事件勃発
「一体、何があったの?」
私の声も、自然と固くなった。何せ、2人がここまで必死な形相になるのだ…生半可な事ではない。
「ダリル教より、お嬢様へ破門の宣告がございました…!」
「何ですって……!!」
想像もしていなかった事に、思わず私は悲鳴のような声で叫んでしまった。
血の気が引く。貧血で頭がクラクラする心地がする一方で、心臓はドクドクと鼓動が五月蝿い。
…ダリル教は、この国の国教。この国のほぼ全ての人間が信者として属している。つまり、だ。この国の国民の信心の対象である神の代理人たるダリル教教皇と神官達の発言には、かなり影響力があるということを意味する。時には、貴族の権力を優に超えるほどの。
ダリル教教皇の息子が、本来貴族しか通えない学園に当たり前のように通っていたのも、そういう背景があってのこと。
さて、ダリル教の破門宣告とは、そのダリル教から信者として認められない…有り体言えば除籍されるということと道義。
ほぼ全ての国民が信じるダリル教。逆を言えば、その信者でないとのはこの国の国民にとってそれだけで“異端”ということだ。ましてや破門なんて、教会にとっての罪人であり蔑む対象となる。
国の模範ともなるべき貴族の令嬢がそうなるなんて…外聞が悪いどころの話ではない。“あってはならない”ことだ。
勿論、今まで築き上げた信用も人脈をも失うだろう。
地球で言う、カノッサの屈辱を思い浮かべてくれればそれに近いかもしれない。この破門宣告を契機に、これ幸いと叩かれるだろう…考えただけで頭が痛いわ。
「理由は?」
「それが、教会を勝手に破壊したことだと。神への祈りを捧げる地を破壊するとは、神をも恐れぬ所業であり、許し難いことである…というのが理由です」
「……教会を勝手に破壊したこと……?まさか、あの区画整理のやつ……?!」
確かに教会を1つ壊した。それは、かつてミナが住んでいた孤児院を兼ねた場所。けれどもあそこは“既に教会の所有物ではない、誰のモノでもない地”だったからこそだ。
それに、その代わりに大きな教会を別に建造する予定だもの。
完全に、私を…アルメニア公爵家を攻撃するための宣言にしか思えない。
……あの教皇子息のヴァンが裏で手を引いているのかしら?それとも、教皇自身?さたまた、第二王子一派の何処かが?
「釈明状を…そう、別途建設予定の教会の設計書と計画書と共に提出するわ。破壊したのではなく、移転させるのだとね」
誰がやったのか、が今は重要なのではない。勿論、それも大切だけど…。今、優先させるべきはその事実そのもの。
このまま犯人探しをするよりも、先に破門をどうにかしないと……。お父様お母様にご迷惑をお掛けするのは勿論、領民に不安が広がり領政が滞る。商会へのダメージも計り知れないわ。
「セバス、すぐに準備を」
「畏まりました」
セバスは一礼をすると、すぐさま踵を返して部屋から出て行った。
「それで、ターニャ。貴女の一大事は?」
もう、何が来ても驚かない。寧ろ、教会に罪人認定されるより大変な事はないだろう。
「はい。私からの報告は2つ。1つは、先日お嬢様が襲われた件に対する調査の経過報告です」
「今はそれどころではないわ」
ハッキリ言って、命がかかってたことだけど、それの経過報告を一々聞いてる余裕はない。
「いいえ、お聞きください。調査を進める内に、彼の領が第二王子派に与したことが分かりました。最も、賊とそれが何か関係があるのかまではまだ不明ですが」
「そう。それで?」
いや、通常であればそれも十分嫌な事態なんだけど。さっきの報告がインパクトあり過ぎて、小さな事に思えてしまうからダメだ。
「はい、2つ目の報告です。その領が、アルメニア公爵家に対する通商・通行領を上げると宣言しました」
「……何ですって!?」
またもや、私は悲鳴のように叫んでしまった。
…何せ、隣の領地はウチから王都への主要行路なのだ。アルメニア公爵領から見て北にあるその領。東は海に面しているし、西は険しい山々が連なっている。そして、南だと北西にある王都へは遠回りになる。必然、我が領から王都への輸出には、その北隣の領を通過することが殆どだった。
「理由は……?」
ただ、隣の領地はそもそも領土が小さめで、その北半分は山。更に交易の要所となるので田畑よりも宿や観光に力を入れているというのがあって、耕地が少ない。そのため、我が領から輸出される穀物に頼っている面があった。だからこそ、油断していたわ…。
「上に立つ者が破門された罪人のため、だと。また、自領の農作物の価格を守る為だと」
「自領の農作物の価格保持ですって…!あそこは人口ばかり多くて、耕作地は少ないのよ」
食料自給率は追いついていない筈だ。つまり、ウチから格安で農作物が手に入る算段がついた…と。そこ辺りも、第二王子派からの攻撃ということかしら。
「こんな…同時にくるなんて……!」
隣の領の宣言事態、手痛いものだわ。他領…特に第二王子派の領はここぞとばかりに便乗してくる筈。そしたら、王都への輸出だけじゃない。他領に広げている店にも影響が出てしまう…!
少しずつ、王都だけでなく他領や他国へ交易の領は分散させてきた。それは、王都が内紛になってもある程度稼げるように。
でも、国の方々で関税を上げられてしまってはどうしようもない。
「レーメ、南から迂回して運搬するとなると日数がどれぐらいか、費用はどれぐらいになるか比較して報告して。それから、ターニャ。早くモネダとセイを呼んできて」
釈明状の準備かできたら、セバスと領政への影響も話し合わなきゃ。その時には、主だった領官も呼んで。
「畏まりました」
ターニャもまた、踵を返して行った。私もまた、部屋を出る。
途中ふらりと倒れそうになったけれども、踏ん張った。…今、倒れている場合じゃないでしょう!と。
書斎までの道のりが、異様に長い心地がした。悪い夢であれば、どんなに良いでしょう。
けれども、私の頰や背中を伝う冷や汗がこれは現実だと知らせる。
兎に角、早く書斎に行きましょう…。




