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とある男の憤り

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「これっぽっちじゃ、1回分にも満たねえよ。金のない奴はさっさと出てけ!!」


怒鳴り声と共に、室内から押し出された。


慌てて室内に戻ろうとするが、扉は固く閉ざされていて開けることもできない。


「………くそっ!」


激情に任せて、悪態をついた。


昼間なのに薄暗い小道。……否、太陽の光に照らされている道は、暗くない。けれども通りがかる人々は、どこか生気のない目をしていて、それが陰鬱な印象を与える。


かつて、この地は豊かではないが特別貧しくもない…… そんな層の平民達が集まるような一角だった。


笑い声が溢れる素晴らしい場所……とまでは言わないが、それでも少なくとも通りがかる人たちがこんな生気のない目をしていたわけでもない。


一体いつからだったろうか。石が坂を転げ落ちるように、どんどんどんどんと下へと沈んでいったのは。


一体いつから陰りを見せ始めたのか。


この国は、腐りつつある。


上が人件費を削減したことで収入が減って、けれども税は変わらず。


そしてそういう家の消費が減って、商会を営む家の収入も減って。商会に品物を下ろすところも売れないものだから、生産を手控えして。どんどんその負の連鎖は広まって。


救済策として広まった、炊き出し。けれどもありゃ、ただの貴族の人気取りだ。


炊き出しをするぐらいなら、仕事をくれ。金をくれ。一食の飯こそ確かに必要だが、そんな気まぐれに行われるそれに縋りついて、果たしてそれが途絶えたら?それに、必要なのは飯だけじゃない。


馬鹿らしいと、誰かが笑っていた。


ない仕事を探さなくても、炊き出しで飯が食えるなら、それで良いじゃないか……と。


むしろ楽ができて良い、民の事を考える良い国だと言う始末。


けれども俺は……まるで上の奴らに飼われているのと同じだと、思う。


気まぐれな貴族という名の飼い主が、必要性もなく芸も何もできないペットをいつまでも飼うとは、到底思えない。


そんな不安定な状態であることに皆は気づいてないのか、それとも見て見ぬフリをしているのか。


どんどん腐っていく。


結局、いつも民に上のやる事のシワ寄せがくるんだ。


上がヘマして、その対価を払うのは民。


とにかく、金がない。金がなければ、薬は買えない。こればかりは、炊き出しでどうこうなるものじゃない。


「………そこの貴方」


凛、とした声が響いた。


その声の主を見てみると、フードを被ったその人物が俺の目の前にいる。


薄暗くて中まで見えないが、恐らく声からして女。


「そう、貴方」


身なりの良い彼女が、一体俺に何の用か。


「貴方の名前は……」


そうして告げられた名は、間違いなく俺の名前。なんで俺の名前も知っている?


「間違いない?」


「……ああ、そうだけど。一体、何の用だよ」


「ねえ、貴方。悔しくないの?」


「……は?」


「全てを奪われて、こんなところに追いやられて。……いえ、全てではないわね。貴方には、守るべきものがまだ残っているのだから」


頭の芯が冷えた。そして、それと同時に目の前の女から距離を取る。


「そんなに警戒しなくても良いじゃない。相手は、女ただ一人なのに」


「見せかけには騙されるな、って嫌ってほど知っているからな。生憎俺は、他人を信用しないことにしてるんだ。それも、お前みたいな得体の知れない奴は特に」


「それもそうね。一度裏切られて、それでも学ばないなんて、ただの馬鹿だものね」


彼女の物言いに、ムッとする。


「どこでどう調べたかは知らないが、俺はあんたに用はない」


「私は、用があるのよ」


「他を当たってくれ」


俺は彼女に背を向けた。さっき追い出された店の前を通るのは癪だけど、このままこの女と話すよりマシだ。


「単刀直入に言うわ。貴方、無くしたものを取り戻したくはない?」


「……興味ない」


「そうかしら? 少なくとも、貴方の弟さんを今よりもマシな環境に置けると思うけど?」


その言葉に、足を止めた。


「……俺に何を求める?」


「全てを。貴方の名……存在、その全て」


「俺に尻尾を振れってか」


「私は別にペットを必要とはしていないわ。私が貴方に求めることは私の手となり足となり働いてもらうこと」


「はっ……何をやらされるんだか」


「別に変な事をさせるつもりはないわよ?私は貴方の失ったものを取り戻す手助けをする。貴方は取り戻したその地位に恥じない仕事をする。ただ、それだけ」


「それが信用できないっつうんだよ。そんなウマイ話があるもんか」


「……邪魔なのよ。私にとっても、あの男は」


そう言った彼女の声は、先ほどまでの柔和な声色から一段も二段も下がったそれだった。


「ぶんぶん、蠅のようにね。私の商会にちょっかいをかけては、耳障りな羽音をたてて周りをつきまとうの。五月蝿くて煩わしくて仕方ないわ。だから、私としてもあの男には退場いただきたいのよ」


バサリ、彼女はフードを取り払った。銀色の髪が、月の光を浴びて輝いている。


その容姿は、今まで見た事もないような美しさ。


なんで、こんな女がここにいる……?


「……私の名前は、アイリス。アズータ商会の会頭」


彼女が続けて発した言葉に、益々その疑問は浮かんだ。


アズータ商会といえば、今王都でも一二を争う大商会じゃないか。


その会頭が……こんな、若い女なのか?


「貴方が私の話に乗ろうが乗らまいが、私は既に事を進めている。貴方がいなくても、別にそれはそれでやりようはある。……けれども、貴方が私の手足となって働いてくれた方が、私としてもやり易い。これ以上仕事は増やしたくないし」


そう言って、彼女は苦笑いを浮かべる。人畜無害そうなその笑みに、一瞬心が僅かに弛む。


けれども、次の瞬間。


「だからこれは、取引よ。貴方は……利用しなさい。私の名と力を。私も、貴方を利用させてもらうから。貴方の名を、力を。……どうする?このまま、尻尾を巻いて逃げても良いけど」


そう言って、彼女はさっきまでの笑みとは違うそれを浮かべる。


ゾクリと、した。


挑発的で、それでいて目は笑っていない冷たいそれ。


ここで逃げたら負けだ……とか、負けてられるか、と。そう、奮い立たされたような気がした。


「……俺は、俺の意に沿わない仕事はしないぞ」


「それで結構。交渉成立ね。……ついてきなさい」


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― 新着の感想 ―
アイリスで良かった… 途中までこれユーリかも?と思ってしまった。
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