お嬢様の企み
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アズータ商会の会頭として行わなければならない対応は、これにてひとまず区切りがついた。
騒動の最中受けた打撃に対する対応。そして、収束した後の繁忙さに対する対応。
後は領主代行として、他の商会からきている陳述書への対応を実行していくことぐらいかしら。それも、同時並行でボチボチ進めていたから残りはわずかな筈。
でも、今やってるのって通常業務とは違うからね……これだけ仕事をやって、全然そっちが終わってないっというのが泣所。
椅子に深く座り直して、羽ペンを机に放り出して上を向く。
疲れた時とか、何かを考える時とか、最近この体勢になることが多いな。
「……ねえ、セイ」
書類を回収しに来ただけではないだろうが……丁度良いタイミングで来たので声をかける。
「はい、何でしょうか」
「今回エド様が働きかけて、ウチにちょっかいをかけてきた商会は3つ。その中で、買収をするのならどこが良いと思う?」
私の言葉に、一瞬セイはギョッとした。けれども次の瞬間には、一呼吸を置いて落ち着いたようだ。
「……何故、急にそんな話を? この前まで、第二王子の後ろ盾がある以上、報復行為と見なされるような真似をして拗れさせたくないと仰っていたではないですか」
訂正。努めて冷静さを装っているだけのようで、内心は次に何を言い出すかと戦々恐々としているようだった。
「それはそう思うのだけど……いえ、ね。思うに、ここまで見事に3つとも経営が悪化していると、全てに目を行き届かせるということは難しいと思うのよね。むしろ、あの王子様の性格を考えるに、自分の企みにケチがついたモノをいつまでも構っているかしら? きっと玩具に飽きた子供のように、目障りだとどっかに放り出してそうじゃない?」
自分で言ってて、何だか笑えてきた。
婚約してた時は全く気づかなかったけれども……否、当時は見て見ぬフリをしていた彼という人を、婚約破棄後になってやっと本当に見ることができるようになった気がする。
「それは否定できませんが……憶測で動くのは危険かと。何故、リスクを取ってまでリターンのあまりなさそうなものに手を出そうとされているのですか?」
「あの破門騒動の時に、アルメニア公爵領から出る商品が領境を通る際、アルメニア公爵領を本拠地とする商会から徴収する関税上げられたでしょう? どうせ第二王子派の貴族が手を回したのでしょうから、この際、第二王子の庇護下にいた商会の名を利用してしまうのはどうかと思って」
騒動が収まったというのに、関税は未だ戻して貰えてない。交渉しても暖簾に腕押し、そもそも交渉のテーブルについてくれないところすらある。
まあ、第二王子の派閥には完全に私が敵視されているからねえ……アルメニア公爵家の名ですら効力を発揮しない。
「つまり、他領に商品を流す時、矢面に立たせると」
「ええ。商会丸ごとと言わずとも、商会の一部分の経営だけ買収できればそれで良いのよね。契約弄って商会の名前を借りることができたらなお良し。ほら、今アズータ商会で運送を専門にしている部署があるでしょう?そこと合併させちゃって独立させるのも面白そうでしょう?」
「なるほど……つまり、その商会の名さえ使えれば、あくまでアルメニア公爵領を本拠地とする商会からの商品が通過するという訳ではなく、王都を本拠地とする別商会が引き受けた商品が通過するということにしてしまえると。上手くいけば、アルメニア公爵領に構える他の商会からも仕事が来る筈……そういうことですか?」
「ええ。以前聞いた時、大店の商会も、余程の規模でなければ護衛を一々雇って街から街へと流通させていると聞いたわ。一手に引き受けることでコストも削減できるし、そうすれば他の商会からも利用がある筈。要は、今アズータ商会でしている事を事業として発展させたいという事ね」
口に出しながら、これからの仕事を増やすことを提案しているなあ……と、内心苦笑い。
とは言え、第二王子派閥の貴族たちとの交渉で難航している今、そうした別の手を考えなければいけないのもまた事実。
まあ、単純に事業拡大ができるっていうのにも旨味を感じているというのもあるけれども。
「……それぞれの商会の事業特性と第二王子との親密さを勘案し、買収する商会を絞り込んでみます」
「お願いね」




