商談
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ルドルフ侯爵は第二王子派の貴族の一つ。
何を思ったのか、以前にあの建国記念祝賀パーティーに出席した後で、私に自身が主催するパーティーの招待状を寄越してきた家の一つ。
第二王子派だからとお母さま共々断ったのは、記憶に新しい。
……さて、ここで一つ。何故、彼はルドルフ侯爵の名にここまで反応を示しているのか。
その答えは単純。それは、ルドルフ侯爵との繋がりを彼は隠しておきたかったからだ。
「……失礼ですが、何故ルドルフ侯爵様のお名前を?」
「とても、仲が宜しいのでしょう?“エドワード様へのお願い”を聞いて貰えるほどには」
「………っ!」
ポカン、と衝撃を受けたようにヴルドは口を開ける。ああ、面白いほどに反応をしてくれてるわ。
私はニマニマとした笑みを扇子で隠しながら、その様をただ黙って見ていた。
「……そんな事より、本題に移りましょう」
「本題、ですか?」
「ええ、そうです。今回、私どもののベンネル商会とアズータ商会の経営協力の件についてです」
「確か私どもは王都とその他幾つかベンネル商会が保有している場所と人材を譲り受ける代わりに、資金の提供をする……でしたか」
「ええ、そうです」
「……残念ですが、それでは承諾しかねますわ」
「……なっ!」
「人手不足なのも、場所を欲しているのも確かにそうですけれども。けれども、それは別に他から補えば良いこと。……そちらの提示する資金を払ってまで欲しいとは思いませんもの」
「そうかもしれません。ただ……お言葉ですが、アイリス様。アズータ商会は、エドワード王子への繋がりが欲しいのだと見受けられましたが?」
ほうら、来た。エドワード様との繋がりを盾と矛にして、有利な条件を引っ張り出そうと。
でも、向こうの条件を飲むつもりはない。
だって向こうの提示した金額は、ありえないほど高い。本当に、よくこれだけ借金をこさえたわね……と思ったぐらいだ。
最初に金額を見た時は、足元みて吹っかけてきてるのかな、と思ったわよ。
「ええ、ヴルド様が仰られる通り、私どもアズータ商会は王都での足がかりとしてエドワード様へのつながりが欲しいですわ。……ですが、よくよく考えたら別にそこまで資金を出さずとも、それこそ他に打診をすれば良い訳ですし。お宅の商会が、ルドルフ侯爵にも打診をしたように」
「何故、それを……!」
もう、彼は取り繕うこともしなかった。驚きを、そのまま口にする。
「ふふふ、我が商会の耳はとても大きいのですよ。幾ら断られたからといって、従業員にそれで当り散らしたり、酒場で愚痴を言ってしまえば、すぐに広まってしまうものです。もう少し、周りに気を配ることをお勧めしますわ」
ターニャを労った理由は、コレ。本当に彼女の情報収集能力はすごいわ。
「くっ………!」
「話がそれてしまいましたわね。せっかくルドルフ侯爵に“お願い”をしてまでエドワード様とつなぎをつけ、アズータ商会から人員を得たというのに、今では商会の内状は火の車。最早、風前の灯火………今日の今日私が断ればもう明日にでも店をたたまなければなりませんね」
“お願い”は、エド様に目をかけて貰うということ。つまりは、ウチから人員を引き抜くために、エド様の庇護下に置いて貰うということだった。
そうなってしまえば、エド様……というか王族とコトを構えたくない私は、文句を言い辛くもなるわよね。
まあ……コトを構えたくないと思うのは私に限ったことではなく、他の商いをする者たちも同じ。
つまりは、私だけでなく商業ギルドからの不満も抑えることができる訳だから、怖いものはない。
通常、あんなにあからさまに従業員を引き抜けば、こちらとて商業ギルドを通して苦言を呈することだってできる筈だった。
けれどもそれができなかったのは、先の破門騒ぎの他に、王族の庇護下にあったせい。
そのせいで、こちらの文句は全て握り潰されてしまったのだもの。
そりゃ、私には知られたくないわけだ。
閑話休題。
ルドルフ侯爵にとっては良い取引だったでしょう。商人とエド様の仲介をするだけで、懐が潤うのだから。
そうして“利”で繋がった間柄なのだから、ここまで商会の経営が悪くなってしまえば、切り捨てるのも当然と言えば当然だろう。
「…………」
目の前の彼はそうと分かるぐらいに狼狽していた。
「……このままいけば、貴方も借金で首が回らなくなる。私との取引を止めて商会と心中するか、それとも商会と借金共に綺麗さっぱり縁を切って新しい状態でスタートするか。そのどちらか、です」
憎々しげに私を見る。まあ、仕方のないことだけれども。
彼にとって私は、救いではなく全てを奪う者なのだから。
何度か口を開きかけては止め、開きかけては止め……けれども、ふいに何かに気がついたかのような表情を浮かべて忙しなかった彼の表情は落ち着いた。
……何に、気づいたのか。
「……つまり、貴女の条件は私の退任でよろしいでしょうか」
「ええ。この商会に資金を提供する代わりに、貴方はこの商会と金輪際関わりを持たない。それが、私の条件ですわ」
ふう、とヴルドは溜息を吐いて微笑む。まるで、心の整理がついたとでも言うかのような清々しい表情。
けれどもそれを見て、私が思ったことは……。
白々しい、その一言に尽きる。
本当に、アルメニア領の商人たちの面の皮一枚でも剥いでつけた方が良いのではないかと思うぐらいだ。
その清々しい笑みにそぐわない、爛々とした目の輝き。
この段階でも、自分の利する方へ利する方へいう計算を行っているということは目に見えている。
「……分かりました。では、その条件をのみましょう」
温かいお言葉、本当にありがとうございます。
書籍は大幅な加筆と、アニメイト様ととらのあな様用にSSを書き下ろしました。見かけた際には、是非お手にとってみてください。
11/11加筆
申し訳ございません。
現在販売中の書籍ですが、一部誤植がございます。
最初の挿絵のライルとディダの名前が逆になってしまっているというものです。
重版された際には、そこは修正されるとのことでしたが……。
取り急ぎ、こちらでご報告させていただきました。また、次話をアップする時にこの文を載せさせていただきますが、取り急ぎこちらでご報告させていただきました。
既にご購入いただいた方、大変申し訳ございません。




