最後のピース
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私は、一冊の冊子を取り出した。それは随分と古めかしい茶色の冊子である。
「なっ…それは……!」
取り出したそれを、けれども殆どの者は知らないのか、それが何かという事を問うような言葉が彼方此方から出てきていた。
顔色を変えたのは、ダリル教の面々。まあ、彼らがこれを知っているのは当然の事。
「ダリル教の皆様は、勿論知っているかと思います。此方は、神官を務めている方の名が記された名簿ですわ」
ダリル教だとて、組織だもの。俗な言い方だけど、神官達も霞を食べて生きている訳ではないのだから、給金も必要だし、そう言った人材を管理するために、名簿のようなモノがあるかもしれない…と思ったのだけれども、これが大当たりだった。
主だった神官の方々の名は、全て記載されている。勿論、私がやり取りをした面々の名も。
「この冊子の中に、売買契約にサインをされた方の名前も、私が伺いを立てた方の名前も、何方も載っていますの。驚きましたが…お二人ともダリル教内で随分な地位にいらした方々でしたのね」
「……何故、それを貴女が……」
門外不出らしいこの冊子を、私が持っていたのは余程驚いていたのだろう。ヴィルモッツが呆然としたように呟きつつ、その冊子を凝視していた。
…まあ、いくら私が他の証拠を持ってきたとしても、貴族の面々はこちら側に傾きかけるかもしれないが、教会の面々やエルリア妃は最後まで認めないだろう。ダリル教の教会関係者にそのような者はいない…と。
それを黙らせる一手が、これ。
「……貴女がそれを“どうやって手に入れたかは知らない”が…果たして、それ自体が本物かは疑わしいものです」
ラフシモンズ司祭が、吐き捨てるようにそう言った。それに分かりやすいぐらいに目を輝かせたのは、エルリア妃だ。
「ええ、そうですわよね。ラフシモンズ司祭様」
「……でしたら、是非これを確かめてください。ラフシモンズ司祭様?それに他の司祭様がたも」
私は、そう言って一歩ずつ彼らに近づいた。それを止める者はいない。そうして…私はそれを、ラフシモンズ司祭に渡した。
彼はパラパラと冊子を捲り、最後のページを凝視する。
「…………これは………」
そうして、驚愕したようにある一点を見つめていた。…なんて演技の上手い方なのでしょう、と内心呟く。
「失礼しました。……まず、間違いなく教会の物と言えるでしょう」
恐る恐る、と言った体でそう呟く。随分と小声だったそれは、けれども部屋に見事に響いた。
「……そんな……!」
「……貴方達も見てみなさい」
そう言って、ラフシモンズ司祭はその冊子を別の司祭に手渡す。訝しげに見ていたそれを、けれども渡された司祭様たちは次々と小さく首を縦に振ったり小声で肯定の意を示していた。
「……何を根拠にしているのです……?」
余程苛ついているのか、そう問いかけたエルリア妃の手は震えていて…顔色も随分と怒りが見て取れるような表情だ。
「この冊子の最後のページに、教皇を中心に枢機卿2人の捺印があります。そして、これらの印は偽造防止の観点から、公にしない文書…つまりこういった書類等にしか捺印しない特別な物なのです」
枢機卿とは、教皇の下にいる5人。教会の中で勿論権力を持つ人物たち。
「……つまり、間違いなく本物ということですわ。まあ、本人達から話を聞けば一番早いでしょうけど」
そう言った瞬間、再び扉が開かれた。そこには、ライルに連れられた男が2人。……件の神官達だ。否、“元”神官と称した方が正しいのかもしれないが。公爵家の名前をフル活用し、かつターニャに随分と骨を折ってもらって探し出した人物達。