証人
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「……さて、お二人とも。自己紹介をしてくださらないかしら?」
私は務めて優しく彼らに話しかける。
「……わ、私の名前は、ダナンです。王都の教会で事務職を務めていました」
王都の教会…それが指し示す教会は、ただ1つ。碁盤の目のような都市構造である王都の中でも北部を占めるのが王宮とダリル教総本山の教会。王都の教会と言われれば、まず誰もがそれを思い浮かべる。
「私は教皇様のて、手となり足となり働いていて…あ、アルメニア公爵家の領内の売却については、教皇様の許可を得て売却のサインをしました。そ、それなのに、いきなり教会から追放をされて……」
「私は、レーニンです。私もダナンと同じように王都の教会で働いていました。アルメニア公爵領内の教会については、記録と照らし合わせ、解答を致しました。ですが先日、突然教会から追放されまして……。虚実の発言をしたためとの事でしたが…私は指示通りに動いただけだというのに。私は教会からアルメニア公爵家に対して回答した時の書類の写しと教会の記録を持ち出してあります。もしも私の発言に疑いを持たれるのであれば、此方もご参照いただければ、私の身の潔白は証明されるでしょう」
2人の発言に、室内は更に騒めいた。囁きを拾うに、完全にこちら側の流れになったのを肌で感じる。
「ダリル教の方々の中には、彼らとの面識がある方もいらっしゃるはずですね」
質問の体で言った言葉は、けれども最早質問ではなくただの確定した事を改めて口にしただけのこと。
ダリル教の面々は驚いたように目を見開き…そして気まずそうに目を逸らす。
「物証もあり、証言人もいるのです。これで私の身の潔白は証明できたと思いますが…如何でしょうか」
再度の私の問いかけに、ギリリっとエルリア妃は唇を噛みしめていた。頭の中では反論する言葉を絞り出しているのだろうけれども…この流れでそれを口にするのは許されない。
同じくヴィルモッツ教皇も怒りに顔を赤く染めていたものの、何も言葉を口にすることはない。
「そうですね。私としては、彼女に何ら咎はないと思います。この場の方々も同じ結論でしょう。…そうですよね?」
王太后様が、ここにきて初めて口を開いた。その言葉もまた、先ほどの私のそれと同じく、質問のような口調ながら全く誰にも意見を求めていない。むしろ、断定したようなそれだった。
「アイリス・ラーナ・アルメニア。貴女は、我が国筆頭貴族であるアルメニア公爵家の名に何ら恥ぬ行いをしていないことを、王家はここに宣言致しましょう」
……王太后様のその宣言により、決は下された。
「……ありがとうございます。王太后様。恐れながら、このまま続けて発言しても宜しいでしょうか?」
「まだ、何かあるのかしら?」
「はい。……此度の責任の所在についてです」
私の発言に、エルリア妃は眉を顰めた。
「貴女の責はないとの事で決は下ったところです。アルメニア公爵家にも勿論責めを負うものなど何もないとの事で良いと思いますが…?」
「ええ。私が申しているのは、“此度のこの騒動を起こした”責任の所在です」
私は下げていた頭を上げ、前を見据える。その視線の先にいるのは、ヴィルモッツ教皇。
「我がアルメニア公爵家は、代々王家に仕えた臣でございます。その歴史も長く、影響力も大きいと自負しております。そしてその家の者である私がこのような疑いをかけられるなど……皆様の仰られていた通り、事実でなかろうとあってはならない事ですわ」
幾人かが、目を反らす。自分がさっき言った言葉がブーメランで返ってきているのだから。
「そのような出来事に対して、私の身の潔白が証明された今、それを引き起こした面々に対して何の咎もないというのは、国として示しがつかないと思うのですが…?」
そうですよね、ヴィルモッツ教皇?とは口に出さなかったが、視線を思いっきり向けた。
「……確かにそうね。エルリア、どう思う?」
王太后様は、エルリア妃に問う。けれども、彼女は口を閉ざしたままだ。
「それでは、ダリル教の皆さんはどう思われるのかしら?」
その様に、王太后様は思いっきり溜息を吐きながらダリル教の面々に矛先を変えた。
彼らもまた、何かを口にしようとして、結局口を開きかけるものの、再びそれを閉じるという事を繰り返していた。
「黙りしていては、分からないわ。アイリスの話を聞いてて、私、思ったの。いいえ、この場の皆も分かっているわよね?この事態に関わった者を追放し、証拠を隠蔽して……貴方たちダリル教の方々は“意図的”にアイリスを、ひいては我が国筆頭貴族のアルメニア公爵家を追い落とそうとしましたね?それについて、どう責任を取ってくれるのかしら?」
「……恐れながら、王太后様」
しん…と怖いぐらいに静まり返ったこの空間で、ラフシモンズ司祭が声を出した。誰もが、彼に注目する。
「此度の件に関しては、完全に我ら教会側の落ち度です。誰が関わったのか、厳正なる調査の上処罰を行いたいと思います」
「それは勿論必要ね。でも、教会の方々は常に神秘のベールに包まれているのだもの…私たちが把握できない事を良い事に、有耶無耶に終わらないかしら?」
王太后様の氷のような冷たい視線が、教会の方達を射抜く。先ほどのお父様と同じく、物凄い威圧感が場を包み込んだ。
王太后様のお言葉の通り…教会って、この国の中枢に深く食い込んでいる割に、不可侵の領域として、有力な貴族ですらその内部に立ち入ることはできない。更に言えば、“この国唯一の宗教にして、国民全ての心の拠り所”であるダリル教には、王族ですら平時には不可侵な領域。下手に掻き乱してしまえば、国民の不審感を煽り、貴族に付け入る隙を与えることになるのだから。
…けれども、今回はカミサマを盾に逃げる事なんて許さない。この場を利用して、第二王子派と教会を分断しなければ、また同じように、私に対して何かしら妨害をしてくるかもしれないのだから。特に教皇は是が非でも引きずり落とさないと…ヴァンがエド様の近くにいるのだもの、そのつながりを断たなければ。
「……勿論、そのような事にはさせません。神に仕える神官であると同時に、私はこのタスメリア王国に住む者として…例え関わった者が教会で“どのような位置”を占めてようと、断固処断する心算はできております」
「……頼もしいわね。それが、自分であっても?」
「勿論。今回の件において、教会側で保管してある物も全て挙げて都度王家の方々及び貴族の方々に報告をあげましょう。その上で、王家の方々による厳正な処罰をいただくのが宜しいかと」
「…なっ……!ラフシモンズ、勝手な事を……!!」
彼の宣言に、それまで呆然としていたヴィルモッツ教皇が我を取り戻して叫ぶ。けれども叫ばれたラフシモンズ司祭は、冷めた視線を彼に向ける。
「出過ぎた真似を致しました。ですが、これしかないのです。アルメニア公爵家のご令嬢にあらぬ疑いをかけた挙句、なかった事にする事などできようがない。……教皇様も、それはお分かりでしょう」
「………」
「周りの方々の目をご覧ください。今の私たちの聖域は、この国の方々にとって疑惑の場。そのような事、それこそ本来であればあってはならぬ事なのです。失った信頼を取り戻す為にも、此度の件、我ら教会側も厳重に処断されるべきでしょう」
「……そうですわね。そこまで言うのであれば、ラフシモンズ司祭。此度のその調査及び報告を貴方に一任して宜しいかしら?」
「……承ります」
王太后様のその決に、ラフシモンズ司祭はそう言って、再び頭を下げる。
「そんな…!」
それに慌てて声をあげたのは、ヴィルモッツ教皇だった。
「……何をそんなに慌てているのかしら?」
冷めた視線で王太后様が問う。
「お考え直しください。この者とて、処断されるべき一人やもしれません。当然、何かしら自身に都合の悪い事について隠蔽工作を行う可能性もあり得ます。調査及び報告する人員については、厳選に選び後ほど王太后様に報告致しましょう」
「……申し訳ないのだけれども、ヴィルモッツ教皇。先ほどラフシモンズ司祭が言った通り、今のダリル教の方々に信頼できる者はおりません。誰でも同じと私には思えます。であれば、ここまでの覚悟を見せた彼にこそ、私はお願いしたいのですが?」
「それは……」
「……この件について、反論は許しません。ラフシモンズ司祭、宜しく頼むわね」
「……神に誓って」