ディダの問いかけ
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ベルンと入れ違いに、ターニャがライルとディダを連れて部屋に戻ってきた。
タイミングが良いわね。
「戻ってきたところ早速で悪いのだけど……ターニャ。今すぐ領の備蓄の報告書を私の下に。それから、ライル・ディダ。現在の警備隊及びアルメニア公爵家の私兵の数、それからそれらを指揮できる人員の数も」
「畏まりました」
「すぐに取り掛かります。ですが、お嬢様。何かあったのですか……?」
ターニャがすぐに頭を下げ、それに続いてライルとディダも頭を下げたが、ライルは私の指示に疑問を持ったのかそんな質問をしてきた。
まあ、突然言われたらそうなるわよね。
「さっき、ベルン経由でお父様から報告があったの。軍を解体させるべきだという奏上があったことを」
「「「なっ……」」」
三者三様に驚きをそのまま外に出していた。アルメニア公爵家の者だからというのもあるが、将軍であるお祖父様の弟子で、お祖父様のことを心配してというのもあるのだろう。
「幸い、それはお祖父様とお父様を中心に止めたのだけれども……」
続いての言葉に、3人ともホッと息を吐いた。
「問題はその流れ、奏上した面々それと奏上の内容なのよね」
「……どういう意味ですか?」
「先に断って置くけれども、これはあくまで私の私見よ。間違っていることもあるでしょう」
私の前置きに、三人は頷く。
「まず、流れ。今回の件は、ユーリ・ノイヤー男爵令嬢の呟きから始まっているの」
「あの女の、ですか?」
隠そうともせず、ライルが不快げに言葉を発した。彼がここまで感情を露わに、しかも不機嫌になるのは珍しい事だ。
「私はターニャの報告から、どういう形かは分からないけれども、彼女がトワイル国と繋がっていると思っている」
どのレベルで、どういう経緯か。もしかしたら……脅されてかも知れない、無意識で利用されているだけなのかもしれない。はたまた、本当にむこうの尖兵なのかもされない。
それらは定かではないし、繋がっていることも確証がある訳ではない。けれども、私は当たって欲しくない疑惑を前提として今回のことを考えてみた。
「頼みの綱のお父様が私の失態のせいで身動きを取れないうちに、軍の解散なんていう……トワイル国にとっては願ってもみない案が動き始めた。こうして振り返ると、ダリル教教皇による私へのあの攻撃も、お父様が身動きを取れないようにする為に、ユーリ様……もしくはその背後の者が糸を引いていたのかもしれないわね」
その方が、しっくりくる。教皇が強固に私の排斥を狙って動いていたのも、それなりの見返りが彼らから約束されていたのだろう。
私の発言に、舌打ちが聞こえてきそうな程三人は不快感を露わにしていた。
「で。ここからが問題なのだけれども……。今回、奏上するに当たって賛同した面子ね」
「当然、第二王子派ですよね?」
ライルが、私の期待通りの返しをしてくれた。
「それがね、それだけではないのよ。実は今回、中立派からも賛同の声があがったの」
「中立派からも、ですか……」
ライルは驚いたように呟く。隣で、ターニャとディダも険しい表情を浮かべていた。
「ですが、彼らにとってのメリットは?」
「……合法的に軍備を拡大すること、だと私は思ったわ」
「どういう事ですか?」
「ライルとディダは特にご存知の通り、私たち領主は一応保有する軍事力は最低限のもの……領土によって大体の規模が定められているわ」
これは、かつて領主の権限がより大きかった時の名残ね。
兵力を集中するに当たって随分大きな反対があり、さりとて“国軍”として一つの組織化を目指した結果、このような中途半端な状態になったと。
「それを下に領主同士が牽制し合い、過剰な戦力を保有しているところは王国からも監視が入るわね」
そうすることで、領主の離反を防ぐというのが狙い。
「で。今回の軍解体の奏上と同時に出された案が、軍解体後は兵士を分配させ、各領主の預かりとすることで軍事費を各領主が肩代わりし、有事の際は国に差し出すというもの。……なんて事はない、領主権限が最大だった頃の昔に逆戻りをするというだけだわ。それを中立派の貴族達も少なからず求める者がいるという事は……」
「何かあった時の為に兵力を確保しておきたい。……まあ、有り体言えば王国を見限ってるって事?」
ディダが私が紡ぐはずであった言葉を続けて言った。
「そういう事ね。積極的に離叛したいのか、領地に引き篭もるのかは分からないけれど」
「それで?兵力を確認して、姫様はそういう輩と一戦交えたいと?王国の盾となり剣となり、共に戦いと思っているのか?」
「まさか。もしもの時の為よ。内憂外患な状態である今、いざという時に領地を守る為に」
「ふーん……。けどさ」
ディダの口調は、いつも通り飄々としながらもどこか真剣だった。
それ故なのか……はたまた先ほどまでの奏上の内容にショックを受けているからなのかは分からないが、いつもはその口調を咎めるライルも静かだ。
「そのいざという時、領地に属する兵に号令を出すのは領主代行を務めている姫様なんだろ?」
「……そうね」
恐らく、だが。
お父様は中央の政治にかかり切りになる。
仮に領主代行という地位につく私がいなければ、それ程の重みのある事案の決定は指示に時間がかかったとしても、それでも王都から直接指示を出していただろう。
幾ら今まで領地を任されていたという実績のがあるセバスでも、そこまでの決定の権限は彼にないからだ。
けれども、領主と同等の権限を持つ私がいれば、その必要もない。
むしろ迅速な対応が必要であろうそれに、使える人材がいて使わない事があるのだろうか。




