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妹の策略 弐

「……レティ様も、やりますね」


「……あら、ルディは何を言っているのかしら?」


アルフレッド様の妹であるレティ様は、ニマニマとご機嫌な様子で質問をしてきた。

分かっている癖に…と思いつつも、俺は質問を返す為に口を開く。


「何をって…さっきのやり取りですよ。最初っから、外出許可を得る事が目的だったんでしょう?」


「ふふふ、当たりですわ」


アイリスに会いたかったのも、事実なのだろう。けれども、それは“あわよくば”。本当に求めていたものは外出許可だったのだろう…という予想は、見事に当たっていたようだ。


大量の書類を彼女の書斎机の上に置く。彼女の書斎は、アルフレッド様のそれよりは小さく、また随所随所に可愛らしい小物が置かれているが、それでも本棚に置かれている蔵書の量やその内容はあまり王女らしくない。


「お兄様から教えていただいたのでしてよ?相手との交渉において、自分の本当に欲しているものを提示する前に、より相手にとって許容し難い…難度の高い要求を先に提示しておく方が、通り易いと。見事に当たっていましたわね」


よく言う、と俺は笑った。


「……その為に、アイリスとの仲を随分言及していたのでしょう。喰えない御方だ」


「ふふふ…随分大袈裟に言ってしまいましたわね。途中でお兄様も気づいていたみたいでしたし」


「……そうでしたね」


今思えば、あの時の苦虫を噛んだような表情はそれか…と思う。恐らくあの時点で、アルフレッド様も、レティ様が何を望んでいるか気づいていた。それでも掌で踊ったのは、彼女の気持ちを尊重してだろうか。


彼女は書斎机の椅子に座る。白が基調の美しい机で、過去王族の子女達はこれで手紙を書いていたりなんかしていたのだろうが…と想像できるような絵になる机だが、現実の光景…置いてある書類の量がそんな幻想を粉々に壊していた。


「まあ、言質は取らせていただきましたし。後は王都を歩いていて“偶然”アルメニア公爵令嬢に会っても、文句は言えませんでしょう?」


「だから、急かしているのですか…」


今回の騒動が終わったが、もう少しアイリスは王都にいるだろう。エドワード様にちょっかいをかけられたせいで起きた諸々の騒動の後処理があるだろうし。


「ええ。私がアルメニア公爵令嬢に会いたいという言葉に、嘘偽りはありませんもの」


「…どうして、そうまで彼女に拘るのですか?そりゃ、貴方にとって大切な兄が心を砕く様を見ていれば気になるのも仕方ない事ですが」


「……そうですわね。ルディの言う通りですわ。でもそれは、貴方が想像しているような“大切な兄を取られたくない”という気持ちからではなくてよ?」


自分の予想していた事をいとも簡単に言い当てられて、しかも否定されてしまえば黙って続きの言葉を待つしかない。


特に相槌を打つ事もなく黙っていたら、彼女はクスクスと笑っていた。


「勿論、少しはあるけれども。…単純に、興味が湧きましたの。例えば…“あの兄”は、とても世界が狭い。幼き頃はエルリアに守られ、長じてからも周りには耳触りの良い言葉を述べる者たちを側に置いて。その結果が、アルメニア公爵令嬢との婚約破棄ではないかしら?」


あの兄、とはエドワード様の事を指しているのだとすぐ分かった。レティ様はエドワード様の事を呼ぶ時、いつも“あの兄”と呼んでいるからだ。


「けれどもそれとはまた違った意味で、お兄様の世界も狭い。お兄様の世界には、私とそれからルディだけ。後は使える人間かそうではないか…その基準で、側に置いているのだと思うのですわ」


その言葉に、彼女の言わんとする事をようやく理解した。…確かに、アルフレッド様の世界はエドワード様とはまた違った意味で狭いのかもしれない。


それは見聞が狭いという訳ではなく、存在を求めているかどうかという事。使えるから必要とするのではなく…気を許し、意見を求め、他愛無い話もする。そんな当たり前の事ができる相手だ。レティ様と、後は自分が少しだけ入り込めているかどうか…それぐらいだろう。


「王族の者として、それは仕方ない事なのかもしれません。けれども、お兄様は極端にそうなのだと思うのですわ。…敵だらけの王宮の中で、私のようなお荷物を幼い頃から背負わなければならなかった環境に在って、それは仕方なかった事なのかもしれませんが」


ふう、とレティ様は溜息を吐いた。


「…いえ、それは言い訳にはなりませんわね。損得勘定で動くお兄様の(モト)にいるのは、それ故にお兄様の能力によって集まった者達。それはそれでお兄様の強みなのだけれども…それだけに頼るのは勢力としては脆いですわ。青臭い言い方をするのであれば、絆…かしら?そう言う連帯感がなければ、仮にお兄様が失策をした時には、すぐに離れてしまう危険性も孕んでいるとも考えられますもの」


なるほど、確かに一理あると思わず納得してしまった。現状、アルフレッド王子の勢力下にいるのは、新興貴族と地方貴族達。彼らは己が確固たる実績を積み上げてきたからこそ、アルフレッド王子に着いた。より有能な王子に着くのであれば…まあ、エドワード様と比べるのであれば、アルフレッド王子であろう。


けれども、その判断基準で選ぶ場合…仮に同じ能力がいる者がいた場合。その者とアルフレッド王子の何方に着くのかと問われれば、それは『どちらでも良い』となってしまう。


エドワード様との対立が浮き彫りになった当初、中立派が多くいたのはそう言った理由もあっての事なのかもしれない。


「…今回中立派の者達が僅かにお兄様に傾いたのは、アルメニア公爵家がお兄様に傾いたことが一番の要因でしょう。では、アルメニア公爵家当主が何故、お兄様の下に着いたのか。確かに、“周りからそう見られるようになったから”そうも考えられますわね。でも、あそこまで大きな家ならばそれすら無視して静観を決め込むこともできましてよ?最悪、破門騒動を理由に職を辞して領地に引っ込むのも手ですわね。それでもあの当主が留まり、お兄様の手となり足となり協力を表立ってするようになったのは……」


「…恩義を感じたから、ですか」


「そうですわね。国を二分するというリスクを取ってでも選び取ったのは、やはりアルメニア公爵家に連なる者を、お兄様自ら無償で手助けしたからではなくて?」


「…計算していないかったからこその、獲得ですか…」


「そうですわね。…そして、対立を“終息させた先”を見据えるのであれば、そう言った味方を増やしていくべきだとは思わなくて?ルディ」


「……王権の強化のために、ですね」


「そうですわ。歴代の王達のように、諸侯の力をまとめるだけであれば…平時の現在において、お兄様の能力があれば無理がない筈。まあ、戦時でも軍部にだけは結構な繋がりを作っていらっしゃるので、王として軍を指揮することにも問題はなさそうですけれども」


……確かにレティ様の言う通り、唯一軍部だけは、トップにお祖父様が就いているということ、また訓練に潜り込んでいるディーン=アルフレッド王子というのが分かれば、着いてきてくれそうな気もする。割と、溶け込んでいるし。アルフレッド王子もあそこでは、王子としてではなく、ディーンとして行動しているが故に、そこまで壁を作っていない。


「…話は逸れましたが、今後王権の強化を加速させていくのであれば、お兄様はご自身の陣営を確固たるモノにしなければならない…私は、そう思っているのですわ」


「なるほど。あの、レティ様」


「…何ですの?」


「……本当に、レティ様は外に出られてないんですよね?」


レティ様のこれまでの言葉に、思わず聞いてしまった。いや、だってまさか年下の女の子からこんな話をされるとは思わないだろう、普通。王族であるという事を を加味したとしても、だ。


「……どうしましたか?急に」


「まるで当事者であるかのように話を集めていらっしゃっているので、思わず」


「……逆ですわよ。こうして、籠の中にいるからこそ、少しでも外の世界を知りたいと、推測するようになるのですわ」


「……そんなモノですかね」


「ええ、そうよ」


惜しいな、と思った。素人目で見ても、ここまで才の片鱗を見せる彼女が、ともすればこの力を存分に使う場を与えられないとは。


「全く惜しくなくてよ、ルディ。だって、私はまだ自身で交渉をした事がないもの。起こった出来事に対して考察を加える事は、誰にだってできることでしょう?」


…誰ににでも、出来る事ではないだろう。レティ様は、他者をどれだけ高く見ているのだろうか。人と接しないことが、こんなところで弊害になるとは…。


というかレティ様、今俺の考えている事言い当てたよな?そのスキルがあれば、十分交渉の場でもやっていけると思うのだが。


そんな事を思っていたら、レティ様は微笑んだ。…今思っている事も、丸わかりなのかな?なんて思ったら、俺も可笑しくて笑ってしまった。






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