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覚悟

6/6

屋敷に帰った後、そのまま就寝しようと寝支度をしてベットに寝転んだ。


けれども、妙に頭が冴えていて眠れそうにない。


……頭の中では、お母様との会話とあの光景が浮かんでいた。


『……悲劇に嘆くことのないように。この光景が、いつまでも続くように』


そう言ったお母様の表情は、とても美しいものだった。


生まれ持った容姿が、という訳ではなく……まるで、全てを慈しむような母のような姿だとすら、思えた。


翻って、私の民への想いはどのようなものだったのか。


そこまで考えて、私はこれまでの自分のしてきたことを思い浮かべて……思わず、笑った。


同じじゃないか、と。


ミナさんと孤児院の子らに会った時……ううん、それよりももっと前、この領地を見回った時に決めたじゃないかと。


政に携わったことのないワタシ。けれども、私には力がある。それは、領主代行という権力という名の力。私の進む道、私の為すこと、それはすべて民の生活がかかってのこと。


執務机の上にある書類は全て、その一枚一枚を捌く時にすら重責がのしかかる。


それでも、民達の生活を守る為に。


既に、覚悟は決めていたじゃないか。


それが……あの破門騒ぎを経て、随分と弱気になっていた。


私という存在が領政の頂にいるのは百害あって一利なしではないかと。それならば、私の()すこと()すこと全て、悪い方向へ進んでしまうのではないかと。


……そんな弱気なこと、思う場合ではないというのに。


既に私は進んだ。その流れは民を巻き込み、領地をも巻き込んでいる。


今更、覚悟がないなんて言える筈がない。


私は私の想いを叶える為に、進むだけなのだ。


目的を見失ってはならない。私が惑えば、それ即ち私に付いてきてくれる人々も民達もまた惑うのだから。


私は為すべきことをするだけ。


そうまで考えたら、急にストンと胸のモヤモヤが消えて心が定まったような気がした。


そしてそのまま、気持ちよく夢まどろみに委ねた。


翌日、私はまたライルとディダを呼び出した。


「何かご用ですか、姫様」


「ええ。貴方達に、聞いて欲しかったの。私の覚悟を」


私の一言に、ライルは驚いたように目を丸くして……ディダは面白いと言わんばかりに笑っていた。


「……昨日、ディダは私に聞いたわね。覚悟はあるのかと」


「そうっすね」


「あの時動揺してしまったけれども……考えてみれば、今更な問いかけだったのよね」


私の答えに、ディダはポカン……としていた。


「だって私は、既に心に決めていたのだもの。この領地を、この領に住まう民達を守るのだと」


「……守る為に、血を流そうともっすか?」


「“はい”であり……“いいえ”ね」


私の答えに、ディダだけでなくライルも首を傾げる。


「既に私はこの肩に幾百の民の命を背負っているの。私の役目は、この領地を守ること……そして領民を守ること。その為に、いざと言う時に必要ならば私は兵達を動かさせるでしょう。そして、その責を負いましょう」


誰も傷つかない世界なんて、ない。そんな事、分かっていたじゃないか。


「だけどね。そんな事態が起きないよう……最後の最後まで足掻くわ。交渉を重ね、時を見て、情勢に流されないように。戦にどう勝つかよりも、どう戦を起こさせないか。それをまずは第一に、私は動いてみせる」


目的が手段になっていないか。


まさに、私はそうだった。


私はもし戦が起きたら、戦の責をどう背負うべきか。領主のあるべき姿は。そればかり考えていた。


けれども、そうじゃない。手段は決して、一つではないのだから。


先を見据え、知恵を絞り、策を打ち立てること。ペンと頭とこの口先が、私の武器。


武力は最後のカードで、それを引く前に他のカードをきれるように。


それが、私の役割。


「だけどね……もしも、どうしても……それしか道がないと判断したら。ライル、ディダ。貴方達に、お願いするわ。流す血が、少しでも少なくなるように。そして、その道しか残す事ができなかった私が、その責を全て背負いましょう」


言い切った時、なぜかディダは笑い始めた。


……何か、おかしな事を言ったかしら?


いいえ、真面目に話した筈なんだけれども……。


「素晴らしい決意で……物凄く甘い言葉だ」


「ディダ……!」


ディダの隣のライルは憤慨している。


「でも、良い。そんな姫様だからこそ、守りたくなる。姫様を、姫様の大切なものを」


……合格、という事かしら?


「……素直になれば良いものを」


ライルは呆れたように、そう言った。


「お嬢様。我らは貴女の盾であり、剣です。貴女の憂いは、我らが払いましょう。貴女がそれしか残されていないとなったら……我らに寄りかかり下さい。我らが必ずや、守りましょう」


ライルはそう言って、騎士の礼節を取る。


ディダも、その横で同じくそうしていた。


「ええ。ありがとう……ライル、ディダ」


彼らもまた、私の失いたくない……守りたいものだから、こそ。


私は私の領分で、戦いましょう。


この場をお借りして、報告を。

この度、角川様より書籍化することが決定しました。

発売日は、11月10日予定です。

これも、お読みいただいている皆様のおかげです。本当に、ありがとうございます。

連載を開始してから、皆様のおかげでここまで続けることができました。

Web版は引き続き更新していきますので、今後とも宜しくお願い致します。


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