておきたくて、こうして綴る頃には……



きっと、いつもの一途なバカ根暗に戻れてるハズだよなぁ。

重苦しくて、大切で、非日常的。そんな一番俺らしく過ごせた『日』を、少しでも覚えておきたくて書いたモノです。

俺の中では鬱が1日3度来るのは普通ですがね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今日、大雨でずぶ濡れになって、しかも盛大にこけて嫌な気持ちになってたんですが、これを読んで、そんな日も必要なのかなと思えました(何言ってるかわからん) いやー、それにしても文章うまいですね…
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