下準備
「……ごめんなさいね、ミナさん。こんな風に動いて貰ってしまって」
「い、いえ!あの…当然のことをしたまでです。領主様…」
私の前には、とても恐縮したミナさん。…そう、あの破門宣告が起きてすぐ、ミナさんを連れて来て貰った。今後起きるであろう、領民の不満を抑える為の下準備。
今まで私がアルメニア公爵令嬢というのを全く知らなかったミナさんは、最初目を白黒させていた。更に、私の話した内容から今の状況を知って、もっと恐縮してしまった。自分達のせいで…って。そうなると予想して、教えた私は本当に性格が悪いなと思ったものだったわ。
『ここに呼び出したのは、他でもない…貴女にお願いがあるからなの』
『は、はい。何でしょうか?私のできることでしたら、何でも!』
『貴女には辛いことを思い出させるけれども…あの、教会が売られた時のことを、周りに沢山話して欲しいの。そうね…少し大袈裟なぐらいに。筋書きは、こう。“聖なる教会である場が、私たちが住んでいたというのに人身売買に手を染める者たちに売られてしまった。そのせいで立ち退きを強いられ、嫌がらせを沢山受けて。その現状を知ったアイリスがならず者たちを逮捕し、嫌がらせのせいでボロボロになった教会を移転して自分たちを住ませてくれている”って。それと、“教会の移転後、まだ門は開かれていないけれども、もうすぐ大々的に開放されるみたい。その時にはアイリスも来る”って』
私のお願いに、キョトンと首をミナは傾げた。
『そんな事ですか?』
『ええ。貴女は沢山の好奇な視線に晒されるかもしれない…いいえ、十中八九そうでしょう。否定や疑いの眼差しを受けるかもしれない。それでも、沢山の人たちに話して欲しいの』
『そんな事で良ければ、勿論!今から早速沢山話してきます!この領都中に触れ回ってきますね』
そうお願いして、僅か数日。噂はかなり広がった。それこそ、各地を飛び回ってくれている皆の耳にも届くほど。勿論、肯定的なものばかりではないし、疑いや、噂自体、尾ひれ背びれがついてねじ曲がってしまったものもある。けれども、素地はできた。そして、新しい教会の開放式に人々の関心も高まっている。
そこまでのことを思い出して、私は現実に戻った。
「本当に、ありがとう。ミナ。それから私は領主ではなくて、あくまで領主代行よ」
「そ、そうでした…」
「それから、私のことは子供達には内緒ね。また一緒に遊んだ時にアイリス様だなんて言われたら…距離を感じて悲しくなっちゃうもの」
「またいらっしゃってくださるんですか?!」
「勿論。子供達の発表会の時のもの、まだ見せていただいてないもの。それに新作の絵本や童話も、まだ渡せてないし」
「……ありがとうございます、アイリス様。子供達は楽しみに待っております」
「それは嬉しいわ。…その為にも、早く片を付けないとね」
私はそう言って、馬車を降りた。
今日は、待ちに待った新しい教会の竣工祝い及び開放式。これに参加する私のために、各地を転々とするライルとディダそれからターニャが護衛にと同行してくれている。
目の前には、新しい教会が聳え立っていた。神聖な場所だというのに、気分は魔王城に向かう勇者のそれ…は、言い過ぎかしら。
さあ、まずは。領民の心を纏めるために、私は乗り込みましょう。