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情報提供

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セイはすぐさま動いてくれた。買収するにあたって、それぞれの商会の事業内容、人員そして買収した際のメリット・デメリットを挙げて貰った報告書。


それをもとに、1つの商会へ仕掛け始めた。


なるべく表立って仕掛けているようには見せないように、裏から裏から手を回し、更に経営状態を悪化させる。


やっている事は正に悪役のそれだな……と何ともほろ苦い気持ちを感じながら、淡々と指示を出した。


とはいえ、こちらとしても関税が未だ正常化されていない今、引く訳にもいかないもの。


関税といえば、そういえば……。


「……なんでエド様一派は、ウチからの関税を高くしているのかしらね」


何度も考えた疑問を、ボソリと呟く。


「単純に、お嬢様への嫌がらせでは?」


それに対して、脇で控えていたターニャが応えてくれた。


「ううん……その可能性が濃厚なのだけれど

、ね。国として、メリットよりもデメリットの方が多い事を考えるとそれだけではないような気がしてならないのよね……」


事実、アルメニア公爵領は肥沃な大地を有していて、国でも作物の出来高は2・3番目ぐらいに位置している。

けれども今回の騒動で、勿論輸出は減っている。それはつまり、他領に流入する作物が減るということだ。


他領に輸出しても利益があまり出ない……それに対して、現在ウチの領は人口が増えつつあるし、災害が起こってしまった時のため……これには悪天候による不作の時の為の対策というのが含まれる……ある程度、領内で備蓄をするという政策も始動したため、領が買い取っている現状、他の領に流すよりも領内で売買する方が利益が出るというのが理由。


「まあ、考えるにしても今は材料が少ないわ。というわけで、ターニャ。王都の貴族たちの動きを探って逐一報告をしてちょうだい。それと王都の市井の物価動向、それから反応もね。……とりあえず、これで今日のノルマは終了……と」


最後の書類にサインを書き、そしてそれをターニャに渡す。


そのタイミングで、ノック音が聞こえてきてセイが入室してきた。


あまりにも良いタイミング過ぎて、部屋の中が見えていたのではと一瞬思えてしまえるほどだ。


「お嬢様。例の商会が交渉のテーブルにつくと」


例の商会とは、ここ最近せっせと私が追い詰めていたそれだ。


「まあ、やっとね。日程は?」


「明後日を先方は希望しております」


「そう……分かったわ。先方に了承しておいて。ターニャ、明後日の予定の調整をお願い」


2人は、私の指示に頭を下げると書斎を出て行った。


ふう、と疲れを吐き出すように詰めていた息を吐くと、椅子に深く座る。


ひと段落ついたことだし、屋敷内を歩こうかしら。執務中はずっと同じ体勢だから、流石に身体の節々が痛い。


そこまで考えて、そうと決まればと私は立ち上がる。


中庭で、ゆっくりお茶を飲みながら本でも読もうかしら。そんな事を考えつつ歩いていると、ちょうど歩いてきたベルンとばったり遭遇した。


「あら、ベルン……」


「お姉さま、今何をされていらっしゃるのですか?」


「今日の分の仕事が終わったから、ちょっと休憩をしようかと」


「……少し、お時間をいただいても?」


ベルンの問いかけに、思わず苦笑いを浮かべる。


「それは、中庭で聞いても良い話?」


その問いの答えに、ベルンもまた苦笑いを返してきた。


「そう。じゃあ、書斎に行きましょうか」


お茶は、書斎でいただきましょう。そろそろターニャが誰か自身の代わりに細々とした事をしてくれる者を寄越してくれているでしょうし。


そして私は、ベルンを連れて結局部屋に戻って行った。


「それで、どうされたのかしら?」


「相談といいますか……ご報告といいますか……」


随分と歯切れの悪い物言いに、何か悪い話であろうという覚悟だけができる。


「……先日、軍の解体の提案が奏上されました」


思わぬ言葉に、目が点になった。


さぞや貴族の令嬢らしからぬ間抜けな表情であろう。


「……ま、まさか、あのユーリ・ノイヤー男爵令嬢が随分前に言っていたあれ?本当に奏上するなんて……」


そう口にしながら、溜息を吐いた。同時に、戦慄する。それを実現させるよう実際に動けるほど、彼女の言葉に影響力があることに。


「奏上するからには、幾人かの貴族たちの賛同を得ていたのでしょう?」


「ええ。お父様がお姉様の破門騒動で身動きが取れなくなっていた時に、事が起きていたようでして」


少なからず、私にも責任がある……と。


「ですが、お姉様が早期解決をなされ、お父様はお祖父様……アンダーソン侯爵とその一派、また反対派と共闘され、瀬戸際で止めることができました」


「つまり、軍の解体は却下されたと。どのようにして?」


「戦時体制法を持ち出したと聞いています」


「……戦時体制法……?」


何処かで見たような……けれども聞きなれない単語に、一瞬首を傾げつつ頭の中の知識を漁る。


ふと、随分前に本邸で見た書物でそれを見た事を思い出した。


「ああ、あの埃かぶったも同然の古い法ね……」


確か国家が制定された時に作られた法。その名の通り、戦時の時には何よりも優先される国家の法。


百数年間前に一度使われたきり、使われたことのないそれ。


確か建国から間も無いその時に使われたのは、今よりも各領の自治権が更に強かった頃。


当時国家としての常設軍はなく、各領主が兵力を束ねそれを国家として君主である王族が更に束ねていた。


そんな時代に、戦争に反対し派兵を拒否した領主一派をその法によって強制的に引きずり出し、かつ、戦後その領主達は領地を取り上げたという経緯。


それによって、現在のように国家の常設軍が作られた。……とはいえ、現在も各領は護衛という名目で最低限の兵力を保有するという二重構造になっているのだが。


閑話休題。


この百数年間、その法が使われずにいたのは単に“必要がなかったから”だ。


常設軍がある今、基本、戦争という国家の大きな出来事の最中、各貴族の思惑はどうあれ敵を前にして纏まり、国家は一つの方向に向かっていた。


つまり、その法を持ち出し再び使われることになること自体、国家として既にガタがきているも同然だ。


「……あくまで休戦であり、停戦ではないと。つまり、戦時中だからその法が適用されるということね」


「はい、そうです」


「お父様も、随分苦労されたのね。でも、軍が解体されるという最悪のシナリオが回避出来て良かったわ」


本当に、ね。お父様の仰られていた通り、今はあくまで休戦中であり、停戦ではない。

それに…ユーリ・ノイヤー男爵令嬢の経歴を調べて貰った辺りから、あの国が随分水面下で動いているというのを私は疑っている。


とはいえ、お父様に釘を刺された通り私はあくまで一領主だから積極的に介入するつもりはないが。


「ええ。……それで、ですが……」


「まだ何かあるの?」


「いえ、ここからは相談なのですが……。お父様は私に今回の件で宿題を出しました」


「宿題?」


「はい。今回の件で、何が最も問題なのか。それを考えろとお父様は質問してきました」


「何が、問題なのか……ね。それで?」


「いえ……お姉さまには報告がてら、もし思い浮かぶことがあればヒントをいただければと」


「お父様は、私に報告せよと?」


「はい」


一瞬頭の中で思案する。私の考えがもし当たっていたのならば……恐らくお父様は宰相として娘に話を通したのではなく、現アルメニア公爵家当主として、アルメニア公爵領主代行としての私に情報を渡してくれたということか。


つまりは、備えろと。


「……ねえ、ベルン。因みに、今回奏上するに当たって賛成した貴族の顔ぶれは?」


「第二王子派の他に中立派も。僕としては中立派が第二王子派に(なび)いたことが問題なのかと思ったのですが……」


「違う、と言われたのね?」


「はい」


そして、そこからベルンに賛成の意思表示をした者たちの具体的な家名を聞いた。


ああ、この国は斜陽のそれだ……それを聞いて、思わず天を仰ぐ。


「因みに、それが可決された場合の軍人への救済案も共に出たのではないかしら?」


「ええ。本人の希望にもよりますが、平時は各領の軍として召し抱えれば良いと。そして、有事の際には国の名の下に徴兵される。つまり、現在の軍事費を各領に担って貰うということですね」


ああ、やっぱり……と思わず溜息を吐いた。


「……ベルン。私は、私の考えが当たっているかどうか分からない。お父様は、恐らく“答えのない物事をどこまで深く考え、先々を想定し、動こうとするか”……それを見たいのだと思うわ」


仕事をしていると、常々思うわ。学園の試験のように、しっかりとした解答があればどれだけ楽かと。


「なるほど……」


「第二王子派に中立派の面々が傾いたこと……なるほど、それは脅威ね。けれども、それだけかしら?」


「それだけ、とは?」


「あらゆる角度から、物事を見なさいと言うことよ。中立派がどのような思惑で今回賛成したのか、その結果どのような先が見えるのか。それを考えなさいということよ。何が正解か何が不正解かなんてないのだから、考えたら考えた分だけ、あらゆる事に対処できる筈よ」


ベルンは私の言葉に少し思案しているような表情を浮かべ……やがて、頷いた。


「ありがとうございました、お姉さま」


「いいえ。こちらこそ、情報をありがとう」



この部屋に来た時よりも幾ばくかスッキリしたような表情で、ベルンは部屋を出て行った。



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