告白紛いなスカウトの答え
入ってきたのは、ディーンだった。
「まあ…来たばかりだというのに、もう発ってしまうの?」
「ええ。今回は、お嬢様に報告をする為に実家を少し抜け出して来ているものですから」
「そう。…ごめんなさいね、気を使わせてしまって。それで、ディーン。その伝え忘れたこととは?」
「…院の子供達が、お嬢様に会いたいと。どうやら学園で開催された発表会の成果を見せたいようですよ」
「発表会!一体どんな事をしたのかしら?」
ああ、そう言えば院にも随分と顔を出してないわね。王都に行く前は10日ぐらいに1回は顔を出していたのに。
「確か、劇や絵それと歌など。幾つかのグループに別れて行ったらしいですよ」
「まああ…それは、是非見に行かなければね。落ち着いたら行くわ」
和みに行きたいけれども、今は無理でしょうね。きっと、護衛の皆が許さない。私自身、子供達の身の危険を晒してまで会う訳にいかないと思っている。
「……落ち着いたらというのは、領政や商会の事だけではないですよね?」
ディーンのさり気ない言葉に、一瞬私の思考が止まった。…ああ、こんな変な間を空けてしまえば、それこそ肯定しているようなものだと、我に返って後悔する。
「どうして、そう思ったのかしら?」
悪足掻きだと分かっているけれども、つい彼の考えを聞いてしまった。
「ライルさんとディダさんが、あれだけ難しい顔をしてこの部屋に入室していれば想像がつきますよ。折しも、お嬢様が賊に襲われたという話も聞いておりましたし」
「……それも、そうね」
ただでさえ、ディーンは目端が効くのだ。ここまで近くにいて隠しておくことの方が無理だったのかもしれない。
「それに、お嬢様の表情。決して、領政や商会のことに没頭している時でも見せないような…不安で恐怖に怯えているように見受けられましたから」
……参った。そこまで心情を言い当てられたら、もう反論する気も起きてこないわ。
「ねえ、ディーン。それなら、貴方はどうして態々そんな事を教えに来てくれたのかしら?」
相手が王妃だとは想像つかなくとも、彼なら今私が不安定な立場にいるということぐらい想像がつきそうだもの。先々のことを考えたら、さっさと去っても仕方ないのに、院の事を態々伝えに来るなんて。それとも、それこそが餞別なのかしかしら?
「それは勿論、お嬢様の周りが落ち着かれたら一緒に行こうかと思いまして」
意外な言葉に、私の頭は一瞬その言葉の意味を捉えきれなかった。
「……ディーン。貴方、本気でそれを言ってるの?」
「本気ですよ?でなければ、態々伝えに戻って来ません」
「……貴方なら、ここからさっさと去るかと思ってたわ」
「そんなに薄情な人間だと思ってたんですか?」
逆に意外だと言わんばかりに、目を見開かれてしまう。そんなに変な事を言ったかしら?
「薄情云々の前に、留まる理由がないもの。そもそも貴方との契約は、毎回あくまで短期間のものだから、留まる義務はない。それに貴方なら、他のところで契約を結んでも破格の報酬を得ることができるでしょう。危うくなるところに態々留まる必要がないわ」
勿論、彼との契約には報酬も取り決めてある。その報酬は、私の右腕として領政の取り纏めをしてくれているということで、一般の領官より少し高め。けれども高めと言っても、そもそも領官の収入自体が物凄く高いという訳ではない。商会とかの顧問になった方が、収入だけを考えたら高いと思う。領官のメリットは、領地が潰れない限り安定しているというところかしら。でも、彼は常駐している訳ではないからそのメリットもないし。
私には彼を留める権利はないし、彼もまた、契約期間を除けば自由の身。であれば、別にほとぼりが冷めるまでここに来なければ良いだけのことだわ。
「…お嬢様がそこまで私を買ってくださっているとは、知りませんでした」
茶化したように、ディーンは笑って言った。私は、真面目に言ってるのに。
「でなければ、ここまで仕事を任せないわ」
溜息を吐きながら言った言葉に、ディーンは微笑む。
「まあ…確かに、私は今まで、仕事だけを切り取って見るのであれば、何か壁にぶち当たって苦労した事はありませんでした」
何を大きなことを言って…と思わせないところが、ディーンだわ。むしろ、彼ならばそうかもしれないと思ってしまう自分がいる。
「……ですが、それはとてもつまらないことなんですよ。勉強でも運動でも、そうでしょう?何か困難にぶつかって、それを乗り越えるからこそ達成感が得られる。楽してできたことには、面白みも思い入れも何も沸いてきません」
自分に置き換えてみると、なるほど確かにと納得した。前世でもそうだったけど、難しいと思っていたことができると、苦労が多い分とても達成感を感じたものだったわ。…何故、彼が今その話をするのかは分からないけれども。
「……ですがここに来て、私はとても楽しませて貰っているのですよ。自分が思いつかなかったような斬新な考えをされる、お嬢様。それから、お嬢様に付いて働く優秀な使用人達。改革を推し進め、活気付く領。次は何をしようか、何がでてくるのか。そんな事を考えながら仕事をしていうのは、久しぶりで。それ故に、面白い」
扉のところから彼は一歩一歩私の書斎机に近づいて来た。
「だからこそ、私はここに来ているのです。初めの一回だけのつもりが、ついつい足を運んでしまう」
見上げるような形になった彼の顔を、じっと見る。彼の表情は、とても楽しげだった。
「お嬢様が、私を信用し切れないのは無理のない事です。私自身、短期間という契約しか結べない上に、お嬢様には幼い頃から時を共に過ごしている信頼できる部下がいるのですから」
確かに、皆のことは信用している。ううん…寧ろお父様とお母様を除けば、彼ら“だけ”が信頼できる人達とさえ思っていた。
「あの人達と同列に扱え、なんてそんな事は言いません。過ごしてきた時の長さも、密度も遠く及びませんから。ですが、お嬢様。私は貴女の手となり足となることを心から楽しみ、望んでいるのです。例え、契約が切れている間でさえも」
「……ディーン…」
「私に遠慮はいりません。今はまだ、こうして僅な時のみ側にいますが…私は、とっくに貴女のモノだ」
その言葉に、顔が熱くなった。いつも告白まがいなスカウトをしているのは私の方だというのに。逆の立場になってみると、こそばゆい。
ディーンは言うことを言って、部屋を出て行ってしまった。
後に残された私は、暫くただ呆然と座っていた。