セイの断罪 参
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セイが部屋から出て行った瞬間、私も追いかけようと腰をあげる。
「「……お嬢様?」」
けれども、それを目敏く見つけたライルとターニャが、咎めるように私を呼んだ。
「す、少しだけ。影からこっそりと見るだけだから」
「ダメです。危険です」
取りつく島もりないほど、ライルは否定した。確かに、護衛としては騒動の震源地に近づくなど言語道断の行いだろう。
じっと見つめるが、ライルも真剣な様子で視線を返す。このままでは、考えを変える事はなさそうだ。
「……その危険かもしれないところに、セイとディダだけでなく、私の下で働いている従業員の人達がいるのよ」
一瞬、ライルから視線を外して私はぽつり思った事を口にする。
「私はこの商会の責任者だわ。責任者を出せと言うのであれば、私が出るべき事。……何より、私は私の下で働く方々が安全かつ安心して職務に就けるよう、職場を保つ責務がある。……お願い、ライル。責任を放り出す様な真似を、私にさせないで」
「しかし、お嬢様……」
「それに、貴方が側にいて私を守ってくれるのでしょう?……ねえ、ライル。わたしは貴方を信用しているからこそ、行く事ができるのよ」
「ですが……。いいえ、畏まりました。お嬢様、では決して相手にお姿を晒さないようにしてください」
不承不承と了承を伝えるライルの言葉に、私は頷くとそのまま部屋を出た。
未だ怒鳴り声は店先の方から聞こえてきて、そのせいで店はガヤガヤと騒がしい。
「……お久しぶりですね、ダンメさん」
そんな中、セイのその言葉がハッキリと聞こえてきた。
バックスペースと店を区切る衝立から、そっと店内を見る。
取り押さえられている男は1人。ディダがその男に乗るようにして自由を奪っていた。
「貴方のご要望通り、私は出てきましたが……。それで、何故“元従業員”の貴方がこのような騒ぎを起こしたのか説明いただけるんでしょうね?」
セイの言葉に、それまでのざわめきが嘘のようにシン……と静まり返る。
直接言葉にされなくても、そうと分かるほどセイの怒りを感じた。
セイって怒るとこんなに怖いんだ……と、ぼんやりそんな事を頭の片隅で思う。
「………」
その証拠に、セイの雰囲気にのまれて男は言葉を失っていた。そんな彼の反応に、セイは殊更大きく溜息を吐く。
「だんまりですか。……私は責任者として、此方にいらしてくださったお客様がたが、快適にお過ごしいただけるよう、場を整える義務があります。本来であれば、さっさと然るべきところに突き出して終わりなところを、態々話を聞いて差し上げようとしているのですから、さっさと釈明でも何でも話していただけると有り難いのですが」
「……お、俺は悪くない……!」
「この期に及んで、『自分は悪くない』ですか……」
再度、セイは大きく溜息を吐いた。
まあ、これだけ騒ぎを起こしておいて自分は悪くないと開き直られたら、それはね……。
「ああ、俺は悪くない! 俺は、この商会で働いて成果を出してきた。それこそ、身を粉にして働いて結果を出してきたのに。なのに、復職願いを出したら、あっさりと跳ね除けられて……」
「……貴方は、確か別の商会に引き抜かれてお辞めになられたのでしょう? それならむこうで同じように成果を出せば良いだけの話ではないですか」
セイの言葉に、得心がいく。つまりその男……ダンメだったかしら?
彼は、この商会を辞めてエド様の息がかかった商会の方にいったということね。
「そ、それはそうだが……。けど、やっぱり俺の力量を活かすことができるのは、こっちの商会だって分かったんだよ。だから、復職願いを出したって言うのに……足蹴にされて……」
「他の商会に行った者が、やっぱり戻りたいと言い出してきて、『はい、そうですか』とでも言うと……?」
「け……けど、俺ほどの腕がある奴だったら、普通喜んで受け入れるだろう!? 俺はこの店で料理を任されていたんだぞ! 雇えば即戦力じゃないか!」
「確かに、貴方は私どもの商会で優秀なパフォーマンスを出してくれたかもしれません」
「……なら……」
「ですが正直、貴方レベルの方は他に幾らでもいるんですよ」
そう、セイは冷たく言い放った。
「確かに、貴方には元々技術がありました。でも、今となっては元から技術がない者も、研鑽に努めて力をつけています。慢心して己の研鑽を怠った貴方よりもね。……私が、職務態度を見ていないとでも思っていたのですか? 技術は確かに必要ですが、それだけではないのですよ。仮に貴方と同じレベルの者がいたとして……元の技術にあぐらをかき、あまつさえ我が商会の危機にあっさり手の平を返した者と、自己研鑽に努めて商会の危機にも力を貸してくれた者……どちらを取るかは言われるまでもないですよね?」
セイの目が、男を射抜く。それだけで、男……ダンメと呼ばれた男は震え上がっていた。
……本当に、セイの迫力がすごい。




