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葛藤

「“開放式”は、明日に行われるわ。それにしても、ディーン。ここまで準備が良いなんて…貴方、こっちの計画を想定していたということかしら?」


そこからディーンが言った答えは、多少の誤差はあるものの、殆ど考えていたそれに近かった。


彼は私の教会破壊行為について、殆どこちら側での経緯…つまり院やそこでのいざこざを、領政全般に携わっていた為知っていたということ。そして、領都内でチラホラと聞いた“噂”。それらを、全て繋ぎ合わせて考えた結果だとディーンは言った。


「……それを踏まえた上で聞きますが…貴方はそんな顔で明日の大勝負に出るのですか?」


「そんな顔って…?」


「ご自分でも、気づいていらっしゃるでしょう。貴方の今の顔は、とても酷い」


…酷いだなんて、随分と言ってくれる。と内心一瞬反発したが、先ほど自分でも思っていたことだ。反論はできない。


「ここの皆さんは気づき、内心では心配していてもあえて言わないのでしょう。ですが、私は言わせていただきます。私は、皆から貴女の話を聞いた時、貴女の側で働いている時…疑問に思う事がありました。貴女が第二皇子との婚約を破棄された時も、領民を思って身を削って働いていた今までも、そして今回の騒動でも。貴女は涙を見せず、弱音らしい弱音を吐かず、全てを内に溜めこまれ、そして前を歩き出す。何故、貴女はそう強くあろうとするのでしょうか」


「……強くあろうとする…私は、一度も強くあろうとしたことなどないわ」


泣かないから、強い…か。というか、今更ながら“アイリス”…この場合は“ワタシ”かしら?の運命は波乱万丈ね。


「感情を切り離す貴女が、ですか?」


止めて。これ以上、私を追い詰めないで。そんな事を思いながら、一瞬、唇を噛み締めた。


「……涙を見せても、どうにもならないからよ」


自分から出た言葉は、思ったよりも冷めていて固い声。


「……涙を見せても、どうにもならない…それはそうですね。ですが、自分の中で折り合いをつけることはできるでしょう。私には…貴女の有り様は、とても危うく感じるのです。そして、それが今の貴女のその顔だ」


もう、ダメだ…そう思った時に、抑えていた感情が爆発した。


「じゃあ、どうしろと!?泣いて、助けて下さいと言えば誰かが助けてくれると?泣いて愚痴の1つ言えば、解決する?そんなことないでしょう……!」


八つ当たりもよいところ。でも、歯止めがきかない。


「泣いて、立ち止まることなんてできなかった…!エド様の時だって…ええ、悔しかったわよ!悔しくて、辛くて泣き喚きたかったわよ!」


エド様に婚約破棄されて…あの仕打ちに恋が冷めたとはいえ、思うところがなかったとは言わない。これから先のことに不安に思うこともあったし、悔しくて憎くて。

でも、泣いて喚いても待ち受けるのは勘当からの幽閉。だから、泣いてなんていられなかった。それぐらいなら、お父様に交渉するべく足りない頭を回転させるわ。


領地に着いた後も、本当は不安でいっぱいだった。前世の記憶かあるといっても、所詮一介の雇われ社員でしかなかったのだもの。政治なんて初めてのことだし、これで本当に良いのか…なんていう不安はいつでもまとわりついていた。


「今回だって…!破門?何よ、それ!一体、何で私がそんな宣言を受けなきゃならないのよ!」


ポロポロと、目から涙が溢れる。


「悔しくて、悔しくて仕方ない。何で、何でって。辛いって、逃げ出したいわ。大声で、どうしてって泣き喚いて」


私は涙を隠す為に、手を目に添えた。涙 けれども涙が止まらないせいで、手の平から涙が溢れ落ちる。


「それに、自分の不甲斐なさに…心が苦しいのよ。折角領民が…私の周りの人たちがここまで頑張って作り上げてくれたというのに…私という存在が、それを邪魔して。自分で自分が情けなくて、申し訳なくて…辛いの」


ドロドロとした感情のままに言葉を紡ぐせいで、言葉の内容はまとまってない。後から後から言葉が、感情のままに浮かび上がって衝動のままに言葉が出てくる。


「そんな私が、泣いて助けてくださいって?そんなこと言うなら、邪魔にならないようにさっさと隠居しなさいって思うでしょう!でも、だからと言って私は家に皆に迷惑をかけ過ぎたわ。もう、私1人が逃げたところでどうにもならない。私という罪人がいたということは取り消されないもの」


そう。今更私が泣いて逃げて、公爵家や商会が関係ないとしても、それで全てが元通りになるとは思えない。そこまで破門認定は軽くないし、その事実を無かったことにはできないもの。それを覆さない限り。


「強くあろうとしているから、泣かない……?違うわ。泣いてもどうにもならないから…泣いて、周りが愛想を尽かすのが怖いから…だから、泣かないだけなのよ!」


皆に迷惑をかけた私が、今更泣いて…皆に迷惑をただでさえかけたのに、迷惑だって愛想を尽かされたらどうしようって。

皆はそんな人たちじゃないって思っても、どうしても疑ってしまう。もしかしたら…って。


「強くなんてない。ただ、強く見せたくて…けれどもそれすらできていない無様な人間…それが私なのよ…」


それから、私はわんわんと泣いた。多分、ワタシと私が融合してから、初めて。私の中に在るどろどろとした感情を表に出すように。


「……貴女のその強さは、美しい。だが、その美徳故に無理はするな…それが、皆の総意。弱みを見せるのを躊躇うのも、貴女の過去や立場を思えば仕方ない…だが、貴女のその辛さを晒さない有り様こそが、ついていく者達を心配させる…それを忘れるな」


敬語ではないディーンの顔は、真剣そのもの。まるでお父様に説教をされているみたいだ。でも、今その言葉の意味は、痛いほど分かる。





久しぶり…というか、初めてわんわん泣いたその日、私は疲れてぐっすりと眠った。何かあっても、ディーンが仕事を肩代わりすると申し出てくれたので、有り難く休む。


…そして、次の日。あれだけ大泣きしたおかげが、目は未だ少し赤かったけれども、大分スッキリとした顔が鏡に映っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 破門されたアイリスをディーンが助けに来てくれるシーン。感情を吐き出させるように仕向けて、口調が変わるところがまた良い
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