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とある男の戸惑い

2/2

警戒をとくことはしなかったが、とりあえず彼女の後についていく。


「……ターニャ」


ふと、彼女は誰もいないところで名を呼んだ。


誰もいないぞ……? そう思うのが先か後か、彼女の前にいつの間にか別の女が立っていた。


「お呼びですか、お嬢様」


「ええ。すぐに医者の手配をお願い」


「既に準備は整っております。後は、お嬢様の指示を待つばかりです」


「まあ、流石ターニャ。……それで、貴方はどうする?」


いきなり話をふられて、困惑するより他ない。


「どうするって……」


「貴方の弟さんのところへ医者を連れていける準備は、既に整っているわ。後は貴方が私を信じて弟さんのところへターニャと医者を連れて行くか、それとも先に私の屋敷に来るか選ぶだけ」


一瞬、気持ちが揺れた。正直、今すぐにでも連れて行きたい。


……けれども。


「……お前の屋敷に行く」


俺は、後者を選択した。俺のその言葉に、アイリスと名乗った彼女は目を細める。


「まあ、どうして?」


「さっきも言ったように、得体の知れない奴をいきなり信用するほど、俺の頭は湧いちゃいない。お前の屋敷を見て、お前との話をしてからでないと、弟を安心して任せることはできない」


正直な気持ちを述べると、彼女は何処か嬉しそうに微笑んだ。


「正論ね。……気が変わったら、いつでも言いなさい。ああ、料金の方は気にしなくて良いわよ。貴方に対する前払いだから」


「……分かった」


そうして、再び歩き始めた。少し歩き、大通りまで到着すると、そこに停めてあった馬車に乗り込んだ。


乗り合いの馬車ではなく、自身の持ち物らしきそれ。しかも、地味な意匠であるが、見る人が見れば一級品と分かるものだ。


……アズータ商会の会頭というのも、あながち嘘ではないのかもしれない。


そんな風に考えていたら、彼女に再び名を呼ばれ我に返った。


ええい、ままよ……!


覚悟を決めて、俺はその馬車に乗り込んだ。


互いに無言のまま、数十分。随分遠くまで来たと思ったら、いつの間にか貴族の屋敷が立ち並ぶ区域まで来ていたらしい。


馬車は、その区域の中でも取り分け豪奢な建物に入っていく。


……は?と、唖然としているうちにも馬車はどんどん進んでいった。


「ようこそ、アルメニア公爵家へ」


「……こうしゃく、さま?」


彼女の言葉に、再び衝撃を受ける。


公爵なんて、一生関わる事なんてないと思っていたのに。まさか、こんなにも唐突に遭遇するものなのか?


「さ、早く中に入って」


促されて、中に入る。


どう進んだのか、まるで迷路のように左に曲がっては右に曲がりと繰り返した。


断言できるが、帰り一人では玄関にたどり着けないだろう。まず間違いなく、屋敷の中で迷う。


“あいつ”に奪われるまで、わりかし裕福な生活を送っていたと自信を持っていえる俺でも、こんな屋敷見たこともない。


やっとのことでついたのは、応接室らしき部屋。


もう何がきても驚くまい、そう思いつつ示された席に座った。


「……落ち着いたかしら?」


「そう見える……いえ、見えますか?」


思い起こせば俺、ずっと丁寧な言葉なんて使ってなかったな。それが元で、罪に問われたりしないよな?……まあ、そうなったらその時はその時だ。


恐らく、コイツは俺に何かをさせたいようだから、すぐに罪を問うこともないだろう。


「良いわよ、今は無理に口調を変えなくても。後々身につけて貰えれば良いから」


そう思ってたのに。まさか、咎められないどころか、それを良しとされるとは。


貴族と言えば、俺ら平民を人とは思わない……まるで虫けらのように思っていると思っていた。


だからこそ、対等な口調なんて以ての外だと思っていたんだけどな。


「はあ……」


その証拠に彼女は良しとしているが、その後ろに控えている侍女らしき女性は、ずっと俺のことを睨んでいる。


「……そうでしょう?ターニャ」


けれども、それを察したらしい彼女は、その侍女に釘を刺した。


主人に言われ、仕方ないと諦めたのかその侍女は溜息を一つ吐く。


「……ええ、仰る通りです」


「さて、単刀直入に。貴方にやってもらいたいことは……今は特にないわ。あえて言うなら、働いた後のことを考えて礼儀作法を身につけてもらうぐらいかしら?」


「………は?」


「貴方には、私の手となり足となって商会で働いて貰うわ。それだけの恩を感じてもらう為に、貴方の復讐劇に付き合うし、貴方の弟さんの面倒も見るの。破格でしょう?」


「ああ。あんまりにも美味すぎて、何かあるんじゃねえかと思うぐらいだ」


「ふふふ……私が望むのは、貴方が商会で働き始めたら、ウチの商会に役立ってもらうこと。指示はその時々で出すわ」


「その指示が、恐ろしいんだけど」


上手い話には裏がある。……一体、どんな指示を出されることやら。


「……私は、アズータ商会の会頭であり、アルメニア公爵家の第一子にして、アルメニア公爵領の領主代行を務めているわ」


唐突に自己紹介をされて、たじろぐ。もう何を言われても驚かないと思ったが、その内容に俺は再び驚いた。


よくよく考えれば、この場にいるってことはアルメニア公爵家の縁者というのは分かる。


けれどもまさか直系で、しかも女だてら領主を治めているなんてな。


それにアルメニア公爵令嬢といえば、この前教会からの破門騒動で随分騒ぎになった女性だ。


「その後の失うものを考えたら、私は変なことはできないの。宰相の地位につく父のためにもというのもあるけれども、何より領民に顔向けできないことはしないわ。……それに、もし何か後ろ暗いことをするならば、貴方を使うよりも、もっとそうした事に手慣れた人物を雇うわ」


前半はどうだか…と思ったが、後半は確かにと若干納得した。


確かに、俺なんかよりももっとそうした事に長けているような人材をすぐにでも雇えるだろう。


「……貴方、気づいたのでしょう?私が、あの破門で騒ぎになった人物だということを」


そう問われたが、答えにくい。言葉に詰まった俺に、彼女は笑った。


「その反応で、バレバレよ。……私が、少しでも動いたら、ああして揚げ足を取ろうとしてくるのよ。貴族のこの身は、動きづらい。だからこそ、貴方に頼りたいのよ」


そこから、彼女は俺を商会に雇った後にして欲しいことを大まかに教えてくれた。


なるほど、俺の名と力を利用したいというのはそういうことか、と妙に納得する。


「……さて、貴方はこの話にのる?のるのならば、これから手配した医者をむかわせるわ」


そうして、俺は彼女が持ちかけた取引に了承した。




たくさんのコメント、本当にありがとうございます。

質問がありましたが、ダイジェスト化はしません。引き続きweb版も宜しくお願い致します。

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