査問会
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部屋を開けた瞬間、一斉に人々の視線が向けられた。…そして、この重要な会議に乱入してきたのが私だと分かると、更に室内は騒めく。私を見て驚かなかったのは、予め私が来ると知っていたお父様と王太后様…そしてラフシモンズ・クリストファー司祭…彼らだけだ。
私はそのまま奥に進む。豪奢で、威厳に満ちたこの室内。そして、両端に佇む厳しい目を向ける貴族の面々。そして最奥に座る王家の方々…とはいえ、ここにいるのは王太后様とエルリア妃のみだが…とダリル教の面々。
その全てが、私にとって酷く恐ろしいものに感じられて、折角さっき勇気を貰ったと思ったのに、再び手が震えた気がした。
…大丈夫。そう思い込もうと、手に力を込めて握りしめても、それは止まらない。
私からしたら長い時間…けれども、実際にはほんの少しの時間だったろう…をかけて、それでも何とか奥まで進んだその時、ふと、私はある人物が目に留まる。
ラフシモンズ・クリストファー司祭。痩せていて、眼鏡をかけた理知的そうな人物。彼の表情は、無表情…けれども、その視線は他の面々と違い私を試しているように感じられた。
果たして、この盤面をひっくり返す事ができるのか…与えられたピースを活かす事ができるのか、そう問われているように。
それを感じた瞬間、私の震えも止まった。思い浮かんだのは、司祭との繋ぎを作ってくれた彼。
…上等じゃないか。私は、彼の厚意を無駄にはしない。そして、私に付いてきてくれている皆の信頼に応えなければならない。
私はお父様の隣に立った。対するは、空席の玉座。それを挟むようにして、エルリア妃と王太后様がお座りになっている。そして少しその手前に、ダリル教の面々が座っていた。
「……何故、貴女がここにいるのかしら?」
エルリア妃の冷たい言葉が、視線と共に突き刺さる。
「…恐れながら、事態を報告するのに当事者たる私が説明すべきだと思ったからです」
「報告するも何も…貴女が、神聖なる教会を破壊したという事実は変わりないのでしょう。今は貴方の破門どうこうではなく、その責をアルメニア公爵家としてどう取るのか。その話し合いのための査問会ですわ」
鷹揚に頷いたのは、ヴィルモッツ・ルターシャ教皇。あの第二王子の取り巻きの1人…ヴァン・ルターシャの父親にして、ダリル教の教皇だ。
「アイリス・ラーナ・アルメニア。貴女は、教会の断りもなく神の地たる教会を破壊。それは神を畏れぬ所業であり……信徒にあるまじき行為でもあり…また、上に立つ者の行為とは到底思えぬものです。神も大変お嘆きになっている事でしょう」
「それはそうですわね、教皇様。神の地…祈りの場を壊すという事は、それ即ち神との対談を拒むという行為。神がお嘆きになっているというのも、理解できますわ」
何を今更…という、エルリア妃と教皇の視線に嘲りの色が写ったのが見て取れる。
「それと同じように教会の土地が売られるということは、不信心故の行為だと思いますが…如何でしょうか?」
「何が言いたいのです?」
エルリア妃は鼻で笑いつつ、それを隠すように扇を口元に置いた。
「何が…と問われても、そのままの意ですわ。エルリア様」
「その意が分からないと言っているのです。破壊が悪で、他者の手に移るのは良いと…?そんな事ある訳ないでしょう。まさに、不信心故の行為としか言いようがないですわ」
「ええ、そうですわね。私もそう思います。ですが実際、此方に教会の土地が売買の契約書がございます」
ペラリと、私は持参した契約書を高らかに上げた。いつかに捕らえたあの人身売買に携わっていた者たちの家宅捜査をした時に出てきた売買契約書。売主は勿論、ダリル教。そして買主はあの人身売買を行っていた人物たちだ。
騒がしかった野次馬…もとい観客達は静まり返る。恐らく事の成り行きを見守っているのであろう。…最も、第二王子派の面々は相変わらず騒がしいが。
「…まさか、教会という聖なる地を売却する者がいるなんて…と、私も驚きましたわ。エルリア妃様も仰られていた通り、教会の地が売却されるなど、あってはならない事。ですが実際に、教会の管理者が亡くなられたすぐ後に、我が領の教会の土地は売却されていました。売買契約書にサインをしたのは、神官様ですが…これはどう思われますか?」
「馬鹿馬鹿しい…教会の神官が、神の土地たる教会を売却するなどあり得ぬでしょう。そのような神官の名を騙る事自体、重罪に値しますわ」
「ええ。私もそう信じたかったですわ。神に仕える者がまさか…と。ですが事実、この買主は教会の地の持ち主として、管理者であるシスター亡き後教会の破壊行為に及び、そこに住む幼き子供達へ立ち退きを求めておりました」
「どうせその者達が謀っただけの事でしょう。神に仕える者を疑い、そのような素性の知れぬ者を信じるとは……貴族にあるまじき事。全く、嘆かわしい」
エルリア妃が、嘲笑しつつ私の言を否定した。
「申しましたが、私も“まさか…”と思いましたわ。……ところで、私が領主代行の地位にいる事は皆様のご存知の通りでございます。アルメニア公爵家当主である父にその地位を承ってこの方、私は領政の改革に励んでおりました。税金の見直し、領民の明確化、領政に携わる人員の見直し…また、土地所有者の明確化というのも行っておりました」
「……それが何だと言うのです?」
「土地という財産の1つを、明確化するのです。当然、各土地の所有者に伺いを立てましたわ。……勿論、教会にも伺いを立てました
の。我が領内での土地所有権を確定させる為と明記して。つまり、ここで“保有せず”と解答すれば、我が領内においてその土地はダリル教のものではないということ…」
狙ってた訳ではないけれども、土地所有の明確化は早めに進めておいて良かった…と本当に思った。
「……結果は、保有せず…という解答でした。驚きましたわ。まさか、ダリル教の方が本当に教会を売却するなんて…と。その時の書状も、私は確りと保管してあります。それが此方ですね」
私は、その書状も高らかに上げた。下の方には、確りとダリル教の神官の名前と印が押されているそれ。
「ダリル教の敬虔な信徒である私としては、領都に教会がないということを大変嘆かわしく思いました。ですので、その教会を一度取り壊し、新たに教会を設置する旨もダリル教の方に伺いを立ててましたの。また、それについてはダリル教の方々だけでなく、王国の官吏にも報告を出してありますわ。その書状も私は保管しております」
「王国の官吏についてもそうですが…貴女が教会の方々に伺いを立てたという証拠はあるのかしら?先ほども言いましたが、神官を名を騙った者の仕業かもしれません。あるいは、貴女と共謀した誰かが後付けで作成させた者かも知れませんし」
エルリア妃は、眉を眉間に寄せながら硬い声で問いかけてきた。要するに、証拠を見せなさいというその言葉。
「まあ…王宮の官吏の名を騙るなど、王宮に問い合わせをしたのに、そのような事もあるのでしょうか?それであれば以後、王宮とのやり取りは全て相手を疑ってかからなければならないということですね」
私は思いっきり嘲笑するように言った。エルリア妃は不快な様子で手に持つ扇子をパチンと閉じる。
「口が過ぎます。もう、良いわ。そのよく回る口で、貴女は自分の罪から逃れようとしているようですが…先にも言った通り、本当にダリル教の方々であったのかという証拠はありません。いくらそのような証拠を捏造したところで、私は騙されませんの」
下がりなさい…そう言いかけようとエルリア妃が口を開いた瞬間、それに被せるように私は言を紡いだ。
「証拠なら、ありますわ。私のこの手に」