騒動の後日談
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事務所兼応接室に戻ると、そこには真っ青な顔色のミモザがいた。……怖い想いをさせてしまって、本当に申し訳ない。
「……ミーシャ、本当にごめんなさい」
ミモザではなく、街での偽名で呼ぶ。バックスペースで私たちしかいないとはいえ、ね。
「アリス、心配したんだからね。本当……貴女の護衛の気持が良く分かるわ。心臓が、幾つあっても足りない……」
ふう、とミモザは溜息を吐く。居た堪れなくて、身体が縮こまる想いだ。肯定も……勿論反論なんて以ての外だ……できず、私はただただ苦笑いを返すのみだった。
「……まあ、貴女が無事で良かったわ」
その日は結局、そのまま解散となった。それ以上、街を周る気にはならなかったし。
妙に疲労を感じた次の日、私はいつもと同じく執務用の机に向かっていた。
勿論、目の前には大量の書類。幾つか決裁を終え、一息ついたところで傍に控えていたターニャを呼ぶ。
「……ターニャ」
「はい」
「現在のエド様の息のかかった商会が、どうなったのか。それを知りたいのだけれども」
「昨日の件ですね?そう仰られると思いまして、既に指示を出して調べてあります」
ターニャはそう言って、書類を出してくれた。流石、ターニャ。
パラパラと書類をめくって中身を見る。
……私の破門騒ぎのせいで、途絶えていた客足。
それは、私が設立させたアズータ商会もそうだったし、アルメニア公爵領を本拠地とする全ての店が大なり小なり影響を受けてしまっていた。
そのタイミングでのエド様の行動は、商会の会頭としての私にも領主代行の私にも大きなダメージを与えた。
その証拠にこうして今、事後処理が私を苦しめているのだから。
正直、あの最中にはそれを考えている余裕がなかったけれども……本当、教皇とエド様の派閥の面々にはしてやられた感が否めない。
あの騒動を何とか早期に収束できたから良かったものの……客が寄り付かない、それだけでも大きな痛手だったというのに、アズータ商会にいたっては店の中核を担って貰っていた人材がいなくなったのだもの。
もしこれで今尚収束できていなかったらと思うと……ゾッとする。
「……あのタイミングで、ディーンが教会のラフシモンズ司祭との繋ぎをつけてくれて、本当に良かったわ。でなければ、今頃アズータ商会は解散もしくは買収されていたかだったわね。……いえ、それどころかアルメニア公爵領に拠点を構える商会は立ち行かなくなっていたわ」
私のその発言に、ターニャは頷く。事実、早期に収束できたのは協力者……ラフシモンズ司祭の協力が大きい。
「……“もし”の仮定をしても仕方ないことですが……仮にラフシモンズ司祭の協力がなければ、あの査問会で決定打に欠けていたでしょう。お嬢様もそれが分かっていて、行動ができなかった筈。そう考えると、遅かれ早かれアルメニア公爵領の産業は立ち行かなくなっていたと思われます」
経済的な力を伸ばすことに注力していたアルメニア公爵領にとって、それは大きな痛手だ。
もし仮に、事実そうなっていたとして……商会の会頭達は、ウチを見限ってもおかしくない。むしろ、それが道理だ。
ほとんどの商会は、ウチに本拠地を置かなければ“ならない”理由はないのだから。
つまり、武力ではなく経済的な力でエド様はアルメニア公爵家を崩しにかかったという事。
……とはいえ、仮定はあくまで仮定。
実際は、査問会を乗り越えることができて、アズータ商会は新商品が当たり、他の商会もジワジワと客足が戻ってきている今。
「……エド様の商会は、随分と追い込まれているわね」
それが、現状だ。
エド様の息のかかった商会は、騒動の最中のそれほどの勢いはない。
価格設定はほぼ同じ。品質も同じ。エド様が商品を製造する面々のみ引き抜いていたせいか、接客はウチの方が上。
……おかげで騒動が収まった今、その騒動を嫌ってウチから離れていった客達れの大半は戻ってきている。
おまけに、そもそも経営は随分と杜撰で、客足が減った今、それが浮き彫りとなって火消しに右往左往している状態が今の向こう側の商会の実情だ。
「ええ。そのせいか、従業員への対応も疎かになっていて、ただでさえ客足が減ったことにより、やる気を失くしている面々に追い討ちをかけている状態です。雇用契約の内容から言っても、現在の仕事の状態から言っても、アズータ商会の方が良かった……という声が挙がっているようです。また、経営が悪化した事による、解雇もしているようです。昨日のダンメもその1人のようでした」
「……随分あっさりと切り捨てるものね」
「同情されているのですか?」
「まさか。でも……折角アズータ商会から引き抜いたというのに、あっさりと解雇するなんて勿体無いってね。そう思ったのよ」
経営が悪化した時に従業員を首にすることは仕方ないこと。……自身の感情に基けばやりたく無い事とはいえ、経営者としては最後の手段として頭の隅に置いてあるので、責める権利も責める意思もない。
けれども一時とはいえ、アズータ商会から引き抜いた面々から得た情報により、向こう側の商会が繁盛したのは紛れも無い事実。
その功績を無視してあっさりと解雇してしまうというのは、随分とまあ思い切ったことをやったなと思ってしまう。
「人間、一度築き上げた経済力や社会的地位というのは中々捨てきれないというもの。逆にアズータ商会から引き抜いた面々は、雇用時に交わした契約の給金が高かったということ、経営が悪化した後の待遇についての文句が多かったということ。……総じて、解雇という形になったのでしょう」
あの破門騒ぎのあった時点ですら、私の破門による将来の経営の不安という事以外、雇用の条件についてはアズータ商会の方が上だった……らしい。
それに慣れてしまえば、確かになるほど、雇用の条件についてはハードルが高くなるのかもしれない。
「今後解雇された面々が、アズータ商会に押しかけてくる可能性は?」
「無きにしも非ずでしょう」
「……そう。昨日のようなことがないように、警備を強化させておいて」
「畏まりました」