疑惑と知らせ
領に帰ってから、二週間が過ぎた。
賊の調査は継続中、私の決裁が必要な書類は粗方片付いた。暇な時間があると、ディーンの言い残した言葉を思い出してしまって精神状宜しくなかったので、殊の外仕事に没頭していたおかげ。
今日は仕事もひと段落ついたので、お父様にいただいた情報を調べようと図書室にむかっていた。
図書室は、館の中でも別棟にある。入ると吹き抜けの部屋の天井近くまで本棚になっていて、所狭しと本が置かれている。
「あれぇ?お嬢様こちらにいらっしゃるのは久しぶりですねぇ」
中に入ると、レーメがいた。
「レーメ。今日はこちらにいたのね」
「はぃ。今日は授業がないのでぇ。それで、お嬢様は何をしにこちらへぇ?」
「調べ物よ。ルーベンス家」
「ルーベンス公爵家ですかぁ?珍しい名前を聞きますねえ」
「公爵家!どうして私、聞き覚えがなかったのかしら…?」
「それはそうですよぉ。何代か前の王弟が興した家でぇ、確か領地はなく王都に館を構えている筈ですぅ。最近話題になったのは、30年ほど前でしょうかぁ」
「30年前…トワイル戦役かしら?」
「はい、そうですぅ。戦勝国として、トワイル国からお姫様が輿入れしたんですけどぉ、当時の王は女王様ですぅ。それに王子は幼な過ぎてぇ、年齢が合わなかったんですぅ。それにぃ、トワイルの姫様を王家や王家に近過ぎる家にお迎えしてしまうとぉ、王位継承権がややこしいことになるということでぇ、白羽の矢が立ったのがルーベンス公爵家ですぅ。主だった貴族が無くならない限り王位が回ってくることはなく、確りと王家の血が入ってるぅ…そんな家だったんですぅ」
……つまり、ルーベンス公爵家にはトワイル国の血が入っている。そして、ユーリ・ノイヤー令嬢の母親はそのルーベンス家からの紹介で王宮の侍女になった。
使用人の募集をかけているところに、公爵家からの確りとした紹介状で来れば断りづらいものね。
国の命令でトワイル国の姫を受け入れて貰ったというのに、それが理由で断れば公爵家の扱いについて…外聞が悪いもの。お父様のことだから、逆に利用しようと監視でも付けてたとは思うけれども。
それは兎も角……あら、何となく繋がってきたわ。嫌な方向に。
つまり、ユーリ・ノイヤー令嬢の母親はトワイル国関係者という可能性がとても高くて。そしてユーリ令嬢も、もしかしたらその母親の影響を受けているかもしれなくて。
ここまで考えて、妙に納得した。これはお父様の仰る通り、私の領分ではない。国家間の化かし合いに、一領主…それも代行…である私が立ち入る隙はないだろう。特に、自分の足元を固めなければならない時期に、そんなことまで手を回していたら足元を掬われてしまうわね。
「…どうしたのですかぁ、お嬢様。何だか、とても顔色が悪いですよぉ?」
「…ちょっと、色々考えてしまって。でも、大丈夫よ」
そう、大丈夫…よね?お父様なら、きっと更に情報を集めて対策をしている筈。
ただ…一つ気になることといえば、彼女という存在についてかしら。
もし仮に、本当に彼女がトワイル国の間者だとして。
結果から言えば無事、第二王子の婚約者に収まったけれども…もしもなれなかったのなら、トワイル国はどうしていたのかしら?
つまり、トワイル国がそんな賭け染みた策しか取っていない訳ないと思うのよね。どうせ策を仕掛けるのであれば、彼女以外にも何かしら手は打っている筈。
それと、彼女の言動。…間者なら間者らしく、もう少し目立たないようにするということ。
ワタシが、前世でスパイ小説や何かを読み過ぎていただけかしら?何となく、彼女の役目と言動がちぐはぐしている気がする。
そこまで考えていたら、ドタドタと走る足音が聞こえてきた。そして、バンと大きな音ともに扉が開かれる。
「図書室では、お静にぃ!」
なんてレーメが怒っていたけれども、やがてその表情がポカンと呆気に取られるそれに変わった。
彼女の視線の先に、私も視線を移すと、そこには……。
「「お嬢様!!一大事にございます!!」」
滅多に表情を変えないセバスとターニャが、必死の形相でいた。




