今更
さて、商会のあれやこれやは片付いた。
カリムの商会が運送を担ってくれることによって、関税は通常の税率で領境を通過することが可能になった。
他の商会にとっても、カリムの商会に運送を頼むことによって、高い護衛や人件費削減によるコストカットが実現。
カリムの商会もそれによって、利益を得る。
まさに、互いがWin-Winな関係に。
正直、今回関税を引き上げた領の領主との交渉は上手くいってない。
第二王妃辺りが妨害しているんでしょうけど。
税率は基本各領主の裁量によるものだから、破門が冤罪であったことを理由に下げてくれとお願いしたところで、「それは良かったですね。ですが、我が領は全体的に税率を上げています。これが我が領の方針です」と言われれば終わりだ。
アルメニア領の周りだけ、一斉に税率が上がるなんて作為しか感じないけれども。
訴えたところで、上に待ち構えているのは第二王妃なのだ。
握り潰されるに決まっている。
お父様が宰相といったって、各領主に命令権がある訳ではないし。
各領主への命令権があるのは、王のみ。とはいえ、その王も病気で伏せっているし。
まあ……どちらにせよ、税率が領主の裁量というのは変わらない事実。
平時において王が命令権を発動し、領主の裁量を侵すことはない。
八方塞がりとはこのことだ。
……一応目的は達成したし、このまま領に帰るか。セバスが優秀といっても、そろそろ仕事量が大変なことになっているだろうし。
あー……でも。もし、ディーンがいたら何とかなってそうだな。
なんて事を考えつつ、書類を片付けていた。
「ターニャ。そろそろ領に帰ろうと思うのだけど」
「それが宜しいと思います。早速日程を調整させていただきます」
まあ……色々挨拶やら後処理があるから、後何日かはいることになるでしょうけど。
「よろしくね」
ああ、領が懐かしい。
学生の頃のように1年・2年領から離れていた訳じゃないのに、随分帰っていないような気すらする。
それだけ濃い日々だったということよね。
「お嬢様。ミモザ様からお手紙が届いております」
私はターニャからそれを受け取ると、ペーパーナイフで封を開け、中の手紙を見る。
ここ最近、速読が更に磨きがかかった気がするわ。
一通り読むと、それを閉じて再び便箋に戻した。
「……随分大変そうだわね」
手紙の内容は、この前のダンメについての謝罪に対する返答だった。
特に気にしなくて良い、逆に気を使って今後誘って貰えない方が寂しいというミモザらしい優しい回答。
けれどもそこからいつの間にか、結婚についての話になっていっていた。
随分結婚……否、婚約相手を探すことに難航しているようだ。
やっぱり、ミモザの家は中立派だからね……余計慎重になってしまうのかもしれない。
でも、そろそろそれを理由にゆっくりしていられない、という焦りもまたミモザから感じた。
貴族の子女にとって、相手の家との結びつきが重要だからこそ、相手の家がどの派閥に属するのか、または属そうとしているのか見極めが重要なのは分かっている。
相手の家の家格が重要なのも、重々分かっている。
けれども、その見極めをしている間にも時は平等に過ぎていく。
……貴族の結婚年齢は、日本と比べればそれはそれは若い。
社会背景も価値観も何もかも違うのだから、それは当然といえば当然なのだけれども。
という訳で、アイリスの記憶と照らし合わせると焦ってしまう気持ちも分からなくもないのだ。
あくまで、“分からなくもない”で“分かる”ではない。
私も結婚していないのだけどね……最早結婚に夢を見てないし。
焦らずに落ち着いて待っていた方が良いわ、という旨の返事を書く。
相手の家も含めて相手の見極めは重要だもの……なんて私が書くと、重みがあるなと自嘲してしまった。
「……そういえば、ライルとディダは大丈夫かしらね」
昨日・今日と連続でライルとディダはお祖父様に連れて行かれてしまった。
彼らは、私の護衛なんだけど……まあ、カイルの商会とのやり取りに関する書類が溜まっているから、特に外出の予定もないから良いのだけどね。
「二人なら、連日連れて行かれても大丈夫ですよ。ガゼル様の元で何年も修行を積んでいるのですから」
「……それもそうね」
ターニャと話をしていたら、ノック音が聞こえてきた。
ターニャが扉を開けて対応をする。
そこにいた使用人と話しているうちに、ターニャの表情はどんどん険しいものに変わっていった。
「………すぐに追い返してください」
「ですが……」
冷たい声でその言葉は、かなり迫力があったというのに、使用人は怯みつつも引かない。
「良いです。私が行きますので」
これ以上言葉は不要とばかりに言い切った。
けれども、ターニャのその言葉に相手はほっとしたような表情に変わる。
それだけの人物が来ている……ということかしら。
「……ターニャ」
「失礼致します。私、ただいま対応して参りますので」
そしてターニャの様子を見るに、私には知られたくない……内々に処理してしまいたい、ということね。
「ちょっと待って。ターニャ、誰が来ているの?」
「お嬢様はお気になさらずとも大丈夫です。私が、全て対応致しますので」
「………ターニャ」
もう一度名を呼ぶと、ターニャは困ったような表情を浮かべていた。
「ヴァン・ルターシャが、お嬢様を尋ねに来たと」
「……ヴァン様が……」
予想外の名前に、私も思わず動揺してしまう。
「ライルとディダがいない以上、下手に接触をしない方が良いでしょう。相手が何を企んでいるのか、何を起こすか予想ができません。……それに、先触もれなく訪れるなんて失礼にも程が過ぎます」
まあ、確かに。そもそも、こっちは話したいことなんて何もないもの。
私の時は話を聞いてくれようとしなかった彼らに、何故私は話を聞かなければならないだろうか。
「……そうね。よろしく頼むわ、ターニャ」
「畏まりました」




