セイの断罪 肆
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「……だ、だけどっ! 俺と同じく商会を去った女は復職してそこにいるじゃないか!」
ダンメに指差された彼女……ウェイトレス兼会計係のその子は、ビクリと体を震わせた。
思わず前に出かかってしまったけれども、ライルとの約束を思い出して心を落ち着かせる。
「……彼女は、子を産むためと“休職”したんですよ? 彼女が休職する時には貴方もこちらで働いていたのですから、その経緯は知っていたと思っていましたが、何故彼女を引き合いに出したのでしょう? 休職と退職は違います」
彼女を庇うようにセイは彼女の前に立ち、そして言い捨てた。
「……ふ、ふん。休職だが退職だが知らねえが、そんな商品運ぶことと会計することしかできねえ女の替えなんか幾らでもいるじゃねえか。なのに、その女が戻れて俺が戻れないなんて随分とこの商会は依怙贔屓をするもんだ。それとも、なんだ?あんたとそこの女はデキてるのか?」
あまりの発言に、思わず私もまた、叫び出しそうになった。
怒りの感情に、怒鳴り散らしたい想いを抑えつけてプルプルと身体が震える。
その激情に、お腹の底が熱くなってそれが上へ上へと昇ってくるような錯覚すらした。
私の商会への侮辱。セイへの侮辱。何より働く女性への、侮蔑。
ああ、どうしてくれよう。悪役令嬢らしく、公爵令嬢の強権すら発動しても良いとすら思えてくる。
けれども、それを押しとどめるように……私の気持ちを代弁するかのように、セイが口を開いた。
「……あまり女性の事を舐めた真似はしないでいただきたい。聞いているだけで、不快だ」
ギロリとセイはダンメの事を睨みつける。ディダの彼を捕まえる手にこもる力も強まったらしく、ダンメは痛みに顔を歪めていた。
「商品の物を運ぶ、会計をする……なるほど、確かに単調な仕事なのかもしれません。けれどもそうした役割の方々がいるからこそ、この店はまわっている。私からしたら、貴方がしていた仕事も彼女がしてくれている仕事も等しく重要な事です。そこに貴賤はない。それに彼女は、手際良く仕事をこなしてくださる大切な戦力ですよ」
「イタタタッ、痛えよ!」
ダンメはセイの言葉よりも何よりも、ディダから与えられる痛みに耐え兼ねて騒いでいた。
「おっと、悪いなあ。女の子を貶めるような言葉を聞いて、ついついカッとなっちまった」
ディダのその謝罪は、ダンメにむけられたものではない。……セイの邪魔をしたと、セイに向けて謝っていた。
セイはその謝罪を、苦笑いで受け取る。
「退職する時に退職金を受け取っておいて、休職の者と同じように取り扱え……とは、随分理不尽なことを仰いますね。第一、退職される時にサインをいただいた書類には、休職と退職は異なるという旨が確り記載されていますし、私どももそれを予め説明しています。……貴女も、その説明を聞いて休職を選ばれたんですよね?」
「は、はい……。辞める事を伝えた時に理由を聞かれて……子を産むためと伝えたら、子を産んだ後どうするのかと聞かれまして……また仕事を探すと答えましたら、それならば休職にするのはどうかと提案いただきました。正直次の仕事をまた探すのは大変ですし、仕事に戻ってからもシフトの面で何かと便宜を図っていただいているので、とてもありがたく思っています」
客たちの方から、僅かに驚きの声があがっていた。
休職という制度はあまり一般的ではないらしいから、彼らの反応も当然と言えば当然かもしれない。
導入する時に、随分と皆に説明を要したもの。
「それは良いねえ。私もここで働きたいぐらいだわ。旦那の給金だけじゃ苦しいし、さりとて子の事を考えると、中々難しいしねえ……」
「確かにそうね。懇意にしてたら別だけど……基本、子ができる度に辞めなきゃならないし……もし戻れたとてしても、戻る前と同じように働かなきゃならない……早退けなんてできないってこと考えると、戻ることも億劫に考えちゃうものね」
女性の客たちから、そんな声が挙がってきた。確かに、女性は中々仕事を続けるのは難しい。
ニホンでもそうだったけれども、ここはそれ以上。
近くに頼る家族がいれば良いけど、王都は割と核家族が多い上、子を預かってくれるところなんてまずないし。
いずれ、商会で働く女性のために託児場みたいなのを作るのも良いかもしれない。
「ありがとうございます。……つまり、貴方の言っていることは、ただの言いがかりという訳ですよ」
セイは、発言をしてくれたウェイトレスの子に礼を言った。その時ばかりは、先ほどまでの冷たい雰囲気は引っ込んでいたようだった。
けれども……。
「別にこの店を辞めた後、貴方が独立しようが他の商会で働き始めようが、それを制限するつもりはなかったし、しませんでした。今のこの状況のように、店に迷惑をかけなければ、それだけて良かったからです。……だというのに、貴方は……」
再びダンメに顔を向けた時には、セイの瞳は再び冷たく、まるで人を射殺せそうなほどのそれに変わる。
それをむけられたダンメは、びくりとダンメが身体を震わせていた。
「二度はありません。今回は、警備隊に突き出すだけにしてあげましょう。ですが……このような事が再びあったら、その時は分かっていますね?」
ダンメの耳元で囁いた彼のそれは底冷えするような、声だった。もしも次があったら、自分の命はない……そう悟ってしまえるほどの、それ。
ブルリとダンメが身体を震わせている間に、セイはニコリと笑みを深めた。
「……おや、丁度警備隊が来ましたね。ディダ、彼を引き渡しなさい」
「……良いのか?」
「ええ」
そして、丁度来た警備隊に引き渡す。
ダンメは抵抗する気も無くしたのか、大人しく警備隊に連行されて行った。




